ユメミココロ
夢なんて無い!!
この世界は腐りきっている!!
そう言っている偉人さんがよくいますが果たして本当にそうでしょうか…。
私はこの話をただの綺麗では無いと断言します。
そして…気付いてもらえたらなと思います。
《ユメミココロ》
いつも独りぼっちの青い子猫は他のどの猫よりも大きな夢を持っていました。
『鳥になって大空を自由に飛び回りたい』
それが子猫の夢でした。
ある雨の日の夜、子猫は道路脇に倒れている小さな小鳥を見つけます。
小鳥には片方の羽がありません。
『死んでいるのかな?』
そう思い近づくと微かに羽を動かしました。
『まだ生きている!!』
子猫は小鳥を口に咥え大急ぎで雨宿りのできる場所へ走りました。
ザァーーー
降り止まない雨の中、子猫は公園の土管の中にいました。
『何とか助けないと!!』
子猫は思いました。
しかし子猫にはそのすべが分かりません。
土管の中は冷えきっていました。
子猫は小鳥を抱え込むようにして温めました。
『神様‥どうか助けて下さい!!』
子猫は必死で祈りました。
必死に祈りそのまま眠ってしまいました。
……
気が付くと朝になっていました。
雨もすっかり止んでいます。
ピクリ
不意に子猫の懐で何かが動きました。
慌てて子猫が飛び起きると懐にいた小鳥も慌てて飛び出してきました。
そしてそのまま小さくうずくまってしまいました。
『大丈夫?』
子猫の問いかけに小鳥は答えるそぶりすら見せません。
よく見ると小鳥は震えています。
『怖いの?』
子鳥は小さくうなずきました。
ポロ ポロ
子猫は悲しくなり泣き出してしまいました。
返事を返してくれない事ではありません。
怖がられている事でもありません。
自分の『夢』が目の前にいるのに何もしてあげられない事がたまらなく悔しかったのです。
いつまでも泣き止まない子猫を見て小鳥は言いました。
『あなたは私を襲わないのですか?』
『襲う?どうして僕が君を?』
子猫は零れ落ちる涙を手で拭いながら言いました
『あっ、そうだよね‥こんな傷だらけの醜い姿見たら当然だよね』
思い出したかのようにそう言うと子猫は泣き止みました。
『いいえ!!そんな事はありません!!』
慌てた様子でそう言い放ったのは小鳥でした。
そしてこう続けます。
『実はあなたが私を咥えてここに来るまでの間、私は辛うじて目を開ける事が出来ました。そして私は分かったのです。空なんか飛べなくてもこんなにも素晴らしい世界があったなんて驚きました。なにより死に掛けていた私を助けてくれた!そんなあなたのことを醜いだなんて思うわけがありません!!』
子猫は驚きました。
無理もありません子猫はお礼を言われた事なんて今まで一度も無かったのです。
それどころかまともに話しかけられた事すら子猫にはほとんどありませんでした。
ポロ ポロ
気が付くと子猫の目にはまた涙が溢れてきました。
それを見て小鳥が言います。
『どうしたのですか!?私なにか気に障るような事を言いましたか!?』
子猫は溢れ出る涙を手で拭いながら言いました。
『いや‥ただ嬉しくって。僕、いつも独りぼっちだったから…だから‥なんだか嬉しくって…。僕はココロ、いつか『鳥になって大空を飛び回る』事が夢なんだ!!君は?』
小鳥は答えました。
『私はユメミ、実は‥ここにくる途中で野良猫に襲われてしまいまして‥それで片方の羽を失ってしまって…。しばらくは歩いたのですが力尽きて倒れてしまいました。『このまま死んでしまおう』そう思っていたときです。あなたが現れました。あなたの見せてくれた世界は私に新しい目標を与えてくれたのです。なんか、可笑しな話ですけど。不思議ですね。ココロさんになら何でも話せる気がします。もっともっと、ココロさんの知っている世界を見せてください!!その代わり私があなたの夢のお手伝いを致します!!!』
