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第六話

入学式より一夜明け、聖四葉学園は本日より平常授業が始まる。洋輔達のいる1年3組は現在、最後の授業を受けていた。科目は体育。担当教師は紗耶香だった。


「次、行くぞ。ピッ!」


紗耶香が吹いた笛を合図に駆け出す生徒。どうやら50メートル走のタイムを測っているようだ。


「いいな~。な?洋輔」


「いいって何が?」


「女の子が運動する姿だよ。いいと思わないか?」


「いや、どこが?」


どうやら洋輔は分からないようだ。一成はは~、と息を吐いた。


「お前、あの良さが分からないのか?見ろよあの必死に走る姿!苦しそうにしながらも必死に前を向いてゴールを目指す!そんな女の子に対してお前は何も思わないのか?」


「力説すんな。璃乃を見ても同じことを言えるのか?」


「た、多分言える……かもしれない……」


「ヘタレが」


「うるせー、お前よりはマ……何でもない」


お前よりはマシ

そう言おうと思い踏みとどまる一成。洋輔は自分のことを普通の人間だと思っている。しかし昨日の入学式の一件で自らの精神爆発を予想するような人間は普通ではない。想像力が豊かというより、想像力が洪水を起こしている。そんな洋輔を変人と言葉にしなかった一成は大層優しいのかもしれない。その優しさは誰のためにもならないが。


「?何だよ?」


「何でもないって。それよりさぁ、紗耶香先生が体育教師とは思わなかったよな」


「確かにな。あの無表情にジャージ姿が怖いくらい似合ってない。俺はてっきり数学担当だと思ってたよ」


「俺は文系のだと思ったな」


「次、七井と二岡。お前達の番だ。早くしろ」


洋輔と一成が話し込んでいると紗耶香が二人を呼んだ。どうやら二人が話している内に順番がまわってきたようだ。

紗耶香に呼ばれスタート地点に並ぶ洋輔と一成。その時紗耶香が声をかけてきた。


「なぁ、七井」


「何ですか?」


「私は重要なことを忘れていた」


重要なこと、しかもこのタイミングで言うこととは何なのだろうか?洋輔と一成は紗耶香の言葉を待った。


「自己紹介」


「……はい?」


「だから自己紹介だ。普通するだろう?クラスで」


「はぁ…まぁ、そうですね」


確かに昨日は入学式のあとに自己紹介がなかった。美幸のことが衝撃的すぎたのか誰もそのことを言わなかったが普通はするものだろう。しかし何故今それを言うのか。


「そうだろ?だから今考えたんだが帰りのSHRでやろうかと思うんだ」


「いや…別にやらなくていいんじゃないんですか?」


既に入学式から一夜明けてクラス内でも仲のいいグループが出来つつある。それなのに今更改まって自己紹介など無意味だろう。というよりもなんか、こっぱずかしい。


「いやしかし大事だぞ?自己紹介」


「そんなに言うんならなんで昨日忘れたんですか。しっかりしてくださいよ」


「仕方ないだろ。ゴタゴタしてたし」


「そりゃそうですけど…」


「最初は私も別にいいかな~って思ってたんだ。だが他のクラスの担任にこのことを話すとみんなして『いやそれはないだろう』的な目をしてくる。なんか腹が立つだろう。だからやろう自己紹介。あいつら全員見返してやる」


洋輔と一成は無言でスタートの体勢に入った。これ以上駄目な大人の残念な話など聞くに堪えなかったのだろう。この判断は結構正しいのかもしれない。

紗耶香もそんな雰囲気を感じたのかいつもの無表情で笛を吹いた。その目の奥は少し悲しそうだったが洋輔と一成は気にしなかった。自分達の方があんな話を聞いて残念な気持ちになってると思っているからだ。

その後の帰りのSHRで自己紹介を敢行しクラス中をなんともいえない空気にした紗耶香の表情は心なしか満足そうだった。










「なぁ、洋輔…」


「何だ、一成…」


二人は今、昨日も訪れた部室に向かっていた。昨日紗耶香から明日から早速来いと言われたためである。聖四葉学園では入部は再来週からとなっている。その点について大丈夫なのかと訊ねると、最終的にはゴリ押すから大丈夫と言った。不安しか募ってこない。とりあえず二人は行くだけ行って駄目なら帰ろうかくらいの気持ちで部室に向かっていた。因みに璃乃は帰りのSHRが終わった瞬間に部室に爆走していった。体育の時間より速かった気がする。そんな訳で部室に移動している中で一成が洋輔に話しかけた。


