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第三話

「今、私たちにはあなたたちしか頼ることが出来ないの!!」





一人の少女が叫んでいた。





「お願い!私たちを……助けて!」





悲痛な思いの込められたら言葉が体育館の中に響き渡る。





「お願い…!おね……がい………!」





目に涙をいっぱいに溜め嗚咽混じりに叫ぶ少女。

その場にいる者全てが沈黙する中、洋輔は――――










「俺は疲れてる俺は疲れてる俺は疲れてる俺は疲れてる俺は疲れてる俺は疲れてる…………」


少し壊れていた。





時は少し遡る。




「ただ今より第32回、私立聖四葉学園、入学式を行います。」


マイク越しの男性教師の声により始まった入学式。今この体育館には総勢320名の新入生がいる。皆、厳粛な雰囲気で自分の席に座っている。

だがその顔には新しい生活への希望や不安などが、ない交ぜになった表情を浮かべている。



その後、国家斉唱や来賓挨拶などがつつがなく済み理事長の挨拶の順番となった。


「では次に理事長先生のお話です。理事長先生、お願いします」


そうしてステージに現れたのは和服姿の老年の男性だ。髪はほとんど白くなっており、顔には多くの皺が刻まれている。


――四葉正好


私立聖四葉学園の理事長にして創立者である。私立聖四葉学園は生徒の自主性を重んじるという自由な校風だが、毎年7割以上の生徒を国公立大学へと輩出する超進学校だ。自由な校風と高い進学率を両立させる四葉正好の手腕は正に敏腕と言えるものだ。顔に刻まれた皺は苦労と経験によってのものだろう。

しかし、正好はそんなものを微塵も感じさせないような柔和な表情で話を始めた。


「新入生の諸君、まずは入学おめでとう。皆が無事この日を迎えられたことを嬉しく思う」


穏やかな声音で切り出す正好。どうやら人柄は優しいものらしい。


「さて、それではこの学園のことを話そうかの。この学園は諸君も知っておるとおり国公立大学への高い進学率を誇っている。その一方で自由な校風を売りにしている。皆はこのことを不思議に思ったことはないかの?」


突然の問いかけにざわつく体育館。確かに自由な校風と高い進学率というものは同居するものではないイメージがある。

問いかけの意味をそれぞれが考える中、朗らかな笑い声が響いた。


「ほっほっほっ。まあ思ったことはあるが深くは考えなかったじゃろう。じゃからそのことについて話そうかの」


再び静まり返る体育館。

正好は一度体育館全体を見渡し、続けた。


「皆はこの学園では自由は与えられて当たり前と思っておらぬか?もしそうなら考えを改めるがいい。自由とはそんな簡単に与えられるものではない」


力強く言い切る正好。その言葉には確たる信念を感じる。


「義務と権利というものの関係は知っておろう。自由とは権利と同じじゃ。自らの為さねばならないことを為さずに自由とは得られないものじゃ。しかし最近の若者には義務を果たさず自由だけを求める者が多い。もちろんこの場にはそのような馬鹿者はおらんと思うが確認しておこう」


そこで一呼吸入れ、先程よりも更に力強く正好は続けた。


「義務なくして、自由はない。じゃが逆に自由なくして義務もない。この二つは不即不離なのじゃ。じゃからこの学園で自由を得たいのならまずは義務を果たせ。皆の義務とは学ぶ事じゃ。学ぶとは人間として何が必要かということを知る事じゃ。その答えは人により違うしすぐに見つけられるものでもない。今まで大学へと進学した者たちはその答えを探すためにその道を選んだのだと儂は思っておる」


その時正好がスッと右手をあげた。すると正好の右横にバッ!と垂れ幕が開かれた。そこには


『生徒の自主性を重んじ、自己の発達・完成を目指す』


聖四葉学園の校訓が書かれていた。


「今、儂が話した内容とこの校訓が矛盾していると思った者もおるじゃろう。自主性を重んじると言っておきながら、義務を果たせと言ったのだからのう。だがその者は少し勘違いをしておる。ここで言う自主性を重んじるとは皆がそれぞれの答えを見つける為の方法を言っておるのじゃ。人間として何が必要か。その答えの見つけ方に正解など無い。じゃから皆には自由にその答えを探してほしい。そして皆にはその過程で成長してほしい。この校訓にはそういった意味が込められておるのじゃ」