『もちろん!!約束だよ』
子猫は即答します。
『ええ、約束!!』
それは、ちょっと不思議でとても大切な物語の始まりでした。
日も上がりきった頃、町の中心の丘の上にそびえたつ大木の根元に町中の野良猫が集まっていました。
ユメミとココロの姿もそこにありました。
『この大きな木は、もう千年以上もこの場所に立っているんだよ。そしてこれからこの場所で始まるのが猫集会!ま、集会と言っても別に話し合いをするわけじゃないんだけどね。雨上がりの早朝に町中の野良猫が集まって骨休めをするんだ!!』
ココロは得意げにそう言い背中に乗っているユメミを見ます。
しかし、ユメミのその表情は青ざめていました。
『ど、どうしたの!?』
ココロは思わず大声を上げてしまいました。
『…私の‥翼、失った場所…ここなのです』
ユメミは小さな体を震わせながら言いました。
『ご、ごめん!!』
ココロは謝ります。
本当に悪い事をしてしまった。
ココロは心の底からそう思いました。
『いえ、あなたが悪いわけではありません』
ユメミは元気の無い声で言いました。
……
『実は‥』
しばらく続いた沈黙を破ったのはココロでした。
『実は、ここに君を連れて来たのには理由があるんだ。この木はね『幸せを呼ぶ木』って呼ばれているんだよ。僕が今よりもっと幼かったとき、死んだお母さんが言ってたんだ『この木には幸せを呼ぶ力がある』って『ココロを生んだのもこの木の下なんだ』って。僕はこんな姿だけどそれでも!もし、僕がこの木に呼ばれたんだとしたらそれにはきっと意味があるんだと思うんだ!!だから‥だから君がこの木で翼を失ったのだとしたら、それにもきっと意味があるんだと思う!!だって‥この木が幸せ以外を呼ぶなんて…そんなの辛すぎるから‥だから』
ココロの目にはまたまた、涙が滲んでいました。
『そ、そうですよね!!そうに決まってますよね!!ココロさんと私が出会えたのもきっと何かの縁ですよ!!よし、そうと決まったら行動あるのみです。とりあえず‥』
ぐぅ〜
小さく低い音。
それはユメミのお腹から聞こえてきました。
『お腹すいたの?』
ココロが聞くとユメミは小さくうなずきました。
『君の口に合うかどうか分からないけど僕がとっておきの場所へ連れてってあげるよ!!』
ココロはそう言うと背中にユメミを乗せたまま丘を下りて行きました。
『あの‥さっきはありがとうございました。ココロさんにならきっとその意味を見つけら
れると思います』
ユメミはそっとココロの耳元で言いました。
『君にもきっと見つけられるよ』
ココロは少し照れながらそっと言いました。
しかし、ココロ達は気が付きません。
少し離れてついてくる三匹の黒い野良猫の存在に。
太陽がギラギラと照りつける青空の下
一匹の青い子猫と一羽の片羽の無い小鳥が一本のリンゴの木を背に座っていました
子猫の名前はココロ
小鳥の名前はユメミ
二人はお互いをとても大切に思っていました
『この木のリンゴ、とっても美味しいでしょ!!』
ココロが言います
『はい…とっても‥』
ユメミは夢中になってリンゴをつつきながら言いました
一通り食べ終わると、今度はユメミが聞きます
『ココロさんはどんな所に住んでいるのですか?』
『うん。町の外れにある小さなお寺の床下だよ。良かったら一緒に行こうよ』
ココロの言葉にユメミはゆっくりと首を横に振ります。
『そんな…これ以上ココロさんに迷惑ばかりかけられませんよ』
リンゴを背に笑顔で答えるユメミをココロはそっと咥えると自分の背中に乗せました。
そして、そのまま歩きだします。
『ちょ、ちょっとココロ!?』
慌てて叫ぶユメミにココロは答えます。
『いいから乗っててよ。それより空…綺麗だね。君はずっといたかも知れないけど僕にとってはとっても大きな「宝箱」なんだよ』
『え?……宝箱…ですか?』
