第22話:勇者(ヒーロー)、その「正義」は誰を殺す?
シュッ、と風を切る音がした。
轟田の視界が一瞬で天地逆転した。
いや、違う。
轟田自身が宙を舞っているのではない。
轟田の「右腕」が肩から切り離されて宙を舞っていたのだ。
「――は?」
痛みは遅れてやってきた。
ドサッ。
右腕が床に落ちる音と同時に断面から鮮血が噴き出す。
「ぐ、がああああああッ!?」
轟田はよろめき、膝をついた。
速い。
見えなかった。
目の前にいたはずのアーク・ライトニングがいつの間にか轟田の背後に立っている。
その手には青白く輝く聖剣。
刀身には脂一つついていない。
「……痛みはあるかい?」
アークが背中越しに問いかけた。
その声は氷点下のように冷たい。
「安心してくれ。聖剣の切れ味は鋭い。痛みを感じる間もなく、君を『無』に還してあげるから」
ゾクリ、と轟田の背筋が凍った。
慈悲ではない。
これは「処理」だ。
害獣を駆除する時に苦しまないように配慮するのと同じ。
そこには対等な敵への敬意も感情の揺らぎもない。
《敵対感情(正義の執行)を確認。防御力上昇……警告:ダメージ量が防御係数を上回っています》
(……バカな)
轟田は脂汗を流した。
俺は今、大聖堂中のヘイトを集めて最強状態のはずだ。
機神ゴリアテの攻撃すら耐え抜いたこの肉体が、たった一振りでバターのように切断された?
「君は危険だ」
アークがゆっくりと振り返る。
その瞳は深海のように暗く静かだった。
「マリエルを傷つけ、人々の心を弄び、信仰を踏みにじった。……君を生かしておけば、世界は不幸になる。だからここで消えてもらう」
正論。
反論の余地のない完璧な正義。
だからこそ轟田のスキル「ヒール・ヒート」がうまく噛み合わない。
アークの殺意は「個人的な感情」ではなく、「世界の意志」として出力されているからだ。
「……へっ。随分と偉くなったもんだな、勇者サマよォ」
轟田は残った左手で切断された右腕を拾い上げた。
そして無理やり断面に押し付ける。
「ぬ、んんんんんッ!!」
筋肉を収縮させ血管を締め無理やり傷口を塞ぐ。
常人ならショック死する激痛。
だが轟田は歯をむき出しにして笑った。
「世界のためだァ?……笑わせんじゃねぇぞ」
「……何がおかしい」
「テメェのその目は、世界なんて見てねぇよ」
轟田は立ち上がり血まみれの指をアークに突きつけた。
「テメェが見てるのは、『傷つけられた自分のプライド』だけだ!聖女をボコられて、顔に泥を塗られて……悔しくてたまらねぇって顔してんだよ!」
「…………」
アークの眉がピクリと動く。
「『世界のため』なんて綺麗な包装紙で包んでんじゃねぇ!テメェの本音はただ一つ……『僕の気に入らない奴は死ね』だろッ!!」
図星だったのかそれとも冒涜への怒りか。
アークの顔から「無表情」が消え、激情が浮かび上がった。
「黙れ……ッ!!」
シュンッ!!
再び神速の斬撃。
轟田の首を狙った一撃。
だが今度は――
ガギィィィンッ!!!
金属音が響き渡った。
轟田は切断されたばかりの右腕で聖剣を鷲掴みにしていた。
掌から血が滴る。
骨が軋む。
だが刃は止まった。
「なッ……!?」
アークが驚愕に目を見開く。
「接合したばかりの腕で……!?」
「言っただろ、偽善者。……テメェの攻撃には『私怨』が混じったってなァ!」
轟田はニヤリと笑った。
《敵対感情(個人的憤怒)を確認。全ステータス、再上昇!》
アークが「正義」という鎧を脱ぎ捨て個人的な「怒り」を露わにした瞬間。
その攻撃は「処理」から「暴力」へと格下げされ、轟田の土俵へと引きずり込まれたのだ。
「捕まえたぜ、チャンピオン」
轟田は聖剣を掴んだまま、アークを強引に引き寄せた。
「離せッ!」
「離すかよ!ここからは泥仕合だ!」
轟田の頭突きが炸裂した。
ゴッ!!
アークの鼻が潰れ美貌が台無しになる。
「がっ……!?」
「痛ぇか?それが『痛み』だ!安全圏から正義を執行してるだけのテメェには、一生分からねぇ味だぜ!」
轟田は怯んだアークの聖鎧を掴みそのままバックドロップの体勢に入る。
「お前の『正義』なんざ、俺様の『筋肉』でへし折ってやる!サタン・バックドロップッ!!」
ズドォォンッ!!!
脳天から石畳に突き刺さる。
だが手応えが浅い。
アークは直撃の瞬間、魔力障壁を展開して衝撃を殺していた。
瓦礫の中からふらりとアークが立ち上がる。
鼻血を流し、髪は乱れ、聖鎧は泥にまみれている。
もはや「キラキラした勇者」の面影はない。
「……殺す」
アークが低く唸った。
「轟田猛……。僕は君を、絶対に許さない。勇者としてではなく……僕個人の意志として、君を八つ裂きにする!」
その瞳にはドス黒い殺意の炎が燃え盛っていた。
善意の化け物がついに「ただの人間」に堕ちた瞬間。
《最高純度の殺意を確認。HP、筋力、敏捷性、全て限界突破》
轟田の体がマグマのように赤熱する。
全身から噴き出すオーラが大聖堂の残骸を吹き飛ばす。
「カッカッカ!最高だ!最初からそうやって素直になりゃいいんだよ!」
轟田は両手を広げ殺意に狂った勇者を迎え撃つ構えを取った。
「さあ来い、アーク・ライトニング!正義も悪も関係ねぇ!どっちが強ぇか、命の削り合い(プロレス)で決めようぜェッ!!」
もはや言葉は不要。
聖なる場所で野獣と化した二つの魂が激突する。
空気が爆ぜ空間が歪む。
これぞ轟田猛が求めていた「生」の実感だった。
(第23話へ続く)
勇者とのデスマッチ。
轟田に力を!
評価ポイントという名のエネルギーを分けてください!




