第20話:神の御前で、悪魔(ヒール)は嗤う
翌日。
聖都の中央にそびえる「大聖堂」。
数千人の信者を収容する巨大なドーム状の空間は静謐な光とパイプオルガンの荘厳な音色に満たされていた。
「……オエッ」
轟田猛は入り口で早くもえずいていた。
「な、なんだこの空気は……。
砂糖を煮詰めたシロップみてぇな甘ったるさだ……」
ステンドグラスから降り注ぐ七色の光。
信者たちの純粋な祈り。
空間充満する「聖なる波動」が、轟田の肌をジリジリと焼く。
HPバーは既に減少を始めている。
「大丈夫?顔色が土色よ?」
アリスが心配そうに背中をさする。
「引き返すなら今よ。ここ、貴方にとっては溶鉱炉みたいなものでしょ?」
「……バカ言え。逃げたら、あいつ(勇者)が『僕の気持ちが届かなかった』とか言って、宿まで追いかけてくるだろ」
轟田は脂汗を拭い覚悟を決めて足を踏み出した。
「やるしかねぇ。……このクソ甘い空気を、俺様の色(悪意)で染め変えてやる」
◇
大聖堂の中は満員だった。
だが勇者アークの言葉通り、最前列――祭壇の目の前にぽっかりと空いた席があった。
【特別席:迷える子羊様】という、ファンシーな立札付きで。
「うわぁ……」
レオがドン引きする。
「公開処刑じゃん。あそこに座るの?」
「……座るしかねぇだろ」
轟田たちは衆人環視の中、通路を歩く。
白い視線。
「あれが勇者様が言っていた、可哀想な人ね」
「まあ、なんて人相が悪い……」
「きっと辛い過去が……」
同情の視線が轟田のHPをゴリゴリ削る。
席に着くと、祭壇には既にアークとマリエル、そして豪華な法衣を纏った最高司祭が立っていた。
アークが轟田を見つけパァッと顔を輝かせる。
「来てくれたんだね!嬉しいよ!さあ、こっちへ!」
アークが手招きする。
轟田は無視してドカッと椅子に座り足を組んだ。
周囲がざわつく。
「神の御前で足を組むなんて」
「なんてバチ当たりな」
よし、少し回復した。
ミサが始まった。
最高司祭が朗々とした声で説法を始める。
「愛する同胞たちよ。隣人を愛し、許し、慈しみましょう。女神様の御心は、すべてを包み込む光です……」
ありがたいお話。
信者たちが涙を流して祈る。
空間の「善意濃度」が限界突破していく。
「ぐ、ぐゥ……ッ!」
轟田が胸を押さえて呻く。
視界が明滅する。
心停止まであと数分。
いや数十秒か。
隣でセレンが小声でカウントダウンを始めた。
「バイタル低下。危険域です。……轟田、やるなら今です。あと30秒で意識が飛びます」
「……分かって、る……!」
轟田は歯を食いしばり立ち上がろうとした。
だが体が鉛のように重い。
その時アークが祭壇から降りてきた。
マイク(拡声魔導具)を手に天使のような微笑みで轟田に近づいてくる。
「皆様、ご紹介します。彼こそが、今日救われるべき『迷える魂』です」
スポットライトが轟田を照らす。
「彼は心に深い闇を抱え、人を傷つけることでしか自分を表現できません。……ですが、それは愛を知らないからです。さあ、みんなで彼に祈りましょう。女神の愛が、彼の心を溶かしますように!」
ワァァァァ……!
数千人の「祈り」が一斉に轟田に向けられた。
善意の集中砲火。
即死級のソーシャル・ビーム。
《警告:善意の飽和攻撃。HP残量1%……0%……》
「が……ッ!?」
轟田の意識が飛びかける。
死ぬ。
ここで終わるのか?
こんなキラキラした場所で善人に囲まれて?
(……ふざ、けんな)
轟田の奥底で、種火が弾けた。
俺はヒールだ。
愛されたいなんて思ったことは一度もねぇ。
俺が欲しいのは罵声だ。
怒号だ。
熱狂だ。
こんな眠たいお遊戯会じゃねぇ!!
「……あ、あァ……」
轟田がよろりと立ち上がった。
アークが嬉しそうにマイクを差し出す。
「さあ、懺悔の言葉を。君の苦しみを吐き出していいんだよ」
轟田は震える手でマイクを受け取った。
会場が静まり返る。
誰もが涙ながらの改心を期待している。
轟田は大きく息を吸い込み――
そしてアークの顔面に唾を吐いた。
ペッ!!
「……え?」
アークが固まる。
聖女が、司祭が、信者たちが凍りつく。
轟田はニヤリと血の気の引いた顔で凶悪に笑った。
「……クソして寝ろ、偽善者共」
マイクを通した悪態が大聖堂に響き渡った。
「あァ?何が愛だ、何が祈りだ。……反吐が出るほど退屈なんだよ、テメェらの茶番は!」
「な、何を……」司祭が震え出す。
「おい勇者!俺を救うだァ?思い上がるのもいい加減にしろ!」
轟田はアークの胸倉を掴み強引に引き寄せた。
「俺は『迷ってる』んじゃねぇ。テメェらが気に入らねぇから、喧嘩を売りに来たんだよ!俺様は魔王サタン・ゴウダ!この甘ったるい聖域を、地獄のリングに変えるために来た悪魔だ!」
轟田はアークを突き飛ばし祭壇に土足で上がった。
そして御神体である女神像の肩に手をかけ信者たちを見下ろした。
「聞け、愚民ども!テメェらの祈りなんぞ、便所の落書きほどの価値もねぇ!神様が見てるなら教えてやるよ。……今からここで起きるのは『救済』じゃねぇ。『暴動』だッ!!」
バキィッ!!!
轟田が手に力を込める。
女神像の首に亀裂が入る。
「ひっ……!?」
「め、女神様に何をする気だ!」
「やめろ!罰当たりめ!」
静寂が破られた。
悲鳴と怒号が爆発する。
「殺せ!」「悪魔だ!」「許すな!」
《大聖堂規模の敵対感情(信仰への冒涜)を確認。全ステータス上昇(極大)!》
ドクンッ!!
轟田の心臓が力強く脈打つ。
死にかけていた細胞が怒号という名のガソリンを浴びて爆発的に活性化する。
全身から赤い闘気が立ち昇りステンドグラスをガタガタと震わせる。
「カッカッカ!そうだ!その顔だ!祈ってる時よりよっぽど人間らしいツラしてるじゃねぇか!」
轟田は女神像を背にして仁王立ちした。
アークが信じられないものを見る目で轟田を見上げている。
「な、なぜだ……。なぜ、そこまで心を閉ざすんだ……」
「まだ分からねぇのか、お花畑!」
轟田はアークを指差した。
「俺はテメェを否定するためにここにいる!テメェの『正義』が届かねぇ場所があるってことをその体に刻み込んでやるよ!」
そして聖女マリエルに向き直る。
彼女は既に怒りで顔を真っ赤にして杖を構えていた。
「……殺す。この汚物、神の御前で灰にしてくれるわ!」
「上等だ聖女様!掛かってこい!テメェらの神と、俺様の筋肉……どっちが強ぇか決めようぜ!」
ゴングが鳴った。
大聖堂プロレス、メインイベント。
数千の敵意に囲まれたリングで最凶のヒールが暴れ出す。
(第21話へ続く)
大聖堂ミサ。
絶体絶命!
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