第33話:重篤潔癖症(クリーン・フリーク)の暴走
「消毒……消毒消毒消毒ゥゥッ!!」
キィィィィィン!!!
マリアの背中から生えた六枚の翼――その一枚、巨大な電動ポリッシャー型の翼が高速回転し、アリーナの床を削り取った。
岩盤がバターのように溶け、粉塵が舞う。
「うわっ、あっぶね!?」
レオが転がりながら回避する。
掠っただけで服の袖が消滅していた。
斬撃ではない。「研磨」による物理的な消失だ。
「おいおい、掃除機にしちゃあ吸引力が強すぎんだろ!」
轟田も頭上から迫る高圧洗浄ノズル(ウォーター・カッター)を紙一重でかわす。
シュバッ!
水圧の刃が轟田の背後の瓦礫を一刀両断にした。
「汚い……ここも、あそこも……!ああもう、菌が見えるわ!繁殖してる!」
マリアは空中に浮遊しながら血走った目で周囲を見回していた。
ワインで汚れた顔。
乱れた髪。
その姿は聖女というより「仕事に追い詰められて発狂した清掃員」そのものだ。
「セレン!あれどうなってんの!?」
アリスが悲鳴を上げる。
「分析完了。……あれは古代文明の『自律清掃ユニット』ですね。本来は都市の衛生管理用ですが出力リミッターが解除されています」
セレンが冷静に解説する。
「現在のマリアの精神状態は『超・潔癖モード』。視界に入るすべての有機物を『汚れ』として認識し、排除しようとしています。……私たちも例外ではありません」
「つまり!?」
「全員、生ゴミ扱いです」
ズガガガガッ!!
言葉の通りマリアの翼から洗剤入りの散弾が乱射された。
「ひぃぃぃッ!やめてよ!ウチ、昨日お風呂入ったし!」
ミミが泣き叫んで逃げ回る。
「関係ありません!貴女のような露出狂は、存在自体が不健全で不潔です!漂白剤に漬け込んで色を抜いてあげます!」
マリアがミミに狙いを定める。
高濃度の漂白魔法陣が展開される。
「させるかよ!」
轟田が割り込んだ。
漂白魔法の射線上に立ち塞がり、仁王立ちする。
「おっと、そいつは俺様の所有物だ。勝手に洗濯してんじゃねぇ!」
ジュワァァァッ!!
轟田の肉体に漂白魔法が直撃する。
肌が焼ける音。
だが轟田は一歩も引かない。
「ぐ、おォォッ……!……シミ抜きにしちゃあ、刺激が強ぇなァ!」
《敵対感情(病的な潔癖)を確認。……状態異常耐性、上昇(大)》
轟田の筋肉が赤黒く変色し、漂白の「白」を塗りつぶしていく。
汚れ(ヒール)の生命力は、洗剤ごときでは消せない。
「な……!?なぜ色が落ちないのですか!?この頑固な油汚れが!」
マリアが苛立ちを募らせる。
「カッカッカ!俺様は『落ちない汚れ』だ!テメェの人生にこびりついて、死ぬまで離れねぇぞォ!」
「い、嫌ァァァァッ!!気持ち悪いこと言わないで!!」
マリアが絶叫し、全兵装を展開した。
モップ、ブラシ、ノズル、吸引機。
すべての清掃用具が轟田に殺到する。
「死ね!消えろ!滅菌!殺菌!除菌ーーッ!!」
嵐のような猛攻。
轟田は笑いながら、そのすべてを真正面から受け止めた。
回転するブラシを胸板で受け止め、高圧水流を筋肉で弾く。
「そうだ!もっと必死になれ!澄ました顔して『お掃除』してんじゃねぇ!」
轟田が一歩踏み出す。
マリアの顔が引きつる。
「なんで……なんで近づいてくるのよ!汚い!来るな!」
「嫌がれば嫌がるほど、触りたくなるのが悪役の性でなァ!」
轟田は、マリアの放つ高圧洗浄の激流の中を、強引に突破した。皮膚が裂け、血が舞う。
だがその血さえも轟田は利用する。
「ほらよ、プレゼントだ!」
轟田は自分の血を手に溜め、マリアに向けて振り撒いた。
バシャッ!
