表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/52

さよならダイエットの日々

 三度の飯より楽しみな物はこの世に無い。僕はそう思ってる。


 体重計? メタボ? カロリー? 


 ――バカバカしいね。食欲は、性欲、睡眠欲に並ぶ人間の三大欲求の1つだ。


 そんな単語は、炭水化物、糖分、脂質の前では何の意味も成さない。


 僕は、生きるために必要なことをただしているだけ。だいたい、無理して痩せるなんてちゃんちゃらおかしい。


 食べるのをガマンするほうが体に悪いに決まっている。


 ほら、想像するんだ。


 生クリームがたっぷり乗っかったケーキを。揚げたてのトンカツを。脂がとろけるような大トロの寿司を。シーフードがたっぷり乗っかったピザを。


 ほら、お腹が空いてきた。だから、ガマンせずに食べてしまおうよ。好きなだけ好きな物をさ。


 でも……お腹についた忌々しい脂肪の野郎が、毎日僕にコンプレックスを植え付けてくる。


 デブ。豚。妊娠男。


 ナイフよりも鋭いクラスメイト達の言葉が、僕のたるんだお腹に突き刺さる。それも毎日毎日。


 僕は……いじめられていた。ただ太っているっていうだけで。


 痩せたい。痩せてあいつらを見返してやりたい。


 僕は好きでデブをやってるわけじゃないんだ。ただ食べるのが好きなだけで、何も害はない。


 バカバカしいとは思いつつも、何度かダイエットに挑戦してみた。けれど、リバウンド王桜本忠道(桜本忠道というのは僕の名前だ)という新しい悪口が定着しただけで、僕の体は痩せるどころかさらに太ってしまった。


 結局、無駄な努力だったってわけだ。だからもう無駄な努力はしない。気の済むまでいくらでも食べてやる。


 そんなある日、僕はワクドナルドでハンバーガーを食べていた。


 美少女のセーラー服のようなハンバーガーの包み紙を剥ぎ取っていくと、艶かしい素肌のようなパンズと、恥じらうようなビーフの塊が僕の欲望を加速させる。


 丸裸にされたハンバーガーは、なんとも形容しがたい神聖さを帯びていた。いや、あえて例えるなら、美少女。


 早く、彼女と1つになりたい。


 僕は彼女をむさぼった。彼女の全てを味わい尽くし満足すると、スマホでグルメ情報を閲覧するため、電源をオンにする。


「なんだ、これ。こんなアプリ。インストールした覚えはないんだけど」


 ホーム画面に新しいアプリが勝手にインストールされていた。


「空想食事シミュレーター……イーター?」


 アプリの名前はイーター。説明書きには、『カメラで写した食事の写真を見つめるだけで、本当に食べたように錯覚し、空腹を満たすことができるアプリです。これでもう、カロリーを気にしなくても大丈夫! 体重計なんて怖くない! さよならダイエットの日々』と、ムシのいいことが書かれていた。


「そんな簡単に痩せられたら、こんな苦労しないって」


 5個目のハンバーガーをむさぼりつつ、アプリを起動してみる。


「カメラで写した物を食べた気にさせるって? ふーん。へー?」


 半信半疑になりつつも、目の前にあったフライドポテトを撮影してみる。カシャリとシャッター音が鳴った後、そこには揚げたてでサクサクのフライドポテトがあって……それを見た直後だった。


 口の中にポテトの味が広がる。絶妙な塩加減と、カリカリの食感。いつも食べている、フライドポテトの味だ。


「お? おいしい……」


 ただ見ているのだけなのに。それだけなのに、僕の口の中にはフライドポテトの味が広がっていた。


 本当に食べているような満足感が……すごい。なんだこれ、すごいぞ!


「そうだ。コーラも試してみよう」


 今度はコーラをカメラで写してみる。そしてそれを見た途端、口の中にシュワっという炭酸の刺激と控えめな甘さが広がった。


 飲んでいないのに、飲んだ気分になる。……すごい。


「もっと、もっと試してみたい。他に何か無いかな?」


 ポテトとコーラ以外の物も試してみたい。そう思って周りを見回すと、女子高生のグループを発見した。


 彼女らは、アップルパイやチョコパイといったスイーツ類とシェイクで、おしゃべりに花を咲かせている。


 ……あれだ。


 僕は彼女達に気付かれない様に、そっとテーブルの上を撮影した。


 カメラに収めたアップルパイを眺める。するとやはり、パイのさっくりした食感と、リンゴの酸味と甘味が口の中に侵入してくる。口内はアップルパイの侵略を受け、一瞬で征服された。


「おいしい、おいしいよ、おいしいよ!」


 これが、イーター。


 僕は、素晴らしいものを手に入れた。これで、何でもどこでもいくらでも食べ放題だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