第五話
聖四葉学園の棟は全部で三つある。
生徒の教室を全て収める北棟
職員室や美術室などの特別教室がある中央棟
各部の部室が集まっている南棟
北棟は全生徒を収容するためこの三つの棟の中で一番大きい。中央棟は職員室などの他に会議室や事務室などもある。理事長室もこの棟にある。
南棟は全ての部の部室があるが、聖四葉学園は部の数があまり多くないため三つの棟の中では最も小さい。
洋輔達は北棟から南棟へと向かっていた。
ふとした拍子に一成が紗耶香に訊ねた。
「紗耶香先生。部員数が足りないって言ってましたけど、あと何人必要なんですか?」
「三人だ」
一言で返事をする。すると三人に向き直りいつもの無表情でこう言った。
「お前達が入部してくれると助かるんだが。というより入れ」
「嫌です」
こう返したのは洋輔だ。洋輔としては説明を聞いたらすぐさま逃げようとしていたのだ。それを入れなんて言われたら拒否の言葉も出てくるだろう。そんなことを言う洋輔を見て紗耶香は
「これは命令じゃない。義務だ」
「絶対ですか!?」
命令より重いものを突きつけてくる紗耶香。そんな紗耶香にツッコむ洋輔。
「理事長もさっき言っただろう。自由を得たいなら義務を果たせと」
「どんな義務ですか!?そんなつもりで言ってないですよ理事長だって!」
あろうことか理事長の言葉を使ってくる紗耶香。使い方を間違えるとただの横暴だ。
「まぁそんなことより着いたぞ。ここだ」
そう言って紗耶香は『幸福研究同好会』とプレートに書かれたドアを開けた。そこには……
「うっ…く、(パク)…っひ…ぅぁあ…(パク)」
泣きながらなぜか溶けかけたエクレアを食べている少女―――高木原美幸がいた。
それを見た洋輔と一成はポカンとしており、璃乃は興奮していた。紗耶香はというと
「高木原、まだ泣いていたのか?ほら口がクリームまみれだぞ」
「うっ…せんせぇ…」
などと言いながら美幸の口の周りをティッシュで拭いていた。
それを見た洋輔と一成は意味が分からなくなり、璃乃はハッスルしていた。
「そんなとこに突っ立ってないで入れ」
それを聞いた璃乃は飛び込むように入って行った。洋輔は嫌々ながらに入り、一成は璃乃に軽くビビりながら入って行った。
部室の中は広々としていた。真ん中に大きなテーブルがありそれをはさむ形で三人掛けのソファが置かれている。美幸はそのどちらのソファでもなく洋輔達から見てテーブルの向かいにある一人掛けのソファに座っていた。
「適当に座ってくれ」
そう言われ璃乃は左のソファに、洋輔と一成は右のソファに座った。
「食べてくれ」
と言い紗耶香はポケットから三つの袋を取り出した。エクレアだ。半分溶けてる。
「いりませんよ、そんなドロッドロのエクレア」
「高かったんだぞこれ。なんと一つ350円」
「なんでそれをポケットに入れてんですか。冷蔵庫に入れててくださいよ」
「いつでも食べられるだろ?」
「飴じゃないんだから…」
おいしいのに……と残念そうにエクレアをしまう紗耶香。それを無視しつつ美幸に目を向ける。さっきまで泣いていたのが嘘のように満面の笑みを浮かべていた。
「キミ達!来てくれてありがとう!」
「いえいえ!わたしこそごちそうさまです!!」
「小早川さん、その返しはおかしいと思うな」
璃乃の不振な発言にツッコミをいれる一成。そんな一成に感動する洋輔。苦労人仲間ができて嬉しいのだろう。
感動もそこそこに洋輔が話を切りだした。
「それで?幸福研究同好会ってどういう同好会なんですか?」
「それはね、幸せを探すんだよ!」
「幸せを探す?」
美幸の説明に一成が疑問の声をあげる。美幸は椅子から立ち上がり、言う。