ユメミは小さく首を傾げます。
『うん。例えば白くて大きなあの雲』
『雲?』
『あんなに遠くにあるのに…まるで大きな綿飴みたい♪』
『…え?』
思いもよらなかったココロの答えにユメミは思わず目を丸くさせました。
そんなユメミを尻目にココロは続けます。
『でね♪お日様が飴玉でお月様はクッキー♪』
『こ、ココロさん!?』
ユメミにはさっぱりココロの言うことが理解出来ませんでした。
ココロはゆっくりと話を続けます。
『…で、今見えているものみんな…たくさんの神様♪』
『かみさま…?』
『うん。今まで天国に行ったたくさんの神様。僕のお母さんもこの何処かにいるんだよ♪そして、いつも僕のことを見てくれているんだ』
そんなココロの言葉にユメミはゆっくりと口を開きます
『神様…ですか。私も…私のお母さんも見てくれていますか?』
『もちろん♪気が付かないだけでもうすぐ横にいるかも』
『……』
気が付くとユメミの目からは涙が溢れ出ていました。
ココロはそれに気付いてか慌てた素振りを見せます。
『ど、どうしたの!?大丈夫!?』
『うん。大丈夫…少し疲れただけ』
『そう。良かった』
ユメミの言葉にココロは少しホッとした表情を見せます。
『ココロさんの背中って…温かいですね。まるでお母さんみたい』
ココロの背中にうずくまりながらユメミが言いました。
その言葉にココロは顔を真っ赤にしながら歩き続けます。
そこから少し離れたところを三匹の黒猫が歩いました。
『親分、やっちまいましょうよ。相手はあのココロでやんすよ』
『お前は分かってないな〜。こう言う事は誰にも気付かれずにやるのが
かっこいいんだよ』
『そうだったでやんすか!?さすがクロ親分!』
『あったり前だろ?なんてったって俺は泣く子も黙るクロ親分様だぜ』
クロと呼ばれた黒猫はそう言うと少し胸を張って歩き出した
『お前ら二匹ともバカか?』
二匹のやりとりに水を差すように残りの一匹がそう言うと
三匹は再び後を追い出しました。
しばらく歩いて、着いた場所は小さなお寺の前でした
お寺はもう随分と古いもので、長い間、人が住んでいた様子はありません。
『あの床下が僕の家だよ。きみも一緒に住むといいよ。僕以外に誰も住んでないし』
ココロはユメミを背中に乗せたまま言いました
そんなココロの言葉にユメミは目を丸くしながら言います
『え!?…宜しいのですか?』
『もちろん♪大歓迎だよ。でも、そんなかしこまった喋り方しなくて良いよ?ほら、僕たちもう親友だしね』
ユメミは少し考えてから
『あ、ありがとう』
そう、言いました。
そしてこう続けます
『でも、私はもともとこういう喋り方でして…それより、ココロさんもその『きみ』って呼び方止めません?私にも名前があるんですから』
『え、あ、そうだよね。う〜ん…『ユメミちゃん』なんて‥どう?』
少し照れながらそう言うココロにユメミは小さな顔を近づけて、こう言いました。
『はい!!』
それは、猫と小鳥。決して関わるはずのなかった一匹と一羽の共同生活の始まりでした。
それから毎日のようにココロはユメミを連れて町へ出かけます。
あるとき、ココロは屋根から足を滑らせ転げ落ちてしまいました。
ころころころ、ヒューー…ぽてっ
『いてっ』
なんとも情けない声を上げたココロにユメミは
『はぁ〜…だから気を付けてって言ったじゃないですか…怪我はないですか?』
そう言うとココロの顔を覗き込みました。
ココロは横目でユメミを確認すると
『ごめん、ごめん。僕は大丈夫!!ユメミちゃんも…怪我はなさそうで良かった〜』
そう言って立ち上がりました。
くすくす
ユメミが吹き溢すように笑い出しました。
続けてココロが笑い出します。
あるとき、ココロは大きな人間に追われていました。
『こら待ちやがれ!!店の魚を返せ〜!!』
