第2話:【悲報】感謝されると即死!? 極悪レスラー、強制ヒールターン
王都を背にして轟田は街道を歩いていた。
夕日が沈み空が群青色に染まり始めている。
「……腹が減ったな」
轟田は腹をさすった。
さっきの戦闘でエネルギーを使い果たした。
プロレスラーの体は燃費が悪い。
殆ど裸で異世界に呼ばれた轟田に食べ物と交換できるような持ち物も無い。
「まさか、魔王を倒す前に餓死ってオチじゃねぇだろうな」
轟田は道端の石に腰を下ろし、ステータス画面を開いた。
【現在の獲得ヘイト数:0】
【防御力補正:+0%】
【筋力補正:+0%】
「……まあ、そうなるわな」
村人たちの殺意は距離が離れれば消える。
今の轟田はただのマッチョな一般人だ。
もしここで凶悪なモンスターに襲われれば普通に怪我をするし死ぬかもしれない。
常に誰かに喧嘩を売り続けなければ身を守れないとは因果な商売だ。
その時風に乗って微かな鉄の臭いが漂ってきた。
血の臭いだ。
「……客か?」
轟田は立ち上がり臭いのする方へ向かった。
街道を外れた森の中。
そこに一人の少女が倒れていた。
「……う、ぅ……」
豪奢な銀の鎧は半ば砕け金色の髪は泥と血にまみれている。
傍らには折れた剣。
そして彼女を取り囲むように下卑た笑い声を上げる小鬼の群れがいた。
おそらくさっきの竜との戦いで深手を負い、逃げ延びた先で運悪くハイエナに見つかった騎士だろう。
「ギヒヒ!女だ、女騎士だ!」
「柔らかそうだぞ!」
ゴブリンの一匹が無抵抗な少女に手を伸ばす。
「……チッ。胸糞ワリィ会場だぜ」
轟田は舌打ちし草むらをかき分けて進み出た。
正義感じゃない。
弱い者いじめをする小悪党を見るとヒールのプライドが許さないだけだ。
「悪」と「外道」は違う。
「オイオイオイ!随分と楽しそうじゃねぇか、三下ども!」
轟田の怒号にゴブリンたちが飛び上がった。
彼らは森から現れた巨漢――黒パンツ一丁の男を見てギョッとしたように目を剥いた。
「な、なんだお前は!?」
「人間か!?」
「俺様か?俺様は……通りすがりの掃除屋だ」
轟田はボキボキと指を鳴らしながら歩み寄る。
ゴブリンたちが武器を構える。
殺意が向く。
HPバーの横に小さなアイコンが灯る。
《敵対感情を確認。筋力上昇(微小)》
「(微小)、か。ま、ゴミ掃除には十分だろ」
轟田は駆け出した。
ゴブリンが錆びた剣を突き出すが、轟田はそれを素手で弾き飛ばし、その顔面を鷲掴みにした。
「顔面整形の時間だァ!」
そのまま地面に叩きつける。
ドシャッ!
ゴブリンは悲鳴を上げる間もなく絶命した。
残りのゴブリンたちが恐怖に凍りつく。
「ひ、ひぃぃ!逃げろ!」
「化け物だ!」
蜘蛛の子を散らすように逃げ出すゴブリンたち。
轟田はそれを追わず鼻を鳴らして吐き捨てた。
「ケッ。逃げ足だけは一丁前だな」
静寂が戻る。
轟田は倒れている少女に視線を落とした。
整った顔立ち。
意志の強そうな眉。
だが顔色は蒼白だ。
「おい、生きてるか?」
声をかけると少女の瞼が震えゆっくりと開いた。
翡翠のような緑色の瞳が轟田を捉える。
「あ……貴方は……」
少女は朦朧とした意識の中で目の前の男を認識したようだった。
彼女は見ていたのだ。
王都の広場で竜を素手で葬り去ったあの圧倒的な強さを。
「貴方は……あの時の……」
少女は震える手で自身の折れた剣を杖にしてふらりと立ち上がった。
そして轟田に向かって深く深く頭を下げた。
「ありがとうございます……!貴方が竜を倒してくれなければ、私も、この国も終わっていました……!」
その言葉は心からのものだった。
打算も恐怖もない。
ただ純粋な命の恩人に対する100%の【感謝】と【敬意】。
――その瞬間。
ドクンッ!!!!
轟田の心臓が、破裂しそうなほど大きく跳ねた。
「ガ、はッ……!?」
視界が明滅する。
凄まじい吐き気が込み上げ轟田はその場に膝をついた。
口から大量の鮮血が噴き出す。
「え……!?ど、どうされたのですか!?」
少女が悲鳴を上げ駆け寄ってくる。
轟田の視界の端でHPバーが音を立てて崩壊していくのが見えた。
《警告:純粋な好意を検知。防御力-1000%。心停止まであと10秒……9……》
(マ、ズい……!コイツ、本気で俺に感謝してやがる……!)
