魔王と副官のぶらり二人旅〜人間って儚い生き物だよね〜
「『オッス、オラ魔王!』と『ボクは悪い魔王じゃないよ』なら、どっちが第一印象良いと思う?」
「魔王の時点で終わってると思いますよ」
ですよね、と魔王は深くうなづいた。
そんな挨拶をされたら魔王だって敬遠する。いや、逃げる。
魔王は平和な空気の丘の上に立っていた。
半歩後ろに副官が控えている。
そして丘の向こうに人間の国の街が見えていた。
「じゃ、私はお供のマオくんという事で、よろしく頼むよ、君ィ」
「百人中百人に二度見されるから嫌です」
魔王はお供の副官を見る。
見るまでもなく知っているが、改めて見る。
「几帳面に撫でつけられた髪、インテリ眼鏡、美形なのにビミョーに地味、生真面目石頭系オーラ、常に半歩後ろを歩く忠犬スピリット……」
「譲れない、この立ち位置!魔王様にだって譲りませんよ!」
「たまには前に出て弾除けになれよ!」
とても優秀だが魔王を弾除けに使う男、それが副官である。
翻って魔王の方は、黒い長髪に黄金の瞳の絶世の美貌の持ち主だ。
歴代の勇者たちが「貴様の見た目に誑かされたりしない!」「私を誘惑するな!」と勝手に魅了されて喚き出すくらいの美貌である。
魔王が「いや、好みじゃないんで」と拒否したら全勇者がバトル開始直後に最終奥義を無駄撃ちして勝手に自滅したくらいの美貌だ。
中には「この世界で最も美しい至宝に傷をつけるなんて無理イィイ!」と泣いて去った勇者もいた。
ちなみに勇者の9割は男だった。魔王も男である。
「そもそもビミョーに地味な私の半歩後ろにド派手な超絶美貌男がいたら、私がただの護衛にしか見えませんよ」
「お前事務職だから戦えないのにな…」
戦うのは魔王の役割だ。
何故魔王が副官の護衛をしているのか、深く考えると魔王城の秩序が崩壊するので追及無用だ。
魔王が最強すぎただけである。
「仕方がないな。それでどうする?一般人のフリは無理だぞ」
「見れば分かります」
魔王と副官が何故こんなやり取りをしているのか、その根本的な理由は簡単だ。
n回目の勇者の魔王討伐イベントが起きて、勇者がいつもの如く魔王に一目惚れして初手最終奥義をぶっぱなした(そして外した)のだが、勇者の仲間の魔法使いが余計な魔法を使ったのだ。
「世界の果てに去れー!」と転移魔法を。
そして魔王と側に控えていた副官は、転移魔法で世界の果てに飛ばされた。
魔王城の反対側なので、世界の果てと言えば人間の領域なのだ。
魔族と人間は住む領域が分かれていて、転移魔法にも制限がかかっている。
具体的には勇者の一行が魔族の領域に入って来た時に通る境界の『門』が、転移魔法に干渉する仕組みになっている。
門を通らずに不法侵入したとみなされるとその領域内では転移魔法が使えなくなるし、使える者が転移させようとしても拒絶される。
つまり地道に歩いて帰るしかない。
馬車などは使えるが、転移魔法に比べたら時間がかかるのだ。
空を自由に飛べたら良かったのだが、この世界にそんなものはなかった。
「…意趣返しに魔法使いの故郷は制圧してから帰ろうかな」
「良いですね。ですが魔王様の美貌のご利用は計画的にお願いします」
「人間って面食いが多いみたいだからなあ」
歴代勇者たちを思い出して、あいつら何するか分からないからなと思う魔王だった。
人間と魔族の関係は、正直に言って「赤の他人」以外には特にない。
人間の領域と魔族の領域は境界によって分断されていて、ひとつだけある『門』で行き来できるだけだ。
勇者たちは宗教的な理由で魔王討伐に来るが、迷惑料はきっちり巻き上げている。
宗教関係者ではなく、国家から。
外交という程の関係すらなく、勇者たちも魔族の領域で魔族を襲う事はない。
