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鎖と影

冷たい石が、俺の下でひび割れた。

骨が砕けるような音が広場に響く。


そして――

それは粉々に砕け散った。


轟音が耳をつんざき、祭壇が真っ二つに裂ける。石片が宙を舞い、土と灰の味が喉を焼いた。


横の篝火が炎を吐き出し、火の粉が黒空へ渦を描く。乾いた藁が一瞬で燃え上がり、掲げられた旗は黒い灰と化して散った。


詠唱が途絶える。

その代わりに、悲鳴が響いた。


村人たちは我先にと逃げ惑い、遅れた者を踏みつけていく。広場は恐慌に包まれた。


その混乱の中、三つの影が俺の背筋を這い上がるような違和感を伴って近づいてきた。

逃げ惑う者たちとは違う。迷いのない、訓練された足取り。


仮面に覆われた顔。鋭い視線が俺を見つける。


縄が手首に食い込み、血で滑る。


一人目の仮面が膝をつき、俺の腕すれすれに刃を滑らせた。縄が切れ落ちる。もう一人は脚の縄を素早く断ち切った。


三人目は立ち止まり、周囲を警戒する。


感謝?

そんなものはしない。


代わりに、俺の唇は歪んだ笑みを描く。

――「俺は知ってる。お前らが知らないことをな」


彼らは俺を救っているつもりだった。


影が覆いかぶさり、一人が腕を取って俺を引き起こす。


「誰だ? 俺を助ける気になった馬鹿は」

心の中で嗤う。

「ようやく、俺のために走る奴隷が手に入ったか」


広場は混乱の渦。

寄せ集めの鎧を着た騎士たちが群衆を押し分け、神殿を守ろうと必死に壁を作っていた。

巫女は声を枯らして怒鳴り散らす。


騎士の一人がこちらへ突進してきた。

俺は体をずらし、救い手に引かれるまま、奴を通り過ぎさせる。


その瞬間、俺の足が伸び、盾を持つ足元を払った。

騎士は転倒し、兜が石に打ち付けられる。


俺は声をあげて笑った。


仮面の男は振り返らず、俺を引きずって広場の端へと走る。


二人目が素早く二人の兵をすり抜け、短剣を閃かせた。

二度の閃光。

膝を裂かれた兵士たちは悲鳴を上げて崩れ落ちた。


狭い路地へと逃げ込む。煙が追いすがる。


「走れ!」

リーダーが叫ぶ。


言われるまでもない。

俺は走った――自由のためじゃない。混沌の舞台をもっと楽しむために。


煙にまみれた顔の村人が目の前に飛び出す。

俺は迷わず背中を蹴り飛ばす。

追ってきた騎士二人に奴がぶつかり、鎧と罵声の音が響く。


また笑う。


二人目の仮面が振り返り、俺を狂人か怪物かと測るように見た。

俺は「両方だ」と微笑んで返す。


再び路地を抜けると、崩れかけの街路。

角から騎士が現れるが、リーダーは止まらない。俺を押し出した。


反射的に俺の手が盾を掴み、ひねり上げる。

勢いで盾が兜に直撃し、騎士はぐらりと揺れた。

二人目が胸を切り裂く。


「ククッ」

俺は喉で笑った。


再び引かれ、路地を駆け抜ける。湿った壁、腐臭。


背後から怒号。

魔術師が詠唱を始め、手が光る。


――機会だ。


頭上に焦げた旗。俺はそれを引きちぎり、炎の縁を魔術師の頭へ落とす。

悲鳴。呪文は途絶える。


笑みを深め、煙の中で嗤った。


辿り着いたのは薄暗い中庭。

中央には馬車が待っていた。馬は煙に怯え、いななきを上げる。


リーダーが仮面を外す。唇の傷が常に嘲笑を浮かべているように歪んでいた。


言葉を発する前に、二人が俺を抱え上げる。

足が宙に浮く。


俺は首を傾け、敬礼の真似事をする。


「いい見世物だろ?」


その直後、後頭部に衝撃が走る。


闇がすべてを呑み込んだ。



---


目を開けた時、最初に思ったのは――空気がおかしい、ということだった。


重く、湿って、腐臭に混じる鉄の匂い。血の匂いだ。


鉄格子。

四方を囲む分厚い檻。錆の筋が赤黒く垂れている。天井からは鎖と鉤爪が垂れ下がり、床は濡れた石。衣服は汗に張り付いて冷たい。


外に一本の松明。光は弱すぎて、影が濃い。

他の檻。空もあれば、……そうでないものもある。


俺は伸びをし、手首を確かめる。自由だ。だが檻は笑っていた。


猿轡を噛まされていない。

――ミスだな。


口元に笑みが戻る。

檻は俺を縛れない。鎖は俺を飼い慣らせない。

与えられたのは計画を練る時間だけだ。


松明が揺れる。


檻の外に一人の男。

大柄で、革のようにひび割れた肌。顎を動かし、何かを咀嚼している。


視線に気づいた。

「起きたか」

声は砂利を擦るようだった。


「生きてるんだぜ。奇跡だろ?」

俺は笑う。


「黙ってろ。さもねぇと、口を砕いてやる」


俺は前のめりになり、腕を膝に預ける。

「それは困るな。せっかくお前のポケットのネズミの話をしてやろうと思ったのに」


「は?」

奴の顎が止まる。


俺は視線を左腰へ。

「左のポケット。縫い目の下。ネズミが食いかけてるぞ。……それとも匂いのせいかな」


反射的に手を叩きつける。パン屑が落ちる。罵声。


俺は声を潜めて笑う。

「ほらな? 俺はもう役に立ってる」


男は立ち上がりかけ、椅子が軋む。

「口の減らねぇガキだな。長くは持たねぇぞ」


「俺は持つさ」

歯を見せて笑う。

「お前の稼業よりは長くな」


その一言が奴を止めた。


俺は檻に背を預け、伸びをする。

「お前は自分が支配者だと思ってる。俺が座ってるからな。だがもう踊らされてるんだ。『ポケット』と言えば確認する。『匂い』と言えば嗅ぐ。次はなんだ? 『怖くねぇなら檻を開けろ』って言えば開けるのか?」


男は無理に笑った。

「そこまで頭は回らねぇよ」


「だろうな」

俺は低く笑う。

「だが気に入ったぜ。お前は柔らかい。濡れた粘土みたいに、あるいは腐ったパンみたいにな」


鉄格子を掴み、顔を近づける。

酒と玉葱の匂いが鼻を刺す。


「次にお前が俺を殴れば証明になる。『俺は怖い』ってな」


顎が痙攣した。


俺は更に身を寄せ、囁く。

「いつかお前はこの檻を開ける。その時、お前の意思じゃない。俺がそう仕向ける。そして……」

笑みを広げる。

「……お前は後悔するだろうな」


初めて、男が一歩退いた。


俺は檻に背をもたせ、くぐもった笑いを漏らす。


――ゲームは始まった。

奴はまだ、自分がすでに負けていることに気づいていない。


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