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妻が俺を題材にしたBL小説で商業デビューした。

作者: 逢月 悠希
掲載日:2026/08/22

※注:BL小説ではありませんが、色んな意味でヤバいBL小説を読まされる被害者はいます。

※注:被害者の気持ちをご理解頂きたいので、色んな意味でヤバいBL小説の内容もちょっと入ります。苦手な方はご注意ください。

 最近、後輩から熱のこもった眼差しを向けられている。

 愛しの妻が作ってくれた弁当を見つめながら、俺——工藤(くどう)和樹(かずき)は少し困っていた。


 後輩の名前は、澤村(さわむら)千夏(ちなつ)

 大学を卒業してすぐにこの会社に入ってきて、もう2年になる。

 最初こそミスが多かったが、今では立派な戦力だ。

 彼女が組み上げたプログラムが、とある企業を支える地盤となったと聞いた時は涙が出そうになった。本当に……本当に、立派になった。


 ……が、それとこれとは話が違う。


 澤村は24歳、俺は36歳。

 10個以上歳が離れている。それ以前に俺は既婚者だ。


 高校の頃に出会った妻との関係は、自分で言うのもなんだが良好だと思う。

 恥ずかしいが、いまだに彼女の顔を見るたびに愛が溢れてしまうんだ。

 彼女も同じ気持ちであって欲しいと願うが、そうでなかったとしても俺は妻を愛することをやめる気はない。妻を愛している。


 だからこそ、澤村から『そういう目』で見られても困る。

 俺に浮気願望は一切ない。

 そんなくだらないことで妻を悲しませたくはない。


 とはいえ澤村を傷つけたいわけでもない。

 見るのは構わないが、頼むから、頼むから何か別の理由であって欲しい。


 しかし、それを澤村に直接聞くのはどうかと思う。

 違っていても違っていなくとも、デリカシーが無さすぎる。


「一体、どうすれば……」


 箸が、進まない。

 そんな俺の肩を、横に座っていた後輩の八代(やしろ)雅也(まさや)がトントンと叩いてきた。


「先輩? どうしました? ……大丈夫ですか?」


 八代も澤村と同じ年に入社してきた優秀な後輩だ。

 ……彼ならば、何かを知っているかもしれない。


 間違っても他の人間に聞かせるわけにはいかない。

 俺は彼を手招きし、耳打ちする。


「八代、その……最近、澤村の視線が気になるんだ」


「え?」


「悪い、普通に俺が自意識過剰なのかもしれないが……」


 流石に恥ずかしくなってきた。

 八代は悩みながらも、頷く。


「申し訳ありません、あまり気にしていなくて……ですので半日、俺は意識して澤村を観察してみます。明日、就業後にお話しましょう。できたら、それまでに澤村から話を聞いてみますね」


「すまない」


 彼はにこにこと笑い、親指を立てた。


「いえいえ。こんなことでお役に立てるなら、喜んで。なので、明日はもしかすると帰りが少し遅くなるかもしれないと、奥様に伝えておいてくださいね?」


「はは、分かったよ。……助かる」


 八代は俺がいまだ妻にベタ惚れ状態なのを知っている。

 定時で上がらなければ帰りのバスに間に合わず、一便遅れてしまう。そうなれば妻を困らせるかもしれない。

 だから俺が定時になると同時にかなり時間を気にすることを、彼は知っているのだ。


 俺の経歴が特殊なこともあって、彼には色々と昔の話をしている——だが、それは澤村もだ。彼女にも、全く同じ話をしている。


 それなのに、何故だろうか。

 何故、彼女は俺を見てくるのだろうか。


 謎を抱えたまま、俺はパソコンに向き直った。



 ○



「お、俺がWeb小説の主人公に似ているだと!?」


「しーっ! 先輩! 声が大きいです!」


 ——就業後。


 俺は八代と共に、会社から少し離れたお洒落なコーヒーショップに入っていた。


 仕事ができる八代はちゃっかり澤村から話を聞いてくれていた。

 どうやら俺は、澤村が好きなWeb小説の主人公に似ている、らしい。


「俺もざっと見たんですが……確かに、似ている気はします」


「そうなのか?」


「厳密に言えば、主人公の設定が先輩そっくりなんです。元刑事だったんですけど、負傷してしまって。それを理由に退職した後、専門学校を経由してプログラマーになった36歳の男性が主人公なんです」


