第29話:確率(オッズ)無視の狂乱劇場
正午。
カジノ・タワーの地下深くに存在する、東京ドーム数個分はあろうかという巨大空間――『グランド・コロシアム』。
そこは今、都市中の欲望を飲み込むような熱気に包まれていた。
「レディース・エーーーーンド・ジェントルメン!!」
上空に浮かぶ巨大スクリーンにカジノ王ガラスの顔が映し出された。
彼はVIPルームの特等席でワイングラスを片手に優雅に微笑んでいる。
「本日のメインイベントは特別企画!『カジノ王vs自称・魔王』の国盗り合戦だ!」
ワァァァァァァァッ!!
数万人の観客が湧く。
彼らは全員、手元の端末で「どちらが勝つか(そして轟田がどう死ぬか)」に金を賭けている。
「ルールは簡単!挑戦者サタン・ゴウだが私が用意した『ジャックポット・モンスターズ』を全滅させれば彼の勝ち!……死ねば私の勝ちだ!」
ガラスが指を鳴らす。
アリーナの中央、スポットライトの下には轟田猛が腕組みをして仁王立ちしていた。
そして、その頭上――天井から吊るされた「黄金の鳥籠」の中には、ミミが閉じ込められている。
「おっさん!逃げて!これ絶対ムリゲーだって!」
ミミが鉄格子を掴んで叫ぶ。
轟田は上を見上げニカっと笑った。
「特等席じゃねぇか、ピンク。……そこで見てな。テメェの借金がチャラになる瞬間をよ」
「バカ!カッコつけてる場合じゃないって!相手を見てよ!」
ズズズズズ……ッ。
アリーナの四方にあるゲートが一斉に開いた。
そこから現れたのは異形の群れだった。
全身が刃物でできた獅子。
毒ガスを撒き散らす巨大花。
武装したオークの重装歩兵部隊。
さらには古代遺跡から発掘された自律殺戮兵器まで。
その数、およそ100。
単なる試合ではない。
戦争だ。
「……計算終了。勝率0.0001%以下」
客席の隅でセレンが冷徹に告げた。
隣でレオが青ざめる。
アリスが剣の柄に手をかけるが、轟田は事前の作戦会議で「手出し無用」と言い渡していた。
「さあ、ベットの時間だ!」
ガラスの声が響く。
「挑戦者のオッズは5000倍!奇跡を信じる愚か者はいるかな!?」
会場中が嘲笑に包まれる。
誰も轟田になど賭けない。
これは処刑ショーだ。
圧倒的な戦力差で生意気な挑戦者がミンチになる様を楽しむ娯楽だ。
轟田は包囲してくるモンスターの群れを見回し、大きく息を吐いた。
「……フン」
そして懐からマイク(拡声魔導具)を取り出した。
前回の戦闘で奪ったものだ。
「おい、ガラス」
轟田の声が会場のスピーカーをジャックした。
ガラスが眉をひそめる。
「なんだね?命乞いなら――」
「シケたメンツだっつってんだよ」
轟田はマイク越しに鼻を鳴らした。
「数ばっかり揃えて質が伴ってねぇ。……こんな『在庫処分セール』で、客から金を取る気か?興行主として三流だぜ」
ピキッ。
ガラスの笑顔が引きつる。
「……減らず口を。行け!彼を『肉片』に変えてしまえ!」
GOサインが出た。
100体の怪物が一斉に轟田に殺到する。
地響き。咆哮。殺気。
ミミが悲鳴を上げ目を閉じた。
だが。
「『プロレス』ってのはなぁ……!」
轟田はマイクを投げ捨て、真正面から突っ込んでくるオークの隊列に飛び込んだ。
「多勢に無勢をひっくり返すのが、一番盛り上がるんだよオオオッ!!」
ドッッゴォォォォンッ!!!
轟田のラリアット一閃。
先頭の重装オーク3体が、ボウリングのピンのように弾け飛んだ。
ただ吹き飛んだだけではない。
轟田の怪力によって「砲弾」と化したオークが、後続の獅子や兵器に激突し、連鎖的な爆発を引き起こす。
「なッ……!?」
「味方を飛び道具にした!?」
観客がどよめく。
轟田は止まらない。
刃物の獅子の牙を胸板で受け止め(《敵対感情:捕食本能を確認》)、その顎を強引にこじ開ける。
「口が臭ぇぞ!歯磨きして出直してこい!」
バキィッ!