たまにいるけど、返り討ちにして引き渡して慰謝料を上乗せして巻き上げているくらいだ。
そもそも人間は人間最強の勇者すら、魔族の一般人より弱い。事務職の副官より弱い。
魔族最強の魔王より、もちろん弱いのだ。
魔族は万年生きるけど、人間は百年足らずで死んでしまう儚い生き物だし。
関わっても良いことなどなかった。
「とりあえず地図の確認だな。帰るのに何日かかるだろう…」
「人間の領域の果てなら、数年かかる可能性がありますね」
「旅費はコレで賄えるか?」
近くに見える街に向かって歩きながら、魔王は手の平に魔力を集めて結晶化させる。
魔力結晶、魔石とも呼ばれる物だ。
人間たちより強い魔力を持つ魔族なら、たいていの者は作れる。人間に作れたという話は万年に1、2回聞こえて来るくらいだ。
魔族にとっては商品になる事もない、珍しくもない物なのだが人間たちは欲しがる。
対価が払えないから、あまり取り引きされていないだけだ。
だが魔王の作った魔力結晶は別だ。
渡された副官が懐に入れて、代わりに自分で同じサイズの物を作って宣言するくらいに別なのだ。
「こちらを取り引きに使うので、これは頂きますね!」
「なんてイイ笑顔なんだ…!」
「魔王様の魔力の気配がビンビンですからね!見せびらかして自慢するのも良し、競売にかけて大金をせしめるも良し!これはそう、魔王様のお供をする私への給金です!」
魔力の結晶なので作成者の魔力が感じられるのは当然のことだ。
魔族ならだいたいは感知する能力を備えているものなのだ。
魔王は歴代勇者たちに一目惚れされるだけではなく、美しいものを好む魔族たちも魅了し続けている存在なのである。
しかも魔族最強の力の持ち主なのだ。
魔王ファンがいない訳がなかった。
「そんな物より宝石のほうが良いと思うけどな…」
「ふふふ、魔王様の魔石で作ったアクセサリーほど羨ましがられる物はありませんよ。私が身につけていたら……」
得意げに語っていた副官が、不意に青褪めてカタカタと震え出した。
突然の反応に魔王も訝しむ。
「どうした?」
「邪推した魔王様ファンに詰められる…!これは売却一択にしないとコロされる…!」
「俺を弾除けにするなよ」
ただでさえ魔王様とぶらり二人旅とか嫉妬の嵐が吹き荒れているのに、なんて劇物を手に入れてしまったのか…!と副官は震えているが、人間に売れば良いだろうとしか思わない魔王だった。
むしろ魔王の魔力を判別できない人間たちは、こだわりなく消費するだろう。
魔力の結晶とは本来、魔法道具の動力源として使用する消耗品なのだ。
人間たちは魔力結晶を作れないし、入手手段もあまりないはずなのに、何故か魔法道具は良く作っているようだった。
魔法使いが直接魔力を注いで使う方法もあるから、人間にとっては便利な道具なのだろう。
人間の作る魔法道具は出力が弱すぎて、魔族には不要なだけである。
「そんな数年後の話より、人間の街に着くぞ。交渉くらいは役に立てよ」
「は!さすがにそこは私の役目ですのでお任せ下さい!」
人間と魔族は見た目の違いはほとんどないのだが、見れば分かる。
いや、感知能力がなかろうと分かる。
身にまとう魔力の量や濃さがまるで違うから。
魔族を見分けられなかった人間などいなかったと言い伝えられているくらい、ひと目で分かるものらしいのだ。
魔王と副官が人間の街の入口に近づくと、門番として立っていた兵士たちが青褪めて悲鳴を上げて逃げ出した。
それにつられるように一般人たちもこの世の終わりのような悲鳴を上げて逃げて行った。
「交渉する余地すらなかったな…」
「魔族の領域を平然と歩ける勇者たちは、本当に勇者(鈍感)だったのですねえ」
