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人間の三大欲求

 17年間の人生の中で、今ほど光り輝いている時期はないだろう。


 それほどまでに、僕のリアルは充実していた。きっと、今の僕と奏を見れば、爆発しろとか言い出す輩がいるかもしれない。


「忠ちゃん。お弁当作ってきたよ」


「ありがとう、奏」


 昼休みは屋上で2人きり。奏の作ってくれた弁当を2人で食べて、まったりと過ごす。


 奏の弁当はおいしい。けれど、量が少なすぎるのが最大の欠点かな。でも、結婚したらきっといい奥さんになるだろうな。


 かなり先の話ではあるけど、奏と結婚したいと思っている。それほどに僕は、奏に夢中だった。


 僕と奏と子供と3人で、豆乳鍋をつついてみたい。3人で回転寿司に行ってみたい。3人でファミレスに行きたい。


 ……いつか、そんな日が来ればいいな。


「ほら、忠ちゃん。口の周り、汚れてるよ」


「あ、ほんとだ。本当、奏は気が利くよね」


 最近は、奏のことで頭がいっぱいだった。イーターのおかげか、僕の食欲はすっかり落ちていって変わりに……もう1つの人間の三大欲求が大きくなっていた。


 それは――性欲。


「今日もいい天気だね、忠ちゃん」


 僕の隣で寝転んでいる奏は、無防備にもスカートをまくれあげさせていた。だけど、本人は気付いていない。


 露になった白い肌。ほんの少しで、下着が見えてしまう。そんな危うい体勢の彼女を見て、僕の中の理性が狂いだす。


「……そろそろ授業だね。戻らないと」


 僕はなんとか理性をつなぎとめると、奏から離れようと思った。


「待って、忠ちゃん」


 立ち上がろうとしたとき、奏に腕をつかまれた。


「ん?」


「今日ね。家、お父さんとお母さんいないの……ねえ、もしよかったら……来ない?」


「え?」


 これって……そういうこと、なのか?


「忠ちゃんが好きなもの、作ってあげるから」


「行くよ、もちろん。楽しみだな、奏の料理」


「ふふ。期待しててね?」


 奏は可愛らしく笑うと、屋上を去って行った。後に残された僕は、久しぶりにイーターで何か食べようとスマホを取り出した。


「え? イーターが……ない」


 どうして。今朝まではそこにあったはずのイーターが、ホーム画面から跡形も無く消えている。


「どうして! どこだ、僕の、僕のイーター……!!」


 スマホをすみからすみまで探してみるが、どこにもない。


 OSのアップデートで消えてしまったか? 間違えて消してしまった?


 ――いや、もしかしたら。


 僕の食欲に反応するように、あのアプリが現れた。でも今の僕には、食事と同じくらい大事な物がある。きっと、今の僕に必要ないんだろう。


 僕には、食べてしまいたいほど愛しい奏がいるんだから。


 イーターが無くても、充分痩せたんだし、無理な食べ方さえしなければ太ったりしないはず。


 気持ちに整理を付けると、僕は教室へ戻ることにした。


 そして、放課後。


「お腹が……空いた……」


 気持ちとは裏腹に、僕の食欲はあふれ出していた。


 いざイーターが無くなってみて、食べたいと思う欲望が爆発してしまったようだ。


 僕は食欲を抑える事ができず、帰宅途中にコンビニで弁当を買って食べ、家に帰ってポテトチップスを食べ、奏の家に行く途中のラーメン屋で大盛りのラーメンと炒飯を食べた。


 それでも……腹が減った。腹が減って、死にそうだ。このままでは餓死する。


 そうだ。奏のことを考えよう。僕には奏がいるじゃないか。一刻も早く、奏の元へ行かなければ。


「いらっしゃい、忠ちゃん」


 奏の家に着くと、僕はすでにフラフラの状態だった。


「大丈夫? なんだか顔色が悪いけど」


「大丈夫。奏の作ってくれたご飯を食べれば、きっと……大丈夫」


「そ、そう? とりあえず、あがって」


 奏の案内でリビングに通されると、僕は食べれそうなものを物色した。


 食べかけのクッキーがテーブルの上にある。


 発見と同時に僕の口の中にクッキーが放り込まれていた。ダメだ。こんなんじゃ、ぜんぜん足りない。


「……カレーの匂いがする」


 次の食糧を捜し求め、リビングをうろついているといい匂いがした。その匂いをたどっていくと、キッチンでエプロンをした奏の後姿を発見する。


「あ、忠ちゃん。カレー作ってるんだけど、もうすぐでき――きゃ!?」


 奏を押しのけ、僕はカレー鍋に顔を突っ込むと、全力ですすった。


 ダメだ。足りない。もっと、もっと、もっと。


 モットホシイ。


「食えるものを今すぐよこせ!!」


 カレーまみれになった顔を鍋から引っ込めると、僕はキッチンを見渡した。


「忠ちゃん……どうしたの?」


 すぐに食べれそうな物はない。


「忠ちゃん?」


 奏は唖然とした様子で、キッチンの床にぺたんと座り込んでいる。驚いていてそれどころではないのだろう。スカートと白いふとももの隙間から、下着が少し見えていた。


 お腹が空いた。お腹が空いた。お腹が空いた。


 待て。こんな時こそ、奏のことを考えろ。


 奏。奏。奏。


 何か食べたい。何か食べたい。何か食べたい。 


 奏。何か食べたい。奏。何か食べたい。奏。何か食べたい。


 奏に対する性欲と、僕の狂った食欲が……1つに混じり合う。そして、出した答えは。


 奏を食べたい。奏を食べたい。奏を……食べたい?


 そうか。奏を食べれば……いいじゃないか。だって奏は僕にとって、食べてしまいたいほど愛しいのだから。


「ねえ、奏。僕のこと、好き?」


「う、うん」


「じゃあ、僕のお願い聞いてくれる?」


「え?」


「僕、奏を食べてみたいな」


 奏は真っ赤になってうつむくと、こくりと頷いた。


「忠ちゃん……いいよ。初めてだから、優しくしてね……」


 それを了解の意思表示と認め、僕はゆっくり奏に近付き、カレーまみれの口を奏の白く、柔らかい首に近付け……。


「いただきます」


 と言って、噛み付いた。


 ~『イーター』 終~

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