獅子を背負い投げ、毒ガス花の真ん中に放り込む。
花が混乱して毒を撒き散らし、周囲のモンスターたちが咳き込んで倒れていく。
「カッカッカ!同士討ちか?チームワークがなってねぇな!」
乱戦。混戦。
轟田はその中心で、まるで水を得た魚のように暴れ回っていた。
攻撃を避けない。
全ての殺意を受け止めそれを燃料に変えて倍の暴力で返す。
その姿は一方的な「処刑」を見に来た観客たちの予想を完全に裏切っていた。
「おい、あいつ……死なねぇぞ?」
「100対1だぞ?なんで笑ってんだ?」
「……すげぇ」
嘲笑が驚愕へ。
退屈な「賭けの確認作業」が目の離せない「死闘」へと変わっていく。
「ふざけるな……!」
VIPルームで、ガラスがグラスを握り潰した。
計算外だ。
ただの暴力自慢だと思っていた男が場の空気を支配し始めている。
「奴を殺せ!『ジャックポット』を開放しろ!」
ガラスが叫びアリーナの床が割れた。
せり上がってきたのは、全身が黄金の装甲で覆われた、巨大な三つ首の竜――『ゴールデン・キメラ』だった。
カジノ・タワーの守護獣にしてガラスの最高傑作。
「グオオオオオオオオッ!!」
三つの首が同時に咆哮し、炎、雷、冷気を撒き散らす。
圧倒的な質量と魔力。
轟田の周囲にいた雑魚モンスターたちがその余波だけで消し飛んだ。
「ひっ……!出た、ゴールデン・キメラだ!」
「あんなの勝てるわけねぇ!」
「終わりだ、今度こそ終わりだ!」
観客の心が再び「轟田の敗北」へと傾く。
絶望的な戦力差。
だが轟田は煤だらけの顔で、ニヤリと笑った。
「よう。やっとメインディッシュのお出ましだな」
轟田は落ちていたマイクを拾い上げた。
そして三つ首の怪物ではなく、カメラ越しに「観客」を指差した。
「おい、テメェら。まだ『どっちが勝つか』なんて賭けてんのか?」
会場が静まる。
「ガラスの野郎は、俺が死ぬ方に全財産張ってるらしいな。……だがテメェらはどうだ?」
轟田の声が観客一人一人の胸に突き刺さる。
「俺が負けると思ってる奴!……つまんねぇ人生送ってんなァ!」
図星を突かれた観客たちが息を飲む。
「確率?オッズ?そんなもんで未来が決まるなら、生きてて面白くねぇだろ!ギャンブルってのはなァ……!」
轟田は拳を突き上げた。
「0%の勝ち目に全財産ブッ込んで!運命ごとねじ伏せる瞬間が!一番脳汁が出るんだろうがァッ!!」
ドクンッ。
観客の心臓が跳ねた。
彼らは思い出した。
カジノに来た本来の理由を。
小銭稼ぎじゃない。
人生を変えるような、
理屈を超えた「大逆転」が見たかったのだと。
「……やってやれ!」
誰かが叫んだ。
「そうだ!奇跡を見せてみろ!」
「俺は5000倍の方に賭けるぞ!ひっくり返せ悪党ォッ!」
オセロが裏返るように、会場の空気が一変した。
ブーイングでも、無関心でもない。
「期待」と「熱狂」の嵐。
だがそれは勇者アークに向けるような「頑張って」という純粋な応援ではない。
「俺の賭け金を増やせ」「もっと面白いものを見せろ」という、欲望とエゴにまみれた汚い叫びだ。
(……へっ、そうだ)
轟田は肌に突き刺さるその「熱」を感じて獰猛に笑った。
(勇者サマの向ける『ありがとう』なんざ蕁麻疹が出るが、テメェらのこの『欲望まみれの汚ぇ歓声』なら、話は別だ!)
悪役とは、人々の欲望の掃き溜めだ。
「あいつを倒せ」「もっと暴れろ」。
そんな無責任な欲望こそが、魔王サタン・ゴウダのエンジンになる。
《会場規模の熱狂を確認。……全ステータス、測定不能》
轟田の全身が、赤く、激しく発光した。
立ち昇るオーラがゴールデン・キメラの威圧感を押し返す。
「カッカッカ!最高の声援だ!配当は俺様の『勝利』で支払ってやるぜ!」
轟田が地を蹴った。
キメラが三色のブレスを吐く。
だが轟田は止まらない。
ブレスを筋肉で弾き、炎の中を突っ切って、キメラの中央の首に飛びついた。
「このデカい図体!金ピカの鱗!……派手に壊し甲斐があるぜェッ!!」
カジノ王の計算と、魔王の熱狂。
都市の命運を賭けた大勝負はいよいよクライマックスへと突入する。
(第30話へ続く)
ジャックポット!
5000倍のオッズをひっくり返すため、皆様の星で会場を熱狂させてください!




