ちょっとしたイタズラ
「村上くん、おはよう」
「おはよーっす」
教室に入ると、オレは自分の席を目指した。村上はオレの名字だ。ちなみにフルネームは村上陽人。
「おはよー。葉山さん」
「あ、村上くん。おはよう」
隣の席の葉山美月に声をかける。葉山はメガネをかけた、いわゆるガリ勉タイプの女子で、勉強ができる。
確か、学年上位だったはず。テストはお前に任せるぜ、葉山。
そしてテストが始まり――オレは葉山の解答を80%丸写しした。
100%では、カンニングしたんじゃないかと疑われる恐れがある。隣の席だしな。
頑張ってコピーしたおかげで、テストの結果は上々だった。葉山に心の中で頭を下げると、これから始まる夏休みに、心を躍らされた。
何をしよう? 時間は腐るほどある。
しかしまあ、休みのときはあまり時間を止める必要が無いな。学校がある時は、徹夜でゲームしたあと、時間を止めてぐっすり寝てからまた時間を動かしていたし、宿題も葉山のを勝手に写していたし。
社会見学ってのも、ありか。プールの女子更衣室とか、女風呂とか、ラブホとか……。
やらしい妄想を膨らませていると、目の前にリア充爆発しろと言わんがばかりのバカップルがいた。
むかつく。昼間っからイチャついてんじゃねーよ。
……少し、イタズラしてやるか。
オレは時間を止めると、バカップルに近付いた。駅のベンチで、キスなんかしてやがる。しかも、相手の女はオレ好みときた。
オレは、近くに立っていたおっさんをつかむと、バカップルの女のほうをベンチからどかし、おっさんをベンチに座らせた。
……よしよし。浮気現場セッティング完了、と。
いや、これじゃつまらねー。
ちょっとばかし、怖い思いをさせてやるか。
オレは、おっさんと女を元の位置に戻したあと、再び時間を動かした。
そして、次の電車が来るのを待ち――。
『まもなく、一番乗り場に各駅停車が参ります。危ないので、ホームの内側までお下がりください』
アナウンスが聞こえ、電車がホームに滑り込んでくる。
このタイミングを待っていた。
再び時間を止めると、オレは未だお楽しみ中の男に近寄り、女から引き剥がした。
そして、ホームの端まで行くと男を線路の上へ放り投げる。
ここで時間を動かせば、男は目の前に迫る電車にびびることだろう。あわや衝突かというところで、もう一度時間を止めて、元に戻してやるというあらすじだ。
さて、動き出せ世界。
オレはストップウォッチを操作して時間を動かした。
そして。
「う? うぁぁぁぁぁあああ!? 何だ、これ!! 何なんだよ、誰か、誰か助けてくれえええええ!!」
予定通り、男は大ビビリだ。なんとかホームにあがろうとするが、焦っているためか、うまく体を動かせていない。
さーて、そろそろかな?
オレは、ストップウォッチの停止をタップしようとした。
同時だった。オレの着メロと男の悲鳴と肉が弾ける音が聞こえたのは。
「え?」
タップする直前に、母親から着信……。
強制的に着信画面に移行されたせいで、タップしそこなった……。
は、ははは。そんな、バカな。
つまり、今頃あの男は……ミンチ?
いや。いやいや。かろうじて、助かったのかも。
オレは自分にそう言い聞かせて、ホームを見た。
そこには……。
「キャアああああああああああああああああ!!」
「誰か飛び下りて下敷きになったぞ!」
「救急車だ!」
悲鳴と血に彩られた駅のホームがあって、さっきまでイチャついていたリア充は……本当に弾けていた。
『ちょっと、陽くん? 今日、陽くんが大好きなおかず作ってあげるから、早く帰ってきなさい』
「うるせえ!! クソババア!」
母親のKYぶりにブチギレたが、今は冷静にならなければいけない。
……大丈夫だ。誰も見ていない。オレは時間を止めていたのだから。
普段通りにしていれば、何も問題ない、うん。
オレは自分に無理矢理そう言い聞かせると、静かにその場を立ち去った。