第30話:黄金神話の暴落(クラッシュ)
「グオオオオオオオオッ!!!」
ゴールデン・キメラの三つの首が、断末魔のような咆哮を上げた。
炎、冷気、雷。
自然界の猛威を凝縮した三色のブレスが至近距離から轟田に叩き込まれる。
「死ね!溶けろ!私の『資産』に傷をつけるなァッ!」
VIPルームでガラスがマイクに向かって絶叫した。
このキメラは彼のコレクションの中でも最高額の逸品だ。
古代文明の遺産をベースに、最高級のオリハルコン装甲と、賢者の石を埋め込んだ、動く財宝。
その価値、金貨50億枚。
たかが人間一人に破壊されていい代物ではない。
ズガガガガガガッ!!!
ブレスの直撃を受けた轟田の姿が、光の奔流に飲み込まれる。
アリーナの床が溶解し、マグマのようにドロドロに波打つ。
「やったか……!?」
ガラスが身を乗り出す。
観客たちも固唾を飲んで見守る。
轟田に全財産を賭けた者、轟田の死に賭けた者。
全員の視線が一点に集中する。
光が晴れる。
そこには――。
「……ぬるぇな」
湯気を上げる筋肉の塊が、仁王立ちしていた。
皮膚は赤熱し、バチバチと火花を散らしているが、その瞳の光は消えていない。
いや、むしろ爛々と輝きを増している。
「な、なぜだ……!?なぜ死なない!?」
ガラスが愕然とする。
轟田は煤けた顔を拭い、ニカっと笑った。
「テメェのペットは、品行方正(お利口)すぎるんだよ」
轟田が一歩踏み出す。
ズドン。
地面が揺れる。
「攻撃に『殺意』がねぇ。『命令されたからやりました』って顔してやがる。……そんなサラリーマン根性で、俺様の『欲望』が止められるかよォッ!!」
《会場規模の熱狂(欲望の濁流)を確認。……耐久値、測定不能》
轟田の背中には今、数万人の「金欲」が乗っている。
「勝たせろ」「儲けさせろ」「奇跡を起こせ」。
その浅ましくも強烈なエネルギーが、轟田の肉体を不沈艦へと変えていた。
「反撃(お礼参り)といこうか!」
轟田が地面を蹴った。
速い。
巨大な質量を感じさせない加速で、キメラの懐に潜り込む。
「まずはその、高そうなメッキを剥がしてやる!」
轟田の手刀が、キメラの右足――黄金の装甲に突き刺さった。
ガギィッ!!金属音が悲鳴に変わる。
轟田はそのまま装甲を指でねじ切り、強引に剥ぎ取った。
「オラァッ!リフォームだ!」
バリバリバリバリッ!!!
鮮やかな手際。
50億の装甲が、まるでアルミホイルのようにめくれ上がり、剥がれ落ちていく。
「や、やめろォォォッ!!それは特注のオリハルコンだぞ!1グラムいくらすると思ってるんだ!」
ガラスの悲鳴。
だが轟田は止まらない。
剥がした装甲板を丸め、キメラの顔面(炎の首)に叩きつける。
「値段なんか知ったことか!俺の前にあるのは『使える凶器』か『壊れる障害物』のどっちかだ!」
ドゴォッ!!
自分の装甲で殴られたキメラがよろめく。
轟田はその隙を見逃さず、キメラの左の首(雷)に飛びついた。
「首が三つもありゃあ、締め心地も最高だろうなァ!」
轟田の太い腕が、竜の首に絡みつく。
スリーパーホールド。
いや、轟田の怪力にかかれば、それは「首切断処刑」と同義だ。
「ギ、ギグッ……ガ……ッ!?」
キメラがもがく。
中央の首と右の首が轟田に噛み付こうとするが、轟田は首を締めたまま、その巨体を振り回した。
「暴れるな!客が見えねぇだろうが!」
ブンッ!