「……なるほどな」


 それは気になって俺を見てしまうのも分からなくはない。

 俺の経歴が珍しいのは自覚している。それだけ似ていれば、当然意識してしまうだろう。

 好きなものと似ているのなら、視線に熱がこもってしまうのは当たり前だ。


「はあ……良かった。そういう理由なら、放置して構わないな。ありがとう、八代」


「いえいえ!」


「八代、そのWeb小説の名前は分かるのか?」


「……」


「八代?」


 あからさまに、顔を逸らされてしまった。

 澤村から聞いた可能性もあるが、八代は小説の主人公の設定を知っていた。

 いや、そもそも「ざっと見た」と言っていた。

 それなら、間違いなくタイトルを知っているはずだ。


「……」


 しかし、何故か言いたがらない。

 気まずそうに、八代は俯いている。


「せ、先輩……その……」


 それでも彼は、頑張って口を開いてくれた。


「どうした?」


「先輩、澤村と俺のこと、嫌になるかも、というか……」


「嫌になるはずがないだろう!」


「声!」


 いかん、また声が大きくなってしまった。


「……」


 気まずい空気が流れる。

 そして意を決したように八代は口を開いた。


「えっと……先輩。ふ、腐女子、とか、腐男子、とか……ご存知ですか?」


「聞いたことはあるな。さて、何だったろうか……」


「雑に説明すると、俗に言うボーイズラブ、BLというジャンルが好きなオタクのことを指します。俺も澤村も、それに該当してまして……」


 要するに少々特殊な趣味をしている、ということだ。

 八代は気まずそうに、フラペチーノとやらを見つめている。

 さぞかし言いにくかったのだろう。


「……」


 だが、澤村だけでなく「自分もそうだ」と言う辺りが彼の美徳だろう。

 俺は軽く息を吐き、笑う。


「嫌になるものか。大丈夫だ」


「ありがとうございます」


「……で、タイトルを聞いても良いか?」


「……」


「や、八代?」


 また黙り込んでしまった。

 今度は一体何なんだ。


「そ……そのー……えっと……そ、その小説、俗に言う、じゅ、18禁小説、なんですけど……」


「18禁? お前たちは24歳じゃないか。何も問題ないじゃないか」


 八代たちが18歳未満なら大問題だが、彼らは立派に成人している。

 何の問題もないだろうに。しかし八代は、まだ困っている。


「でもって、この小説って……主人公総受けの話、で……」


「総受け?」


「主人公が受け、じゃなくて、せ、性的なアレやソレを、ひたすら受け入れる側、なんですけど……その、他の登場人物は全員攻めで、つまり主人公に対して全員が、性的な、アレや、ソレを……」