大きな人間は大きなバットを振り回しながら追いかけてきます。
バットは何度もココロのすぐ後ろの空を切っていました。
『ココロさん!!危ない!!追いつかれます!!』
小さな体をさらに小さく屈め必死に訴えかけるユメミにココロは
『大丈夫、大丈夫♪』
そうのんきな返事を返すと
クイッ
っと進路を90度右へ傾け建物と建物の隙間へするりと入っていきました。
大きな体の人間にそこに入ることは出来ず
『くっそ〜!!野良猫に負けた〜…』
そう嘆いて帰っていきました。
ココロはしばらく走った所で立ち止まりそっと咥えていた魚を地面に置きます。
『何とか…逃げ切‥ったね♪』
ココロは息を切らしながら言いました。
『もぅ…心臓が飛び出してきそうですよ』
ユメミはもうすっかり興奮しきっています。
そんなユメミを見てココロは
『ふふふ、でも、面白かったでしょう?』
そう笑いながらユメミの顔を覗き込みました。
『…くすくす、ええ…とっても♪』
ユメミもつられて笑います。
あるとき、ユメミとココロは公園の花畑にいました。
ココロは首飾りをユメミは尻尾にかける飾りを
それぞれプレゼントします。
『何だか…変な感じだね』
ココロが顔を真っ赤にしてそう言うと
『いや…私は、楽しいです…とっても』
ユメミも顔を真っ赤にして返しました。
二匹はお互いのそんな顔を見て
『ココロ…なんて顔してるんですか?』
『ユメミだって!』
そう言っていつものように笑い合いました。
そして…
三匹の黒猫は何日も何週間もそんなココロ達の後を物陰からつけ続けていました。
体の大きなクロが言いました。
『くそっ!!あいつらいっつもくっついてて離れやしねぇ…』
『そうでやんすね…もうかれこれ二ヶ月でやんすよ。さすがに猫には長すぎる時間でやんす』
小さな体の黒猫は体を丸めて言います。
『ったく…お前らという奴は…』
一際尻尾の長い黒猫が肩を落としてつぶやきました。
それからしばらくたったある晴れた日の朝、ユメミがココロを外に連れ出します。
『何処に行くの?』
ココロはまだ眠そうな目を擦りながら言いました。
そのずっと後ろから三匹の黒猫が後を追います。
『いいから、ついてきて下さい!』
ユメミはそう言うとココロの前を歩きます
しばらく歩いて…
『ここです!!』
ユメミはそう言うと立ち止まりました。
そこは広い芝生の広がる公園…というより広場でした。
正面から昇ってくる朝日が辺りをオレンジ色に染め上げています。
『…ここは?』
ココロは不思議そうに辺りを見渡しながらユメミに聞きました
『この町に来たときに見つけた場所です!ココロには迷惑かけてばかりでしたから。今日こそ!いざ、空へ!!』
『ははは…ありがとう!!ユメミといるとなんだか頼もしいよ』
元気いっぱいに答えるユメミに、ココロは笑顔で返しました。
『さてと、まずはあれです!』
ユメミはそう言うと近くに落ちていたビニールシートを指差します
『これをどうするの?』
ココロは首をかしげながら言いました。
『こうするのです』
ユメミは大きなビニールシートの端を咥えてココロの背中に乗ります
そして反対側まで来るとその両端をココロに持たせて言いました。
『ココロ!このまま、あの大きな木の上に登れますか?』
『あっ、うん。登れるけど…どうして?』
『いいから!』
ユメミに言われるがまま、ココロは木を登ります。
そこから少し離れた所にある岩陰で、三匹の黒猫がその様子を見ていました。
『おい、ホロ!何をやっているんだ?あいつら』
三匹のうち一番体の大きなクロが言いました
『さぁ?なんでやんすかね?キロさん分かりやすか?』
ホロと呼ばれた三匹のうち一番背の低い黒猫が言います。
『お前らバカなんだから黙って見てろ』
キロと呼ばれた三匹のうち一番尻尾の長い黒猫が言いました。
そして、尻尾でココロ達の方を差します。
