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新しい人生

「ふふ」


 脱衣所の鏡の前で、バスローブ姿の美女が妖しく笑う。


「これが私、かあ……この体も悪くないわね……」


 色んなポーズを取ってみる。豊満な胸と、何人もの男に愛されてきたのであろう肢体。


 艶かしい唇も、くっきりとした目鼻も、すべてが私の物。


「冴子……」


「あなた……」


 この女の夫が待ちきれず、脱衣所の扉を開けて入ってきた。


 そして私はいつも通り、男に愛されるのだ。


 もう、何度目のジャックになるか解らない。


 まるで服を着替えるように、毎日毎日違う体に入り、違う人間の人生を体験した。学校はズル休みしてさぼっている。


 街中で美しい女がいれば、後をつけてジャックし、その女になりすまして、夫や恋人と夜を過ごした。


 ジャックしたのは、何も若い女ばかりじゃない。


 男の子もジャックした。かっこいい男の子になってナンパをしたり、背の高い男の子になって、バスケしたり、声の低いおじさまになって、カラオケで歌を色々歌った。


 もう毎日が楽しくて仕方が無い。私は、一生だけで体験できない色んな種類の刺激を受けた。


 そして、毎回自分の体に戻るたび、劣等感にさいなまれていた。


 すでに私は自分の人生に満足できない。色んな人間の色んな生き方を知ってしまった。


 もう、自分に興味が無いのだ。


「さあ、今日は……どうしようかな」


 相変らず学校をズル休みして、街をぶらつく。


 朝ということもあって、小学生がやかましく登校していた。


「小学生、か……今日は、小学生にしよう、ふふ」


 私は唇を歪ませると、こちらに歩いてくる小学生の女の子を発見した。


 むかつくくらいに可愛い。ガキのクセに、出てるところが出てる。あれでランドセルを背負っていなければ、高校生でも通用するだろう。


 あれがいい。あれに、しよう。


 公園のベンチに腰掛け、道路を歩く少女に向けてスマホをかざす。


「私に、あんたをちょうだい」


 呪いにも似た心の呟きとともに、シャッターを押す。


 すると……。


 景色が一瞬で移り変わった。


 背負ったランドセルの重みが、新しい自分を得たのだと教えてくれる。


「さて、ひさしぶりに小学生してみるのも、いいわね。給食とか食べてみたいし」


 私の体はベンチにあるので、居眠りしているように見えるだろう。これで夕方までは大丈夫だ。


 気分よく歩き出した私だったが、背後から迫る轟音に驚き振り返った。


 トラックだ。しかも、中の運転手は居眠りでもしているのか、高速でこちらに向っている。


「ひゃ!?」


 危ないと思った刹那、運転手は意識を取り戻し、私に気が付くとハンドルを大きく切って……公園に侵入していった。


 ……ふう、危ないわね。もうすぐで死ぬところだった。


「だ、誰か。救急車を、よ、呼んでくれ!!」


「ん?」


 さっきのトラックの運転手が慌てふためいた様子で公園から出てきた。派手に激突した割には無傷だったらしい。


「そこのお嬢ちゃん! ああ、どうしよう……俺は、俺は、何てことをしちまったんだ……。な、なあお嬢ちゃん。ちょっと人助けを手伝ってくれないか?」


「やだよ、忙しい」


「頼むよ、高校生の女の子が……血だらけで……息、してねえんだ。携帯でも持ってたらかしてくれねえか? なあ!? 人の命がかかってるんだよお」


 高校生の女の子?


 まさか。と思って、トラックの近くによっていくと……。


「私が……死んでる」


 一目でダメだと思った。あれはもう、人ではなく死体だ。


 私が、死んでいる。


 何? これ、どういうこと? つまり、もう、体に戻ることは……できないの?


「あは。あはははははは!」


 ちょうどよかった。


 真下由紀は、古い私は死んだ。私は新しい体を得て、生まれ変わった。


 これからは、きっと……輝かしい未来が待っているだろう。


 私はランドセルを背負い直すと、笑いを堪えながら歩き出した。

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