「す、すまない、八代。言いにくいことを言わせてしまったな。もう大丈夫だ」


 俺が『総受け』という単語を知らなかったせいで、申し訳ない。

 八代は顔を真っ赤にして俯いている。悪いことをしてしまった。


 ……そこで俺は、嫌なことに気づいてしまった。


「18禁で主人公が総受けってことは!? まさか!!」


「声!!」



 ○



 怖すぎるが、どうしても気になった。

 渋る八代を説得して、URLを送らせた。


 八代には「絶対に人がいる場所で開くな」と念押しされたが、まあ大丈夫だろう。

 帰りのバスの中で、俺はURLをタップした。


 小説のタイトルは『宵闇(よいやみ)足枷(あしかせ)』。

 ほう、なかなかに皮肉が聞いたタイトルじゃないか。

 八代が止めたのはそういうことか。……優しい子だ。


 そして俺は、その隣にあるサブタイトルに目を向ける。


『かつて英雄と呼ばれたプログラマーは、美のプロフェッショナルたちの手で、壊れるほどに溺愛される』


「はぁ!?」


 俺は思わず叫んでしまった。

 立ち上がりかけたせいで、シートベルトが腹に食い込んだ。

 そもそも視線が痛い。


「も、申し訳ありません……」


 ——劇物が、確定した。


 ここは素直に、八代の言葉に従おう。

 俺はスマートフォンの画面を消し、バスの揺れに身を委ねた。



 ○



 妻に俺っぽい主人公が出てくる18禁BL小説を見せるわけにはいかない。

 彼女が眠った後、俺はこっそりと寝室を抜け出して再びURLをタップした。


 既に怖い。

 既に怖い……が、片足を踏み込んでしまった以上、読まずにはいられない。


 主人公の名前は、正岡(まさおか)総悟(そうご)

 流石に工藤和樹では無かった。かすってもいなかった。


 正岡の年齢は36歳。高校、大学と剣道に励み、全国大会出場歴がある。

 その経歴を活かして刑事となった正岡は、数々の事件を解決し、いつしか『英雄』と呼ばれるようになった。


 しかし凶悪犯を逮捕すべく走っている際、正岡は膝に銃弾を受けてしまった。

 正岡の活躍で凶悪犯を逮捕することができたものの、刑事を続けることはできなくなってしまった。


 だからといって仕事をしないわけにはいかないと退職金の一部を使って専門学校に入り、正岡はプログラマーとして働くことになった。


「お、俺だな……」


 とはいえ、流石に職場で『英雄』とは呼ばれていなかった。

 強いて言えば愛しの妻から「かずくん! すごい! まるで英雄だね!」と言ってもらえたくらいか……少し、小恥ずかしいな。


「ま、まあ、ここまでは、まあ……」


 俺が気になったのは『美のプロフェッショナル』の方だ。

 第1話の時点で果てしなくアレだったせいで、俺は指を震わせながら第2話へと進む。


 正岡の両親は、共に美容師だった。

 そして3つ下に双子の弟、(かける)(たける)がいるのだが、彼らも美容師だという。

 剣道に打ち込んで刑事となった正岡は一家の中では異質な存在だったが、特に家庭環境に問題はなく、彼は家族に愛されながら、何なら違う環境に飛び込んでいったことに対する尊敬の眼差しを向けられながら育ったという。


 そして俺は、思う。


「これ、澤村か八代が書いてないか……?」


 ……澤村と八代には話したことがある。


 3つ下に双子の弟がいて、彼らを含め家族全員美容師なのに、俺は刑事。

 しかも退職後は美容師ではなくプログラマーになった、と。


 ここまで一致するのは、流石におかしくないか?

 澤村と八代の共著という可能性もあるな?


 部下に疑念を抱きつつ、俺は第3話に進んだ。


「なん、だと……!?」


 その瞬間、部下を疑った自分を恥じた。

 第3話に正岡の親友が現れたのだ。


 正岡の親友、大宮(おおみや)朝陽(あさひ)は高校の同級生だ。

 たまたま正岡と同じクラスとなり、剣道部仲間にもなった大宮。

 最初こそソリが合わなかったものの、竹刀を打ち合う間に分かり合い、共に切磋琢磨するようになった。


 高校卒業後、正岡は大学へ、大宮は専門学校へと進学。

 そうして正岡は刑事に、大宮は美容師となった。

 全く違う道を歩んだ2人だが、今もなお交友は続いている。


「これは絶対に颯太(そうた)だ……っ! なんで……っ」


 大宮は高校時代の親友、篠宮(しのみや)颯太(そうた)でしかなかった。


 颯太のことは、澤村と八代には話していない。

 つまり、これを書いたのは間違いなく、あの2人ではない。


 俺は第3話を読み進めていく。

 すると、段々と雲行きが怪しくなってきた。



 ○



 カチャリ、と鍵が閉まる音がした。慌てて俺は背後を振り返る。

 朝陽が、玄関のドアを閉めていた。


『朝、陽……?』


『……』


 俺に歩み寄ってきた朝陽は、俺の腕を力強く掴んだ。


『……っ!』


 こいつに、こんな力があったなんて。

 そうして俺は朝陽のベッドに投げ飛ばされる。

 ギジリ、とベッドのスプリングが音を立てた。


『あ、朝陽! 何すんだ!?』


『総悟。お前……弱くなったな』


 あの日、痛めた膝を撫でられた。

 もう痛みはない。だが、後遺症は残っている。

 右足に上手く力が入らないんだ。


『総悟がもう二度と怪我なんかしないように、俺が守ってやる。だから一生ここにいろ』


 服の中に朝陽の手が滑り込んできた。

 ヒヤリとした指先。


 ——怖い!