『そこから飛び降りて下さい!』
木のてっぺんについた所でユメミが言いました。
ココロは力強く後ろ足を蹴り飛び降ります。
前後の足にビニールシートの両端を持って
背中にユメミを乗せて…
ぶわっ
と、次の瞬間、風が二匹を持ち上げました
『と、飛んでる…?』
思わず声を上げたのはココロでした
そう、ココロ達は空を飛んでいたのです
少しずつ落ちてはいっているものの
ビニールシートに入り込んだ風がココロ達を持ち上げて
確かに空を飛んでいました。
そして、ゆっくりと地面に着地します。
『やった!やったよ!!』
興奮冷めあがらない様子でそう叫んだのはココロでした。
『ええ、やりましたね!でも、まだ鳥のように高く、自由には飛べていません。これからですよ!ココロ!!』
『うん!!ありがとう』
ユメミとココロはお互いの目を見つめあいながら言いました。
『すっげ〜』
岩陰で声を漏らしたのはクロでした
『少し‥浮いていたでやんすね』
続けてホロが言います。
キロはそのまま黙って行ってしまいました。
『あれ?キロさん何処に行くでやんすか?』
それに気が付いたホロがキロに呼びかけます。
『ああ、…行くぞ』
『あ、待って下さいよ〜』
早歩きで帰っていくキロの背をホロが追いかけます。
『…ん?おい!!待ってくれよ〜!!』
クロもそれに気が付き後を追いかけていきました。
黒猫達が帰ったあと…
二匹は何度も木の上から飛ぶ練習をしていました。
しかし何度練習しても
鳥のように高く、自由に飛び回ることは出来ません。
その度に一生懸命に悩むユメミを見てココロが言いました。
『ねぇ、ちょっと休憩しない?僕の背中に乗ると良いよ』
ココロはそう言ってユメミの横でしゃがみます。
『いや、でも…』
『いいから』
ココロに言われるままユメミはココロの背中に乗ります。
『温かい…』
ユメミが小さな声で呟くと突然ココロが駆け出しました。
『ど、どこへ行くのですか!?』
ユメミはココロに問いかけます。
『今度は僕の世界を見せてあげるよ!!とっておきのコースがあるんだ!』
ココロは嬉しそうにそう言うと全速力で町に突っ込んで行きました。
『しっかり捕まっててね!!』
そう言ってココロが最初に突っ込んだのは路地裏でした。
狭い路地裏をココロはスピードを落とすことなく走り抜けます。
上を見上げるとずいぶんと小さくなった細長い空と
塀の上から覗き込む野良猫やカラスが見えました。
止まることなく移り変わる景色に
ユメミの心臓はドキドキでした。
路地裏を抜けてもココロの勢いは止まりません。
公園、人ごみ、民家の床下、ココロは町中を走り回りました。
『ど、どこまで行くのですか?』
ユメミはココロに聞きました
『もうすぐ着くから!!』
ココロはとても楽しそうに答えました。
『行くってどこへ?』
『ひみつの場所だよ!!』
ココロは真っ直ぐ前を向いたまま答えます。
それから4つの角を曲がり、小さな竹林を抜け、しばらく走ったところでココロは足を止めました。
そこは町の西側を流れる小さな川
気が付くとすでに日は西へと傾いていました。
ココロは土手に腰を下ろします。
『ここ…ですか?』
ユメミの言葉にココロは
『うん』
そう言って頷きました。
ユメミはそっとココロの背中から飛び降ります。
『わぁ〜!!きれい…』
次の瞬間、ユメミの目の前に広がった光景は
ユメミがその言葉を漏らすのに十分でした。
沈みかけた真っ赤な夕焼けにそれを背に受けた小さな家々
決して広くはない川に映し出されるその光景は
ユメミの瞳に焼き付いて離れませんでした。
『本当に、本当に綺麗…』
『うん。今日のは最高に綺麗だね…』
ユメミとココロは肩を寄せ合い
日が完全に沈みきるまで、夕焼けの町をその瞳に焼き付けていました。
…ホーホー
気が付くと辺りは真っ暗で、街灯や家の明かりが点々と点いているだけでした。
