表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

上書き神社

作者: 小鳥遊有鷹

なんとなく、勢いで短編書き上げました。

コメディ色が強めです。

 待ちに待った日曜日。

 目を覚ますや否や、急いで家を飛び出した。


 俺の住む町の隅っこには少し寂れた神社があるらしく、その名も「一手神社」である。

 霊験あらたかな神社らしく、願い事するならここしかないと言う場所らしい。

 今日はそこにお参りに行くのだ。


 このありがたい情報は、俺が通う練馬第二高校の数学教師、斉藤和夫によるものだ。

 斉藤和夫は、俺の所属する地学部の顧問でもあり、話のわかるおっさんだ。

 部活の最中に面白い話をしてやろう、と「一手神社」の事を教えてくれたのだ。

 

 その話を要約すると、「一手神社」は一見すると小汚い神社で、あまり人が寄りつかない。

 しかし、とあるお供え物をすると、これでもかというぐらい御利益がある。

 祀られている神様は片手しか無い。

 その影響なのかはわからないが、お願いをされても一つずつしか叶える事ができないらしい。

 そして、願いが叶う前に、別の誰かがお供え物を持って願い事をすると、古い願い事は消去されてしまうそうだ。

 だから、「上書き神社」とも呼ばれているみたいだ。


 それを聞いて、何回でも繰り返せばいつかは叶うだろう、と数の暴力に頼る発言をした。

 だが、斉藤和夫はにやりとした。

「成否に関わらず、挑戦は一度きり。人生はそう甘いものじゃない。ただお供え物を知る人物は非常に少ない。余程の運無し野郎じゃない限り成功する。ちなみに私は、それで教師になれた」


 最後の発言の問題性はあえてスルーしよう。

 しかし、斉藤和夫は非常に胡散臭いが嘘は言わない。

 やる価値はあるだろう。

 ただ、運無し野郎のレッテルを貼られるのは少々怖い。


 だが、この話を聞いた時は、俺ともう一人の部員で後輩である、地味で眼鏡を掛けた加藤良子しかいなかった。

 普段の生活態度から、加藤がこの手の何かに頼る可能性は低そうだ。

 

 じゃあ、俺がやらずして、誰がやる。そう言うノリなのである。

 自転車を漕いで三十分。目的地に辿り着いた。

 日曜日、そしてやる気に満ちた俺。

 こんなに好条件が揃う日はそうそう無い。年間で言えば五十日程度だろう。 


 あせた朱色をした鳥居の前で立ち止まり、一礼をした。

 左足を第一歩に鳥居をくぐると、石畳が拝殿まで続いている事を確認した。

 道の中央は神様の通り道らしいので、常に道の左側を歩いた。

 意外としっかりしているらしく、拝殿の奥には本殿らしきものも見える。

 正直侮っていたが、これは御利益がありそうだ。


 しかし、拝殿の目の前で足を止めると、一つの疑問が湧いてきた。

 ポケットにしまったお供え物は、一体、どこに供えればいいのだろうか。

 眼前には、お馴染みの賽銭箱と本坪鈴がある。

 本来なら小銭を入れて、本坪鈴を鳴らせばいいのだが、いかんせん供え物となると、どこに供えていいものか。


 しばし迷った結果、神社の人間に聞けばいいだろという結論に至った。

 ちょろちょろと辺りを見回すと、竹箒を持った神主さんがいる。

 本当は、綺麗な巫女さんがよかったが、この際贅沢は言わないでおこう。


「おはようございます。お供え物をしたいのですが、どこでしたらいいですか」

 我ながら、スマートな挨拶で、お供えをするに相応しい人物としてアピールできた。

「あ、おはよう」

 何故この神主はこんなにも馴れ馴れしいのだろうか。

 まあ、大事の前の小事という事で、頼まれてもいないのに許す事にしよう。


「お供え物なら本殿だね」

 ついてきなされ、と神主さんが本殿の前に連れて行ってくれた。


 本殿を前にすると、内に秘めた信仰心が荒ぶり始めた気がした。

 しかし、それは全くの気のせいで、人並みの信仰心だったらしく、一気に沈静化した。

 