轟田はキメラを背負い投げの要領で地面に叩きつけようとした。
だがロックした腕は離さない。
首を固定したまま、数千トンの巨体だけを遠心力でブン投げる。
――ブチイィッ!!!!
湿った破壊音が響いた。
黄金の装甲と筋肉が、物理的限界を超えて引きちぎれる音だ。
「ギャアアアア……ッ!?」
キメラの絶叫が途切れた。
轟田の腕の中に「左の首」だけを残し、首を失った巨体だけが吹き飛んでいく。
ズドォォォォンッ!!!
首のない竜がアリーナの壁に激突し、ぐったりと崩れ落ちた。
轟田の手には、引きちぎられた巨大な竜の首が、戦利品のように握られている。
「……ッ!!」
観客が息を飲む。
そして、歓声が爆発した。
「つ、強すぎる……」
「ちぎりやがった!素手で竜の首をねじ切ったぞ!」
「俺の賭け券が……金になる……!!」
観客のボルテージが最高潮に達する。
最初は「100対1」の処刑ショーだった。
それが今や、「魔王による一方的な蹂躙ショー」に変わっている。
「ふざけるな……ふざけるな……!」
VIPルームで、ガラスは爪を噛んでいた。
計算が合わない。
投資額が回収できない。
このままでは、街の権利どころか、自分の全財産が――。
「殺せ……相打ちでもいい!自爆させろ!」
ガラスが禁断のスイッチを押した。
カッ!
首を失って倒れていたキメラの体内で、埋め込まれていた「賢者の石」が暴走を始めた。
心臓部が赤く発光し、膨張していく。
「自爆だと!?」
アリーナの隅で、セレンが叫んだ。
「あの質量の魔力が爆発すれば、地下空間ごと崩壊します!観客も全員巻き添えです!」
「ひぃぃぃッ!?逃げろ!」
「金なんかどうでもいい!命が!」
「出口だ!出口へ急げ!」
阿鼻叫喚。
観客たちは我先にと出口へ殺到する。
金欲が恐怖へ、熱狂がパニックへと変わる。
天井の檻の中で、ミミも顔面蒼白で叫んだ。
「おっさん!逃げて!あいつマジでイカれてる!死ぬって!」
崩壊へのカウントダウン。
赤い光がアリーナ全体を照らし出す中、轟田は逃げなかった。
今にも爆発しそうなキメラの残骸の上に飛び乗り、ドカッと仁王立ちしたのだ。そして、逃げ惑う観客たちへ向かって、ありったけの声を張り上げた。
「オイオイオイ!!逃げてんじゃねぇぞテメェら!!」
マイクを通した怒号が、爆音をかき消して響き渡った。
逃げ惑う人々が、思わず足を止めて振り返る。
「テメェら、あんな興行主に命まで握られてていいのか!?自分の金を守るために、客ごと吹き飛ばそうとするクソ野郎だぞ!?」
轟田はVIPルームを指差した。
そこには、安全圏から自爆スイッチを押したガラスがいる。
「俺ならあいつに、タップリやり返してやれるぜ?……どうなんだ!」
轟田の問いかけに、観客たちがガラスを見上げる。
恐怖の奥底から、ふつふつと黒い感情が湧き上がってくる。
理不尽への怒り。
見下されることへの屈辱。
「あいつを殺したくねぇか!?悔しくねぇのか!?」
轟田が煽る。
パニックで凍りついていた人々の心に、火をつける。
「逃げたって死ぬぞ!だったらその『死にたくねぇ』って思いを!『あいつを殺したい』って怒りを!全部俺にぶつけろ!!」
轟田は両手を広げ、天を仰いだ。
「俺が代わりに、あいつをぶっ殺してやる!!」
数秒の静寂。
そして――爆発したのは、キメラではなかった。
「……そうだ、ふざけるな!」
「俺たちを殺す気か!許さねぇぞガラス!」
「殺せ!オーナーをぶっ殺せ!!」
恐怖が殺意に変わった。
数万人の観客が、拳を突き上げ、口角から泡を飛ばして絶叫する。
「助けてくれ」ではない。
「殺せ」という純粋な攻撃衝動。
それは、魔王サタン・ゴウダにとって、何よりも純度の高いエネルギー源となる。
《会場規模の殺意を確認。
……全ステータス、理論値限界突破》
轟田の全身から、紅蓮のオーラが噴き出した。
その熱量は、暴走する賢者の石の輝きすらも凌駕していく。
「カッカッカ!そうだ!最高だ!今、この瞬間こそが!魂の熱狂だァッ!!」
轟田は拳を握りしめた。
観客の殺意が、轟田の筋肉に宿る。
轟田は、足元の赤く輝く胸部――暴走する賢者の石めがけて、その拳を振り下ろした。
「爆発ごときが……客の殺意に勝てると思ってんじゃねぇぞオラァッ!!!」
ドッッッッゴォォォォォォォォンッ!!!!!
