第27話:デス・ゲームの作法(マナー)
「――赤コーナー!挑戦者!謎の覆面レスラー、サタン・ゴウダァァァッ!!」
地下闘技場に、司会者の煽り声が響き渡った。
スポットライトがリングを照らす。
そこには黒パンツ一丁で、ふてぶてしく腕組みをする轟田猛の姿があった。
……シーン。
歓声はない。
ブーイングすらない。
あるのは数百人の観客たちの「興味なさそうな視線」と、タバコの煙だけだ。
「誰だありゃ?」
「知らん。オッズ100倍の穴馬だろ」
「じゃあ用はねぇな。早く殺されろよ、雑魚」
冷え切った空気。
彼らにとってリング上の戦いは「数字」でしかない。
勝つか負けるか。
儲かるか損するか。
過程やドラマになど1ゴールドの価値もないのだ。
「うわぁ……。完全アウェーじゃん」
リングサイド、セコンドの位置でミミが顔をしかめた。
「ねえおっさん、やっぱ辞めない?ここの客、マジで質悪いよ。人が死ぬのを見に来てるんじゃなくて、『自分が儲かる瞬間』を見に来てるだけだし」
「カッカッカ!上等じゃねぇか」
轟田は笑い観客席を見渡した。
その瞳の奥には冷徹な炎が燃えている。
「数字にしか興味がねぇ連中に俺様という『劇薬』をブチ込んだらどうなるか……。見ものだと思わねぇか?」
「はぁ?意味不なんだけど。死にたいの?」
ミミが呆れる中反対側のゲートが開いた。
ドォォォォォンッ!!
地響きと共に現れたのは身長3メートルを超える異形の巨人だった。
全身に鋼鉄の装甲を埋め込み右腕には巨大な電動ノコギリ(魔導チェーンソー)が直結されている。
「青コーナァァァ!200戦無敗!地獄の処刑人!ガ・ル・ガ・ン・チュ・アァァァッ!!!」
「ウオオオオオオオッ!!」
「殺せェェェッ!」
「今日もお前の『挽肉』に全財産賭けたぞォッ!!」
爆発的な歓声。
それは選手への応援ではない。
「確実な勝利」への欲望の叫びだ。
「……なるほどな」
轟田は巨人――ガルガンチュアを見上げた。
その目には知性がない。
薬物と改造手術で理性を奪われ、ただ殺戮を繰り返すだけの「生きた凶器」。
「観客を喜ばせるための、ただの『処理装置』か。……哀れなもんだ」
轟田が呟いた瞬間。
カァァァンッ!!
試合開始のゴングが鳴った。
「グアアアアアアアアッ!!!」
ガルガンチュアが咆哮し右腕のチェーンソーを起動させた。
ギィィィィィンッ!!!耳をつんざく駆動音。
巨人は躊躇なく轟田に突っ込み、その凶刃を振り下ろした。
「死ねェッ!!」
「真っ二つだ!!」
観客が立ち上がる。
轟田は動かない。
避けない。
ドシュゥゥゥゥッ!!
鮮血が舞った。
チェーンソーの刃が轟田の左肩から胸にかけて斜めに切り裂いたのだ。
「――っ!?」
ミミが悲鳴を上げる。
アリスが目を覆う。
轟田の巨体が血飛沫を上げながらマットに沈んだ。
「キタァァァァァッ!!」
「瞬殺だ!俺の勝ちだ!」
「はい配当確定~!お疲れ~!」
観客席がお祭り騒ぎになる。
勝負あり。
誰もがそう思った。
ガルガンチュアも動かなくなった獲物に興味を失い背を向けようとした。
だが。
「……オイ、鉄屑」
低くドスの効いた声が響いた。
ガルガンチュアが足を止める。
どよめきが収まる。
血の海の中で轟田猛がゆらりと立ち上がっていた。
胸には深い傷。
だがその筋肉は怒りで膨張し、傷口を無理やり塞いでいる。
「……なんだ、今のスイングは」
轟田は血を拭いもせず、つまらなそうに言った。
「腰が入ってねぇ。タメもねぇ。……ただ『殺す』ためだけの作業だ。そんなモンで、客の魂が震えると思ってんのか?」
「グ、ルル……?」
巨人が困惑する。
轟田は一歩踏み出した。
「プロレスをナメてんじゃねぇぞ、三下!!」
轟田が走った。
ガルガンチュアが慌ててチェーンソーを振り回すが、轟田はそれをヘッドスリップで紙一重にかわす。
そして懐に潜り込む。
「凶器攻撃への返し技はなぁ……こうやるんだよォッ!!」
轟田はチェーンソーの根元――巨人の右腕を脇に抱え込んだ。
そのままテコの原理でねじり上げる。
「脇固め(フジワラ・アームバー)ッ!!」
バキボキィッ!!
