10年前に戻りたい
早く大人になりたいと、本気で思っていた時期があった。
それがいつしか、ずっと子供のままでいたいと、あの頃はよかったと、時間を巻き戻したいと思うようになった。
ねえ? あの頃の私、大人になっても嫌なことだけだよ?
ねえ? 未来の私、あなたは今どんな気持ちで毎日を過ごしているの?
戻りたい。あの頃に。
そんな時、私の願いを叶えてくれたのは、スマートフォンアプリ『リメンバー』だった。
高校2年生の夏。私、相良天音は毎日が憂鬱だった。
電車に乗ると、男の視線が怖い。夏になって薄着のせいか、いやらしい視線を感じる。
勉強にまったく付いていけない。先生の言葉がまるで呪文みたいに聞こえてくる。
友達がいない。ハブられてる。男子からは声を掛けられるけど、どうも私は同性から嫌われてるみたい。
小学生の頃は……こんな苦労しなかったのに……。あの頃に、戻れたらなあ。
自室のベッドの上でスマホをいじりながら、溜め息を吐いた。
『天音ちゃーん、ごはんよー』
「はーい」
お母さんに呼ばれ、部屋を出てリビングに向う途中、隣の部屋の前でふと立ち止まった。
「お兄ちゃん……」
そこは、お兄ちゃんのお部屋。
私の十歳年上の大好きだった兄。もう、この世にいない。十年前、わずか17歳でこの世を去った。
私の足は自然と兄の部屋へ向っていた。部屋の中はお兄ちゃんが死んだ当時から何も変わっていない。十年間時が止まっているかのようだ。
「お兄ちゃん……」
私は、お兄ちゃんの学習机のイスに座ると、そっと瞳を閉じ泣いた。
もう一度、会いたい。
十年前に、戻りたい。
「あれ? こんなアプリ、インストールしたっけ」
時刻を確認しようとして、スマホを起動すると、見たこともないアプリがインストールされていた。
「リメンバー? ……何、これ?」
説明書きを読むと、過去の自分に意識を転送できるらしい。……けど、そんな夢見たいな話、あるわけが……。
でも、もう一度お兄ちゃんに会えるなら。私は何だってする。
「会いたいよ、お兄ちゃん……」
リメンバーを起動すると、時刻の入力欄があった。そこに、あの日を入力してみる。半信半疑だったけど、ダメでもともと。
2003年6月20日 7時00分、と。お兄ちゃんが死ぬ、一週間前の時間だ。
一目でいい。一目でもいいから、お兄ちゃんとお話がしたい。
「お願い、私を……十年前に連れて行って!」
急に妙な浮遊感を感じると、次の瞬間周囲は真っ暗になっていた。まるでジェットコースターのように、体が落下していく。
そして、私の意識は途切れた。
「天音ちゃん、ほら、起きなさい。小学校遅れちゃうわよ!」
「ん……」
目を覚ますと、目の前にお母さんの顔があった。失礼な感想だけど、シワの数が減って若返った感じがする。
「ほら! 早くお着替えしなきゃ。天音ちゃんはもう7歳でしょ!」
「7、歳?」
ベッドから起きて、目をこする。意識が覚醒していくと、体に起こった変化に気が付いた。
「私、小さくなってる。机もタンスも本棚もみんな大きい……」
試しに姿見の前に移動してみると、本当に十年前に意識が転送されたことがわかった。
「あは。ランドセルだ。ピカピカ……そっか、そういえばこのランドセル、初代だっけ。3年生のときに壊しちゃったんだよね……」
すべてが懐かしく、逆に新しく見えた。
私の子供の頃の体も、お気に入りだった服も、ランドセルも、漫画も。
「天音。まだ寝てるの? 早く起きて、お兄ちゃんと一緒にご飯食べよう」
背後から聞こえた懐かしい声。
私が一番会いたかった人だ。
「お兄……ちゃん?」
「ん?」
振り返ると、そこには懐かしい兄の顔があった。