物理的な拳が、エネルギーの奔流をねじ伏せた。
爆発?
させない。
膨張しようとする魔力を、轟田の放つ圧倒的な「圧」と、数万人の「念」が、物理的に押し潰し、粉砕したのだ。
パァァァァンッ……!
賢者の石が耐えきれずに砕け散り、光の粒子となって消えていく。
キメラの巨体が完全に沈黙し、ただの巨大な肉塊へと変わる。
静寂。
今度こそ、本当に終わったのだ。
「う、うおおおおおおおおおおっ!!」
「殺した!本当にやりやがった!」
「最高だ!悪魔だ!魔王万歳!!」
爆発的な歓喜。
轟田はキメラの残骸の上に立ち、VIPルームを指差した。
「勝負ありだがラス!……払い戻しの時間だぜ!」
轟田は、先ほどねじ切って転がっていた「黄金の首」を蹴り上げた。
ドゴォッ!!
巨大な黄金の首が、砲弾のように飛んでいく。
狙うは、遥か上空のVIPルーム。
ガシャァァァァァァァンッ!!!
強化ガラスが粉砕され、黄金の首がオーナー室に飛び込んだ。
悲鳴と共に、ガラス・ゴールドバーグが椅子ごと転がり落ちる。
「あ、あぁ……私の……私の資産が……」
瓦礫の中で、ガラスは呆然と呟いた。
モニターには、株価の大暴落と、賭けの払い戻し金額(天文学的数字)が表示されている。
破産。
一瞬にして、彼はカジノ王から、ただの借金まみれの中年男へと転落した。
◇
数分後。
アリーナの中央で、轟田は鉄格子から解放されたミミを受け止めていた。
「……おっさん」
ミミは震えていた。
恐怖ではない。
興奮で、足がガクガクしているのだ。
「アンタ、マジで……何者なの?街ごと賭けて、勝っちゃうとか……」
「俺か?ただの悪役だ」
轟田はニカっと笑い、ミミの首輪に指をかけた。
ブチッ。
魔導制御された首輪を、指の力だけで引きちぎる。
「これでテメェは自由だ。……借金もチャラになったぜ」
ミミは首元をさすり、信じられないという顔で轟田を見上げた。
そして、顔を真っ赤にして叫んだ。
「……バカ!無茶苦茶すぎんだよ!心臓に悪いし!キモいし!汗臭いし!」
罵倒。
その目には涙が溜まっていた。
「でも……。……ありがと」
《感謝を確認。……防御力低下》
《警告:ツンデレ属性による中和を確認。ダメージ無効》
「へっ、礼には及ばねぇよ」
轟田は照れ隠しに鼻を鳴らした。
周囲では大勝ちした観客たちが紙吹雪のように金券を撒き散らしている。
カジノ都市ベガス・マギアは、今夜、史上最大の「狂乱」に包まれていた。
欲望の街で悪役が起こした大逆転劇。
しかし轟田たちの旅はここでは終わらない。
次なる相手はこの騒ぎを冷ややかに見つめる「聖なる権力」――狂信教会だ。
(第31話へ続く)
黄金竜、粉砕!
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