さよならダイエットの日々
三度の飯より楽しみな物はこの世に無い。僕はそう思ってる。
体重計? メタボ? カロリー?
――バカバカしいね。食欲は、性欲、睡眠欲に並ぶ人間の三大欲求の1つだ。
そんな単語は、炭水化物、糖分、脂質の前では何の意味も成さない。
僕は、生きるために必要なことをただしているだけ。だいたい、無理して痩せるなんてちゃんちゃらおかしい。
食べるのをガマンするほうが体に悪いに決まっている。
ほら、想像するんだ。
生クリームがたっぷり乗っかったケーキを。揚げたてのトンカツを。脂がとろけるような大トロの寿司を。シーフードがたっぷり乗っかったピザを。
ほら、お腹が空いてきた。だから、ガマンせずに食べてしまおうよ。好きなだけ好きな物をさ。
でも……お腹についた忌々しい脂肪の野郎が、毎日僕にコンプレックスを植え付けてくる。
デブ。豚。妊娠男。
ナイフよりも鋭いクラスメイト達の言葉が、僕のたるんだお腹に突き刺さる。それも毎日毎日。
僕は……いじめられていた。ただ太っているっていうだけで。
痩せたい。痩せてあいつらを見返してやりたい。
僕は好きでデブをやってるわけじゃないんだ。ただ食べるのが好きなだけで、何も害はない。
バカバカしいとは思いつつも、何度かダイエットに挑戦してみた。けれど、リバウンド王桜本忠道(桜本忠道というのは僕の名前だ)という新しい悪口が定着しただけで、僕の体は痩せるどころかさらに太ってしまった。
結局、無駄な努力だったってわけだ。だからもう無駄な努力はしない。気の済むまでいくらでも食べてやる。
そんなある日、僕はワクドナルドでハンバーガーを食べていた。
美少女のセーラー服のようなハンバーガーの包み紙を剥ぎ取っていくと、艶かしい素肌のようなパンズと、恥じらうようなビーフの塊が僕の欲望を加速させる。
丸裸にされたハンバーガーは、なんとも形容しがたい神聖さを帯びていた。いや、あえて例えるなら、美少女。
早く、彼女と1つになりたい。
僕は彼女をむさぼった。彼女の全てを味わい尽くし満足すると、スマホでグルメ情報を閲覧するため、電源をオンにする。
「なんだ、これ。こんなアプリ。インストールした覚えはないんだけど」
ホーム画面に新しいアプリが勝手にインストールされていた。
「空想食事シミュレーター……イーター?」
アプリの名前はイーター。説明書きには、『カメラで写した食事の写真を見つめるだけで、本当に食べたように錯覚し、空腹を満たすことができるアプリです。これでもう、カロリーを気にしなくても大丈夫! 体重計なんて怖くない! さよならダイエットの日々』と、ムシのいいことが書かれていた。
「そんな簡単に痩せられたら、こんな苦労しないって」
5個目のハンバーガーをむさぼりつつ、アプリを起動してみる。
「カメラで写した物を食べた気にさせるって? ふーん。へー?」
半信半疑になりつつも、目の前にあったフライドポテトを撮影してみる。カシャリとシャッター音が鳴った後、そこには揚げたてでサクサクのフライドポテトがあって……それを見た直後だった。
口の中にポテトの味が広がる。絶妙な塩加減と、カリカリの食感。いつも食べている、フライドポテトの味だ。
「お? おいしい……」
ただ見ているのだけなのに。それだけなのに、僕の口の中にはフライドポテトの味が広がっていた。
本当に食べているような満足感が……すごい。なんだこれ、すごいぞ!
「そうだ。コーラも試してみよう」
今度はコーラをカメラで写してみる。そしてそれを見た途端、口の中にシュワっという炭酸の刺激と控えめな甘さが広がった。
飲んでいないのに、飲んだ気分になる。……すごい。
「もっと、もっと試してみたい。他に何か無いかな?」
ポテトとコーラ以外の物も試してみたい。そう思って周りを見回すと、女子高生のグループを発見した。
彼女らは、アップルパイやチョコパイといったスイーツ類とシェイクで、おしゃべりに花を咲かせている。
……あれだ。
僕は彼女達に気付かれない様に、そっとテーブルの上を撮影した。
カメラに収めたアップルパイを眺める。するとやはり、パイのさっくりした食感と、リンゴの酸味と甘味が口の中に侵入してくる。口内はアップルパイの侵略を受け、一瞬で征服された。
「おいしい、おいしいよ、おいしいよ!」
これが、イーター。
僕は、素晴らしいものを手に入れた。これで、何でもどこでもいくらでも食べ放題だ。




