第28話:オーナー室の悪魔的遊戯(ギャンブル)
「――で、結局稼ぎはゼロなわけ!?」
地下闘技場の裏口。
ミミが空っぽの財布を逆さにして振った。
出てくるのは埃だけだ。
「当たり前だろ!あんな暴動起こして賭けが成立するわけないじゃん!むしろ損害賠償請求されなかっただけマシだよ!」
「うるせー!ウチの紹介料どうしてくれんの!?これじゃ今夜のタピオカ代もないじゃん!」
ミミが地団駄を踏む。
だがその表情は以前のような「軽蔑一色」ではなかった。
チラチラと轟田の方を見ている。
あんなデタラメな試合をして、会場を破壊してそれでも堂々としているこの男に、底知れない「何か」を感じているのだ。
「……ま、命があっただけ儲けモンか」
轟田は他人の財布事情など知ったことではないという顔で、首をポキポキと鳴らした。
「いい準備運動だったぜ。……だが、客層が気に入らねぇな。あいつら、金のことばっかで目が死んでやがる」
「そりゃそうよ。ここは『ベガス・マギア』だもの」
アリスがため息をつく。
その時、路地裏に一台の高級魔導車が音もなく滑り込んできた。
漆黒のボディ。
金色の装飾。
窓がゆっくりと開き、執事服を着た男が恭しく頭を下げた。
「サタン・ゴウダ様とお見受けします。……我が主が、貴方様をご招待したいと」
「主だァ?」
「この街のオーナー、ガラス様です」
その名を聞いた瞬間、ミミの猫耳がピンと立ち、顔色がサッと青ざめた。
首元のチョーカーを無意識に押さえる。
「ガラス……!ヤバいよおっさん、逃げよう!あいつに関わったら骨までしゃぶられる!」
「ほう?骨まで、か」
轟田はニヤリと笑った。
逃げる?まさか。
悪役にとって支配者からの招待状は「果たし状」と同じだ。
「いいだろう。……その成金野郎のツラ、拝んでやろうじゃねぇか」
◇
街の中央にそびえ立つ100階建ての超高層ビル「カジノ・タワー」。
その最上階ペントハウス。
そこはこの世の贅沢を煮詰めたような空間だった。
壁一面の水槽には稀少な魔魚が泳ぎ床にはドラゴンの毛皮。
夜景を一望できる巨大な窓の前にその男は座っていた。
「やあ、ようこそ。私の『箱庭』へ」
ガラス・ゴールドバーグ。
小太りの体にこれでもかと宝石を散りばめたスーツ。
指には十本の指輪が光りその全てが最高級の魔導具だ。
彼はワイングラスを揺らしながら轟田たちを値踏みするように見つめた。
「素晴らしいショーだったよ、ミスター・ゴウダ。君のおかげで、私の闘技場は修理費だけで数千万の赤字だ」
「カッカッカ!請求書は魔王軍に回しとけ。俺はツケでしか仕事しねぇ主義だ」
轟田は許可も求めず最高級の革張りソファにドカッと腰を下ろした。
土足だ。
執事たちが色めき立つがガラスは手で制して笑った。
「ハハハ!面白い。金に媚びない男か。……嫌いじゃないよ」
ガラスは指を鳴らした。
執事がトランクケースをテーブルに置く。
パカッ。
中には、目が眩むような金貨の山と、一枚の契約書が入っていた。
「単刀直入に言おう。君、私の『専属レスラー』になりたまえ」
「……専属?」
「そうだ。君の強さとパフォーマンスは金になる。私が書いた『脚本』通りに戦い、勝ち、そして負ける。……そうすれば、君に富と名声を与えよう」
ガラスは契約書を轟田の前に滑らせた。
「あの地下闘技場だけじゃない。地上波の放送、グッズ販売、賭けの胴元……。すべて私がコントロールする。君はその『主演男優』になればいい」
完璧なビジネスプラン。
マモンのような「組織の歯車」ではなく、ガラスは轟田を「スター」として飼おうとしている。
轟田は契約書を手に取り、眺めた。
そして――。
ビリッ。
一瞬で破り捨てた。
「……交渉決裂だ」
「ほう?条件が不満かね?」
「条件以前の問題だ」
轟田は破り捨てた紙片を灰皿に投げ捨て、ガラスを睨みつけた。
「俺様のプロレスにはな、脚本はある。……だがな、それはテメェみたいな金の亡者が書く『八百長』とは違うんだよ」
轟田の美学。
プロレスとは、客を熱狂させるための筋書き(ドラマ)であって、賭けを操作するための詐欺ではない。
魂の乗っていない台本など、トイレットペーパー以下の価値しかない。
「金のために負けろだァ?笑わせんな。俺様が負けるのは、俺より強ぇ奴か、客が本気で俺の死を願った時だけだ!」
「……野蛮だなあ」
ガラスは残念そうにワインを啜った。
「金こそが全てだよ。愛も、正義も、そして命も。……全ては値札のついたチップに過ぎない」
ガラスの視線が、轟田の後ろにいるミミに向けられた。
「そうだろう?私の『所有物』、No.503番」
「っ……!」
ミミがビクリと肩を震わせた。
ガラスが手元のリモコンを操作する。
キィィィィン……!