「さっきの自己紹介って軽い罰ゲームだよな…」


「そうだな。誰かが自己紹介する度に向けられる複数の『知ってるよ』って目が地味にキツい。そしてそんな事をさせておきながら普通に締めくくった先生が割とマジにうざい」


「だよな~。俺らはまだ良かったけど昨日のうちに友達作りまくったやつは、かなりいたたまれなかったよな。目線が俺らの倍以上あったし」


そうこう言っている間に南棟についた。幸福研究同好会の部室はもうすぐだ。


「ん?璃乃?」


「何してんだろ?」


見てみると部室のドアの前に璃乃が立っていた。璃乃は洋輔達よりも早くに教室を出て行ったはずだ。それが何故部室に入らずにいるのか。洋輔達は訝しみながら璃乃に近づく。


「何してんだお前」


「ああ洋輔、これ……」


そう言って璃乃はドアの方を指差す。そこには貼り紙がありこう書かれていた。


『準備中!入るべからず!dy2年1組倉島』


「誰だ倉島」


「さぁ?」


「ていうか、お前はなんでバカ正直に待ってんだよ」


「いや、だって……」


突然言いよどむ璃乃。何か余程の理由があるのだろうか。この場面で余程の理由とか思いつかないが。


「dyって何よbyの間違いでしょ。どういう意味よこれ。そんなことを考えてたら中に入れなくて」


「どいてろバカ」


そう言って洋輔は璃乃を押しのけてドアの前に立った。余程の理由じゃない上に待っている理由が貼り紙を貼った倉島よりもバカらしかった。本人に言えばいいだろうに。とりあえず洋輔はノックをして中の人間との意志疎通を図った。


「すいませーん。倉島さーん?中入ってもいいですかー?」


すると中からハスキーな女性の声が聞こえてきた。


「えっ!?もう来た!?ちょっと待って!あと5分、いやその三倍くらい待って!」


「なんでそこで妥協しないんですか厚かましい。大体なんの準備してるんですか、そして何より誰ですかあなた」


「それは言えないな!てかなんでこんな早くに来るんだよ!?バカじゃないの!?ちょっと校庭三周くらいしてこいよ!」


まさかの逆ギレ、無茶ブリのコンボである。璃乃は唖然、一成は変な人がいると驚愕していた。洋輔はというと


「バカはあんただろ!!」


と言いつつドアを思い切り開いた。年上に対して随分アグレッシブだ。


「あ…」


そう声を漏らしたのは部室にいた背の高い女子生徒だった。中性的な顔立ちで髪もベリーショートにしているせいで、身長と相まって一見男性にも見える。頭にはカラフルな三角帽をかぶっていた。彼女が倉島なのだろう。倉島は洋輔がドアを開いたのを見ると唖然とした顔からみるみるうちに怒りの形相へと変わっていった。


「だーれが入っていいつったー!!!!」


そう言って倉島はその場で洋輔に向かいジャンプ、そのまま空中で一回転して洋輔を蹴り飛ばした。


「ぶふっ!!!?」


廊下の窓付近まで飛ばされる洋輔。それを見下ろす倉島。さっきの洋輔がかわいくなるくらいのアグレッシブさだ。バイオレンスと言ってもいい。


「おとなしく待ってな」


そう言い残し倉島はまた部室に入っていった。この時洋輔は悶え、一成はものすごい勢いでビビり倒し、璃乃は五歩くらいさがっていた。


「だ、大丈夫か?洋輔」


軽く腰が引けながら一成は洋輔へと駆け寄った。何気に立ち直りが早い。


「あんの…クソ……!!!」


しかし洋輔はその比ではなかった。立ち直りが異様に早い。どうやら肉体的ダメージには強いらしい。洋輔は部室のドアを睨みつけ悪態をついていた。


「あれ?みんなどうしたの?」


するとそこへ美幸がやってきた。当たり前だが状況がまるで分からない、といった様子だ。そんな美幸を見て、さっきまで五歩くらいさがっていた璃乃が満面の笑みを浮かべながら一瞬で美幸の目の前に移動した。