「あいつら相当鈍いんだろうな」
なにせ呑気に魔王に見惚れて一目惚れまでするのだ。感知能力があったら出来ない反応だろう。
「だが我々がここにいるのは阿呆な人間の魔法使いが原因であることは忘れてはならない。奴に全責任を押し付けるためにもな!」
「全くですね。我々は被害者なのですから」
万年を生きる魔族にとって数年くらいはたいしたロスではないが、人間の領域に不法侵入して犯罪者扱いされたら堪らない。
常に被害者アピールをしていかなくてはならない。
魔王が人間の領域に侵攻して来たと言われるのは心外だし。
それに阿呆が転移魔法で人間の領域に飛ばしたのだから、完全に被害者なのは事実なのだ。
そんな話をしながら、街には入らずに人間たちの対応を待った。
まさか放置はしないだろう。
日が暮れて来たな、野宿は嫌だな…と思い始めた頃、ようやく人間たちが部隊を率いて現れた。
勇ましいというより、死を予感して震える兵士たちの部隊である。
「…捨て駒か?」
「そんなものより交渉できる高官はいないのでしょうか」
話し合いをする様子もなく「かかれー!」と叫んで突撃して来るだけだった。
魔王が魔力の壁を作ってやれば、猪みたいに突進して自滅していた。
死者はいない。
「この街の最高指導者を出せ」
「向こうから攻撃して来たのですから、正義は我々にありですよ。そういう事にして乗り込みましょう」
「それもそうだな」
待っていたら門前で野宿確定である。
魔王もこんな所で野宿は嫌だ。
山でキャンプならたまにしてるけど。
ということで街に踏み込んだ。
突進して来た兵士たちの指揮官が「ま、待て」と言ったが、魔王がちょっと睨んだら泡を吹いて気絶していた。
魔王の魔力にあてられたらしい。
「…人間、儚いな」
「勇者たちは図太いですからね」
「あいつら、一応人間最強だったからな」
人間の領域にいる間は、意識して力を抑えておいたほうが良さそうだと思ったものだ。
街の指導者がどこにいるのかは、街を外から見ただけで分かる。
よほどのことがない限り、城のような街一番の建物に住んでいるからだ。
街の規模によって指導者の身分は異なるが、この世界の人間の領域は王侯貴族たちが支配している。
勇者を送り込んで来る宗教国家もあるらしいが、魔王と副官が飛ばされて来たのは幸い話の通じるほうの国だった。
乗り込んだ魔王たちにこの世の終わりみたいな顔をしていたが、副官が勇者の仲間の魔法使いの所業を説明したら「阿呆か!?」「無能か!?」「狂信者どもめ!!」と怒り狂っていたものだ。
気持ちは分かる。
でも同じ人間として責任を取ってもらいたいものだ。
「私たちは魔族の領域に帰りたいだけなのですよ。人間に対して何かするつもりはありません。それとコレは我々が境界の『門』に戻るまでの対価として渡すつもりの魔力結晶です」
「魔力結晶…!しかもそんな大きな物を…!?」
「ここが一番遠い人間の領域の果てだとしても足りると思いますが」
魔力結晶は大きさでだいたいの保有魔力量が分かる。魔王が作った物は人間の使う魔法道具を数百個は動かせるサイズだった。
小指の先くらいの大きさに砕いて使うらしいから、そのくらいはある。
副官はほぼ同じ大きさで作ったから、交渉して出しているものは魔王の物ではないが同じようなものだ。
この街の領主は目の色を変えて魔力結晶、魔石を見つめていた。
欲を出して交渉して来るようなら、副官がどうにかするだろう。
「この辺りは確かに辺境だが、その」
「まず地図を確認させて頂きたいですね」
「う、うむ。今用意させよう」
領主の指示で持って来させた地図は、人間の領域のおおまかな国家の位置関係が分かるものだった。
