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第二話

一面が桜で埋め尽くされている

そう言っても過言ではないほどの桜がそこにはあった


『桜絨毯』


それがこの場所の名前。数百メートル続く道の両隣に桜の木が所狭しと並んでいるこの場所は福徳町の名物であり、聖四葉学園への通学路でもある。

春の暖かな日差しに照らされ桜の花弁が降り注ぐ光景は幻想的な美しさを持っている。

そんな中に真新しい聖四葉学園の制服を着た少年少女達がいた。これから入学式に向かう彼らの表情は様々なものだった。


希望に満ちた顔をしているもの


楽しそうに会話をしているもの


桜に見とれながら歩みを進めるもの


それぞれがそれぞれの思いを抱き学園への道を行く。


そんな中自転車に乗った二つの影が『桜絨毯』へと近づいてきた。


「相変わらずここの桜はすげぇな」


「ほんと、凄いわね」


影の正体は洋輔と璃乃であった。洋輔は黒の、璃乃は赤のマウンテンバイクにそれぞれ乗っている。桜の花弁が降り続ける中璃乃が突然洋輔にこう切り出した。


「桜絨毯ってあんまり好きじゃないのよね」


「は?何でだよ?」


これは長いつき合いである洋輔も聞いた事のない話だった。何があったのだろうと思い話を聞いてみることにした。


「これあんまり人に話したことないんだけど昔ね、桜の花弁が可愛くてこのあたりを駆け回ったのよ」


「ふーん。で?」


「大口開けて駆け回ってたから花弁が口の中に入って思いっきりむせたの。それ以来桜を見るといやな気分になって……」


「………」


この時洋輔は言葉を返せなかった。もちろん璃乃に同情したりしたわけではない。

ただ単に、すごく微妙な気分になっていたからである。

なんかしんみりとした雰囲気だったから真面目に聞いてみれば何ともいえない感じしかしないのである。沈黙している洋輔にかまわずにあーあ、と続ける。


「この気持ちを可愛いものを見て癒したいわ」


「ならそういうものを持ち歩けばいいだろうが。写真とか」


「何バカなことを言ってるのよ。写真なんて過去のものじゃない、興味ないわ。今そこに可愛いものがあるから良いんじゃない。人は過去も未来も生きられない、今を生きていくことしかできないのよ」


「何名言っぽい言いまわししてんだよ。俺はだまされないぞ」


なんて言っている間に『桜絨毯』を抜け聖四葉学園の校門が見えるところまで来ていた。二人はそのまま校門をくぐり自転車を駐輪場に停めた。


「要するにわたしはそこに可愛いものがあれば幸せなのよ」


「そうか、でも自分の幸せの為に他人を傷つけるなよ?」


「大丈夫。可愛いものには手を出さないわ。眺めるだけよ」


「お前の眺めるは最早暴力に近いんだよ」


「なによ、誰にも迷惑かけてないじゃない」


「俺を勘定に入れろ。なぜか俺に文句がくるんだよ」


この時洋輔は俺って不幸なんじゃないか?と考えていた。だが真に不幸なのはその攻撃力を持つ視線にさらされる対象だ。

そして二人は自分のクラスを確認するためクラス表の掲示板へと向かった。







この時二人の会話を聞いていた存在に二人は気づかなかった。










その後、洋輔と璃乃はクラス表を見て自分のクラスを確認し教室へと向かっていた。クラスは二人とも1年3組だった。このクラス表を見たとき璃乃は「ふーん」といい洋輔は「またか…」とぼやいていた。ちなみに二人は小学校から今まで全て同じクラスだった。聖四葉学園ではクラス替えがないので12年間同じクラスになることになる。ちょっとした快挙だ。


そんなこんなで教室に到着した二人。黒板を見ると窓際から出席番号順に座るように書かれている。洋輔は23番、璃乃は9番なので席は多少離れた位置にある。

洋輔は自分の席に座りどう時間を潰すか考えていた。

現在8時15分。8時30分までに集合ということなのであと15分間時間がある。璃乃を見てみると近くの女子から話しかけられている。自分も周りの奴に話しかけようとしたところで


「なあなあ、名前なんてーの?」


後ろから声をかけられた。

振り返るとそこにはかなりのイケメンがいた。すっとした目鼻立ちにナチュラルブラウンの髪を少し長めにしており、まるで芸能人のような容姿をしていた。そんな彼を見て洋輔はまたか…という気分になりながらも返答した。


「七井洋輔だ。よろしく」


「俺は二岡一成って言うんだ!よろしく!」


なにやらテンションが高いようだが洋輔にはその理由が分かっていた。そして次に発せられる言葉も容易に想像できたものだった。


「一緒に入ってきた子チョー可愛いな」


ほら来た、まさにそんな気分だった。このような初対面の輩は必ずと言っていいほど璃乃のことを話題にする。あわよくばお近づきに、といった下心が丸見えだが洋輔は慣れたように言った。


「まだ間に合う。早まるんじゃいぞ…」


「えっ、何で自殺するのをとめるみたいなことを言われたんだ?俺?」


その慣れていたことが裏目に出て一成はだいぶ混乱していた。更に洋輔は追い打ちをかける。


「お前は知らないだけなんだ。でも知らないということは罪じゃない……知らなければこれから知っていけばいい。時間は3年間もあるんだから」


「えっ……?あっ、あの…いや…えっ?」


俺何か変なこと言ったっけ?