ミミの首輪が赤く発光し、不快な高周波を放ち始めた。
「あ、ぐっ……!い、痛い……!」
「ミミ!?」
アリスが駆け寄る。
ミミは首を押さえてうずくまり、苦悶の表情を浮かべた。
ガラスは楽しそうに笑う。
「彼女はね、親の借金のカタに売られてきたんだ。今は私の闘技場の客寄せパンダ。……所有権は私にある。壊そうが捨てようが、私の自由だ」
「や、やめ……!」
「ミスター・ゴウダ。君が契約しないなら、彼女の首を飛ばすしかないなぁ。……もったいないが、不良債権の処理だ」
卑劣。
絶対的な「金」と「契約」の暴力。
マモンの時よりもタチが悪い。
こいつは他人の痛みを「娯楽」として消費している。
轟田がゆっくりと立ち上がった。
その体から、どす黒いオーラが立ち昇る。
「……オイ、豚野郎」
「おや?言葉には気をつけたまえ。スイッチ一つで彼女は――」
ドンッ!!
轟田がテーブルを蹴り飛ばした。
金貨が舞い、ワインボトルが砕け散る。
ガラスが目を丸くする間に、轟田はソファの上に仁王立ちしていた。
「テメェ、俺様の『所有物』に手ぇ出してんじゃねぇぞ」
「……は?」
ガラスが、ミミが、アリスたちがポカンとする。
「所有物?彼女は私の――」
「うるせぇ!さっきから俺の横でチョロチョロしてやがるそのピンク頭はなァ、俺様の『専属ガイド』だ!つまり俺様の所有物だ!」
轟田はジャイアニズム(所有権の強奪)を堂々と宣言した。
理屈も法律も関係ない。
俺が使うと言ったものは俺のもの。
たとえ借金があろうが、奴隷契約があろうが、魔王サタン・ゴウダの所有権が最優先される。
「テメェごときが俺様の所有物を勝手に壊そうとしてんじゃねぇ!版権侵害で訴えるぞコラァ!」
「な、なんだその滅茶苦茶な理屈は……!」
ガラスが初めて動揺を見せた。
金で動かないどころか所有権ごと奪いに来る無法者。
計算が狂う。
「面白い……。あくまで私に逆らうというなら、力づくで分からせるまでだ」
ガラスが指を鳴らす。
壁が開き武装したガードマンたちが現れる。
さらに窓の外には戦闘ヘリ(魔導攻撃機)の姿も見える。
「このビル全体が私の要塞だ。君ごときが生きて出られると――」
「上等だ!……だがただ暴れるだけじゃ芸がねぇな」
轟田はニヤリと笑い、ガラスを指差した。
「おいオーナー。テメェ、ギャンブルは好きか?」
「……何?」
「俺と勝負しろ。賭け金は……『この街全部』だ」
轟田の狂気じみた提案。
ガラスが呆気にとられ、そして爆笑した。
「ハハハ!街全部?君の命にそれだけの価値があると?」
「あるさ。魔王サタン・ゴウダの首だぞ?テメェのコレクションにすりゃあ、最高傑作になるぜ?」
轟田は両手を広げ挑発的に笑った。
「俺が勝ったら、ミミの借金も、この街の権利も、全部俺が貰う。……負けたら、俺様が一生テメェの犬になってやるよ」
究極のハイリスク・ハイリターン。
ガラスの目が怪しく光った。
彼は経営者である以前に生粋のギャンブラーだった。
目の前にぶら下げられた「最強の悪役」というレアカード。
その誘惑に抗えるはずがなかった。
「……いいだろう。乗った」
ガラスはリモコンを置き獰猛な笑みを浮かべた。
「ただしゲームの内容は私が決める。……明日の正午、メインアリーナに来たまえ。そこで『最高のショー』を用意して待っている」
「交渉成立だ」
轟田はミミの手を引き乱暴に立たせた。
「行くぞ、ピンク。……明日は忙しくなるぜ」
「ちょ、ちょっと!何勝手に決めてんの!?街ごと賭けるとか頭おかしいでしょ!」
「うるせぇ。テメェの値段をつけるのはテメェじゃねぇ。……俺様だ!」
轟田たちは悠々とペントハウスを後にする。
背後でガラスが愉悦に震える声で呟いた。
「楽しみだ……。君が絶望に顔を歪め私の足元にひれ伏す瞬間が」
カジノ王vs魔王。
都市の全権を賭けた史上最大のギャンブル・マッチ。
賽は投げられた。
(第29話へ続く)
カジノ王との国盗り合戦。
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