詳細は書かれていないが、知りたいのは街道の場所くらいなので充分である。
いつも勇者たちの迷惑料を払っている国とは違う国で、一番遠い街ではなかったがここは二番目くらいに遠い辺境の街だった。
街道を使って境界の『門』まで行く間に、勇者たちを差し向けて来る宗教国家がある。迂回すると数ヶ月は余計にかかるらしい。
そして阿呆な魔法使いはこの宗教国家の出身だという話である。
「…ふむ。潰して帰るか」
「勇者たちが来なくなるなら、それもアリですね」
「お、おおおお待ちを…!」
「迷惑はかけません。かからないように全て消しますからね」
魔王は「言い方ァ」とつっこみたくなったが、これも副官の交渉術である。
それに魔王が宗教国家を潰したら、信者たちが余計に魔王討伐にこだわり始めて逆効果だろう。
魔王はただ、二度と来て欲しくないだけである。
なので「本当はあいつら潰したいんだ」「やろうと思えばヤれる」というパフォーマンスをして見せただけでも、効果は充分だった。
魔族は何をされても反撃して来ないなんて思い上がられては益々面倒臭い事になるから、軽い脅しは必要だろう。
充分な見返りがあると理解したからか、その街の領主は協力的になった。
早く追い出したいのか、旅の準備も急ピッチで進めている。
「人間の領域、特に見どころがある訳じゃないからな…人間に倒せる範囲の魔物しか生息してないし」
「そこは古の制約で神が決めた事ですから」
人間の領域と魔族の領域を隔てる境界は神の作ったものだ。完全に分断せずに『門』を作ったのも、転移魔法で「流刑」とか言って人間を放り込んで来る阿呆がいたから後から設置されたとも言われている。
万年生きる魔王すら生まれる前の、大昔の話だ。
ちなみに転移魔法で魔族の領域に放り込まれて来る人間は、仕方がないから『門』まで運んで人間側に引き取らせている。もちろん有料で。
魔族側がやらないのは何の罰にもならないからだ。
嫌がらせになる事は魔王も今回気付いたが、ちょっと面倒臭い程度の嫌がらせでしかない。
迷惑するのは無関係な人間たちのほうだし。
「それなら人間たちはなんで国を乱立させてるんだ?」
「魔王様のような絶対的存在がいないからではないでしょうか。人間最強はアレですよ」
「…勇者が人間の領域の支配者になったら、人間たちが可哀想だな」
歴代の勇者たちを思い出して納得した。
魔王に見惚れて目的がブレるような連中が上に立ったら、国が荒れ続ける事だろう。
「そんなに外見が大事か?」
「魔王城の者たちも魔王様の美貌に夢中なので、なんとも言えませんね…」
「あいつらは便利だが、それだけでもな…」
だが魔族たちは魔族最強で魔族最高の美貌の主に入れ込みすぎて、魔王のために全力で仕えている。
魔王の作った魔力結晶の奪い合いが勃発するくらいには、みんな魔王に魅了されているのだ。
「…そろそろ次の魔王が現れても良いんだがな」
「備えてはいますが、国どころか魔族滅亡の危機になりそうで…!魔王様、まだ、まだ早すぎます…!」
「歴代最長に近づいてるのに、まだ早いのか…?」
魔王も代替わりをする。
魔王の資格は魔族最強であることなので、敗けたら譲位するシステムになっている。
リベンジして返り咲いた魔王もいたから、それなりに早いサイクルで代わるものだった。
「近衛の連中、序列を賭けて戦いに明け暮れてるのに俺には挑んで来ないし…あいつら俺より強くなってない?」
「魔王様の前に出ると反射で跪いて、魂レベルで魔王様の下僕と化しているので無理です。王の器ではないのです」
「魔王って強さこそ正義だから、器とかどうでも良くない?」
もしかして俺、魔族最強じゃなくなってるのでは…?最強でもないのに魔王と呼ばれるの恥ずかしいんだが?