 俺は何とか朝陽の指から逃げようと、身を逸らす。


『やめろ! やめろ! 朝陽!!』


『そうか、抵抗するのか』


 朝陽は俺を押さえつけたまま、ベッド脇から手錠を取り出した。

 彼は手錠をぺろりと舐め、にやりと笑う。


『——お巡りさんごっこ、しよっか?』



 ○



「わーっ!!」


 俺は叫んだ。

 深夜だというのに叫んだ。

 スマホはぶん投げた。


「はあ……っ、はあ……っ」


 ——親友が、監禁魔になっていた。


 途中までは見事に颯太だったせいで、普通に怖かった。脳内ビジョンは完全に颯太の家になっていた。

 若い頃の俺は颯太の家には何度も行ったし、何度か彼のベッドで寝落ちた。そのせいで正岡が投げ飛ばされたベッドすら脳内ビジョンが鮮明だった。


 寝落ちてしまえば、当然自分の家には帰れない。

 翌朝大慌てで電話をするたびに、妻は「あらあら」と困ったように笑っていた。

 怒られても仕方がないことをしているのに、妻は優しい。


 最近も颯太の家に行くことはあったが、ベッドで寝落ちるような真似はしていない。

 妻は「泊まってきても良いのに」とは言うが、それは妻にも颯太にも申し訳ない。


 だからこそ、続きなんか読めない。

 思い出の中の颯太を汚したくない。


「あ……っ!?」


 寝室を見る。

 妻はまだ寝ているようだ。

 起こさずに済んで、良かった。


「待てよ。そ、総受けって……」


 つまり、颯太以外にもいるのか!?

 嘘だろ!? まだあるのか!?