混乱もここに極まった感のある一成。初対面の相手にこんなに諭されたのは初めてである。本当にいらぬ経験だ。


「そういうわけで話題を変えよう。出身中学とかそういうのに」


「あっ…ああ、いいけど…。なんかおもしろい奴だな七井って」


「そうか?」


「そうだよ。なんかいい友達になれそうな気がするよ」


「そう言ってもらえると嬉しいな。改めてよろしくな」


「ああ。よろしく」


そう言って互いに手を出し握手を交わす二人。一成が友達になれそうと思った理由はよく分からないがこうして洋輔は高校での初の友人を得た。



それから話題を変えた二人。どうやら一成は隣町の上山町から来たらしい。上山町は福徳町からみて西にある町で駅や大型デパートなどがある都会な町だ。それに比べ福徳町は商店街などはあるが田んぼや畑などが多く少し田舎の雰囲気がある。そんな福徳町だからこそ『桜絨毯』というものがあるのだろうが。お互いの地元の話で盛り上がっているとチャイムが鳴る。するとスーツ姿の女性が教室に入ってきた。年の頃は二十代中盤だろうか。つり上がった目が威圧感を放っている。しかし端正な顔立ちをしており、キツメの美人といった風貌をしている。

全くの無表情だが。

腰まで届きそうな黒髪を靡かせながら教卓へと歩を進める。ざわついていた教室の中もこの女性の登場に静かになっていた。教卓にたどり着いた女性がここで初めて言葉を発した。


「よし、全員いるな。私が3年間お前達の担任を務める大河内紗耶香だ。よろしく」


と無表情のまま言うと教室のそこかしこでよろしくお願いしまーすと声があがる。それを見届けた紗耶香は


「では出欠を確認する。呼ばれたら返事をしろ」


あれ?さっき全員いるって言ってなかったっけ?

早くもクラス全体の心が一つになった。


「あ、あの~」


そんな中一人が立ち上がった。先ほど璃乃と話していた女子で眼鏡に三つ編みと、いかにも真面目な感じのする少女だ。


「なんだ?」


「さっき全員いると言ってませんでしたか?」


「言ったがそれがどうした?」


「いやどうしたって……」


困っている。非常に困っている。だが誰も何も言わない。なぜなら全員困っているからだ。当たり前の疑問をぶつけたらなに言ってんだ、といった感じで返される。こんな理不尽ってない。


「ふっ、冗談だ冗談。緊張してそんなことも分からないか?」


「あっ、冗談でしたか」


正直、真顔で言うものだから本気だと思っていた。だが冗談だと言われ安心したように席に座る少女。そのまま紗耶香は続ける。


「さて、気持ちがほぐれたところで今後の予定を話す。この後体育館へと移動し、入学式を執り行う。入学式が終わったらこの教室に戻りをHRだ。そこで諸連絡などをする。諸連絡が終わり次第解散だ。学園を見回るもよし、そのまま帰るもよし、好きにしろ」


そこまで一息に言うと、何か質問は?と尋ねる紗耶香。特に質問もないらしく誰も声をあげない。


「では体育館に移動するから廊下で出席番号順に並べ」


そう言われ、全員席を立ち廊下に並び始める。

並び終わると紗耶香の先導で体育館へと向かう。その時一成が洋輔に話しかけた。


「なんか不思議な先生だな」


「そうだな」


「でもすっげー美人だよな紗耶香先生」


「お前はそういうとこしか見ないのか?」


「そういう年頃なんだから仕方ないだろ?」


そうか?と思う洋輔。年頃にしては異性に対する関心が薄いようだ。普段璃乃と一緒にいるうちに女性に対する幻想がブレイクしたのかもしれない。


「まともな人だといいんだけどな」


「まともっていうか気さくでいい先生なんじゃないかな?さっきも冗談言ってたし」


「まぁ、そうだな」


「七井はまず最初にまともかどうかを見るのか?」


「ああ、そうだよ。まともじゃない知り合いなんて一人で十分だ」


「……詳しくは聞かないよ。なんかいやな予感がする」


本能的な何かが警告してくるので詳しく聞かない一成。実に賢い。だが結局のところ璃乃と3年間同じクラスにいるうちにその実態を知ることになる。賢さが全くいかされない。そんな無情…。

それはさておきそろそろ体育館に到着する。

これから行われる入学式。

そこで洋輔達は一人の少女と出会う。

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