空はいつのまにか厚い雲に覆われ、月はその姿を現しません。
ユメミもココロもすっかりうとうととしてしまっていました。
『天気が悪くなってきた…ユメミ!!起きて!!』
ココロは慌ててユメミを起こし、まだボーっとしているユメミを背中に乗せて走りだします。
来た道をまっすぐ走り、小さな竹林を抜け、3つ目の角を曲がったところで突然目の前に一匹の黒猫が現れました。
『よう、ココロ。お前うまそうな物持ってんじゃねぇか。その小鳥まさか独り占めするつもりじゃないよな?』
長い尻尾を真っ直ぐ立て、そう言ってユメミを睨みつけたのはキロです。
『ユメミは友達だ!食べたりなんかするもんか!!』
ココロは後ずさりしながら叫びました。
『お前、猫が小鳥を食わないでどうする』
コロロの後ろから聞こえて来た声
大きな体をどっしりと構えて道を塞いでいたのはクロでした。
隣にはホロが目を細めて座っています。
三匹はジリジリとココロを追い詰めていきました。
壁まで追い詰められたココロは塀の下に開いた小さな穴にユメミを隠します。
『ココロ!!』
ユメミは心配そうにココロを見上げました。
『大丈夫』
ココロは少しずつ近づいてくる黒猫を見ながら言いました。
『ココロ。そんなので隠したつもりか?こんな塀の一つや二つ越えるなんて楽勝なんだぜ?』
体の大きな黒はその大きな体をめいっぱいに伸ばして飛び上がりました。
ドンッ
鈍い音がして、クロは地面に叩き付けられます。
『いってぇ〜!!』
クロはしばらくうなだれていました。
『ココロ!!てめぇ〜!!』
体の小さなホロがココロを睨みつけて言います。
そう、クロを突き飛ばしたのはココロでした。
『行けるもんなら行ってみろ!!』
ココロは毛を逆立たせて言いました。
『弱いくせに生意気な奴だ。そんなに怪我をしたければまずはお前から殺ってやる』
『いってぇ〜なココロ!!俺様の自慢のジャンプの邪魔しやがって』
『馬鹿猫。こんな子猫に邪魔されるジャンプがあるか』
『うっせ〜よキロ!俺は今、ムシャクシャしてんだ。覚悟しろよココロ?』
三匹はまた、じわりじわりとココロに詰め寄ります。
ココロは三匹と目をそらさないようにして身構えました。
次の瞬間、三匹は一斉にココロに襲い掛かります。
ココロはとっさにキロの長い尻尾に噛み付きました。
『ぎゃ〜!!』
キロが叫びました。
続けてキロの耳に噛み付こうとしましたが
クロに突き飛ばされてしまいました。
ドンッ
鈍い音がしてココロは塀に叩きつけられます。
『ココロ〜てめぇ!!生きて帰れるとは思わないことだ』
キロはそう言って尻尾で合図をしました。
同時に三匹が一斉に襲い掛かります。
ココロは右へ左へと飛び必死で戦いました。
大切なものを守るために…
しかし相手は三匹、ココロに勝ち目はありません。
気が付くとココロは、もう立っているのもやっとでした。
『じゃあな!!ココロ!!』
キロが叫び尻尾で合図しようとした次の瞬間、
『ぎゃ〜!!!』
キロが叫び声を上げました。
両脇にいたクロとホロは突然の事に思わず顔を見合わせます。
見るとキロの尻尾の先、ココロの噛み付いた所をくちばしで突く一羽の小鳥が見えました。
ユメミです。
ユメミはその小さな体に精一杯の力を込めてキロの尻尾を何度も突きました。
『俺の尻尾〜!!てめぇ!!!』
キロはそう言うと長く伸びた鋭い爪でユメミを引っ掻きます。
ユメミは叫び声を上げる間もなく道の反対側まで飛ばされてしまいました。
その時です、ユメミを睨み付けるキロの横を一つの影が通り過ぎていきました。
影は倒れて動かなくなったユメミを咥えて走ります。
それは紛れもなくココロでした。
ココロはボロボロの体を引きずりながらも全力で走りました。
そのすぐ後ろを三匹の黒猫が追いかけてきます。
