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探偵は、魔法を持たない  作者: 宵咲璃桜


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2/3

花嫁は眠る

「はぁ…はぁ…こんばんは!」


「なんだ小僧!ここはガキの来る場所じゃ……って、ミランの坊主か。どうした」


ドアマンのアレン・モリスだ。口は悪いが、根は優しい。


「あの、母さんってまだいますか?」


「ミラン?とっくに帰ったぞ。まだ家に着いてねぇのか?」


ただ事じゃないと悟ったのか、アレンの顔が険しくなる。


「はい……遅いので迎えに来たんです」


「……なんてこった。ロザリーに続いてミランまでか。テオ、俺も探す。店長に話してくるから待ってろ」


「ありがとうございます」


店長は事情を聞くなり血相を変え、店を閉めて総出で探すと言った。


人気の娼婦が立て続けに消えるかもしれない。

店にとっても、街にとっても非常事態だ。


「母さん……どこ行ったんだよ……」


胸の奥で不安が膨れ上がる。


まさか、吸血鬼に――


本当に吸血鬼の仕業だと思う?


あの客の声が蘇る。


吸血鬼?そんなものいてたまるか。


母さんは生きてる。絶対に。


拭いきれない不安を見ないふりして、僕は街中を走り続けた。


空が白み始めても、母は見つからなかった。


アレンも店長も「今日は一旦休め」と言った。

だが眠れる気がしない僕は、もう少しだけ探します、とだけ伝えて再び街へ出た。


そのときだった。


高そうな服を着た少女が、突然目の前に現れた。


「しまっ――」


避けきれない。


ぶつかる、と身構えた瞬間、少女は執事らしき男に軽々と抱え上げられていた。


次の瞬間、僕だけが地面に叩きつけられる。


「うぐっ……!」


受け身を取り損ね、足首に鋭い痛みが走る。


顔を上げると、少女がこちらを見下ろしていた。


「す、すみません!お怪我は……!?」


どう見ても貴族の子どもだ。

この街では珍しい。


こんな場所に、年端も行かない少女がいること自体が異常だった。


「怪我? 怪我をしているのは私ではなく君の方じゃないか」


「え、あ……はい」


「別に心配しているわけじゃないけど。私は忙しいんだ。君はもう少し周りを見るべきだね。セドリック、行くよ」


「はい、お嬢様」


ずいぶんと高飛車な子どもだ。

リリィとは大違いだ。


気づけば、日が高くなっていた。


リリィが心配だ。

僕は足を引きずりながら家へ戻った。



ドアを開けると、寝ているはずのリリィがリビングに立っていた。


「リリィ? どうしたんだ、こんな朝早くに」


「おかえりなさい……ねぇ、ママは?」


喉が詰まる。


「母さんは……仕事が忙しくて、しばらく帰れないらしい。でも必ず帰ってくるよ」


自分に言い聞かせるように言った。


「本当に?」


「あぁ。本当さ。兄ちゃんが嘘ついたことあるか?」


「ううん、ない」


「だろ? だから心配いらない。もう一度寝よう。今日は兄ちゃん家にいるから」


「ほんと? 嬉しい……」


リリィは安心したように目を擦った。


「ほら、擦るな。おやすみ」


不安で眠れないはずだった。

それなのに、気づけば泥のように眠っていた。



目を覚ますと昼を過ぎていた。


「お兄ちゃん〜起きて〜! お腹すいたよぉ!」


「あぁ……ごめん。おはよう、リリィ」


「おはよう! お寝坊お兄ちゃん!」


キッチンへ向かう。


「今日はホットケーキにしようか」


「ほんと!? やったー!」


いつもと変わらない声。

そのことに、少しだけ救われる。


不安は消えない。


それでも、リリィはここにいる。


もしものことがあれば、何がなんでも守る。


いや、もしもなんてない。

ないはずだ。


笑顔を作ってホットケーキを焼いた。


味は、ほとんど覚えていない。



その日の夕食の時間になっても、母は帰ってこなかった。


落胆を悟られないよう、無理に明るく振る舞う。


そのとき、ドアを叩く音がした。


「ママかな?」


リリィが目を輝かせる。


「さ、さぁ……どうだろうな」


期待を押し殺しながら扉を開ける。


そこに立っていたのはアレンだった。


「よぉ、テオ。ミランは……まだみたいだな」


僕の顔を見て、アレンは気まずそうに目を逸らした。


「あ……はい。まだ、です。立ち話もなんですから、入ってください」


「あぁ、悪りぃな。邪魔するぜ」


家に上がったアレンに、小声で言う。