と思うと早く引退したくなるのだ、魔王も。
「本人たちが「勝てない!」と言って攻撃したら死ぬレベルの下僕と化しているので、魔王様が最強なんですよ…」
「そういえばあいつら、大人しくしてるかな?」
「…犯人の魔法使いの安否は保証しかねますね」
「…面倒臭い展開はいらない」
人間は儚い生き物なので、怒ったあいつらに締め上げられたら魔法使いは儚くなってそう。
あんまり考えたくない話だった。
旅の支度が出来て、魔王と副官は馬車で出発した。
護衛はいらないが、各街や国に説明してスムーズに進めるためにも人間の同行者は必要だった。
そちらの交渉官のための護衛はいるから、それなりの規模の集団で移動中である。
「しかし辺境の街道は平和だったのに、隣の国は荒れてるな」
「国境を越えただけで目に見えて変わるとは思いませんでした」
最初の街のあった辺りは平和だったのだが、半月ほど移動して国境を越えたら盗賊が跋扈する治安の悪い国になっていたのだ。
立ち寄る街の治安も悪いので、同行している人間たちも「ここまで酷いなんて」と零していたものだ。
「宗教国家、もっと酷いらしいんだが、想像がつかない…」
「『門』のある国は安定していると聞いていましたが、人間の国は格差が酷いみたいですね」
盗賊たちは魔王がちょっと睨むだけで無力化できるので、縛り上げて運ぶ手間がかかるくらいで同行している人間たちへの負担は最小限に抑えられていると思う。
だが気分が晴れないので精神的な負担は別だ。
この国の隣が宗教国家なので、そこが旅の最難関なのは確かだ。近づくだけで気が滅入る。
「追加報酬が必要か?」
「いえ、人間の間で魔力結晶は思った以上の値段で取り引きされていましたから、むしろ渡しすぎましたね。物価を調べなかったのは失敗でした」
カモられる、世間知らずと見下される、と副官はボヤいている。
魔力結晶なんてたいした物ではないと思ってしまうが、問題はそこではないのだ。
価値観の違いを理解していないと付き合いに歪みができる。特に欲深い人間は危険よりも利益に目がくらんで、間違いを犯しかねない。
その原因を作ってしまった、という話だ。
「なら、この苦労を見越して多めに渡したのだ、という態度でいたほうが良いか」
「宗教国家を通ると決めた時に、かなり渋られた理由が分かって来ました…」
「迂回路のほうが良かったかな…」
ちょっと失敗した気分である。
あんまり酷いなら迂回しても良いなと思い始めていたものだ。
治安の悪い国を進みながら、人間たちに宗教国家のほうの噂を集めさせていた。
本人たちも同行するので、言うまでもなく熱心に情報を集めていたものだ。
ここより酷いって有名なのに、本当に行くでござるかぁ?という顔の者も多かった。
一月ほどかけて進んで、その国の中央までやって来た。
王都を通る予定はないが、そこは国内で王都に次ぐ大都市らしい。
ただし血生臭いコロッセオが有名な、治安最悪の大都市だ。
「ここより酷いのなら迂回して進みたい。人間の国の荒れ具合を舐めていたようだ」
「我々も噂を侮っておりました…」
人間の交渉官も疲れきった様子である。
街の代表に話を通す仕事があるのだが、酷い対応をされているようなのだ。
魔王が馬車から降りる姿を見せれば人間たちは悲鳴を上げて逃げて行くから、力ずくで追い出そうとはしないが。
「軍が動きかねないので、あの国には踏み入れないほうが良いと思います」
「私たちは全く脅威と思いませんが、あなた方には恐ろしい体験になってしまいますね」
「国際関係にも影響するだろうからな」
魔族、いや魔王が大人しく帰るって言ってるから送って行くだけなんだよ!という話なので、マトモな相手なら理解を得られるだろう。
当の魔王にも分かる理屈だ。
余計な事をして暴れられるより、とても平和な対応である。
「勇者たちは戻ったのか?転移魔法があれば、すでに帰国しているはずだが」
「勇者の噂は聞きませんね。失敗しても、生きて戻ったと喧伝するのが伝統のはずですが…」
「それは自慢になるのか…?」
「殺すと面倒だから見逃しているだけなのに、都合良く解釈するものですね」