 冷静に本殿を見渡すと、中に入れるわけでもなく、どこに備えていいのかわからなかった。

「あの、どこに備えたら?」

「あそこ」

 神主さんが指さした場所を見ると、ただの台が設置されているだけだった。

 お世辞にも、何かを供える場所とは言えないだろう。


「ここですか?」

「うん、君みたいにお供え物持ってくる人間は珍しいからね。一応、その人達の為に気持ちばかりのものを用意しただけ」

 うーむ、言われてみれば納得する。誰が好き好んで寂れた神社にお供え物を持ってくるのだろうか。

 大方、二種類の人間に分けられるだろう。

 一つは、内に秘めた信仰心を抑えきれない人だろう。

 もう一つは、内に秘めた下心を抑えきれない下衆野郎だ。

 俺がどちらの人間か、という事はあえて追及しないでおく事が優しさと言うものだろう。


 ポケットから取り出した、秘蔵の供え物を台の上に置いた。

 正直言って、こんな供え物をされても嬉しく無いだろう。

 なぜなら、乾燥した「ヒトデ」なのだから。

 俺なら怒る。ギャグも大概にしろと。

 しかし、これを手に入れるのは少し手間だった。インターネットであれこれ調べて購入したのだ。

 だが、斉藤和夫の言う事を信じれば、費用対効果は抜群に高いはずだ。


 二礼二拍手をすると、氏名と住所を心の中で呟き、感謝の言葉を述べた。

 次いで、心の中で願い事を言う。


 願い事候補は沢山あった。美人と仲良くなれたり、可愛い子と仲良くなれたり。素敵な恋人が見つかるなど、どれも選びがたい物ばかりだった。

 しかし、誠実に生きる俺にとって、願いの力で女性を意のままにするという事は大変心苦しい。

 よって、願い事は、宝くじの高額当選に留めておいた。

 ただ、常識の範囲内でのお願いしか叶えてくれないらしいので、百万以上五千万以下の範囲を指定しておいた。勿論、三億は欲張り過ぎだから。


 そして、最後に、一礼した。

 すかさず、神主さんにもお礼をして、その場を後にした。

 

 ところが、神社を出たところで、実に出会いたくない人物が視界に入ってしまった。

 その人物とは、俺以外で、唯一地学部に所属する人物、加藤良子だ。

 スケベ根性丸出しで、お供え物をしているとなると、どんな侮蔑の言葉をぶつけられるかわからない。

 俺はあまりメンタルが強い方ではないと自負している。

 よって、ここは三十六計逃げるにしかず。


 顔を見られない様に不自然な動きで自転車にまたがる。

 そして、背を向けて、脱兎のごとく逃げ出した。


 

 あれから二週間が経ち、一枚だけ購入しておいた宝くじの当選発表の日が訪れた。

 俺は、大人げ無く、新聞で当選番号を確認する事はしない。

 男なら堂々と、宝くじ売り場に向かい、その場で照会してもらうべきだ。


「おめでとうございます。高額当選です」

 と言うたいしてありがたみも無い、窓口のおばちゃんから祝辞を受け取り、身分証を持って銀行に向かう。

 そんなサクセスストーリーだって、あってもいいじゃない。

 そう、ええじゃないか。


 二度手間でしょ、という苦情は一切受け付けない。

 いわば、遠足の前日と同じワクワク感を大事にしているのだ。


 俺は宝くじ売り場の前に立っている。

 駅前と言う事もあり、結構な人がいる。

 そして、鳩の集団も餌を求めてあちらこちらを闊歩している。


 俺は、長財布から一枚の希望を取り出した。

 そして顔を近づけてキスをしたい衝動に駆られた。

 しかしながら、宝くじは、黄色い布で巻いて、便所に置いておけ、という胡散臭い教えを頑なに守り、今日まで実践したのである。

 だから、衛生面を懸念し、実行する事は取りやめた。


 受付のおばさんに、宝くじ一枚を指しだそうとしたら、信じられない程の突風が吹いた。

 俺の手から、未来と言う名の宝くじが宙に羽ばたいた。

 飛んで行った宝くじを目で追う。

 捉えどころの無い蝶の様に舞い、俺を嘲笑うかのようだった。


 届かぬ手を伸ばしながら、宝くじを追った。

 すると、宝くじは、一般的に言う肥満体形と思われる人物の目の前で羽根を休めた。

 そのまま、そのまま、と宝くじを諭す。

 

 そう思った瞬間、肥満の人が歩きながら食べていた、フライドチキンらしきものが落下した。

 それは丁度宝くじの上に落ちた。

 肥満の人の歩みが直ぐに止まる事が無かった。

 肥満の人は止めを指す様に宝くじの上に乗ったチキンを踏みつぶした。

 チキン味の宝くじなんて聞いた事も無い。

 肥満は、嘆いている。

「俺の肉が……」

 そう言って、肉を拾い上げ、ゴミ箱へと向かった。

 そして俺も呟いた。

「俺の宝くじが……」


 しばしの間呆けていたが、まだ宝くじは完全に死んじゃいない。

 急いで駆け寄り、手を伸ばそうとしたところで、再び突風が吹いた。

 またしても宝くじは宙を舞った。しかし、しみ込んだ油の所為か、先ほどの動きに比べ、キレが無い。

 

 ふざけるな。俺の宝くじはどこに行く!