「リリィには、仕事が立て込んでて帰れないって伝えてあります。だから……」


「あぁ、わかった。話は合わせる」


「ありがとうございます」


ちょうどそのとき、リリィが様子を見に来た。


「お兄ちゃん!ママ帰ってきたー?……なんだ違うのかぁ」


「こら、リリィ。挨拶」


「こんばんは!」


「あはは、母ちゃんじゃなくて悪いな。母ちゃんは今、すんげぇ頑張ってるから、もうちょっと待っててくれ」


「ママいつ帰ってくる? 明日?」


「……まだわかんねぇ。でも帰ってくる。安心しろ」


「だってさ、リリィ。待てるか?」


自分が一番不安なのに、頭を撫でる。


「うん、わかった」


「良い子だ」


アレンは店長に頼まれて様子を見に来てくれたらしい。


「テオ、今日は家にいろ。俺が探してやる。明日も帰らなかったら、一緒に動こう」


「すみません……ありがとうございます」


「いいってことよ。あんまり詰めすぎんな」


軽く頭を叩かれて、アレンは帰っていった。


扉が閉まる音が、やけに大きく響いた。



「リリィ、おやすみ」


「おやすみ、お兄ちゃん……ママ、明日帰ってくると良いね」


「あぁ……そうだな」


本当に、そうだったらいいのに。


リリィを寝かしつけても、眠れなかった。

不安が胸の奥でざわつき続けている。


時計を見る。まだ十二時。


少しだけ――探しに行こう。


音を立てないよう、そっと扉を開ける。

外気が刃みたいに肌を刺した。


それでも構わず、僕は走った。



どれくらい時間が経っただろう。


息が上がり、喉が焼けるように乾く。

心臓はうるさく暴れ、視界の端が揺れている。


それでも夜は終わらない。


頼りない魔導灯の灯りが、道の先を照らしていた。


何かがある。


……棺だ。


さっきまで熱かった身体が、一気に冷える。


違う。

違うはずだ。

誰かの荷物だ。


そうであってくれ。


祈るように、一歩ずつ近づく。


近づくほど、形がはっきりする。


棺だ。


間違いない。


開けちゃダメだ。


ダメだ。


わかっているのに、手が伸びる。


引き寄せられるように指先が触れかけた、その瞬間――


「触るな。現場保存というのを知らないのか?」


棺の影の中から声がした。


驚いて尻餅をつく。


そこにしゃがんでいたのは、あの貴族の少女だった。


「やはり今夜だったか」


「え……?」


「チッ……あと少しで押さえられたのに。……遅かった」


少女は舌打ちし、静かに立ち上がる。


「セドリック、開けてくれ」


「かしこまりました、お嬢様」


闇から滑るように現れた執事が、手袋をはめ直す。


「失礼」


静かに棺の蓋が開いた。


そこに眠っていたのは――花嫁だった。


純白の衣装。

胸に抱えた真紅の薔薇。


あまりにも整った姿で、女は横たわっている。


「え……寝て……?」


言葉の途中で喉が凍る。


それが眠りではないと、すぐに理解した。


二度と目覚めない永遠の眠りだ。


腰が抜け、その場に崩れ落ちる。


少女は僕を一瞥しただけで、死体へ視線を戻した。


「これは…自然死体ではないな」


僕は腰が抜けたまま、体を無意識に体を震わせていた。


「その様子でよく触ろうとしたね。感心するよ。ところで君、この死体に見覚えは?」


「え……い、いや……ない、です」


「そうか」


少女は顎に指を当て、淡々と続ける。


「これだけのものを人目を避けて運ぶのは難しい。殺害方法も含めて、よほど計画的だな。セドリック、治安官を」


「かしこまりました」


「君も残ってもらうよ。重要な第一発見者だ」


「で、でも……朝には帰らないと。妹が……」


「妹? 親に任せればいいだろう」


「父はいません。母、は……」


言葉が詰まる。


視界が滲んだ。


「なぜ泣く?……母親のことか。死んだのか?」


「死んでません!!」


喉が裂けるように痛んだ。


「……では、なぜ母親に頼らない」


「母は……昨日の夜から行方不明で……それを探しに、僕は……」


沈黙が落ちる。


少女の目が、わずかに細くなった。


「君の母親は娼婦か」


「……はい」


「なるほど」


少女は一歩近づく。


「名前は?」


「テオ。テオ・コール」


「そうか、テオ」


小さな手が差し出される。


「私が君の母親を見つけよう。私は探偵。アイリス・レヴァンだ」


震える手で、その手を握った。


夜の冷たさより強い何かが、胸の奥で動き出した。


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