冗談じゃねぇ。
竜のブレスですら傷つかなかったこの体がたった一言の「ありがとう」で消し飛ぼうとしている。
少女が轟田の体を支え涙目で叫ぶ。
「しっかりしてください!怪我をしていたのですか!?ああ、私のために……!」
やめろ。
その「私のために」という思考がさらに俺を殺す。
轟田は霞む視界の中で、必死に声を絞り出した。
「や、めろ……!」
「はい!?何を……」
「礼を……言うな……!」
轟田は少女の肩を掴み血に濡れた口元を歪めた。
「俺を……罵れ……!」
「は……?」
少女――アリス・ミストラルは、耳を疑った。
瀕死の重傷を負って(いるように見える)恩人が何を言っているのか理解できない。
「罵れと言ってるんだ……!早くしろ!俺をゴミだと……豚だと言え……ッ!」
「な、何を言っているのですか!?そんなこと、恩人に言えるわけが……」
「言わなきゃ俺は死ぬんだよォッ!!」
轟田の絶叫。
アリスはビクリと肩を震わせた。
男の目は本気だ。
狂気すら感じる必死さ。
理由は分からない。
だが騎士の直感が告げていた。
このままでは彼は本当に死んでしまうと。
「くっ……!」
アリスは閉じていた目を開き、覚悟を決めた。
彼女は涙を拭い目の前の男を睨みつける。
罵倒?
悪口?
そんなもの高潔な騎士である自分が言ったことなどない。
だが彼を救うためなら!
「こ、この……!」
アリスは息を吸い込み、精一杯の悪意(?)を込めて叫んだ。
「この、変態!筋肉ダルマ!露出狂!」
《微弱な敵対行動を確認。ステータス低下停止》
「……ッ、はぁ……」
轟田の呼吸が少し楽になる。
だがまだ足りない。
「無理して言っている」という優しさが透けて見えているからだ。
「声が小さい!もっと本気で軽蔑しろ!俺のこの格好を見ろ、不審者だろうが!」
「ううっ……!そ、そうね!よく見たら最低の格好よ!」
アリスはヤケクソになった。
一度口を開けば堰を切ったように言葉が出てくる。
「なんなのその黒いパンツは!恥を知りなさいよ!初対面のレディの前でほぼ裸なんて、頭がおかしいんじゃないの!?バカ!野蛮人!信じられない!」
《軽蔑を確認。防御力回復……20%……40%……》
ドクン、ドクン。
心臓の鼓動が正常に戻っていく。
アリスの言葉がナイフのように突き刺さるたび轟田の細胞が活性化し力が漲ってくる。
「……ふぅ」
轟田は大きく息を吐き、立ち上がった。
顔色はすっかり良くなり、吐血も止まっている。
「助かったぜ、お嬢ちゃん。なかなか筋のいい悪口だったぞ」
「は、ぁ……はぁ……」
アリスは肩で息をしながら呆然と轟田を見上げた。
死にかけていた男が罵倒された途端に元気になった。
意味が分からない。
「貴方は……一体、何なのですか?」
「俺か?俺は魔王サタン・ゴウダ。感謝されると死ぬ、因果な呪い持ちの悪役レスラーだ」
轟田はニカっと笑った。
アリスはしばらくポカンとしていたがやがて何かを理解したように深くため息をついた。
「……つまり。貴方は世界を救う力を持っているけれど、誰からも愛されてはいけない、ということですか?」
「ま、そういうことだ。だから俺に関わるな。また死にかけちまう」
轟田は手を振りその場を去ろうとした。
だが。
「待ちなさい」
凛とした声が呼び止めた。
振り返るとアリスが泥だらけの顔で、しかし力強い瞳でこちらを睨んでいた。
「放っておけません。貴方のようなデタラメな人間、一人にしておいたら、そのうちうっかり誰かに感謝されて野垂れ死ぬのがオチです」
「あァ?余計なお世話だ」
「余計なお世話ですって!?命の恩人をみすみす死なせるわけにはいかないのよ!」
アリスは轟田の前に立ちはだかり、ビシッと指を突きつけた。
「私が管理してあげるわ。貴方が誰かに感謝されそうになったら、私が先に罵倒してあげる。そうすれば死なないのでしょう?」
「……正気か?俺はずっと悪党として振る舞うんだぞ」
「ええ、最低の悪党ね。見ていて胸が悪くなるわ」
アリスはふんと鼻を鳴らした。
その顔は少し赤くしかしその目には奇妙な信頼と覚悟が宿っていた。
「勘違いしないでよね。これは国の騎士としての義務なんだから。……貴方みたいな筋肉バカ、私が手綱を握ってあげないと、見てられないだけなんだから!」
《ツンデレ属性を確認。精神安定効果を付与》
ウィンドウに新しいログが表示された。
轟田は思わず吹き出した。
「カッカッカ!まさか異世界で『マネージャー』ができるとはな」
轟田は大きな手を差し出した。
「いいだろう。契約成立だ。せいぜい俺様を楽しませろよ、騎士団長サマ?」
「……言われなくても。こき使ってあげるわよ、この悪役!」
アリスはその手をバシッと叩き、不敵に笑い返した。
こうして最強の悪役と彼を罵倒し続ける専属マネージャーの奇妙な旅が始まった。
(第3話へ続く)
アリスの罵倒管理が始まりました。続きが気になる方は、ぜひブックマークで彼を監視してください!




