第25話:団体交渉(物理)
「――業務命令。対象を捕獲。抵抗する場合は四肢を切断し、ダルマ状態で本社へ搬送せよ」
マモンの冷徹な指示と共に黒服の集団が一斉に動いた。
ザッ!
足並みの揃った機械のような動作。
彼らは魔王軍のエリート戦闘員『黒の執行部隊』。
個々の戦闘力はAランク冒険者に匹敵し何より「組織連携」において右に出る者はいない。
「確保します」
「右翼、包囲完了」
「実力行使開始」
感情のない声と共に四方八方から魔導スタンロッドが突き出される。
紫色の電撃がバチバチと唸り空気を焦がす。
「オイオイ、随分と息苦しい職場だなァ!」
轟田はニヤリと笑い真正面から突っ込んでくる黒服の腕を掴んだ。
そのまま流れるように背負い投げる。
「まずは名刺交換代わりの一本背負いだ!」
ドォォォォンッ!
黒服が地面に叩きつけられる。
だが彼らは声を上げない。
痛みに顔を歪めることもない。
即座に受け身を取り無駄のない動作で起き上がると陣形を再構築する。
「チッ……。反応が薄ぃな」
轟田は舌打ちした。
手応えはある。
骨も折ったはずだ。
だがこいつらからは「悔しい」とか「痛い」という人間的な感情が伝わってこない。
あるのは「業務を遂行する」という無機質な意思だけだ。
《敵対感情(事務的処理)を確認。……ステータス上昇、微弱》
「やりづれぇ相手だぜ。ロボットの方がまだ愛嬌があったな」
「轟田!囲まれてるわよ!」
アリスが剣を抜き轟田の背中を守るように立つ。
レオも短剣を構えセレンは……興味深そうに敵の装備を観察している。
「ほう。あのスーツ、高密度の魔力繊維ですね。物理・魔法耐性が共に高い。……魔王軍の福利厚生、侮れません」
「分析してる場合か!来るぞ!」
黒服たちが一斉に跳躍した。
頭上からの多角的攻撃。
逃げ場はない。
「対象の回避ルートを封鎖。……処分します」
リーダー格の黒服が轟田の脳天にロッドを振り下ろす。
だが轟田は動かない。
避けるどころか、あえて一歩踏み出し胸板を晒した。
「リストラだァ?笑わせんじゃねぇ!」
バチィィィッ!!
高圧電流が轟田の肉体を駆け巡る。
常人なら即死、大型魔獣でも気絶する電圧。
轟田の筋肉が痙攣し白煙が上がる。
「――業務完了」
黒服がロッドを引こうとした、その瞬間。
ガシッ。
轟田の太い腕が黒服の手首を万力のように握りしめた。
「な……?」
初めて黒服の無表情が崩れた。
「電気ショックか?悪くねぇ刺激だ……。最近肩が凝ってたんでな、丁度いいぜ」
轟田は充血した目でギロリと睨み、口の端から煙を吐いた。
「だがな、俺様は『サービス残業』が大っ嫌いなんだよ。……働いた分の代償、払ってもらうぞ?」
「離せ、計測不能のエラ――」
「退職金代わりの……チョークスラムッ!!」
ズドンッ!!!
轟田は黒服を軽々と持ち上げ、片手で地面に叩きつけた。
衝撃で大地が割れ、周囲の黒服たちがバランスを崩す。
「な、なんだあの馬鹿力は……」
「報告と違うぞ!Aランク装備が通用しない!」
組織だった動きが乱れる。
そこへ、轟田が畳み掛ける。
「オラオラどうした!マニュアルに書いてねぇことはできねぇのか!自分の頭で考えろ社畜共!」
轟田が暴れ回る。
ラリアットで二人まとめて吹き飛ばし、ドロップキックで三人ボウリングにする。
その姿は整然としたオフィス(戦場)を破壊する暴風雨そのものだ。
後方の馬車の前でマモンが眉をひそめていた。
彼は懐から懐中時計を取り出し冷ややかに告げる。
「……作業進捗に遅れが出ていますね。これではコストパフォーマンスが悪化する」
マモンは指をパチンと鳴らした。
「第二段階。『強制執行』を承認します」
その瞬間、倒れていた黒服たちも含め全員のスーツが赤黒く発光した。
彼らの目が虚ろになり筋肉が異常に膨張する。
リミッター解除。
自らの肉体を崩壊させながら出力を上げる捨て身の強化魔法だ。
「うわっ、なんか雰囲気変わったぞ!?」
レオが叫ぶ。
「ドーピングです」
セレンが即座に看破する。
「生命力を魔力に変換しています。
……使い捨てですね。あの人事部長、部下を消耗品としか見ていません」
「グルルル……!」
黒服たちが獣のような唸り声を上げ、轟田に襲いかかる。
速い。重い。
先程までの理知的な動きはないが、代わりに圧倒的な「殺意」と「暴力」がある。
「チッ、ブラック企業が!社員の命まで搾取すんのかよ!」
アリスが憤る。
轟田は迫りくる狂戦士たちを見て逆に口角を吊り上げた。
「……へっ。やっといい目になりやがった」
轟田は真正面から殴り合いに応じた。
ドカッ!バキッ!