『お前らだけは!!絶対に逃がさねぇ!!』
体の大きなクロは走りながら叫んでいます。
ココロは体の痛みに懸命に耐えながらやっとの思いで町の中心の丘の上まで走りました。
ズサー
ココロは丘の上の大きな木の下で力尽きてしまいました。
衝撃でユメミはココロの口から転がり落ちます。
『コ、ココロ!!』
ショックで気が付いたのかユメミはココロの元に駆け寄りました。
『ごめん…まだ何もしてあげてないのに‥ごめん…』
ココロは倒れたまま、顔を下に向けたまま、涙を溢しました。
『ココロさん…そんな事‥あるわけ無いじゃないですか』
ユメミもまたそれ以上何も言うことが出来ず涙を溢しました。
空には厚い雲が掛かり徐々にその暗さを増していきます。
『…ありがとう。ユメミが友達で本当に良かった』
『うん、ありがとう。ココロが友達で私も良かった』
『これからも、ずっと…』
『ええ、ずっと…』
『残念だが‥どうやら…今度こそ最後のようだな』
二匹の言葉を遮り少し息を切らしながら言ったのはキロでした。
コロロにはもう戦うどころか起き上がるだけの力も残っていません。
『じゃあな!!ココロ!!!』
キロの合図で三匹が襲い掛かった次の瞬間
ピカッ!!ゴロゴロ!!ピッシャーン!!
大きな雷が鳴り響きました。
同時に強い突風がココロ達を襲います。
ココロは飛ばされそうになりながらも最後の力を振り絞り
ユメミを咥えて大きな木にしがみつきました。
一歩下がった所で今にも吹き飛ばされてしまいそうな三匹の黒猫が見えます。
三匹はココロを睨み付けて言いました。
『てめぇ!!この嵐が通り過ぎたら真っ先に食ってやるからな』
キロは長い尻尾を器用にココロの足元にある木の根っこに巻きつけます。
クロとホロはキロにしがみついていました。
『う、ぐぐぐ』
キロはとても辛そうに顔を歪めました。
コロロに噛み付かれ、ユメミに突かれた尻尾の傷口が開いたのです。
キロの尻尾は今にも千切れそうなほど伸びきっています。
キロの尻尾が緩み始め、三匹が目を閉じた時、何かがキロの手を掴みました。
三匹がゆっくりと目を開けると、さっきまで殺そうとしていたはずのココロが
しっかりとキロの手を掴んでいます。
その瞳は勇ましく、とても優しい色をしていました。
『お前…どうして‥』
ココロはただじっとキロを見据えたまま、その手を離すことはありませんでした。
やがて嵐が通り過ぎ、次第に風も弱まっていきます。
雲の陰から顔を出した大きな満月が
大きな木と、その下にいる5匹を照らしました。
クロとキロとホロはゆっくりと目を開けます。
ココロはまだ手をしっかりと握ったまま
離してはいませんでした。
クロとキロとホロはまだ手を離さないココロに向かって
『その…何だ…』
『本当に…だな』
『すまなかった!!』…でやんす
クロ、キロ、ホロは同時に頭を下げました。
ココロは手を握ったまま返事を返しません。
『コ、ココロ?もう、嵐は過ぎたんだ。手は離していいんだ』
クロが問いかけてもココロはうつむいたままでした。
丘の上を吹きぬけるそよ風が木の葉を揺らします。
同時にココロの体は力なく地面に倒れてしまいました。
口に咥えたユメミも転げ落ちます。
ドサッ
その音は三匹にそれを気が付かせるには充分過ぎました。
『おい…ココロ‥?嘘だろ!!お前がいなくなったら…一体誰に謝ればいいんだよ‥』
キロはココロの手を握りながら叫びました。
その目からは涙が溢れます。
『何で、何で涙が止まらないんだよ…どうして胸がこんなに苦しいんだよ…』
三匹はその場で泣き崩れてしまいました。
『…う、う〜ん…』
眠りから覚めるような声をだして起き上がったのはユメミでした。
ユメミはさっきまで襲ってきた三匹が泣いているのを見て驚きます。
『な、何が一体どうなって…コ、ココロ?…ココロ!?』