「そうだよ!この同好会は幸せを探すために去年に私が創ったんだよ!でもなかなか部員が集まらなくて…。でもやっと五人揃ったよ!みんな、ありがとっ!!」
「まだ入部するって言ってないんだけどな~」
小声で呟く一成。しかしここで断れば雰囲気が壊れると思い大きくは言わなかった。しかし
「ちょっと待ってください」
洋輔がストップをかけた。
「えっなに?入部してくれないの?」
途端に不安そうな顔になる美幸。しかし洋輔は気にせずに言った。
「その前に聞きたいことがあるんです。いいですか?」
「う、うん。いいよ」
「俺が朝言った台詞をどこで知ったんですか?そしてなんでそれを大河内先生に伝えたんですか……!」
どうやらさっきの暴露事件を気にしていたようだ。紗耶香は美幸から聞いたと言っていた。では美幸はどこからその情報を手に入れたのか?洋輔はずっとそのことが気になっていたのだ。しかし美幸はそんなことかといった様子で答えた。
「私が朝に駐輪場で聞いたんだよ。先生に言ったのはそうすれば絶対来てくれると思ったからだよ」
「的確な未来予測ですね!それならあの恥ずかしい台詞を公表された俺の気持ちも予測出来ませんでしたか!?」
「えっ、あんな恥ずかしい台詞をさらっと言う人なら大丈夫だと思ったんだけど…。違うの?」
「違う!アンタもそう思っていたのか!なんなんだよチクショー!!!」
「うるさいわよ、洋輔。黙ってくれない?」
「ちょ、小早川さん!それはきついって!!」
ちょっとした絶望を味わっている洋輔に冷たい言葉を浴びせる璃乃。そんな璃乃に洋輔を可哀相に思った一成が諫める。美幸は質問はもう終わりといった様子で
「それで、みんな入部してくれるんだよね?」
「はい!もちろんです!」
「まぁ、別にいいですけど」
と入部の意思を確認する美幸に肯定の返事をする璃乃と一成。しかし洋輔はというと黙りこくったまま下を向いている。どうしたのかと一成が声をかけると
「俺は嫌です」
と否定の返事をした。
「え?どうして?」
そう言ったのは美幸だ。美幸の顔には驚愕の色が浮かんでいる。部室まで来たのは入部してくれるからだと思っていたのだろう。とてもショックが大きそうだ。また、一成にも理由が分からなかった。美幸は洋輔の言うような変人だとは一成は思っていない。少し変わった所があるかもしれないが、普通の女の子だと思っている。面倒くさいなどの理由でなければ洋輔が断る理由は無いように思える。
「どうしてだよ、洋輔?」
思わず美幸と同じように訊ねた一成。それに対し洋輔は真剣な表情で口を開いた。
「どうしてこの同好会を創ったんですか?幸せを探すためって言ってましたけど、それだけならわざわざ同好会なんて創る必要は無いんじゃないですか?」
幸せを探す、というのは一人でも出来ることかもしれない。また複数でやるにしても同好会を創る理由は無いかもしれない。それなのになぜ『幸福研究同好会』なるものを創ったのか。そして洋輔にはもう一つ疑問があった。
「なんで俺と璃乃を呼んだんですか?朝の会話を聞いたとしてもそこから呼ばれる理由が分かりません。その辺はっきりしてくれないと入部なんてしたくありません」
朝の会話から何を感じ取って自分たちを呼んだのか?それも洋輔は分からなかった。むしろ洋輔はあんな会話をした人物を呼び寄せるのはおかしいのではないのかとすら思っている。
洋輔の疑問を聞いた美幸は
「同好会を創った理由、か。そうだね、話しとこうか」
と言い思い出話のように語り出した。
「みんな理事長の話は聞いたでしょ?自由と義務の話。私もね去年の入学式の時に聞いたんだ。それでね、私考えたんだよ。人間にとって必要なものは何かを。みんなはなんだと思う?」