自由を得るためには義務を果たす。しかし義務の果たし方は自由である。そしてその過程で生徒の成長を促す。これが聖四葉学園の校訓の真意である。


「さて、長々と話してしまったの。年寄りの話はつまらんかったじゃろうが、最後に一つ言わせてくれんかのう」


そう言って正好はその場にいる生徒達に慈愛に満ちた顔でこう告げた。


「儂はここにいる皆が卒業するとき、今以上に素晴らしい人間になっておることを心から願っておる」

以上じゃ、と締めくくり一礼をする正好。そしてマイクの前から移動しようとしたその瞬間


「パチパチパチ」


小さく、だがしっかりとした拍手の音が響いた。


「パチ、パチ」

「パチパチパチパチ」

「パチパチパチパチパチパチ」


誰かが始めた拍手は次第に勢いを増していき


「パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ」


体育館に溢れた。



正好は満足そうに笑いステージから降りていった。









入学式はいよいよ最終項目へと移っていた。


「閉式の辞」


これで入学式が終わる。そしてこの場にいる320名の新しい生活が本当の意味で始まるのだ。


「ただ今を持ちまして第32回入学式を…………ちょっ!待ちなさ…!」


「ん?」


「どうしたんだ?」


何やら司会席の方が騒がしい。何事かと洋輔と一成が声をあげる。


「なぁ、七井。どうしたんだろうな?なんか先生達焦ってるっぽいけど」


「さぁ何だろうな?待ちなさいって言ってるぽかったけど…」


二人が小声で話しているとさっきまで正好がいた場所、つまりステージにあるマイクへと向かう少女が現れた。その少女は小さかった。小学生とも間違えそうなくらい小さかった。目はまん丸でくりっとしておりとても大きい。だが口と鼻は可愛らしいくらいに小さい。髪型はショートボブにしておりとても愛らしい容姿をしている。その少女はその容姿に不釣り合いなほど思い詰めたような表情で歩を進める。そしてマイクの元にたどり着くと新入生へと頭を下げこう切り出した。


「新入生の皆さん!私は2年1組の高木原美幸です!今日は皆さんにお願いがあります!!」


そこまで言うと今までの表情が崩れ、途端に悲痛な顔になり


「私たちを助けて下さい!」


ここで冒頭へと戻る。





「俺は疲れてる俺は疲れてる俺は疲れてる俺は…………」


「えっ、ちょっ?七井?」


洋輔が壊れている横で一成はパニクっていた。

今の発言のどこにここまで壊れれる要素があったのだろうか?一成がそんな謎について考えていると突然洋輔が静かになった。

「…………………………」


「おっ、お~い、七井~?」


「そんなわけには……!」


「どうした!?」


本当にどうしたのだろうか。

洋輔は答えない。険しい顔をして考え込んでいる。


「お…!うぅっ……お、ねが……ひっく……お、願い……!」


そのころステージでは入学式に乱入した少女―――高木原美幸がマジ泣きしそうな事態にまで発展していた。もはや言葉を発することも困難な状態の美幸。そこへ一人の教師が近づいていく。


