第3話:騎士団長、初めての罵倒管理(マネジメント)
「おはよう、ゴミ屑」
翌朝。
焚き火の跡がくすぶる野営地で轟田猛は爽やかな目覚めを迎えた。
目の前には腕組みをして仁王立ちする美少女――アリス・ミストラルがいる。
「……あァ?なんだその挨拶は」
轟田が欠伸を噛み殺しながら体を起こすとアリスは眉を吊り上げて怒鳴った。
「挨拶に決まってるでしょ、この筋肉ダルマ!朝から暑苦しいのよ!酸素の無駄だから息を止めてくれない!?」
《罵倒を確認。基礎代謝向上。体力回復(小)》
ポーンと軽快な通知音が脳内に響く。
寝起きの気だるさが消え体に活力が満ちていくのが分かる。
轟田はニヤリと笑った。
「カッカッカ!悪くねぇ目覚ましだ。だが、まだ『照れ』があるな。70点ってとこだ」
「なっ……!?」
アリスが顔を赤くする。
「感謝しなさいよね!貴方が『寝起きは防御力が下がるから罵れ』って言ったんじゃない!こっちは騎士としての品位をドブに捨てて協力してあげてるのよ!」
「その『してあげてる感』がダメなんだよ。もっと心からの軽蔑を込めろ。プロのアンチなら息をするようにディスるもんだ」
「プロのアンチって何よ……」
アリスは頭を抱えた。
王国騎士団長の彼女にとって、この「轟田管理業務」は精神的な重労働だった。
だが昨夜の惨劇(感謝による瀕死)を見ている以上手は抜けない。
「とにかく!さっさと支度をしなさい。次の街までまだ距離があるわ」
「へいへい。人使いの荒いマネージャーだぜ」
◇
二人は街道を歩いていた。
アリスの銀鎧は昨夜の戦闘で半壊しているため今は予備の旅装を羽織っている。
対する轟田は相変わらず黒パンツ一丁にシルバーチェーンというどこからどう見ても不審者スタイルだ。
「ねえ、轟田」
「あァ?」
「少しは服を着たらどう?その……目のやり場に困るのだけど」
「断る。これは俺様の戦闘服だ。それに、この格好の方が『初見の奴が不快感を抱きやすい』だろ?」
「……合理的すぎて腹が立つわね」
轟田はニヤリと笑い道端の草をむしった。
「いいか、アリス。俺のスキル『ヒール・ヒート』は、相手の感情エネルギーを俺の力に変換する。だがそれにはコツがある」
「コツ?」
「ただ嫌われればいいってもんじゃねぇ。『関心』を持たせた上での悪意だ。無視されるのが一番、エネルギー効率が悪い」
轟田は説明を続けた。
無関心はプロレスラーにとって死と同じだ。
だからこそ派手な格好をし大言壮語を吐き相手の神経を逆撫でする。
そうして相手の意識を自分に釘付けにした上で「死ね」と思わせる。
それが最強のヒールだ。
「なるほど……。貴方のそのふざけた態度は、生存戦略そのものというわけね」
「おうよ。だからお前も、俺を罵る時は『コイツを見てるとイライラする!』という感情を乗せろ。事務的な悪口じゃバフがかからねぇ」
「……努力するわ。貴方を見ているとイライラするのは事実だし」
「ハッ!素質あるじゃねぇか」
そんな奇妙な講義をしながら歩いていると前方に小さな村が見えてきた。
街道沿いの宿場町だ。
「やっと村ね。食事と装備の補修をしないと」
アリスが安堵の表情を浮かべる。
だが轟田の表情は険しかった。
「おいアリス。警戒しろよ」
「え?魔物?」
「違う。『善意』だ」
轟田は村の入り口を睨みつけた。
村人たちが畑仕事の手を止めてこちらを見ている。
平和ボケした人の良さそうな顔つきだ。
「田舎の人間ってのは無駄に親切だ。『旅の方ですか?お水でもどうぞ』なんて笑顔で言われた日には、俺の心臓が止まる」
「……なんて面倒くさい生き物なの」
「だからお前の出番だ。俺に『好意』が飛んで来そうになったら全力で叩き落とせ。ブロックしろ。いいな?」
「わ、分かったわよ」
二人は村に入った。
案の定一人の老婆がニコニコしながら近づいてきた。
「おやまあ旅人さんかね。暑い中ご苦労さま……」
ドクン。
轟田の心臓が嫌な音を立てる。
老婆の手には冷えた水が入った柄杓。
純度100%の「おもてなし」の心。
やばい。
この水を受け取ったら死ぬ。
轟田が脂汗を流し後ずさる。
その時アリスが動いた。
「あーっ!!ダメよお婆さん!」
アリスは老婆と轟田の間に割って入りバッと両手を広げた。
「近寄らないで!この男はね、とんでもない極悪人なの!」
