第12話:論理的(ロジカル)罵倒は蜜の味
「……ふむ」
轟田たちが学園都市の大通りを歩いていると不意にその少女は現れた。
通りの真ん中で数式の書かれた分厚い魔導書を片手に行く手を阻むように立っている。
透き通るようなプラチナブロンドの髪。
雪のように白い肌。
感情を一切映さない氷のようなブルーの瞳。
学園の制服を崩さずに着こなしその上から白衣のようなローブを羽織っている。
人形のように整っているが同時に近づきがたい「冷気」を纏った少女だった。
「……あァ?なんだ嬢ちゃん。俺様にサインでもねだりに来たか?」
轟田がニカっと笑いかける。
だが少女――セレン・アルカディアは表情筋一つ動かさずに轟田を見上げた。
「……観察終了」
セレンはパタンと魔導書を閉じた。
そして事務的な口調で告げた。
「サンプル名『筋肉ダルマ』。推定知能指数、ゴブリン以下。存在価値、測定不能。……結論、この都市の美観を損なう『粗大ゴミ』と認定します」
「…………ほう?」
轟田の眉がピクリと動く。
アリスが「出たわね」という顔で額を押さえた。
「ちょっと貴女!いきなり失礼じゃない!?」
「失礼?事実を陳列しただけですが」
セレンはアリスを一瞥し興味なさそうに視線を戻した。
「私はセレン・アルカディア。この学園都市の治安維持および環境保全委員会の長です。……あなた方のような『非合理的な異物』を排除する権限を持っています」
「非合理的だと?」
「ええ。見てください、その無駄に肥大化した筋肉を」
セレンは指示棒を取り出し、轟田の大胸筋をペシペシと叩いた。
「魔法による遠隔操作や重力制御が発達した現代において、これほどの質量を維持する意味がありません。維持カロリーの無駄。酸素の無駄。そして何より、衣服という断熱材を放棄したことによる、恒温性維持のエネルギーロス……全てにおいて『非効率』の塊です」
「……プッ」
後ろでレオが吹き出した。
轟田がギロリと睨むが、レオは肩をすくめた。
「いや、正論すぎて反論できねぇよ。おっさん、完全論破されてんじゃん」
「黙ってろクソガキ」
轟田は視線をセレンに戻した。
普通なら腹を立てる場面だ。
だが、轟田の口元は、隠しきれない笑みで歪んでいた。
《罵倒(論理的否定)を確認。魔法防御力上昇(中)》
(……いいじゃねぇか)
轟田は内心で舌なめずりをした。
感情任せの「死ね」や「バカ」とは違う。
冷静に、客観的に、こちらの存在意義を否定してくる。
この冷たくて鋭いナイフのような言葉……ゾクゾクするほど効きやがる。
「おいガリ勉。随分と口が回るようだが……俺様を排除するってのは、口だけじゃねぇだろうな?」
轟田が一歩踏み出す。
威圧。
並の魔導師なら腰を抜かすほどの殺気。
だがセレンは眉一つ動かさなかった。
「野蛮ですね。暴力で解決しようとするのは、脳の前頭葉が未発達な証拠です」
セレンは指先を軽く振った。
「――空間固定。対象、筋肉」
キィィィィィン……!
高周波のような音が響き轟田の周囲の空間が青白く歪んだ。
重力が何倍にも膨れ上がり空気がコンクリートのように凝固する。
最高位の拘束魔法。
「ぐ、おぉ……!?」
轟田の膝がガクンと折れそうになる。ア
リスが悲鳴を上げた。
「無詠唱!?しかもこの魔力密度……信じられない!」
「暴れないでください。そのまま焼却処分場へ転送します」
セレンは淡々と処理を進める。
彼女にとって、これは戦いではない。
ただの「ゴミ処理業務」だ。
轟田は歯を食いしばり、全身の血管を浮き上がらせた。
「……へっ、面白ぇ手品だ……!」
「無駄です。その拘束はドラゴンの突進でも破れま――」
バキィッ!!!!
乾いた音が響いた。
セレンの目が、初めてわずかに見開かれた。
青白い魔法の檻に、ヒビが入っている。
「ぬ、んんんんんんッ!!!」
轟田が咆哮した。
膨張した筋肉が、理屈(魔法)で固められた空間を、物理的に押し広げていく。
「な……ッ!?」
「理屈だ、計算だ、効率だ……。そんなモンで、俺様を縛れると思ってんのかァッ!!」
パリィィィィィンッ!!!!
ガラスが砕けるような音と共に拘束魔法が粉々に飛び散った。
魔力の余波が突風となって吹き荒れセレンの白衣とプラチナブロンドの髪を激しく揺らす。
「あり得ません……」
セレンは呆然と呟いた。
彼女の計算では脱出不可能なはずだった。
魔法理論上、物理的な筋力で干渉できる領域ではない。
「計算式に誤りはありません。なのに、なぜ……」
轟田は肩を回しながらセレンの目の前まで歩み寄った。
そして見下ろすように顔を近づけニヤリと笑った。
「計算違いだな天才サマ。俺様の筋肉はテメェの教科書には載ってねぇんだよ」
セレンが後ずさるかと思いきや彼女はその場で動かなかった。
恐怖?いいや。
彼女の瞳に宿っていたのは初めて見る「知的な興奮」だった。
「……興味深い」
セレンは眼鏡の位置を直しながら轟田をまじまじと見つめ返した。
「魔法理論を無視した物理現象。既存の法則からの逸脱。……あなたは私の理解を超える『未知のサンプル』です」
「あァ?」
「訂正します。あなたは粗大ゴミではありません。……極めて貴重な『実験動物』です」
セレンの頬がほんの少しだけ紅潮していた。
まるで新しい玩具を見つけた子供のように。
「あなたを解剖させてください。脳の構造、筋肉の繊維、魔力耐性のメカニズム……すべてを分解して理解する必要があります」
「解剖だァ!?ふざけんな!」
「安心してください。麻酔は使います。……たぶん」
話が通じない。
アリスが頭を抱えレオが「やべー奴に好かれたな」と笑う。
轟田は「やれやれ」と息を吐きながらも、悪い気分ではなかった。
この女の「解剖したい」という欲求はある意味で究極の「関心」だからだ。
「カッカッカ!俺様の中身を知りたけりゃ、まずはチケットを買いな。
特等席でたっぷりと『教育』してやるぜ!」
筋肉バカと解剖マニアの天才魔導師。
最悪の出会いが学園都市に嵐を呼ぶ。
(第13話へ続く)
セレンの罵倒は最高のご馳走。
皆様の厳しい評価も、轟田の筋肉には蜜の味です!