やはり潰したほうが良いのではないかと思うが、魔王が干渉する問題ではない。
人間の領域の事は人間たちが決める事なのだ。
それで魔族に迷惑をかけているのだから、潰したくなるのは仕方がない。しかし神が出て来そうな過干渉扱いになりそうだから、我慢しているのだ。
神は儚い生き物に甘いので、魔族に我慢しろと言って来る。
それなら勇者どもは止めさせろ、とずっと思っている。
「諸悪の根源の魔法使いが儚くなったのか…?」
「怒り狂った近衛の者たち…何も起きないはずもなく…」
生きて戻れなかったから喧伝できないのかもしれない。
神も怒り狂う近衛たちを見て、怒るに怒れなかったのかもしれない。
そもそも魔族の領域に踏み込むのは盟約違反なのだ。決まりを破っておいて、全て魔族に責任を押し付けるのは贔屓どころではない。
それならいっそ、人間を皆殺しにして片付けようという結論になる可能性もある。
魔族だってそんなにお人好しではないのだ。
「迂回しよう」
「かしこまりました。計画を見直して参ります」
「休息を取って、何日か滞在しますか?」
「…早めに出たほうが良い街に見える」
「同感にございます…」
副官の提案に、さっさと街を出たい気持ちを隠さなかった交渉官だった。
魔王は宿に簡易的な結界を張っていたのだが、人間たちが何度も襲撃して来たらしい。
魔王を捕まえようと考えたようだ。
「人間…阿呆が多いな」
「魔族を見たこともなかったのでしょう」
宿に入る時に目撃した者はさほど多くない。
噂を聞いて侮って来たようである。
簡易的な結界すら破れなかったらしいが。
「コロッセオに連れて行って見世物にする算段のようですね」
「思うだけならタダだからな」
同行者たちに被害が及ぶと困るので、少し強めに守ることにした。
そう、分かりやすく。
「うむ、結界を可視化したから阿呆でも分かるだろう」
「これは…ドラゴンが襲って来ても安心の強度ですね…!」
「ただのドラゴンなら破られない自信がある。古龍は無理だな」
「古龍は『門』の通行も禁じられた危険生物ですからね」
魔族の領域に生息する魔物の中でもドラゴンは手強い部類だ。副官のように戦えない魔族には被害が出る可能性があるので、どこの街も警戒している。
古龍は魔物ではあるが、知性のある生き物なので無闇に魔族を襲わない。だが古龍と戦える魔族がそんなに多くないくらいに強い。
つまり人間には対処できないので、神が人間の領域に入らないように特別に設定した魔物なのだ。
話が出来るだけ魔族のほうがマシと言わんばかりだが、身の程知らずの勇者が挑んだら確実に返り討ちなので仕方がない。
そんな気がする。
それはともかく、分かりやすく結界を張って移動し始めたのに、勇者並みの阿呆たちが襲撃して来た。
もちろん結界に阻まれて何も出来ないのだが、卑怯だなんだとやかましい。
「力の差が分からないとか、悲しいな…」
「自分の無能を棚に上げて、良く言えるものですね。ここに近衛がいたら……!」
「震えるくらいなら余計な事を想像するな」
やがて一行は結界に守られたまま街を出た。
しばらく走ってもまだしつこく攻撃して来る連中にうんざりして、魔王は攻撃魔法で蹴散らしておいた。
手加減はしたが、阿呆に分かるように見た目が派手な魔法にしておいた。
「威力より見た目で判断するからな、人間は」
「範囲が広いだけで弱火ですね」
街すら飲み込むような広範囲魔法だが、死者が出ない程度の弱火である。
ただし見た目のインパクトは大きい。
同行している交渉官たちも青褪めて、足を止めてぱっかーんと口を開けて眺めていたくらいだ。
「勇者の最終奥義も見た目だけでしたね」
「威力もあるぞ、他の技に比べたら」
人間にしては強い技なのだ。
あくまで人間基準の話だが。
人間たちはまず、神が境界を作って住まう領域を分けるくらいに人間と魔族が異なる生き物だと認めるところから始めるべきだ。
そして人間たちは、魔族に比べたら儚い生き物であるのだと自覚したほうが良い。
例えば副官は戦えないが魔法は使える。
