歴史の改変
まるで、夢を見ているみたいだった。死んだお兄ちゃんが、目の前で生きて、動いている。
「ん、どうしたの天音? あ、そうか。これが欲しいんだね? はい、あげるよ」
「あ、ありがとうお兄ちゃん……」
じっとお兄ちゃんの顔を見ていたのを、おかずが欲しいと勘違いされてしまったらしい。
私はとりあえず、ウインナーをもらって、子供らしく無邪気に笑ってみる。
「他に欲しいもの、ある?」
「ううん!」
ああ。本当に、お兄ちゃんだ。
いつも私のことを一番に考えてくれて、可愛がってくれる、優しくて大好きなお兄ちゃんだ。
「お兄ちゃん、大好き! もう離さないもん!」
子供の様に兄の腕に引っ付く私、10年ぶりだった。
兄の匂いも、兄の大きな背中も、兄の声も……全てが懐かしい。
ずっと、ずっと、会いたかったよ……。
「おいおい、どうしたの天音。僕はどこにもいったりしないよ」
その言葉で、現実に引き戻される。そうだ……お兄ちゃんは、あと一週間で死んでしまうんだ。
歴史を……変えなきゃ。お兄ちゃんを死なない歴史を作らなきゃ。
でも……思い出せない。お兄ちゃんが死んだ原因は何だったのか。
そもそも、あの頃の記憶がない。お兄ちゃんが死ぬ一週間前から、死ぬ直前までの記憶が、キレイに空白だった。
もしかして……17歳の私の意識が7歳の私の体に宿っていたから? だとすれば……これは、チャンスなのかも。
私が過去で歴史を変えれば、10年後のお兄ちゃんは死なずに済む。そうすれば、そうすれば!
「天音? 具合でも悪いの? 学校休むか」
「う、ううん。大丈夫だよー」
「そう? なら、いいんだけど」
食事を終えると、私はお兄ちゃんと一緒に家を出た。久しぶりに背負ったランドセルは、少し重い。
「いってきまーす!」
二人で元気よく、仲良くお母さんに行ってきますを言うと、外へ出る。
通学路の途中まではお兄ちゃんと手をつないで歩いていた。
こうしてみると、改めて仲の良い兄妹だったんだなあって、思う。そういえば、一度もケンカなんかしたことない。
成長した今の私だから解るけれど、もし私に10歳年下の弟がいれば、いじめたりなんかせず、目に入れても痛く無いくらい可愛がっていただろう。
「あまねちゃーん」
「あ、ゆきちゃんだ」
懐かしい。小4の時に引っ越して行ったゆきちゃんだ。
あのころの姿そのままで再会するのは、ちょっとした違和感がある。
「あまねちゃんのお兄ちゃん、おはようございまーす」
「うん、おはよう。ゆきちゃん。それじゃ、天音。僕は行くね」
「あ……」
途端に不安が私を襲った。これが今生の別れになってしまいそうで、私はお兄ちゃんの手を離せなかった。
「おいおい、まったくもう……しょうがないな、天音は」
お兄ちゃんは困ったように笑うと、かがみこんで目線を私に合わせた。そして、優しく頭をなでてくる。
「天音、がんばれ」
おまじない。私が何かに挑戦するとき、こうしてお兄ちゃんは私を励ましてくれる。
「うん、行ってきます……ばいばい、お兄ちゃん」
「ばいばい、天音」
私はお兄ちゃんと別れ、ゆきちゃんと一緒に学校へ向った。
「天音ちゃんはいいなー。あんなかっこいいお兄ちゃんがいて。私にちょうだい!」
「だめー。私だけのお兄ちゃんだもんー」
自慢のお兄ちゃんだった。優しくてかっこいい、勉強もできて、いつも遊んでくれる。アルバイトで稼いだお金で、私がおねだりすれば何でも買ってくれた。
駄々をこねて、よく困らせたっけ。その時に買ってもらったぬいぐるみは、高2になった今でも枕元に置いて一緒に寝ている。
そんな優しい兄を、助けたい。
きっと私が十年前に来たのには、兄を助けるという使命があるからなんだ。
私は、決意を新たにするとランドセルの肩ひもを強く握った。