「次は、誰が……」


 好奇心とは、恐ろしいもので。

 俺は投げ捨てたスマホに手を伸ばした。



 ○



 一週間後、朝陽の家から俺は何とか逃げ出した。


 家に帰りたいが、遠い。

 そこまで体力が持つ気がしない。


 そうだ、と俺は思い至る。

 翔と健が経営している美容室がすぐ近くにある。


 ……そこで少し、休ませてもらおう。


 俺は身体を引きずるようにして、弟たちの美容室に入る。


 幸い、客はいない。

 扉を開くと、カランとベルが鳴った。


『兄さん! 久しぶり!』


 翔が俺のところに駆け寄ってきた——だが、


『ねえ、健。……今日、予約入ってたっけ?』


『いや? 無いぞ。……って、ああ、兄さん……』


 弟たちが、舐め回すように俺を見つめてくる。

 怖い。第六感が、逃げろと警鐘を鳴らした。


『す、すまん! 用事を思い出した!!』


 俺は踵を返して、その場を立ち去ろうとした。

 ……けれど、この足で逃げられるはずがなかった。


 先回りした健が『Open』になっていた手作りの札を裏返して『Close』に変える。

 そしてガラス張りのドアに鍵をかけた。


『兄さん、今まで……どこで何してたんだ?』


『い、いや、何も……!』


『なら、その身体に——』



 ○



 ……閉じた。


 俺は爆速で画面を閉じた。

 どう考えてもこの後、正岡は弟たちに襲われる。

 何やってんだ正岡。本当に何してんだよ。


「はあ……」


 弟たちの美容室に、平常心で行ける気がしない。

 何より、あの美容室の『札』を見たくない。


 妻は手先が器用で、手作り雑貨の類を売っている。

 彼女の作品を見た弟たちが、直々に妻に頼む姿を見た時は本当に嬉しかった。


 だから、愛しの妻が作った札を変な目で見たくない。

 妻の作品のことを、正岡を絶望に叩き落とした札だとは絶対に思いたくない。


「……」


 俺はスマホの画面を付け、弟たちに愛される正岡を見ないように気をつけながら、次のページへと進んだ。



 ○



『う……っ、うう……っ』


 助けてくれ。

 どうして俺が、こんな目に遭うんだ。


 美容室から逃げ出し、路地裏に逃げ込んだ俺はスマートフォンを手に取る。


 何故か親父の着信がたくさん入っていた。

 俺はその中のひとつをタップする。


『もしもし? 総悟か? お前、一体何をして——』


『親父……もう嫌だ、助けて……』


『何があったんだ!? 今、どこにいるんだ!? 迎えに行ってやる!!』


 居場所を伝えて、電話を切る。

 少し、安心した。


 そうしている間に、俺は耐えきれないくらいの睡魔に襲われた。


『う……』


 壁にもたれ掛かるようにして、崩れ落ちる。

 そして俺は、意識を闇に委ねた。



 ○



「意識を闇に委ねんな」


 路地裏で寝るな。

 あと誰かに助けを求めるな。

 助けを求める前にさっさと警察行け。


 この後、間違いなく正岡は親父に襲われるし、何なら実家に監禁される。


 確かに俺の親父はすぐに居場所を聞いてくるし、言えばすぐに迎えにきてくれる。

 それこそ俺と妻は何度も親父の車に乗った。車が好きな親父のこだわり抜いた愛車に関する話を、妻が懸命に聞いていた姿を思い出す。

 妻は車に興味はないのだが、親父のためにと健気に勉強していた。だから、話に着いていくことができた……頼むから、頼むから思い出を汚さないでくれ。


「本当に何なんだよ、この話は……」


 とりあえず完結しているようなので、最終回だけ覗く。


 ……秒で閉じた。

 最初の数行で何故か全員が朝陽の家に大集合していることだけは分かった。


 ていうか澤村は何でこんな話が好きなんだ。

 職場の上司によく似た主人公の話とか誰が得をするんだ。気まずいだけだろ。


 なあ澤村、なんか嫌なことがあったか?

 辛いことがあったのか?

 むしろ俺のせいか? 

 俺、気づかないうちにお前を傷つけたのか?


「澤村だけじゃない……八代も普通に続きを読んでそうなのが、怖いな……」


 すまん八代。

 ……流石にちょっと、嫌になったかもしれん。


 だが、公私は分けなければ。

 俺は深呼吸を繰り返した後、検索バーに小説名を打ち込んだ。


 読みたくないから、調べる。

 劇物でしかなかった『宵闇の足枷』はどうやら、Web小説大賞で金賞を取った作品らしい。


 誰だよ作者。なんで金賞なんか取ってんだよ。

 名誉毀損で訴えるぞ。ふざけんな。


「……」


 結果が出たのはつい最近の出来事のようだが、『宵闇の足枷』は数万件もの応募作の中から選ばれた1作らしい。


 つまり、かなりの激戦を勝ち抜いた作品のようだ。

 ……俺らしき何かと、俺の知り合いらしき何かがイチャイチャする劇物が。


 しかも普通に豪華なものが貰えるらしい。

 金賞は賞金100万円とトロフィー授与、そして——。


「は……? 書籍化確約、コミカライズ確約……?」


 Web小説で済むならまだ良かった。

 だが、紙の本となれば話が変わる。


 何かの間違いで妻が、この現物を手にしていたら俺は昏倒する自信がある。


「……」


 絶望する俺の視界の片隅で、スマートフォンが揺れた。


「ん……?」


 これは俺のじゃない。妻のスマートフォンだ。

 うっかり寝室に持って行くのを忘れたらしい。これでは充電が切れてしまう。持って行ってあげよう。


 ロック画面が光っている。

 そのせいで、通知が見えてしまった。


 見る気はなかった。

 ……見たくも、なかった。


「トロフィー発送の、お知らせ……?」


 ——後日。

 リビングのテレビの横に、比較的まともなタイトルと卑猥なサブタイトルが刻まれたトロフィーが出現した。

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