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音速の速さで駆ける87キロの体

「お兄ちゃん」


「ダメ。感情がこもってない」


「お兄ちゃん」


「照れがはいってるね。もっとリラックスリラックス」


「お兄ちゃん」


「まだまだ。それだと、よその家の年上の男の人に言う『お兄ちゃん』だよ。もっと愛を込めて」


「お兄ちゃん」


「君……妹舐めてるの? 妹とは――」


「いい加減にしてください!」


「ご、ごめんなさい。僕が調子にのりました。すみません」


「わかればいいんです」


 僕は彼女を家に連れてきて、自分の部屋でお兄ちゃんと呼ばせる練習をしていたのだが、逆ギレされた。


 金髪碧眼美少女の妹ができたと思ったのに、がっかりだよ。ああ、がっかりだ。


「何で……私がこんなこと……あなたになら、キスでも……よかったのに」


「え? 何か言った?」


「いえ、なんでも!!」


 美少女は顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。


 ち。三次元の女子は扱い辛いな。


「ところで君……名前は?」


「田中セレナです」


「ふーん。ハーフ、なの?」


「はい。お母さんがフランス人なんです。私、お母さん似だから、よく外人に間違われるんですよね」


「そうなんだ……」


「えっと。あの、でも。本当によかったんですか? 私なんかをかくまって」


「いいんだよ。美少女を助けるのは主人公の役目だからね」


「でも……あいつらは、エフラムは、人を殺す事に何のためらいもありません。私を取り戻すためなら、どんな手段も使うでしょう」


「いーよいーよ。それよりさ。君、どうしてあいつらに狙われてるの? 美少女って理由だけでも充分とは思うけど」


 セレナは深刻な表情になると、僕の目を真っ直ぐに見た。


「あの、あなたは超能力を、信じますか?」


「ん? 信じるよ。あれでしょ? ベクトル操作とか、レールガンとか、テレポートとかでしょ? へー、君みたいな子でもラノベ読むんだ」


「私が使えるのはそういうのではないんですけど……私、未来が見えるんです。数分先から数年先まで」


「へえ。予知能力ってやつか。じゃあ、あれ? 明日の天気とかわかるの?」


「……いえ、そんな便利に使える力じゃないんです。唐突に頭の中にイメージがわいてくるっていうか……それで……私、見てしまったんです」


 セレナは僕に詰め寄ると、手を握ってきた。


「来年、ううん。十年からそれ以上か先……地球は隕石の衝突で滅亡します」


「へ?」


「私はそれを予知で知ってから、色んな研究機関にメールしたり、電話したりして危機を訴えていたんですけど、誰も信じてくれませんでした」


「そりゃ……ねえ。まだコロニーが落ちてくるとかのほうが、しっくりくるよ。それか、セカンドインパクトが発生するとか。あるいは」


 セレナは元ネタを知らないのか興味ないのか、スルーした。


「そんな時、エフラムの研究者という男に声をかけられ、私はだまされて……超能力研究のために捕まってしまったんです。そこで、なんとか奴らのスキを突いて逃げ出して……」


「僕に出会った、と?」


「はい。すごく……嬉しかったです。男の人に守られるのって、初めてで。私にとって……あなたは王子様なんですよ?」


 セレナは甘えるように、僕に体を擦り付けてきた。


「わ、わわ」


「浩太さん。私のこと、守ってくれますか?」


「はい、喜んで」


 即答してしまった。


「ありがとう、浩太さん。もし、あなたが望むなら……私……」


 セレナはそう言うと、服のボタンを一つ外した。


「じゃあ――髪をツインテールにして、僕のことをお兄ちゃんと呼んで」


 ジト目で見られた。


 なんだよ。金髪ツインテールの妹って、憧れるだろ!


「もう、いいです。それより浩太さん。お風呂借りていいですか? なんだか、汗かいちゃって……」


「あ、ああ。そうだね。僕も入ろうかと思ってたから。じゃあ、先に入ってていいよ」


「一緒に……入ります?」


「え」


 セレナは僕を上目遣いで見ていた。


「い、いや。ダメダメ。そうだ! 僕、日課のトレーニングがあったんだ。走ってこなきゃ! じゃ! お風呂は階段のすぐ隣だからねー」


 僕は真っ赤な顔のまま、家を出た。


 ……ヘタレだな、僕。


「おい、貴様」


「へ?」


 気が付くと、僕は囲まれていた。先ほどと同じ、黒ずくめの男達だ。


「エフラム……か?」


「その通り。田中セレナを返してもらおうぞ。あれは貴重な実験体なのでな」


「やってみろよ、三下。主人公が誰かってこと、教えてやる」


 同時だった。僕がスマホを取り出したのと、男が拳銃を取り出したのは。


 僕は叫ぶ。


「エアライド!」


 まるで風に乗ったように、僕の87キロある体が音の速さを越え、放たれた銃弾をおきざりにして移動する。


 超加速する魔法、それがエアライドなのだ。


「何、このデブ早いぞ!?」


「角は付いてないし、赤くないけど僕は三倍以上に早いんだよ!!」


 加速したまま、男に腹パンする。


「ぐ!?」


「どうだ痛いだろう? 縞パンのほうがときめくだろう? けれど、こんなもんじゃ終わらせない」


 僕は男に向って、叫んだ。


「チェンジ!!」


 途端に男の体がみるみると老化していき、よぼよぼになる。


「お前も、チェンジ!!」


 今度は別の男の体がみるみると丸みをおびていき、髪が長くなり、胸が膨らんで女になった。


「な!? なんだ、なんだこれは!」


「さらにチェンジ!」


 他の男達も猫やら犬やらに変えてやった。


「さて。お前達のアジトの場所を教えてもらおうか」


「だ、誰が。しゃべるか」


 僕は女に変えた敵の胸倉をつかむと、脅した。


「しゃべらないと……一生そのままだぞ」


「う……だが、それでも……組織を裏切るわけには……」


「ほう? 大した忠誠心だな。なら、お前の体を縞パンが似合う幼女にしてやるまでだ。そして、秋葉原のど真ん中に放り込んでやろう。どうだ、想像しただけで恐ろしいだろう?」


「ひい! そ、それだけは」


「なら、素直になれ。大丈夫、事が終われば元に戻してやる」


 そして敵からアジトの場所を聞き出すと、僕は再びエアライドで街を駆けた。


 エフラムは、僕が潰す。


 そして、セレナは僕の妹にする。

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