第23話:泥だらけの英雄(ニンゲン)
「死ね!死ね!死んでくれェッ!!」
アーク・ライトニングが絶叫しながら聖剣を振り回す。
そこにはもう剣技の型も魔力制御の美しさもない。
あるのは子供が駄々をこねるような、なりふり構わぬ暴力の嵐だ。
「ギャハハハハ!いいぞ!もっと腰を入れろ!」
轟田は笑いながらその斬撃を腕で、肩で、胸で受け止めた。
バシュッ!
ドスッ!
肉が裂け血が飛ぶ。
だが轟田は下がらない。
痛みと共に流れ込んでくる「アークの激情」が傷を瞬時に塞ぎ力を増幅させる。
《殺意、嫉妬、焦燥、自己嫌悪……。負の感情フルコースを確認。全ステータス、測定不能》
「どうした勇者!テメェの中身はそんなもんか!」
轟田がアークの顔面を鷲掴みにする。
「もっとあるだろ!綺麗事の裏に隠してた、ドス黒い本音がよォ!」
「う、あ、あああああッ!!」
アークが轟田の腕を斬りつけるが轟田の筋肉は鋼鉄以上に硬化している。
刃が通らない。
「僕は……僕は、選ばれたんだ!間違っちゃいない!みんなのために、世界のために、我慢して、笑って、戦ってきたんだ!」
アークが泣きながら叫ぶ。
「なのに、なんで君みたいな奴が……!好き勝手に生きてる君が、僕より強そうに笑ってるんだよォッ!!」
それが答えだった。
正義?世界平和?
違う。
彼の根底にあったのは、ただの「嫉妬」だ。
「正しさ」という鎖に繋がれた優等生が、鎖を引きちぎって暴れる不良に向けた、強烈な羨望と憎悪。
「……へっ。やっと吐き出しやがったな」
轟田はニヤリと笑いアークを突き放した。
「そうだ。テメェはただのガキだ。世界を背負う器でも、聖女を守る騎士でもねぇ。……ただの、泣き虫のガキだ」
「違う……僕は、勇者だ……!」
「なら証明してみろ!その涙と鼻水でグシャグシャになったツラで、俺様を超えてみせろ!」
轟田が両手を広げる。
アークが吠えた。
全身の魔力を暴走させ聖剣に全てを注ぎ込む。
「消えろオオオオオオッ!!グランド・クロスッ!!」
十字の極大閃光が放たれた。
大聖堂を消し飛ばすほどの威力。
轟田は避けない。
真正面から突っ込んだ。
「小賢しい技に頼ってんじゃねぇ!!」
《スキル:ヒール・ヒート最大出力》
「サタン・ラリアット・ブレイカーッ!!!!」
ドォォォォォォォォォォォンッ!!!!!
轟田の剛腕が光の奔流をねじ切った。
魔法を物理で粉砕しその勢いのままアークの首元に直撃する。
「が、はッ……!?」
アークの体がくの字に折れる。
吹き飛ぶ――のを轟田は許さない。
空中でアークの腕を掴み強引に引き戻す。
「まだ終わってねぇぞ!テメェのその腐った『勇者根性』、根こそぎへし折ってやる!」
轟田はアークを逆さまに抱え上げた。
パイルドライバーの体勢。
だがただ落とすだけではない。
轟田は膝を曲げ全身のバネを使って高く、高く跳躍した。
「天国まで飛んでけ!そして地獄へ落ちろ!」
大聖堂の天井――美しいフレスコ画が描かれたドームに、二人の体が激突する。
天井を突き破り聖都の空へ。
そして重力に従って落下を開始する。
「フィニッシュだ、アーク・ライトニング!」
風切り音の中で轟田はアークの目を見た。
そこにはもう聖なる光はない。
あるのは死への恐怖と、敗北への絶望。
人間らしいあまりに人間らしい目。
「いい目だ。……やっと会えたな、『人間』に」
轟田は満足げに笑いアークを抱えたまま回転を加えた。
「サタン・スクリュー・ドライバーッ!!!!」
ズドォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!!!!
聖都全体が揺れた。
大聖堂の中央、祭壇があった場所に巨大なクレーターが穿たれる。
舞い上がる土煙。
崩れ落ちる柱。
かつての荘厳な祈りの場は瓦礫の山へと変わった。
静寂。
誰も言葉を発せない。
やがて土煙が晴れていく。
クレーターの中心。
仰向けに倒れピクリとも動かないアーク。
その聖鎧は砕け、服はボロボロで、顔は泥と血にまみれている。
そしてその横に立つ轟田猛。
彼もまた満身創痍だがその立ち姿は王者の風格を漂わせていた。
「…………ぅ、うぅ……」
アークから、呻き声が漏れた。
生きていた。
轟田が「殺すこと」ではなく「壊すこと」を選んだからだ。
「……殺せ……」
アークが掠れた声で呟く。
涙が泥で汚れた頬を伝う。
「殺してくれ……。こんな……こんな無様な姿で、生きていられるか……」
勇者としての誇りも、聖女の前での体面も、全て失った。
今の彼はただの敗北者だ。
轟田はアークを見下ろしフンと鼻を鳴らした。
「断る」
「な……?」
「テメェは生きて、その泥だらけのツラを世界に晒し続けろ。……『僕は完璧じゃない』『僕はただの人間だ』って泣き言を言いながら、地べたを這いずり回れ」
轟田はアークの顔にペッと唾を吐いた。
それは軽蔑であり同時に――彼なりの「祝福」でもあった。
「安心しな。今のテメェからは、あの反吐が出るような『善意』の臭いは消えてるぜ」
《対象からの「憎悪」「屈辱」を確認。HP安定》
「……っ、畜生……!」
アークが拳を地面に叩きつけ、号泣した。
悔しい。憎い。殺したい。
その感情は、かつての「可哀想な人への同情」よりも、遥かに熱く、生きる力に満ちていた。
「カッカッカ!じゃあな、元・勇者!リベンジならいつでも受けてやるぜ!」
轟田は高笑いを残し瓦礫の山を降りていった。
アリス、レオ、セレンが待っている。
「……最低ね、貴方」
アリスが呆れたようにしかし安堵の表情で言う。
「勇者をあんなにしちゃうなんて、歴史の教科書に載るよ」
レオが肩をすくめる。
「興味深いデータでした。正義の崩壊プロセス、論文にします」
セレンが眼鏡を光らせる。
「行くぞ。こんな湿っぽい場所、長居は無用だ」
四人は崩壊した大聖堂を背に聖都を去っていく。
背後からは、アークの慟哭と信者たちの悲鳴、そして轟田への罵声が響き渡っていた。
心地よい。
これこそが悪役の生きる場所だ。
(第3章・完/第4章へ続く)
第3章完結。
勇者を泥に沈めました。
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