 待て、待つんだ。


 その祈りもむなしく、ひょろひょろと飛ばされて行った。

 そしてその終着駅は、鳩の群れの中だった。

 すると、鳩の集団は、匂いと味の付いた紙きれに激しく興味を示し、こぞってついばみ始めた。


 俺は叫んだ。

「共食いは止せ! このチキン野郎どもぉ」

 俺は走った。小さな子供が鳩の群れに突進するが如く。

 当然、周りの人間は俺に畏怖の念を抱いた事だろう。

 しかし、そんな瑣末な事はどうでもよくて、俺には宝くじの安否しか頭に無かった。


「うおおおおおお」

 怒号の如く叫ぶ、得体の知れない人間に危機感を覚えたのか、群れていた鳩達は、蜘蛛の子散らす様に逃げ去った。

 しかし、鳩の群れが去った後に残された物は、見るも無残な宝くじの遺骸だった。

 かろうじて、宝くじであった物と認識できる程度で、当然換金なんて出来るわけも無かった。


 俺はうなだれた。

 今日と言う日を楽しみにしていたのに。あまりにもむごい仕打ちだ。

 鳩に言いたい。俺のワクワク感を、ドキドキ感を返せと。


 宝くじと言う、体中にたぎる熱い血潮を失った俺は、もはや抜けがらだった。

 満身創痍ながら、なんとかベンチに座った。

 今日は忘れられない日になりそうだ。

 俺の宿敵は鳩と言う事を決定づけた一日。


 あと、デブの食欲が宝くじを殺す事も知った。


 はあ、どうしてこうなるかな。

 遠い目をしていると、女性の声が聞こえた。

「あの、隣いいですか」

「あ、どうぞ」

 もうどんな女性なのかと顔を見る気力も無い。


 それからしばらく、頭を垂らしたままでいると、再び声を掛けられた。

「先輩、いい加減気付いてくださいよ」

 さっきは絶望に苛まれ過ぎて気付かなかったが、この声には聞き覚えがある。

「え……」

「私ですよ」

 顔を上げて、隣に座る女性の顔をまじまじと見ると、どこかで見た事がある顔だった。

「え、加藤?」

「はい、そうですよ」


 髪型も違うし、眼鏡も掛けていないし、可愛らしい服装をしている。

 それに、化粧もしているのだろう。

 余りの変貌っぷりにドキっとしてしまった。

「え、お姉さん?」

「違います」

「プチ整形?」

「怒りますよ」

「え、加藤本体?」

「本体です」


 世の中わからんものだ。いつも部活で一緒にいるのに、人はこんなにも変わるものなのか。

 普通に、可愛い部類に入る。

 不覚にも女性として意識してしまった。

 これが化粧マジック。女性とは恐るべし。


 いや、待てよ、これはある種吊り橋効果なのではないか。

 俺が悪魔の群れに心を粉々にされた状態で、身近な女性が素敵な姿に変身して現れれば、それはドキっとしてしまうのも無理からぬ話だろう。

 

 しかし、俺はいつでも公平厳正に判断を下すのだ。

 今一度、加藤らしき女性の顔をまじまじと見た。

 やっぱり、可愛い。どうやらこれは、吊り橋は関係無いらしい。


「ところで、どうしてここに?」

「どうしてでしょうか。ふふふ」

 この可愛らしい笑みを前にすると、少しだけ元気が出てきた。

 それに伴い、身近にこんなに可愛い女性がいるのに気付かない、自らの愚鈍ぶりを恥じた。

 

 だが、それらは一先ず置いておこう。

 

 俺は、満を持して今日と言う日を待った。

 それなのに、あと少しと言う所で、俺のサクセスストーリーは雲散霧消した。

 その代わりに、素敵な女性が現れた。


 一体誰が、俺の願いを上書きしたのだろう……。

一部不快な表現があったら申し訳ないです。


神社に関する知識は付け焼刃なので

おかしな点はよろしければ、ご指摘お願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