鈍い音が響きガルガンチュアの鋼鉄の肘関節が逆方向に曲がった。
「ギャアアアアアアアッ!?」
悲鳴。
チェーンソーが床に落ち、火花を散らして回転する。
轟田は怯む巨人の顔面に、強烈な張り手を見舞った。
パァァァンッ!!
「目を覚ませ!テメェは処刑人じゃねぇ!レスラーだろッ!」
パァァァンッ!!
「客を見ろ!テメェの痛みを見せてやれ!それが仕事だろうがァッ!」
説教ビンタ。
圧倒的な暴力による教育。
処刑人がただの「叱られる子供」のように縮こまる。
静まり返っていた会場がざわめき始めた。
「お、おい……嘘だろ?」
「ガルガンチュアが押されてる……?」
「ふざけんな!俺の賭け金はどうなるんだ!」
焦り。
絶対の勝利が揺らぐ恐怖。
それは「轟田への殺意」へと変わる。
「負けるな!殺せ!」
「そのおっさんを殺さないと、俺たちが破産だぞ!」
「死ね!空気読めよクソ野郎!」
罵声の嵐。
だがそれは轟田が求めていた「熱狂」ではない。
ただの「金銭的な不安」だ。
《敵対感情(破産の恐怖)を確認。……ステータス上昇(中)》
「……ケッ。シケた燃料だ」
轟田は巨人の胸倉を掴んだまま、観客席を睨みつけた。
「オイオイオイ!随分と必死なツラしてんじゃねぇか、貧乏人共!」
拡声された轟田の声が、会場の悲鳴をかき消す。
「テメェらの大事な大事な『オッズ』が、紙切れになりそうで怖いか?明日の飯代が消えるのが怖いか?」
轟田はニカっと笑った。
それは、ギャンブラーたちにとって最悪の、悪魔の嘲笑だった。
「ざまぁみろ!テメェらが賭けてたのは『勝負』じゃねぇ!『予定調和』だ!そんな退屈なモン、俺様がブチ壊してやるよォッ!!」
轟田はガルガンチュアの巨体を高々と持ち上げた。
三十メートルの機神を持ち上げた轟田にとって、3メートルの肉塊など赤子同然だ。
「やめろぉぉぉッ!」
「俺の金がァァァッ!」
観客の絶叫が響く。
ミミが口をあんぐりと開けて見上げている。
アリスが、額に手を当てて「またやった……」と溜息をつく。
レオが、電卓を叩きながら「あーあ、胴元の損害額、計算不能だ」と笑う。
「フィニッシュだ!地獄へ落ちろ(ゴー・トゥ・ヘル)!!」
轟田は巨人を逆さまにし、脳天からマットに突き刺した。
脳天砕き(ブレーンバスター)。
ズドォォォォォンッ!!!
リングが崩壊した。
衝撃波が最前列の客席を吹き飛ばし、舞い上がった土煙が照明を遮る。
静寂。
そして――。
カン、カン、カン、カン!!!
終了のゴングが、残酷な現実を告げた。
「……しょ、勝者!サタン・ゴウダァァァッ!!」
数秒の沈黙の後。
会場が爆発した。
「ふざけるなァァァッ!!」
「八百長だ!金返せ!」
「殺してやる!あいつを殺せ!」
歓声ではない。
暴動だ。
飲みかけの酒瓶、椅子、食べかけのホットドッグ。
あらゆるゴミがリング上の轟田に向かって投げ込まれる。
だが轟田は瓦礫の山となったリングの中央で、両手を広げてその「憎悪」を浴びていた。
「カッカッカ!いいザマだ!」
空き瓶が額に当たって割れる。
血が流れる。
だが轟田は最高に気持ちよさそうに笑っていた。
「もっと投げろ!もっと喚け!テメェらのその『悔し涙』こそが、俺様への最高の勝利者賞だ!」
《敵対感情(純度100%の殺意)を確認。……全快!》
轟田の傷が癒え、肌が艶を取り戻す。
リングサイドではミミが震えながら轟田を見ていた。
「……何なの、あいつ」
ミミの常識が崩れていく。
金のために戦うんじゃない。
勝つために戦うんじゃない。
ただ、この空間を支配し、客を煽り、感情を引き出すためだけに命を張っている。
「マジ……意味わかんない。キモい。……けど」
ミミは、自分の胸が高鳴っているのを感じた。
予定調和の毎日に飽き飽きしていた彼女の心に、強烈な「ノイズ」が走ったのだ。「……ちょっとだけ、カッコいいじゃん」
暴動寸前の会場で、轟田一座の「カジノ編」は最悪で最高のスタートを切った。
だがこれはまだ序章に過ぎない。
この騒動をVIPルームから冷ややかな目で見つめる影があった。
「……面白い」
カジノ王にしてこの街の支配者。
彼が指先でコインを弾く。
「あの男を連れてきなさい。……最高の『見世物』になりそうだ」
轟田猛の前に次なる欲望の罠が口を開ける。
(第28話へ続く)
地下闘技場。
予定調和をぶち壊す轟田。
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