「可愛いもの」
「常識」
「えっと、まだ分かりません」
美幸の問いかけに璃乃、洋輔、一成は自分の答えを言った。それを聞いた美幸は笑いながら続けた。
「ハハハ、みんなやっぱり違うよね。でもね、それでいいと思うよ。人によって答えは違うって理事長も言ってたし」
「そういう高木原さんは何なんですか?」
と質問したのは一成だ。自分はまだ答えが見つかってないから美幸の答えを参考にしようとしたのだ。璃乃と洋輔の答えは参考にならなかったようだ。
「私はね、幸福だと思うな。ほら、やっぱりみんな幸せになりたいって思うでしょ?だから私は自分の答えを確かめたくてこの同好会を創ったの」
「でも確かめたいだけなら同好会を創る理由は無いんじゃないですか?」
まだ納得出来ないと洋輔が訊ねる。それに対し美幸は答える。
「確かにそうかもしれないね。でも一人で探すよりみんなで探した方が楽しいじゃない。友達とかと探してみてもいいんだけど……やっぱり同じ目的を持った仲間が欲しかったんだよ。一緒に幸せを探して、それを分かち合える仲間が」
一緒に幸せを探す仲間が欲しい。そのために仲間が集まれる空間が欲しかったのだろう。だから同好会という形で場所を創ったのだ。
「じゃあ、俺と璃乃を呼んだ理由は?」
「それは簡単だよ。単に気に入ったんだよ。キミ達を」
「は?なんでですか?」
「二人とも言うことがかっこいいんだもん。『そこに可愛いものがあれば幸せ』とか『自分の幸せのために他人を傷つけるな』とかホントかっこいいよね。」
「バカにしてませんか?」
「してないよ。ホントにそう思ったんだよ。だって二人はちゃんと幸せがどんなものか、自分なりの答えを持ってるでしょ。私なんてまだあやふやなんだよ?」
「そんなつもりで言ったんじゃないんですけどね……」
「いいの。私はそう思っているから。どう?分かってくれた?」
そう言われ考え込む洋輔。美幸の答えは洋輔の予想の遥か上を行く立派な答えだった。理事長の話から人間にとって必要なものを幸福だと思い、それを仲間と一緒に探すために『幸福研究同好会』を創った。そして幸せとはどんなものか?という問いに一つの答えを持っている洋輔と璃乃を気に入り自らのところへ呼んだ。ここまで考え洋輔は美幸を変人だと思っていたことを恥じた。思っていたよりもずっと立派な人間だった。自分の答えを確かめるためにここまで真剣になれる人間を洋輔は初めて見た。だからこそ納得せざるをえなかった。
「…はい、分かりました」
だからこそ、この言葉は自然と出てきた。
「ありがとう、分かってくれて」
そして美幸はその返事に満足そうに笑い礼を言った。
「じゃあ、改めてみんなにお願いするね」
美幸は洋輔、璃乃、一成の顔を見回しこう述べたのだ。
「幸せの形は一つじゃない。人の数だけあると思う。だけど私はより多くの幸せを知りたいの。お願いします!私と一緒に幸せを探してください!!」
そう言って美幸は頭を下げた。そして洋輔、璃乃、一成の三人は笑顔でこう返したのだった。
「分かりました、こちらこそお願いします」
「もちろんです。最初からそのつもりでしたしね」
「よろしくお願いしますね、高木原さん」
美幸は三人の返事を聞き頭を上げた。その頬には涙が流れていた。
「あ!そういえば自己紹介まだでしたね!俺、二岡一成です!」
「わたし、小早川璃乃って言います!是非、璃乃って呼んでください!」
「七井洋輔です。色々教えてくださいね」
美幸は涙を拭い、今までで一番輝く笑顔で
「高木原美幸です!よろしくね!二岡君!璃乃ちゃん!七井君!」
と言った。
ここから『幸福研究同好会』の物語が始まるのだった。