「えっ?あれって紗耶香先生?」


「………!」


一成が近づいていく教師が紗耶香だと気づき声を上げる。それにつられステージに目を向けた洋輔。

紗耶香は美幸に一言何かを言うと、美幸の背に手を添えながらステージを降りていった。無表情で。


「失礼しました。改めまして、以上を持ちまして第32回入学式を閉会いたします。生徒は各自の教室に戻ってください」


気を取り直したのか司会の教師が式を締めくくり教室に戻るように指示を出した。

皆、困惑していたがとりあえずはということで教室に戻り始めた。


「なぁ、七井」


「………どうした?」


一成が先ほどの不審すぎる言動に対し質問しようとすると


「洋輔!」


横から璃乃が現れ一成の質問をかっさらっていった。


「…やっぱり来たか」


どういう意味だ?と一成が聞こうとすると


「さっきの子、やばいわよ!」


またしても璃乃が一成の質問をかっさらっていった。


「もうホンットに可愛い!なんなのアレ!あのちっちゃい背とかあのくりっとした目とか!も~たまんないわ!!」


「そうか良かったな教室に戻れ」


ものすごい棒読みで言う洋輔。しかし興奮しているのかそれに気づいた様子もなく璃乃は続けた。


「そうね!後は教室に戻ってから話しましょ!」


璃乃はそう言い残し教室に走っていった。それを黙って見送った洋輔は一成に向き直った。


「で?何だ二岡」


「えっと、だな~……」


何事もなかったかのように一成に話の続きを促す洋輔。一成はさっきの璃乃の勢いに気圧されたのか少し言葉が詰まってしまった。だが気を取り直し洋輔に疑問をぶつける。


「さっきのお前、どうしたんだ?」


「さっきの?」


「ほら俺は疲れてるって連呼したじゃないか。そのあと急に黙ったと思ったらそんなわけには、とか言い出すしどうしたんだよ?」


「あぁ…あれか…」


何やらものすごい重い雰囲気を醸し出す洋輔。それに思わず半歩ほど引いた一成。そんな一成に気づかず洋輔は話し始めた。


「そうだな…二岡には話しとこうか。聞いてくれるか?」


「あ、ああ」


半歩引いたままうなずく一成。質問した手前うなずかずにはいられなかったのだろう。


「まず璃乃の事から話そうか。二岡もさっき見たから分かると思うけど、あいつ可愛いものが大好きなんだ」


「あ~確かにそんな感じかしたな」


「それだけだといいんだけどな…。あいつかなり変わっててな。小学1年生の時はただ可愛い動物くらいにしか興味が無かったんだけど、5年生くらいから今度は可愛い男子に興味を持ち出したんだ。そこまでは良かったんだよ。中学に入るととうとう可愛い女子にも興味を持ったんだよ。そして今やあいつは性別、年齢、国籍、種族、二次元、三次元問わず全ての可愛いものが好きだと言い出したんだ。もはや変態だ」


「いや、まぁ…いいんじゃないか?ただ可愛いものが好きなだけなんだろ?」


「それだけで済めばな。だがあいつは身の回りの可愛いものだけじゃ飽きたらず街へと赴き可愛いものを心行くまで眺めるということをしだした」


「え!?で、でもそれくらいならまだ……」


「そんな事を言うんならあの視線にさらされてみろ。あいつの眺めるは物理的攻撃力があるんじゃないかってくらい怖い。目があった小学生なんて泣くとかの過程すっ飛ばして気絶したんだぞ」


「なにその目!?怖っ!ていうか視線で人って気絶できるのか!?」


「それをやらかすのがあいつだ。しかもあいつは無駄に行動力がある。平気で人んちの屋根に登って可愛いものを探したりするんだ。俺が何度見知らぬ人に頭を下げたことか……」


「なんか…苦労したんだな……七井…」


「そんな悲しそうに言うな。俺がもっと悲しくなる。まあそれはおいといて、そんな璃乃も入学式ジャックなんてやらなかった。ということはあの高木原美幸ってのは璃乃と同等またはそれ以上の変人の可能性がある。そして璃乃は習性上必ず高木原美幸に会いに行く。そして俺は十中八九それに巻き込まれる。あんな危険物な変態と変人が会ったらどんな爆発を起こすか分からないぞ俺の精神面が!そんなわけにはいかない!だからどうしようか考えていたんだ。分かったか?」


「ああ、分かったよ」


お前も大概変人だって事が。

とは言わなかった。彼は優しいようだ。

正直あの数十秒でそこまで発想を飛ばせられるのは普通じゃない。変人だ。

実際一成は途中までは洋輔の話を理解していたが最後のくだりだけは理解できなかった。一体あの二人の出会いにどんな可能性が秘められているのか一成には分からなかった。未だに二人の出会いの危険性について語っている洋輔。話の規模が大災害レベルになってきている。そんな洋輔を見つつ変な友達作ったなー、と考える一成。しかしその一方で面白そうだからあの二人のいる場面にこいつを連れて行ってみようかと画策している。友達の精神爆発を見てみたいようだ。結構ヒドい。


洋輔が二人が出会うことの危険性を肥大化させ、一成が精神爆発に思いを馳せながら二人は自分たちの教室へと戻っていった。

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