「ええっ?ご、極悪人?」
老婆が目を丸くする。
アリスは冷や汗をかきながら必死に言葉を紡いだ。
「そ、そうよ!見ての通り、服も着てない変態でしょ?こいつは……えっと、私の奴隷なの!重犯罪者の!」
「ど、奴隷……?」
「そう!だから優しくしちゃダメ!水をやる価値もないゴミ屑なのよ!ね、ゴミ!」
アリスは振り返り、轟田を睨みつけた。
轟田は内心でガッツポーズをした。
ナイスだマネージャー。
「……ケッ。水なんか飲みたくねぇよ。泥水の方がマシだぜ」
轟田が悪態をついて地面に唾を吐く。
老婆の顔から笑顔が消え、軽蔑の色が浮かんだ。
「まあ……なんて態度の悪い。バチが当たるよ」
《軽蔑を確認。防御力上昇(小)》
轟田の胸の痛みが引いていく。
老婆は「関わらないでおこう」とばかりに離れていった。
「ふぅ……。なんとかなった……」
アリスがその場にへたり込みそうになる。
「悪くねぇ連携だ。だが『奴隷』って設定はどうなんだ?俺様の方が強そうに見えるだろ」
「うるさいわね!とっさだったんだから仕方ないでしょ!……はぁ、寿命が縮まるわ」
アリスは疲労困憊だったが轟田は満足げだった。
これなら旅を続けられる。
そう確信した時だった。
「た、大変だーっ!」
村の奥から鍬を持った男が血相を変えて走ってきた。
「ゴブリンだ!ゴブリンの群れが東の畑に出たぞ!」
「なんだって!?」
「自警団はどうした!」
「怪我をしていて動けないんだ!」
村がパニックに包まれる。
アリスの表情が一瞬で引き締まった。
騎士の顔に戻る。
「轟田!行くわよ!」
「あァ?なんで俺が行かなきゃなんねぇんだ」
轟田は鼻をほじった。
アリスが信じられないという顔をする。
「人が襲われているのよ!?助けるに決まってるでしょ!」
「バカかお前は。俺が行って『助けてください!』『ありがとうございます!』なんて言われたらどうする?俺が死ぬんだぞ」
「うっ……そ、それは……」
アリスが言葉に詰まる。
確かにその通りだ。
今の轟田は、善意に触れると死ぬガラスのハート(物理)を持っている。
だが見捨てることなどできない。
「……私がやるわ。貴方はここで隠れていて」
アリスはマントを翻しボロボロの体のまま走り出そうとした。
昨夜の傷はまだ癒えていない。
武器もない。
行けば確実に死ぬ。
「……チッ」
轟田は大きく舌打ちをした。
放っておけばいい。
自分には関係ない。
だが自分のマネージャーが雑魚に殺されるのは目覚めが悪い。
それに――
(プロレスラーなら客のピンチ(期待)には応えるもんだろ?)
轟田はアリスの首根っこを掴んで引き止めた。
「ぐぇっ!?な、何するのよ!」
「引っ込んでろ、ポンコツ騎士。お前が死んだら、誰が俺を罵倒するんだ」
「でも……!」
「安心しろ。俺様は『人助け』なんてしねぇ」
轟田は凶悪な笑みを浮かべパニックになる村人たちの真ん中へと歩み出た。
そして大きく息を吸い込む。
「オイオイオイ!うるせぇぞテメェら!!」
広場に爆音が響き渡る。
村人たちが一斉に轟田を見た。
「ゴブリンごときにビビってんじゃねぇよ腰抜け共!そんなに怖いなら俺様が代わりに遊んでやってもいいぜ?」
「な、なんだお前は!?」
「助けてくれるのか!?」
すがるような視線。
轟田はそれを鼻で笑い言い放った。
「タダで動くわけねぇだろ。俺様は悪党だ。……そうだな、この村の食料庫にある一番いい肉と酒、全部よこしな。そうすりゃあ、害獣駆除くらいしてやるよ」
村人たちがざわめく。
足元を見るような要求。
態度の悪さ。
彼らの目にあった「期待」が「不信」と「怒り」に変わり始める。
「な、なんだって……!火事場泥棒か!」
「ふざけるな!」
《敵対感情を確認。戦闘準備完了》
轟田の筋肉が膨張する。
背後でアリスがあっけにとられていたが、すぐに状況を理解して小さく笑った。
そして小声で呟いた。
「……本当に不器用な悪役ね」
「さあショータイムだ。ゴブリン共を血祭りにあげてやるからテメェらはそこで指くわえて見てな!」
轟田は地面を蹴り、ゴブリンの群れがいる東の畑へと疾走した。
背中に浴びる「あの野郎!」という罵声を、力の源に変えて。
(第4話へ続く)
挨拶は「ゴミ屑」。皆様からの厳しい評価が、轟田の生存エネルギーになります!




