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探偵は、魔法を持たない  作者: 宵咲璃桜


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3/3

探偵は夜に

「えっと……アイリ……レヴァンさん」


「アイリスでいい。敬称もいらない」


「でも、貴女は貴族……ですよね?」


「だからなんだ?私は君の主人じゃない。あと敬語はやめろ。聞き取りづらい」


見た目はリリィより少し年上くらいなのに、少女は僕よりずっと堂々としていた。


「え、あ……うん。わかった。アイリス。君は、なんでここに?」


「この街で面白い事件が続いていると聞いてね。調べていた。そして推理の結果、今夜また動きがあると読んで張っていた。……当たりだったわけだ」


「面白いって……人が死んでるんだぞ!?」


「うるさいな。いきなり大声を出すな」


アイリスは眉一つ動かさず言った。


「死んでいることなんて最初から分かりきっている。何を今さら騒ぐ?この被害者も、君の知り合いではないんだろう」


「し、知り合いじゃないけど……でも!」


「はぁ……君も倫理だのなんだの説教を始める気か?母上みたいなことを言うなよ」


少女はつまらなそうにため息をつく。


「私は死体に興味があるわけじゃない。この“事件”に興味があるだけだ」


頭を殴られたような衝撃にくらくらしていると、遠くからサイレンの音が聞こえてきた。


「ようやくお出ましか。この街の治安官はどうなっている。ノロマもいいところだ」


アイリスは呆れたように首を振る。


「この街の治安官は飲んだくれが多いんだ。夜は見回りの代わりにギャンブル、眠くなったらそのまま寝る。やることと言えば死体を回収して掃除するだけさ」


「なるほど、通りでセドリックが帰ってこないわけだ」


そういえば、あの執事は治安官を呼びに行くと言ったきり戻っていない。


「その……セドリックはアイリスの執事なのか?」


「そうだ。彼は優秀な執事だ」


得意げに笑う顔は一瞬だけ年相応の無邪気さを見せたが、すぐに冷静な表情へ戻った。


「お待たせいたしました、お嬢様。電話は繋がらなかったため、直接連れて参りました」


パトカーから降りてきたのはセドリックと、足元のおぼつかない二人の治安官だった。


「あぁ?なんだぁ?こんなガキが夜中に出歩いてちゃダメでちゅよ〜!」


酒臭い息が風に乗る。


うわ、これで運転してきたのか……?