「ひッ!?」
マリアの真っ白な翼に、べっとりと赤い血が付着した。
「あ……あぁ……」
マリアの動きが止まる。
完璧だった清掃用具が汚された。
その精神的ショック(フリーズ)を、轟田は見逃さない。
「隙ありィッ!!」
轟田が跳んだ。
空中に浮くマリアの足を、ガッチリと掴む。
「捕まえたぜ、潔癖症!」
「い、嫌ッ!触らないで!脂がつく!細菌が移る!」
マリアが半狂乱で暴れるが、轟田の握力は万力以上だ。
轟田はニヤリと笑い、マリアを引き寄せた。
「教えてやるよ、聖女サマ。……この世に『無菌室』なんて場所はねぇんだ」
「……え?」
「人間ってのはな、泥食って、垢まみれになって、それでもしぶとく生きていくもんなんだよ!テメェみたいにガラスケースの中で生きてる奴には、一生分からねぇ『味』だ!」
轟田はマリアの体をリフトアップした。
行き先は、先ほどの戦闘で崩壊し、汚水と瓦礫が溜まったアリーナの地面だ。
「一緒に泥遊びしようぜェッ!!」
「や、やめ……!!」
「パワーボムッ!!!!」
ズドォォォォォォンッ!!!!!
轟田はマリアを、汚れた地面に思い切り叩きつけた。
背中から泥水の中に沈む聖女。
純白のシスター服が、茶色く、黒く、汚れていく。
「あ……が、は……ッ」
マリアが呻く。
ダメージもある。だがそれ以上に、精神的な崩壊が彼女を襲っていた。
全身が汚れた。
髪も、肌も、服も。
もう、どこをどう洗っても手遅れだ。
「……汚れた……」
マリアは泥の中で呆然と呟いた。
目から涙が溢れる。
「もう……お嫁に行けない……。神様に見捨てられる……。汚い……私が、一番汚い……」
絶望。
彼女のアイデンティティだった「清潔さ」が失われた今、彼女はただの無力な少女に戻っていた。
轟田は泥まみれのマリアを見下ろし、フンと鼻を鳴らした。
「……へっ。やっと年相応のツラになりやがったな」
轟田は、ポケットからくしゃくしゃになった手ぬぐいを取り出し、マリアの顔に放り投げた。
バサッ。
汗と泥がついた、汚い手ぬぐいだ。
「ひっ……!?」マリアがビクッとする。
「それで顔拭いて、出直してきな。……テメェの『掃除』は、まだ終わってねぇだろ?」
「……は?」
マリアが手ぬぐい越しに轟田を見る。轟田はニカっと笑い、周囲を指差した。
「見ろよ。アリーナは瓦礫の山だ。街もカジノの残骸で散らかってる。……この大量の『ゴミ』を片付けられるのは、テメェしかいねぇんじゃねぇのか?」
マリアが周囲を見る。
確かに、そこは彼女にとって地獄のような「汚部屋」状態だった。
プロの清掃員としての本能が、ピクリと反応する。
「……私が、やるんですか?こんな……汚い場所を?」
「当たり前だ。壊したのは俺だが片付けるのはテメェの仕事だろ?……それとも、汚れに負けて逃げ出すか?三流清掃員さんよォ」
挑発。
その言葉に、マリアの瞳に微かな光――狂気とは違う、職人としての「意地」が宿った。
「……誰が、三流ですか」
マリアは轟田の汚い手ぬぐいを握りしめ、泥の中からゆらりと立ち上がった。
服は泥だらけ。顔もぐしゃぐしゃ。
だがその表情は憑き物が落ちたように、ふてぶてしかった。
「言われなくてもやりますよ。……こんな不衛生な環境、私が管理しないと、すぐに疫病が蔓延しますからね」
マリアは背中の清掃用具(翼)を構え直した。
今度は、轟田を殺すためではない。
このクソみたいな世界を、少しでもマシにするために。
「ただし!貴方のことは絶対に許しませんから!一生かけて、その汚い性根を漂白してやります!覚悟しなさい!」
「カッカッカ!望むところだ!俺様がテメェの生きがい(仕事)になってやるよ!」
泥仕合の決着。
聖女は地に落ち、泥にまみれた。
だがその姿は以前の「作り物の綺麗さ」よりも、遥かに人間らしく、美しく見えた。
こうして、カジノと教会、二つの権力を粉砕した轟田一座に、史上最高に口の悪い「清掃係」が加わることになったのである。
(第34話へ続く)
泥だらけのパワーボム。
マリアが陥落!
お祝いの罵倒(評価)を星に込めてください!