拳と拳がぶつかり合い肉が裂ける音が響く。
「さっきまでの死んだ魚みてぇな目より、今の必死な形相の方がよっぽどマシだぜ!」
轟田は攻撃を受け血を流しながらも笑う。
だが数は圧倒的だ。
じわじわと轟田が押され始める。
「轟田様」
マモンが安全圏から冷徹な声をかけた。
「無駄な抵抗はおやめなさい。彼らは『死ぬまで』止まりません。
それが我が社の契約ですので」
「契約だァ?」
轟田は黒服をヘッドバットで怯ませマモンを睨みつけた。
「テメェは涼しい顔して見てるだけかよ!現場の苦労も知らねぇ管理職が!」
「経営とはそういうものです。……泥にまみれるのは、替えの利くパーツの役割」
マモンは眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、侮蔑の色を浮かべた。
「貴方のような野蛮な肉体労働者には理解できないでしょうがね。
……この世で最も強い力は、筋肉ではありません。『資本』と『契約』です」
カチン。
轟田の中で何かが切れる音がした。
肉体労働への侮蔑。
現場への軽視。
そして¥¥命を数字としか見ないその冷徹な傲慢さ。
《侮蔑(ホワイトカラーの選民意識)を確認。……ヒール・ヒート、着火》
「……おい、角メガネ」
轟田の声が低く、地を這うように響いた。
「今、なんて言った?」
「おや?聞こえませんでしたか?筋肉だけでなく耳も悪いようで――」
「筋肉が、資本に負けるだと……?」
ドクンッ!!
轟田の心臓が爆発的に脈打つ。
全身から噴き出す赤い闘気が、襲いかかろうとしていた黒服たちを弾き飛ばした。
「ふざけんじゃねぇぞッ!!!」
轟田が吠えた。
そのプレッシャーだけで荒野の砂塵が巻き上がる。
「俺様はなァ!テメェらが書類一枚で動かしてるその『現場』で!血と汗を流して生きてんだよ!」
轟田が一歩踏み出す。
ズドンッ。
地面が陥没する。
「肉体が資本?契約が最強?……はんっ、笑わせるな!」
轟田は行く手を阻む強化された黒服たちを、まるで子供のように薙ぎ払っていく。
ラリアット一閃。
三人が吹き飛び空中で回転して地面に突き刺さる。
「俺様の体一つが!テメェの会社の全資産より価値があるってことを!今すぐ叩き込んでやるよォッ!!」
轟田が突進する。
狙うは司令塔マモンただ一人。
「なッ……!?止めろ!壁になれ!」
マモンが初めて焦りの声を上げた。
黒服たちが壁を作るが暴走機関車と化した轟田には紙切れ同然だ。
ドガガガガッ!
人体が弾け飛び道が開く。
「ひ、ひぃッ……!」
マモンが後ずさる。
「どうした人事部長!面接はこれからだぞ!」
轟田はマモンの目の前に躍り出た。
そして、その胸倉――高級なスーツの襟を鷲掴みにする。
「か、解雇だ!契約解除!警備員!」
「うるせぇよ。……ここからは『労働争議』の時間だ!」
轟田はマモンをリフトアップした。
悲鳴を上げる間もなくその体は宙に浮く。
狙うのは地面ではない。
マモンの背後にあるあの豪奢な――
「テメェの自慢の『社長室』ごと、粉砕してやる!」
轟田はマモンをボールのように投げつけた。
「パワーボムッ!!!!」
ドッッッッッゴォォォォォォンッ!!!!!
マモンの体が黒塗りの馬車に直撃した。
凄まじい衝撃音と共に高級馬車が木っ端微塵に砕け散る。
積まれていた書類が紙吹雪のように舞い、金庫から金貨がばら撒かれる。
「あ、あぁ……私の……経費が……」
瓦礫の山でマモンが目を回して痙攣している。
戦闘不能(KO)。
指揮系統を失った黒服たちは、糸が切れた人形のようにその場に崩れ落ちた。
静寂が戻る。
舞い散る契約書の中で轟田は悠然と立ち尽くしていた。
「……へっ。これに懲りたら次はもっとマシな条件を持ってきな」
轟田はマモンの胸ポケットにその辺に落ちていた石ころ(退職届代わり)をねじ込んだ。
「俺様はフリーランス(悪役)だ。……誰の指図も受けねぇよ」
その背中は、どんな組織にも縛られない、孤高の王者のそれだった。
こうして魔王軍による第一次ヘッドハンティング作戦は、物理的破綻(倒産)を迎えたのだった。
(第26話へ続く)
労働争議。
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