第24話:地獄からのヘッドハンティング
聖教国を追放され轟田一座は北へ向かっていた。
目指すは人類の支配領域と、魔族の支配領域を隔てる「境界荒野」。
「……殺風景な場所だな」
馬車に揺られながら轟田は赤茶けた荒野を見渡した。
草木一本生えていない。
あるのは岩と砂、そして乾いた風だけだ。
だが轟田の表情は晴れやかだった。
「だがあの聖都の『砂糖菓子』みてぇな空気に比べりゃ、よっぽどマシだ。深呼吸しても胸焼けしねぇ」
「そりゃあね。ここは法も宗教も届かない無法地帯よ」
アリスが地図を広げながら答える。
彼女の表情も騎士団長時代よりどこか吹っ切れたように見える。
「この先は魔王軍の前線基地があるわ。……いよいよ、人類の敵の本丸ね」
「分析結果。この地域の魔素濃度は通常の五倍。モンスターの出現率は聖教国の十倍です」
セレンが淡々と補足しレオが「げっ」と顔をしかめる。
「効率わりーなぁ。そんな危険地帯にわざわざ行く意味ある?俺たち、もう十分稼いだし、南の島でバカンスでも……」
「バカ言え。俺様は『魔王』だぞ?」
轟田はニカっと笑い自分の胸を親指で指した。
「本物の魔王に挨拶しねぇでどうする。……どっちが『本物』か、リングの上で白黒つけなきゃなんねぇだろ?」
「はいはい。プロレス脳はお元気そうで何より」
レオが呆れて肩をすくめる。
そんな軽口を叩き合っていたその時だった。
ズズズズズ……ッ。
地響きと共に前方の砂煙が割れた。
現れたのはモンスターの群れ――ではない。
漆黒の塗装が施された巨大な「黒塗りの馬車」だった。
牽引するのは炎を纏った四頭の夢魔。
御者台には骸骨の兵士が直立不動で座っている。
「……なんだありゃ。霊柩車か?」
轟田が眉をひそめる。馬車は轟田たちの前で静かに停止した。
ガチャリ。
重厚な扉が開き中から一人の男が降りてきた。
紫色の肌。
羊のようにねじれた二本の角。
背中にはコウモリのような翼。
明らかに「魔族」だ。
だがその服装は――仕立ての良い「スーツ」だった。
鼻には銀縁眼鏡。
手には革張りのバインダー。
どう見ても戦闘員ではなく「ビジネスマン」の風体だ。
「お初にお目にかかります」
男は慇懃無礼に一礼した。
その動作は洗練されており殺気は皆無。
「私は魔王軍・第三軍団長兼、対外広報戦略局長を務めております、マモンと申します」
「……あァ?広報戦略だァ?」
轟田が怪訝な顔をする。
魔王軍の幹部といえば筋肉ムキムキの武闘派か、邪悪な魔法使いと相場が決まっている。
こんな中間管理職みたいなのが幹部だと?
「単刀直入に申し上げましょう」
マモンは眼鏡の位置を直しバインダーから一枚の羊皮紙を取り出した。
そこには轟田の似顔絵(手配書)と何やら細かい数字が羅列されている。
「轟田猛様。……貴方を、我が魔王軍にスカウトしに参りました」
「は?」
アリスたちがポカンとする中マモンは流暢に続けた。
「先日の聖都でのパフォーマンス、拝見いたしました。……素晴らしい。実に素晴らしい『数字』です」
「数字?」
「ええ。貴方が大聖堂を破壊した瞬間の『感情エネルギー総量』。そして、そのニュースが世界中に拡散された際の『注目度』……。どれをとっても、近年の魔王軍幹部を遥かに上回る数値を叩き出しています」
マモンはうっとりと羊皮紙を眺めた。
「勇者アークの人気に陰りが見え始めた昨今、我々魔王軍としても、新たな『スター』を求めておりましてね。……貴方なら、次期魔王候補……いえ、『魔王軍の顔』として即戦力になれる」
マモンは轟田に契約書を差し出した。
「どうでしょう?契約金は金貨一億枚。年俸制で、福利厚生も完備。人間界の征服後は、お好きな領土を差し上げます。……悪い話ではないはずですが?」
沈黙。
レオが「い、一億!?」と目を丸くし、セレンが「破格の条件ですね」と冷静に評価する。
だが轟田の表情は冷めていた。
「……おい、角メガネ」
轟田は馬車から降りマモンの前に立った。
「テメェ、俺の何を見てやがった?」
「はい?ですから、貴方の発する圧倒的な『集客力』と『話題性』を……」
「数字の話をしてんじゃねぇよ」
轟田が契約書をひったくり目の前でビリビリに破り捨てた。
「なッ……!?」
マモンが初めて表情を崩す。
「テメェは俺の『暴れ』をただの数字としてしか見てねぇ。……気に食わねぇな」
轟田は破り捨てた紙片をマモンの顔に投げつけた。
「俺はプロレスラーだ。客を沸かせるのは好きだが、テメェみたいなシケた管理職に『商品』扱いされるのは御免なんだよ!」
《侮蔑(拝金主義への嫌悪)を確認。筋力上昇(小)》
「……残念です」
マモンはため息をつき眼鏡を拭いた。
その瞳から「ビジネスライク」な光が消え冷徹な「査定」の光が宿る。
「交渉決裂ですね。……ですが、我々としても『優秀な商材』を他社(人間側)に渡すわけにはいきません」
パチン。
マモンが指を鳴らすと黒塗りの馬車から無数の「影」が溢れ出した。
武装した黒服の魔族たち。
手には魔導銃やスタンロッドを持っている。
「力ずくでも入社(拉致)していただくことになります。……多少の傷は、再生魔法(経費)で直せますから」
「カッカッカ!最初からそう来いよ!」
轟田はボキボキと拳を鳴らした。
「ブラック企業への体験入社か?上等だ!俺様が『労働組合』の恐ろしさを叩き込んでやるぜ!」
荒野の真ん中でプロレスラーvs魔王軍(人事部)の抗争が勃発する。
金も、地位も、契約も関係ない。
轟田猛は誰にも縛られない。
(第25話へ続く)
ブラック企業・魔王軍。
不当なスカウトを蹴った轟田へ、賛辞のブーイング(評価)を!




