第32話:除菌(ホーリー)vs汚染(ポイズン)
「――洗浄開始。対象の存在確率を0%まで希釈してください」
聖女マリアの冷徹な号令と共に白騎士たちが一斉に引き金を引いた。
魔導ライフルから放たれるのは鉛の弾丸ではない。
高濃度の「聖水」を高圧で撃ち出す液体弾だ。
バシュッ!バシュッ!バシュッ!
「っと、危ねぇ!」
轟田は瓦礫を盾にして身を隠した。
直撃した瓦礫がジュワァァ……と嫌な音を立てて白く泡立ち、溶けていく。
熱による溶解ではない。
「汚れ」として認識され分子レベルで分解されているのだ。
「オイオイ、強力すぎるだろその洗剤!環境に悪そうだぜ!」
「環境?何を仰います」
マリアはモップ型の杖を優雅に振るい瓦礫の陰に隠れた轟田を見下ろした。
「貴方のような『産業廃棄物』を地上から消すことこそが最高のエコロジー(環境保護)です。……さあ、大人しく排水溝に流れてください」
ズオオオオッ!!
マリアが杖を振ると、空間そのものが「洗濯機」のように渦を巻いた。
泡状の魔力が轟田を包囲し、逃げ場を塞ぐ。
触れれば分解。呼吸すれば肺が焼ける。
完全なる「無菌室」の檻だ。
「チッ……。息苦しい技使いやがって!」
轟田が舌打ちしたその時。
「――させないッ!!」
鋭い裂帛の気合いと共に、銀色の斬撃が走った。
ザシュッ!!
轟田を囲んでいた泡の檻が一刀両断されて霧散する。
「……あら?」
マリアが眉をひそめる。
泡の晴れた向こうに立っていたのはボロボロのマントを羽織り、錆びた剣を構えたアリス・ミストラルだった。
その背後には臨戦態勢のレオとセレン、そして震えるミミの姿もある。
「お待たせ、轟田。……随分とタチの悪い客に絡まれてるじゃない」
「おう、遅ぇぞマネージャー。……掃除のおばちゃんにしては、気性が荒くて困ってたところだ」
轟田はニカっと笑いアリスの隣に並んだ。
「……アリス・ミストラル前騎士団長」
マリアはアリスを見て、美しくしかし氷のように冷たい微笑みを浮かべた。
「落ちぶれましたね。王都を追放され、指名手配犯となり……今ではそんな薄汚い男の腰巾着ですか?貴女の輝いていた銀の鎧も今は泥だらけ。……不潔です」
「……っ」
アリスが悔しげに唇を噛む。
確かに今の彼女はかつての栄光とは程遠い。
だがマリアはさらに言葉の刃を突き立てる。
「貴女のような『汚れた元エリート』が一番処理に困るんですよ。リサイクルもできない粗大ゴミ。……ああ、かわいそうに」
《侮蔑(同情を装った嘲笑)を確認。……味方への精神攻撃を検知》
その言葉に、アリスが言い返すよりも早く轟田が一歩前に出た。
「おい、掃除屋」
轟田の声が低く響く。
「テメェの目は節穴か?こいつの鎧が汚れてんのはなァ……泥水啜ってでも生き抜いてきた『勲章』なんだよ」
轟田はアリスの肩に手を置きマリアを睨みつけた。
「無菌室で温室育ちのテメェには分からねぇだろうがな。……現場の汚れ(リアル)を知らねぇ奴が偉そうな口利いてんじゃねぇぞ!」
「……不愉快です」
マリアの笑顔が完全に消えた。
その瞳に虫を見るような絶対的な拒絶が宿る。
「口答えする菌類は消毒します。……総員、最大出力で洗浄しなさい」
白騎士たちが一斉に動いた。
四方八方からの高圧聖水射撃。
さらにマリア自身も空中に巨大な魔法陣を展開する。
「聖魔法・広域滅菌!!」
カァァァァッ!!
アリーナ全体が白光に包まれる。逃げ場はない。
「くっ、防げない……!」
アリスが剣を構えるが液体と光の奔流はどうしようもない。
セレンが障壁を展開しようとするが演算が間に合わない。
「終わりね。綺麗な灰になりなさい」
マリアが勝利を確信したその瞬間。
「……だったらよォ」
轟田が足元に転がっていた「瓶」を拾い上げた。
先程までミミが飲んでいたカジノ王の金庫から奪った最高級の赤ワインだ。
「毒には毒を!洗剤には泥水をぶつけるのが礼儀ってもんだろうがァッ!!」
轟田はワインを口に含んだ。
そして、展開された魔法陣のど真ん中、そして空中に浮くマリアに向けて、頬を大きく膨らませた。
ブフォォォォォォォォォォォッ!!!!
轟田の口から真紅の液体が勢いよく噴射された。
霧となったワインが、白光の空間に撒き散らされる。
聖なる光と俗なる酒精の衝突。
ジュッ、ジュワワワワッ!!
「不純物」が混ざったことで、精密な洗浄魔法の術式がバグを起こし、連鎖的に崩壊していく。
そして――。
赤い霧はそのままマリアの純白のシスター服と、美しい顔面を直撃した。
「…………ぶっ!?」
時間が止まった。
マリアが顔から赤い液体を滴らせて固まっている。
白い服にはどす黒いワインの染みが、まるで返り血のようにべっとりと広がっている。
「……ぷはっ」
轟田は口元を乱暴に拭い、ニカっと笑って言い放った。
「ごく普通の『毒霧』だ。……よく効くだろ?」
「……あ」
マリアが自分の服を見た。
匂いを嗅いだ。
強烈なアルコールと轟田の唾液が混じった臭い。
「あ、あ……あああああああああああああっ!?」
絶叫。
今まで聞いたこともないような、ヒステリックな悲鳴が地下空間に木霊した。
「汚い!汚い汚い汚いッ!私の服が!肌が!細菌が!ああああああ気持ち悪いィィッ!!」
マリアが半狂乱になって顔を掻きむしる。
完璧だった「聖女」の仮面が物理的な汚れによって完全に崩壊した。
「カッカッカ!ザマァみろ!」
轟田は真っ赤になった口元でさらに挑発的に笑う。
「いい色に染まったじゃねぇか!そっちの方が、腹黒い中身とお似合いだぜ!」
「……殺す」
マリアが動きを止めた。
俯いた顔からボタボタとワインが落ちる。
その肩が小刻みに震えている。
「絶対に……許さない……!」
ギギギ、と機械仕掛けのような音がしてマリアの背中から「六枚の翼」が出現した。
天使の翼ではない。
モップ、ブラシ、吸引機、高圧ノズル……。
あらゆる清掃用具が融合した殺戮兵装の翼だ。
「汚物は……消毒だァァァァァッ!!!」
マリアが狂乱の形相で突っ込んできた。
もはや優雅さもクソもない。
ただの「ブチ切れた潔癖症」の暴走だ。
「来るぞ!総員、戦闘開始だ!」
轟田が叫ぶ。
地下カジノの廃墟で、泥とワインと洗剤にまみれた最低で最高の泥仕合が幕を開ける。
ヒールにとって綺麗事を並べる聖女よりも、本性を剥き出しにした狂女の方が、よっぽど相手にしがいがあるというものだ。
(第33話へ続く)
聖女に毒霧。
汚しの美学。
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