「パトカーは僭越ながら私が運転いたしました」


僕の視線に気づいたのか、セドリックが軽く一礼する。


この街の治安が信用されない理由を、目の前で見せつけられた気がした。


「はぁ……公務中に泥酔とは恐れ入る。これでは呼んだ意味がないな。……仕方ない、セドリック」


「はい、お嬢様」


名前を呼ばれただけで意図を理解したのか、セドリックは夜の闇へ消えた。


「君たち、その身体で現場に近づくな。まずやるべきは現場保存だ。周囲を封鎖しろ」


「ガキが偉そうに……お、いい服着てんじゃねぇか」


警官の目が濁る。


「なぁお嬢ちゃん。俺たち悪ぅい治安官なんだ。痛い目見たくなかったら金目のもん置いて消えな」


「はぁ……泥酔の次は恐喝か?本当に治安官か?制服を盗んだチンピラじゃないのか?」


「あぁ!?舐めてんのか!」


治安官の一人がアイリスの胸ぐらを掴む。


「やめろ!こんな小さな子に!」


「あぁ?よく見りゃミランのガキじゃねぇか。あの女はいい女だよなぁ。紹介してくれよ」


血が頭に上る。


「俺は気持ちよく寝てたところ叩き起こされて機嫌悪ぃんだ。一発くらい――」


「それは貴方たちが仕事をしてないからだろ!」


自分でも驚くほど声が出た。


「見回りもしない!酒ばかり飲む!事件もまともに調べない!何が治安官だ、税金泥棒!」


「このガキ……!」


拳が振り上がる。


殴られる――そう思った瞬間。


「何をしている」


凛とした声が夜を裂いた。


「あ?……っ!貴方はっ、アルベール・クロード執行官!!」


振り返ると、長いコートを羽織った長身の男が立っていた。


無駄のない姿勢。

冷たい視線。

その場の空気が一瞬で凍りつく。


「勤務中に飲酒。恐喝未遂、暴行未遂……はぁ」


男は深くため息を吐いた。


「言い訳は後で聞く。お前たちは署に戻れ」


「は、はい……!」


さっきまで威張り散らしていた治安官二人は、青ざめた顔で後退る。


男は僕へ向き直った。


「すまなかったね、君」


声色だけが、少し柔らかくなる。


「俺はアルベール・クロード。本来この街の担当ではないが……緊急で派遣された」


その瞬間、鋭い視線が一瞬だけアイリスへ向いた。


気のせい、ではない気がした。


「いえ……ありがとうございます」


「やぁ、アルベール執行官。随分早かったじゃないか。もう少しかかると思っていたが」


「おかげで仕事が山積みでね。今の今まで本部で書類に埋もれていた。そこに俺宛の電話だ。嫌な予感しかしなかったよ」


「本部?」


「あぁ。俺は王都治安局・魔導執行部の人間だ。勤務は基本王都でね」


「えぇ!? エリート中のエリートじゃないですか!それに、どうやって王都からここまで……かなり遠いですよ?」


アルベールは軽く肩をすくめる。


「各治安支局には転移魔法陣が設置されている。使用できるのは魔力を持つ者だけだがな」


「転移魔法……」


この世界には、“魔法”という力を生まれつき宿した人間が存在する。


その力を持つ者の多くは、王族や貴族の血を引く者たちだ。


「ところで執行官、この事件の概要は把握しているかい?」


「支局へ向かう途中でセドリックから聞いた。大筋は理解している」


「ふ、さすがセドリックだ」


「恐れ入ります」


「……こんな事件を上に報告せず放置していたとはな」


アルベールの表情が一変する。


背筋が凍るような冷たい気配が走った。


「連中には後で相応の処分を受けてもらう…。おっと失礼。ところでアイリス、彼は?」


「テオ・コール。私と同様、第一発見者だ。そして彼の母親は現在行方不明。高級娼婦店の娼婦らしい」


「なるほど……」


アルベールは僕を見る。


「コールくん。今まで不安にさせてすまなかった。事件がここまで拡大したのは、我々治安局の責任だ」


はっきりと言い切った。


「これからは君のお母さんを含め、事件解決に全力を尽くすと約束しよう」


「あ……ありがとうございます!」


「さて、アルベール執行官。まずは結界を張って現場保存を頼む。あと鑑識を呼べ。できれば彼女を」


「はぁ……アイリス。鑑識だって忙しい。俺もそうだが、魔導執行部は指名制じゃないんだぞ」


アルベールは肩を落としながら、チョークで地面に魔法陣を描き始める。

無駄のない手つきだった。


「治安官は大して役に立たないじゃないか。しかもこの事件は八人も犠牲者を出している。それも連中の怠慢のせいでね。つべこべ言ってる暇があるなら、さっさと呼べ」


「君は……本当に十歳か?疑いたくなるよ」


「その台詞は聞き飽きた。何度言わせる気だ」


アルベールが最後の線を閉じると、足元の魔法陣が淡く発光した。


空気が変わる。


透明な壁が音もなく広がり、棺を中心に空間が切り取られた。


結界だ。


こんなものを、僕は初めて見た。


ぽかんと口を開けたまま、その光景を眺めるしかなかった。


「……仕方ない。このままというわけにもいかないな。彼女ならまだ本部にいるはずだ。電話してくる、少し待っていてくれ」


そう言うとアルベール執行官は踵を返し、暗闇へ消えた。

この街で電話が使えるのは治安支局か駅くらいだ。たぶん支局へ向かったのだろう。


「さて、私も捜査を始めるとするか。セドリック、灯を」


「かしこまりました。——光よ」


眩い光が夜を裂いた。


頼りない魔導灯では見えなかった花嫁の姿が、はっきりと浮かび上がる。

白い衣装は汚れひとつなく、まるで今にも目を覚ましそうなほど整っていた。


「テオ。この街に娼館はいくつある?」


「五つ。そのうち高級って言われる店は三つだよ」


「ふむ……彼女もその三つのどこかの娼婦ということか」


「少なくとも、母さんが働いてる店——メゾン・ブランシュじゃないはずだ。あそこは人数が少なくて、全員顔見知りだから」


「そうか」


アイリスは満足げに頷く。


「これで候補は二つに絞れた」


彼女はしゃがみ込み、首筋を覗き込む。


「……傷があるな。二つ。小さい」


指先で空中をなぞる。


「これは注射痕か?」


「注射痕……吸血鬼の仕業じゃ……」


アイリスは一瞬だけ僕を見上げた。


「テオ。本当にそんなものが存在すると思うのか?」


声は冷静だった。


「これは空想上の怪物の仕業じゃない。れっきとした“人間の殺人”だ」


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