「何でもないですよ、高木原さん」


慈愛に満ちた声音でそう言う璃乃。そのおかげで美幸はさらなる混乱に陥った。


「えっでもなんか七井君が倒れてるんだけど…?」


「あれは負け犬です」


「負け犬!?」


「はい、洋輔は倉島という人に決死の突撃を敢行。しかし力及ばず蹴り飛ばされあの様です」


「何があったの!?えっ倉島?まさか……!」


そう言い部室へと走る美幸。走った勢いそのままにドアを開け放ち中の人物に向かって叫んだ。


「彩菜!何してるの!!」


「ん?あっ美幸」


「あっ美幸、じゃないよ!何してるの!?主に七井君に対して!」


「え?誰それ?」


「さっき彩菜が蹴り飛ばした子だよ!」


「あ~さっきの。いやでもあれはあいつが悪いよ。入るなって書いてあるのに入ってくるから」


「そう、それもだよ!なんなのその三角帽!?そして更になにこの完璧な装飾と料理!どっから持ってきたの!?」


部室のあちこちに電飾などがキラキラ光り、テーブルには七面鳥やケーキなどが並べられていた。そして倉島――彩菜は現在進行形で何かをセッティングしていた。


「ちょっとあと五分くらい待ってくんない?ツリーの飾り付けがもう少しで終わるから」


「なんでこの暖かい時期にツリー!?もうキリストの誕生日は終わってるよ!」


「よし、これでOK」


「お願い話を聞いて!」


美幸、昨日に続いて今日も泣きそうになっている。そんな美幸の肩を優しく叩く者がいた。洋輔だ。


「高木原さん、あれ誰ですか?」


「あ…七井君、大丈夫?」


「大丈夫です。それより質問に」


「あ、うん。あの人は倉島彩菜っていってこの同好会の一員だよ」


「えっ、もう一人いたんですか?」


「うん、そうだよ。去年は私と彩菜の二人でやってたんだ」


まさかの先輩の登場に驚く洋輔。そこへ一成が割って入ってきた。


「そ、それで倉島さんは何をしようとしてるんですか?」


「分からないよ…。でも雰囲気的にクリスマスパーティーしようとしてるっぽい……」


「何でですか!?」


「わかんないよぉ~」


訳の分からない状況に泣き出しそうになる美幸。それを見て一成はめちゃくちゃ焦った。まるで自分が泣かせたみたいになっている。璃乃からの視線が死ぬほど怖い。助けを求めて洋輔の方を見るも明後日の方向を向いている。二日連続で友人に見捨てられた一成だった。


「ちょっと、洋輔聞いてきなさいよ」


璃乃が美幸を抱きかかえながら洋輔に言う。その顔は嬉しそうに緩んでいたが言ってることは死刑宣告のようなものだった。


「お前は俺に死んでほしいのか?」


「バカなこと言ってないで早く聞きなさいよ」


「嫌だ。今度は蹴られるくらいじゃすまない気がする」


「落ち着いて話せば大丈夫だって、行ってくれ洋輔」


ここで一成が璃乃の援護にまわった。このままでは自分にも飛び火してくるかもしれないと思ったのだろう。さり気に友人を売っているが洋輔なんて既に二回一成を見捨てている。罪悪感なんて欠片もないだろう。

二対一では分が悪いと思ったのか洋輔は渋々ながらも、再度彩菜に話しかけた。


「あの~倉島さん?」


「ん、なに?」


今回は普通に会話に応じるようだ。それにかなり安心した洋輔は話を続ける。


「なにをしてるんですか?」


「なにって見て分からない?」


「はい分かりません。特にツリーの存在が」


「パーティーだよパーティー。新入部員を驚かせようと思ってたのに勝手に入ってきて」


「もう驚きましたよ俺の体が。じゃなくてなんのパーティーしようとしてるんですか?」


「新入部員歓迎パーティーだよ。あんたらのお陰でやっと数が揃ったんだ。こんなめでたい日にパーティーしないわけにはいかないだろ?」


なんと彩菜は洋輔達の歓迎パーティーの準備をしていたようだ。洋輔はかなり驚いていた。主賓の顔を知らないばかりか蹴り飛ばすってどういう事だ、といった感じに。それとは別に気になるところもある。


「なんでクリスマス風味なんですか?何ですかこの電飾とツリー」


「クリスマスは嫌いか?まぁアタシも正月の方が好きだけど……正月風味にするか?」


「何風味にもする必要は無いんですけど。普通でいいじゃないですか」


「それはあんたの常識であってアタシの常識じゃないよ。そういう常識の押しつけが摩擦を生んで争いが起こるんだよ」


「ごめん一成、俺これ無理」


「頑張れ洋輔!お前に無理なら俺にはもっと無理……!!」


一成が言うも洋輔は首を横に振る。正直、この場で彩菜に対処できる望みがあったのは洋輔だけだ。一成はああいう人種に対するスキルは皆無だし、美幸は泣いていて話にならないし、璃乃は幸せそうな顔をしていてもっと話にならない。洋輔くらいしか彩菜とまともに話せる可能性はなかった。しかしそんな洋輔も諦めてしまった。目から光が消えかかっている。このままでは桜舞う季節のクリスマスパーティーという意味の分からない事態になってしまう。

どうすれば……!そんなことを一成が考えていると


「お前達そこで何をしてる?」


紗耶香が現れた。

これを好機と見た一成はすかさず紗耶香に助けを求めた。


「先生いいところに!何とかしてください!」


「どうした?」


「とりあえずこっちに来てください!」


そう言われ部室の方へと進む紗耶香。そして部室の中を見て若干目を見はったあと、こんなことを言った。


「倉島、もう準備はいいか?」


えっ何この人共犯?

奇しくも同じ思いを抱いた洋輔と一成。因みに紗耶香は共犯者ではない。状況を見てなんとなく全てを理解しただけだ。疑問とか感じなかったのだろうか。紗耶香の声に気づいた彩菜はいい笑顔で汗を拭う真似をしながら答えた。


「はいっ先生!も~バッチリですよ!早く始めましょ!」


「そうだな。お前達、早く席に着け」


「「え~………」」


今度は言葉が被った洋輔と一成。もうなんかついていけない。そんな二人を尻目に左のソファに座る彩菜と紗耶香。なんとなくで璃乃と美幸も座りだした。


「え、座る流れ?これ」


「…ぽいな」


「早くしろ、二人とも」


紗耶香に言われ空いている右のソファに座る洋輔と一成。

こうして不思議な流れで歓迎パーティーが始まった。

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