ハッピーホワイトデー
「カズ兄カズ兄」
「なんだヤヨイ」
今日もまたヤヨイが俺の部屋に入ってきて、話しかけてくる。
いつものように、ばったーんとドアを開けて入ってくるわけではないけど、一体今日は何を言ってくるんだろう。
「カズ兄、今日は何月何日でしょー?」
「3月14日」
「だいせいかーい! そんなカズ兄にもう1問!」
何かくれるわけじゃないのかよ。
「カズ兄、3月14日と言えば?」
「3月14日と言えば……パイの日だな」
「そうそう、円周率は3.1415926535……略してパイの日! って違うでしょー!?」
ほんとにパイの日ってあるらしいけど。まあそれはどうでもいいか。
「そうじゃなくて、もっと有名な日があるじゃん!」
「有名な日ねえ……ほしのあきの誕生日とか?」
「へえ、そうなんだー……ってそれも違うでしーょ!?」
わかっちゃいるけど、答えるのもめんどくさいというかなんというか。
「正解はホワイトデー! という訳で、カズ兄!」
……そう言いながら、ヤヨイは手を差し出してきた。
「……一応聞くけどさ、その手はなんだヤヨイ?」
「ホワイトデーと言ったら男の人が女の人にバレンタインのお返しを上げる日でしょ? だからだから。ほらほらカズ兄、かわいい妹に言うことがあるでしょー?」
ニコニコ笑いながらそういうヤヨイだけど、一言俺は言いたいことがある。
「……言っとくけど、俺、ヤヨイからバレンタインにチョコもらってないぞ」
「一緒に食べたじゃんかー」
「家にあったチョコをな。それもらったとは言わない」
しかも、家にあったのはただのチョコボール。おやつ用に一緒に食べただけだ。
そんなんをバレンタインチョコと言われて、ホワイトデーのお返しをくれとか言われても、なんかいやだ。
「カズ兄カズ兄、私カズ兄に毎日チョコあげてるよ?」
……そんなのもらったことない。ここ1週間はチョコも食べてないし。
「ほら、今あげた」
そう言うと、俺の目の前で立っていたヤヨイがすっと体操座りをした。
意味が分からないのだが、それのどこがチョコのプレゼントなんだろう?
「……いつくれた?」
「カズ兄の目の前で、『ちょこ』んと座ってあげたじゃんかー」
……なんとなくいらっと来たので、ていっと軽くヤヨイの頭にチョップを入れた。
「いったー……。カズ兄ってば何するのさー」
「なんとなくムカッと来ただけ。というかヤヨイってそんな風に座ってたか? そんな風に俺の前に座ってたの、ほとんど見たことないんだけど」
「石の上にも3日って言うでしょ? だから頑張って3日前からしてたよー」
「それじゃただの3日坊主じゃんか」
たった3日じゃ頑張ったって言わない気がする。
「坊主って言うなー!」
「はいはい、3日娘な」
「むー……なんか馬鹿にされてる感じー。まあ、そんなことはどうでもいいの。ほらほら、普段は吊り橋をたたいて渡るような慎重なカズ兄でも、時には思い切って行動することが必要だよ? だから思い切って私に手作りクッキーでもプレゼントしてよー」
「吊り橋たたいて渡るってめっちゃチャレンジャーな気がするが。でもやだ。めんどい」
手作りクッキー作るの結構めんどくさいんだぞ。今から作り始めたらどれくらいかかるか。確か材料は家に全部あったような気はするけど。
「もうっ、カズ兄ってばチョコもらえなかったのひがみすぎだよ! ほんとは私だってあげようと思ってたんだよ! でも恥ずかしくってあげられなかっただけなんだから! ほら、実はここにあげるつもりのチョコがあったりするんだよ!」
そう言って、ヤヨイは背中に隠してた包みを取り出した。そのまま俺に渡す。
ううん、もらってうれしいはうれしいんだけど……今日、3月14日なんだよなあ。1月遅れのバレンタインとか。
……というか、『3月12日 17時32分 チョコレート 798円』なんてレシートが挟まってるとか、俺はどう反応すればいいんだよ。
言うべきか、言わざるべきか。
「まあ……ありがと」
「ああ、信じてないなー! ほんとは2月14日にあげるつもりだったんだもん! 嘘は言ってないもん!」
……まあ、たぶん嘘は言ってないんだろうなあ。
「ほらほら、カズ兄カズ兄、手作りクッキー一緒に食べようよー」
「めんどいからや」
「そこをなんとか」
「や」
「2文字追加して」
「いやだ」
「もうひとひねり」
「いやん」
「そうじゃないでしょ!? そこは『やろう!』って言ってよー!」
いやだからいやっていってんだよ。めんどいだろうが。
「ううううう……いいよーいいよーだ! クラスの友達にホワイトデーもらうんだから! カズ兄のバーカバーカ!」
そう言いながら、ヤヨイは立ち上がってドタドタと走って出て行ってしまった。
……ああ、今外に出たな。ほんとにクラスの友達の家に行ったのか? ヤヨイのやつ。
まあ、どうでもいっか。夕飯頃になれば帰ってくるだろ。
「ただいまー……もおっ、カズ兄はほんと強情なんだからー、ほんとにほんとにバレンタインにあげようと思ってたのに、絶対信じてないよねあの顔ー。あげるの結構恥ずかしいんだよ」
……ちょ、ヤヨイ、もう帰ってきたのか!? まだ30分くらいしかたってないんだけど!? 絶対3時間くらいは帰ってこないと思ってたのに。
やばい、急いで色々と片付けないと。絶対こんなん見つかったらやばいだろ。
「ああ、そこらじゅう走り回ったから喉渇いちゃった。みずみずー」
ちょ、なんでこっち来るんだよ!? 自分の部屋に戻れよ!
バタンとヤヨイがキッチンへの部屋のドアを開けた。今部屋に入ってきたヤヨイと、エプロン姿になり砂糖とバターと卵黄をぐりぐりとかき混ぜている俺の目と目が合う……ああ、終わった。
「カズ兄、何してるのー?」
……見りゃわかるだろ。ニヤニヤしながら聞いてくるなよ。
「にへへ、全くカズ兄ってばツンデレなんだからー」
ツンデレとかいうな、気持ち悪い。
「まあ、何だ。これは自分が突然食べたくなってだな」
「またまたあ、そんな照れなくてもいいのにー。ねえねえカズ兄、一緒に作ろー?」
「ヤヨイが一緒に作りたければ、好きにしたら? あ、エプロンはきちんとつけろよ」
「はーい、りょーかーい!」
そう言って、ヤヨイはどたどたと自分の部屋に行き、エプロン姿になって戻ってきた。
……こっそり机の上に置いておこうかと思ったけど、こんな風に2人で作る、クッキーもいいものかもしれないな。
そんな風に思った、ホワイトデー。