第8話:悪名の対価(ギャラ)はプライスレス
王都崩壊の危機から数日後。
復興作業が進む王城の一室で騎士団幹部たちは頭を抱えていた。
「……で、その『魔王サタン・ゴウダ』とやらは本当に国家予算三年分を持ち逃げしたのか?」
「いえ、それが……」
報告係の騎士が困惑した顔で一枚の羊皮紙を差し出した。
「城門の通過記録を確認しましたが、彼らが持ち出したのは『樽に入った安ワインと干し肉』だけです。金庫には指一本触れておりません」
「はあ?奴隷にすると脅しておいてか?」
「それどころか中央広場に放置された古龍の死体……あの素材だけで王都の修繕費を賄って余りある金額になります。実質彼は王都に莫大な寄付をして去ったことに……」
会議室に沈黙が落ちた。
理解できない。
国を滅ぼすと豪語し暴言を吐き散らし住民全員から石を投げられて追い出された男が、結果として誰よりも国を救っている。
「……意味が分からん。あいつは何がしたかったんだ?」
「愉快犯か?それとも、我々の理解を超えた大悪党なのか……」
結論は出ない。
ただ一つ確かなことは「魔王サタン・ゴウダ」という名は王都の歴史に「最悪の英雄」として深く、深く刻まれたということだけだった。
◇
「――くしゅんっ!」
街道沿いの森で轟田猛は盛大にくしゃみをした。
「オイオイ、誰かが俺様の噂をしてやがるな。きっと今頃、王都中が俺への呪詛で持ちきりだろうぜ」
轟田は焚き火にかかった鍋をかき混ぜながらニカっと笑った。
その向かいでアリスが死んだ魚のような目で財布の中身を確認している。
「……ねえ、轟田」
「あァ?」
「貴方、王都で『出演料』を請求したわよね?」
「おうよ。国家予算三年分だ。ビビって腰抜かしてただろ、あいつら」
「で、実際に手元にあるのは?」
「ゼロだ」
轟田は即答し鍋の中のスープ(具なし)を啜った。
「当たり前だろ。本気で受け取ったら『感謝』されちまう。俺が欲しいのは『金』じゃなくて『悪名』だ。あそこで『金を受け取らずに去った不気味な悪党』という伝説を残すことに意味があるんだよ」
轟田のプロレス理論。
それは理解できる。理解できるが――
「……パンが買えないのよ、パンが!!」
アリスがキレた。
空っぽの財布を地面に叩きつける。
「悪名じゃお腹は膨れないの!伝説で宿には泊まれないの!貴方、古龍の素材一つでも持って帰れば、今頃私たちは大金持ちだったのよ!?」
「金なんざ、なんとかなるだろ」
「ならないから言ってるの!私なんて……私なんて、指名手配犯の共犯者になっちゃったのよ!?もう実家のカードも使えないし、騎士年金も止まるわよ!」
アリスが頭を抱えてうずくまる。
元・騎士団長の転落人生。
その原因は目の前の筋肉ダルマだ。
「カッカッカ!細かいこと気にするな。ヒールってのはな、常に崖っぷちくらいが丁度いいんだよ」
「他人事だと思って……!」
アリスは涙目で轟田を睨んだ。
轟田はどこ吹く風で立ち上がって砂を払った。
「よし、飯も食ったし出発だ。次の街にゃあ、きっと俺様の悪名が届いてるはずだ。最高のリングが待ってるぜ」
「はぁ……。もうどうにでもなれ」
アリスは諦めたように立ち上がりマントを羽織った。
文句を言いながらも付いていく。
彼女もまたこのデタラメな男との旅に奇妙な居心地の良さを感じ始めていたからだ。
◇
数時間後。
二人は交易都市「クロスロード」に到着した。
多くの商人や冒険者が行き交う活気ある街だ。
「よし、挨拶回り(プロモーション)といこうか」
轟田は街の入り口で仁王立ちし、いつものように大声を張り上げた。
「オイオイオイ!田舎臭ぇ街だな!俺様は王都を壊滅させた魔王、サタン・ゴウダだ!命が惜しけりゃ道を空けな!」
通行人たちがギョッとして足を止める。
王都の噂は既にここまで届いていたらしい。
「あ、あれが噂の……?」
「古龍を素手で殴り殺したっていう……」
「関わるな、目を合わせたら殺されるぞ」
人々が蜘蛛の子を散らすように距離を取る。
恐怖と警戒。
完璧な反応だ。
《敵対感情(畏怖)を確認。防御力上昇(小)》
「へっ、上場の滑り出しだな」
轟田が満足げに頷いた、その時だった。
「……プッ」
静まり返った通りに場違いな失笑が響いた。
轟田が眉をひそめて視線を巡らせる。
路地裏の木箱の上に一人の少年が座っていた。
年齢は十二、三歳くらいか。
ボロボロの服を着ているが、その瞳は鋭く小生意気な光を宿している。
「あァ?何がおかしい、クソガキ」
轟田が凄むと少年は臆することなく頬杖をついたまま答えた。
「いや、あまりに古臭いからさ。笑っちゃったよ」
「……あ?」
「『オイオイオイ』って。化石かよ。今どき、そんなコテコテの悪役ムーブ、流行らねぇよおっさん」
少年――レオは、つまらなそうに欠伸をした。
「効率が悪すぎるんだよ。恐怖で支配?古龍殺し?そんなハイリスクなことして、得られるのが『道の真ん中を歩ける権利』だけ?……コスパ最悪じゃん」
ピキッ。
轟田の額に青筋が浮かんだ。
恐怖でも怒りでもない。
純粋な「ナメた態度」。
そして自分の美学を「非効率」と断じられた屈辱。
「……ほう。随分と口の減らねぇガキだな」
「事実だろ。俺ならもっとスマートにやるね。おっさんのやり方は、見てて痛々しいんだよ」
レオは木箱から飛び降り轟田の前で挑発的に手を広げた。
「筋肉だけで解決する時代は終わったんだよ、脳筋ジジイ。……今のトレンドは『スマート』だ。教えてやろうか?」
轟田の目が座った。
アリスが「あ、これマズい」と顔を引きつらせる。
《侮蔑(世代間ギャップ)を確認。筋力上昇(中)……反応速度上昇(大)!》
「上等だ……!」
轟田はニヤリと、しかし目は笑わずに口角を吊り上げた。
「その生意気な口、リングの上でも利けるか試してやるよ。……教育的指導だ、小僧ォ!!」
悪役レスラーと現代っ子(異世界版)。
最悪の相性の二人が、今、激突する。
(第9話へ続く)
財布は空ですが悪名は満載。
皆様のブクマという名の「指名手配」が更新の原動力です!




