初めて
『このアプリを起動して、対象の人物をカメラで撮影すると、その人物の体を乗っ取ることができます。元の体に戻るときは、元の体に触れてください』
ジャックの説明書きは、こんな感じだった。
他人の体を乗っ取る? バカバカしい。そんなこと、できるわけがない。
それに、仮にそれが本当のことだとしても……自分を否定するのと同義じゃないの。
確かに私は可愛いほうじゃないし、家も貧乏だけど、それでもこの体とは17年間付き合ってきた。愛着が無いワケでもない。
一応、私にもプライドってものがある。この体に生まれてきた以上、この体でできる最大限の努力をしてきたつもりだ。
――でも。
人間は不平等だ。それは生まれ付いて備えた才能も、容姿も、家柄も努力でどうこうできるものじゃない。
分不相応という言葉もある。
私には私の幸せがあるのだろう。
……やっぱり、嫌だ。こんなまま、生きていくのは、嫌だ。
欲しい物があれば、必ず手に入れる。
私は、放課後の図書館で彼氏とイチャついてる天音を見つけて、決心した。
ジャックのアプリを起動し、カメラを……天音に向けた。
私が天音になれば、天音の持っている全てが手に入る。天音の家も、お金も、彼氏も、天音の人生さえも。
欲しい。天音、あんたはもう充分幸せを満喫したでしょ? 私にもその幸せ、味わわせてよ……!
呪いにも似た心の呟きとともに、シャッターを押す。
すると……。
「対象の人物は欲望アプリをインストール済みです。欲望アプリインストール者はジャックの対象外、です?」
エラー音とともに、そんなメッセージが画面を支配していた。
欲望アプリ? 何よ、それ。
じゃあ。じゃあ、せめて。
天音から彼氏を奪ってやる。
天音の彼氏に乗り移って、暴力の一つでも振るってやれば、2人の恋はバッドエンドよ。
花岡くんに向けてシャッターを押すが、またしてもエラーが出た。
チ。やっぱり、イタズラか何かのアプリだったのか、これ。
私は、スマホをスカートのポケットにねじこむと、不機嫌を隠そうともせず歩き出した。
むかつく。
むかつく。
むかつく。
さらに私の心を逆なでするように、公園のベンチで若い男女がいい雰囲気だった。
むかつく。
けど……なんて、羨ましい。私も、彼氏が欲しい。
私はスマホを取り出して、ジャックを再度試みた。
やっぱり、捨て切れなかった。だめだと解っていても、それにすがりたくなった。
「私に、あんたをちょうだい」
呪いにも似た心の呟きとともに、シャッターを押す。
すると……。
「可奈……」
目の前に、若い男の顔があった。
イケメン。いい匂い。なに、これ?
「好きだよ……」
「え?」
抱き寄せられる私の体、男の細いけど、がっちりとした体にホールドされて、抜け出すことはかなわない。
熱い。体中が熱を帯びている。
初めて感じた、異性の……男性の体。
男は私を求めている。はじめて……こんなの。
そこでふと、視界の端に倒れている女子高生を発見した。
あれ……私? もしかして、これは、さっきのカップルの女の……体?
「可奈……」
「ちょ! ちょっと待って!」
男が本格的に私をむさぼるように、吸い付いて着たので、私は男の股間を蹴って脱出した。
「ぁ!? な、なにするんだよ、可奈」
しまった。ついやっちゃった。痛いのかな、あれ。
まあいいや。今はとりあえず元の、私の体に戻らないと。
私は倒れている自分の体に触れた。
「ん……?」
頭がくらくらする。起き上がって自分を確かめると、学校の制服を着た私の体だった。
――これが、ジャック。