ユメミは倒れて動かなくなったココロに向かって
『ココロ…何やっているんですか?起きてください。私…私はまだあなたの住む世界を全て見てはいません…』
そして、ココロの頬をくちばしで揺らしながら
『ココロだって…ココロだってまだ空を飛べていないじゃないですか!!空は良いですよ?…風は気持ち良いし…いつだって、遠くまで見渡せて
とっても綺麗で…』
目には涙を浮かべて
『まだ…何も、何も教えてないのに…起きて下さい!!ココロ!!こんなの…こんなの嫌です!!』
ユメミはとうとう泣き崩れてしまいました。
『……』
キロ達には何も言うことが出来ません。
どんなに反省しても自分たちに責任があることを
三匹は理解し…そして、後悔することしか今の三匹には出来ませんでした。
真っ黒なその瞳からはとめどなく涙が溢れ出ます。
後悔の涙は、いくら流してもその気持ちを洗い流すことはありません。
三匹はいつまでも泣き続けました。
『どうして泣いているのですか』
ユメミがキロ達を見て言いました。
『ココロのことです…きっと、あなた達を助けようと…それなのにあなた達は…どうして今、今目の前に倒れているココロさんの為に泣いてはあげられないのですか!!あなた達がいくら後悔したところでココロさんは…戻っては、来ません…だったらせめて!!…ココロさんの為に泣いてあげて下さい…そして…もう、二度と…ココロさんを悲しませるようなことは…しないで‥下さい』
ユメミはそっと、ココロの頬に自分の頬をくっつけます。
『これで…良かったんですよね?…はは…今さらだけど、私の…翼を失ったこと‥やっと意味分かりました。…ココロさん…私に大切な、こと…気付かせてくれて‥ありがとう』
ユメミは誰にも聞こえないよう小さく微笑むとそのまま眠ってしまいました。
二匹はまるで寄り添うようにそれはまるでまだ生きているかのように
幸せそうな寝顔で…
その時、夜空の雲の合間から伸びた一筋の光が
もう動かないユメミとココロに降り注ぎました。
そしてゆっくりと、光は消えていきます。
それはただ雲の合間から差した月明かりだったのかもしれません。
しかし、その光はとても温かく…
それは涙で歪んだ景色の見せた幻だったのかもしれません。
しかし、その光はあまりにも優しく…
ユメミとココロを包んだのは…
青くて傷だらけのココロに良く似た真っ白で綺麗な白猫…
それは優しく微笑むと光と共に消えてゆきました。
やがて夜が明け、朝日が丘の上を照らします。
キロ達の声は枯れ果て
もう、声にはなっていません。
キロは丘の上の木の下に穴を掘りました。
クロとホロは二匹を引き離さぬよう
そっと、
ココロとユメミを同じ場所、『幸せを呼ぶ木』の下に埋めました。
それから数ヶ月が経ち、その場所に一本の木が生えてきました。
木はあっという間に大木へと成長し『幸せを呼ぶ木』に絡みつき
やがて、二本の大木は一本の巨大な大木になったそうです。
心の実る木…『ココロナルキ』
そしてそれがこの町に住む全ての動植物がその木につけた名前。
この小さな町の中心に悠然と聳え立つその大木は…
決して枯れることはありません。
いつまでも、いつまでも…
ずっと……
あなたの『ココロナルキ』には、どんな『心』が実っていますか?
それはあなたにとってどんな意味を持っていますか?
忘れないで下さい…それにはちゃんと意味があることを
そして、思い出して下さい…あなたの出会ったたくさんの人々を
誰一人が欠けても…今のあなたはいません
そしてそれは…相手にとっても同じ
あなたはあなたでしかなくて…私は私でしかありません
あなたも私も…他の誰にもなりえません
だからこそあなたはあなたになれる
私もあなたを感じることが出来る
ココロが最後までその優しさを大切にしたように…
どうかあなたの『ココロナルキ』を…大切にして下さい。