だが魔族相手に攻撃魔法を放っても防がれるだけなので、使い慣れない魔法を使う意味がない。
だが人間相手に攻撃魔法を使うと、威力の調整など練習していないので儚い生き物が全滅してしまうだろう。
護衛にならないのはそのためだ。
そのくらい格差がある生き物なのである。
むしろ戦えない魔族のほうが人間にとっては脅威かもしれなかった。
治安の悪い国を抜けて、宗教国家を避けて進んだ甲斐あって、たいしたトラブルもなく境界の『門』に到着した。
予想通り時間がかかったが、二年弱なら早かったほうだろう。
遠回りしたが人間たちに襲われるよりはマシだった。
コロッセオのある街で放った魔法のパフォーマンスのおかげで、阿呆たちも考え直したらしいのだ。
たまには思い知らせる必要があるのかもしれない。
「『門』の向こうから野太い雄叫びが聴こえるし、早く帰らないとな…」
「荒れてますね…」
聴き覚えのある雄叫びである。
どうやら『門』をくぐる事を神に禁じられて喚き散らしているようだ。
まあ、あんなのを野放しにしたら儚い生き物たちが蹴散らされてしまいそうだし。
「転移魔法が使えるようになったら、帰りは送ってやれよ」
「かしこまりました」
副官も転移魔法は使えるのだ。
一度魔族の領域に戻って、正しく『門』を通った状態なら使えるはずだ。
勇者の仲間の魔法使いもそれで使えたのだから。
ずっとつき合わせた人間たちを送るだけなのだから、神も邪魔はしないだろう。
恐縮する交渉官たちに長く世話になった礼を告げて、魔王は『門』をくぐって魔族の領域に戻った。副官も半歩後ろに付いて来ている。
さっそく襲撃して来た近衛たちは魔法でぶっ飛ばしておいた。
副官は再度『門』をくぐって、人間たちを故郷に送り届けに行った。
「勇者はどうした?魔法使いはどうなった?」
「あ、あ〜、人間って儚い生き物なんで…」
「まさかあんなに儚いなんて…」
近衛たちが目を逸しながら答えた。
儚くなったようである。
「人間の国との交渉はどうなってる?いや、お前らに聞いても仕方がないな…」
近衛たちは戦闘力があるだけで、政治には全く向いていない。大臣たちに聞かないと分からないだろう。
魔王がいなくてもきちんと対処したはず。
いまいち信用できないが、魔王の仕事が増えるので終わっていて欲しいものだ。
「それなら魔王候補は現れたか?」
「我々より弱かったのでただの思い上がりでした!」
「自惚れ屋しか現れていません!」
挑戦者は出たらしい。
そこは魔王の仕事なのにな、と申し訳なく思う。しかし魔王不在を狙った姑息な奴だと近衛たちからの評判は最低だった。
話を聞いている間に副官が戻った。無事に送り届けて来たようだ。
「そうだ。競売に出すんだろう?誰が参加するんだ?」
「話が行き渡るまで時間がかかりますし、準備にも時間がかかりそうです」
「あれで今回の給金が賄えるのか?」
「充分ですとも!」
魔王の魔力結晶ひとつで良いのか?と思うだが、副官は臨時収入臨時収入と機嫌が良い。
「俺はドラゴン狩りに行きたい…どこかで都合良く暴れてないか?」
「誰かが退治した後だと思いますよ」
魔王も魔族最強と言うだけあって、戦うのは好きである。ドラゴン狩りは趣味のひとつだ。
早い者勝ちなのであまり機会が回って来ないけど。
そんな話をしながら懐かしい魔王城に帰還した。
旅の間に人間たちに魔王の力の片鱗を見せつけたおかげで人間側の意識改革を促した自覚がなかったが、多少の土産を持って帰れたのだった。
〜END〜
□魔王が異世界に飛ばされるテンプレを書きたくなって、でも異世界だと帰るのに時間がかかりすぎるので近場で間に合わせた。そんな話です。
□書いた勢いですぐに投稿してみましたが、翌日におかしい部分に気付いて修正するくらい推敲が甘かったので、最低でも1週間は寝かせて推敲してからにしよう!と考え直しました。
(傾国の意味が分かってないの作者じゃねえか!と修正しました)(まだ何かありそう…)
□この設定なら、魔族が魔王たちの所に途中で現れてもおかしくないな…?と設定の甘さに気付いたり……




