二話 冥界喫茶リリス、営業開始です!
「今日も暇なのかな~。」
尻尾を揺らしながら少し古びた椅子やカウンターをピカピカにしながら小さくあくびをした。
店内はいつも静かで聞こえるのはどこか遠くで鳴く鳥の声。
焙煎された豆の匂いが漂い、心地よい気持ちになる。
「なつか、ちょっとコーヒー淹れてみたんだが。味見してくれ。」
店長が奥から現れ珈琲を差し出す。黒曜石のような色をしていてカップからはふわりといい匂いがする。
と同時にどこか焦げたような匂いもする。
「あの、ちょっと焦げてません?」
「魂が焦げただけだ、いいから飲んでみろ。」
「なんてものを入れてるの!?」
押し付けられた珈琲を一口飲み試してみる。
―苦い。でも味は悪くないんじゃないかと思う?そしてどこか懐かしい。
「味はどうだ?」
「不思議な味がします、あとなんか懐かしい気が。」
「魂を入れたからな、なつかの記憶と混ざってるんだよ。」
その一言になつかはすこしだけ目を閉じた。
…記憶。
忘れられないもの、守れなかったあの人の声が頭の中に響いてくる。
―泣かないで。
その言葉が頭の中を死に戻りをするかのようにループする。
「なつか。」
「…はい?」
「あんまりぼーとすると魂抜けて死ぬぞ?」
「あんまり縁起悪いの言わないでください!」
二人の笑い声が店内に響く。
「じゃあそろそろ営業開始にするか!」
「はい!」
店の外の札を”営業”に裏返し、開店の合図だ。
「よし、今日も一日暴れますよ!店長!」
「いや、暴れるなよ。」
そして今日も冥界の朝が始まる。
開店後、一時間経過。
しかし客は一向にくる気配はなく、二人?の雑談が続く。
「店長、今日もお客様は来るんでしょうか?やっぱり結構暇ですよね。」
椅子の上に座りながら胡座を組む。メイドにはあるまじき態度である。
「…死んでるやつは来るさ。多分。あと足。」
座り直し会話を続ける。
「…なんでちょっと自信なさそうなんですか。あと生者も呼んでくださいよ。毎回死者の相手じゃないですか。」
「この店は死者の魂しか来ないからな。生者はいないぞ。私となつか以外はな。」
「だからこの店繁盛しないんですか。」
「一年以上働いているからわかるだろ?」
「まぁ、なんとなくはわかってますけど。」
「リリスは死者の魂が休むための一時的な休憩所。
冥界でも特殊な土地にあるから生きてるものはここにたどり着けないんだよ。」
どおりでリリスは生者が訪れない、来るのはいつも成仏できていない魂だけ。
それを成仏させるのが僕の仕事。
「それに魂は金持ってないから実際この店には1円も入ってないぞ?」
「それは初耳なんですけど!?どおりでいつも会計時お金ないんですか!?」
「そうだが?」
そんなきょとんとした顔で見られても困るんだけど。
「どうやってこの店成り立ってるんですか…?」
謎に冷や汗が出る。本当にどうなってるの?この店は。
「家賃回収だったり色々だ、あとはパチンコだな。なつかの食費はパチンコで勝ったものだぞ。」
「僕まさかパチンコに救われてたんですか!?てかこの前3万負けてましたよね!だから給料もでないんですか!?」
この人やばすぎる。
「まぁ、そんな感じだな。3万は仕方なかったってやつだよ、なつか。」
「仕方なくないし、お金の所在が不明すぎますよ!」
「まぁ、わかっただろ。給料はない!衣食住はあるからきびきび働けぇ!うちは仕事きついよ給料ないよ休みもないよ。」
「ええええええええええええ、店長ォ。それあれ○○○○じゃん。てかそれよりひどいですよ…。」
どこかやばい会話をしながらも暇を潰していると
カラン、と鈴の音がなる。
肌に冷たいなにかを感じ、扉の入り口を見ると
男の姿のお客様が来店した。きっとこのお客様も成仏出来なかったんだろう。
「なつか、お客様だぞ。」
「わかってますよ。」
椅子から立ち上がり気合を入れ直し、カッコ可愛くお客様を丁寧に迎え入れる。
「お帰りなさいませ、ご主人様!”冥界喫茶リリス”へようこそ!お席ご案内致しますのでこちらへどうぞ!」
スカートを両の手で摘まみ上げながらお辞儀をする。そしてカウンターに案内し、自己紹介をする。
「僕はそらこなつかといいます!ご主人様の名前をうかがってもよろしいでしょうか。」
「俺は”とうま”だ。よろしく。」
「とうま様ですね!お帰りなさいませ!」
メニューを手渡しながら今日のおすすめを推薦する。
「ご注文はお決まりになりましたら教えてください!本日は魂入り珈琲がおすすめです!」
「…そうか、ならそれをひとつ。」
「ミルクとお砂糖はお入れしますか?」
「そのままで、いい。」
「承知しました!店長!魂入りコーヒー入りました!」
「あいよ〜。ほら。」
注文と同時にコーヒーが渡される。
相変わらず爆速すぎると思う。
珈琲を受け取るとすぐさま提供する。
「お待たせいたしました!魂入り珈琲になります!」
「…早いな。ありがとう。」
「どういたしまして!…それと、美味しくなる魔法の呪文はいかがいたしますか?」
少し声のトーンを落としながらも訪ねてみる。
恥ずかしいから、あんまりやりたくはない…。
「…せっかくだし、頼もうか。」
「…は、はい!ありがとうございます!…ではいきますよ…!」
恥ずかしがりながらも深呼吸をし、一生懸命可愛く演じる。
「おいしくなーれ♪おいしくなーれ♪迷える魂が安らげますように…九尾の力をえいっ!」
九本の尻尾がふわりと広がり優しく揺れる。
指先で軽く空を叩くと、カップの中から青い光が立ちのぼる。
光が消えると珈琲を提供する。
「はいどうぞ!リリスのメイド長特製まじない入り魂珈琲です!これできっと心も温まりますよ!」
「「おお~。」」
パチパチパチと二人から拍手が送られてくる。
「なに店長もリアクションしてるんですか!恥ずかしいんですよこれ!?」
「まぁいいじゃねえか、滅多に見られないものだし。」
「あ、おほんっ!熱いのでお気をつけてお召し上がりください!素敵な時間をお過ごしくださいませ!」
会話の熱が入りそうなので無理やり切り上げる。
「…温かいな。久しぶりだ、美味しい。」
(美味しい…?)少しだけ疑問に思ってしまう。
とうまは少し泣きそうな表情をしながらもゆっくりとコーヒーを味わっていた。
二人はそれを静かに見守っている。
暫くリリスの中は静寂に包まれるもやがてとうまは口を開く。
「俺は、生きているのかな。」
「生きていますよ、とうま様は。だって熱を感じられてるじゃないですか。」
「そうか、ありがとう。」
とうまはゆっくりとカップを置いた。
指先はかすかに震えている。まるで昔の自分を見ているようで切なくなる。
「ここは不思議な空間だ。どこか懐かしくて、まるであの頃に戻ったみたいに。」
「この店はとうま様の魂の記憶がもう一度、暖かさを思い出すための場所なんです。」
なつかはやさしく微笑む。
「ここでの時間は長くはないですけど少しでもとうま様が穏やかになれるように給仕する。それが冥界喫茶リリスなんです!」
「そうだったのか。」
「はい!」
「それと、追加注文いいだろうか。」
「ありがとうございます!なにになさいますか?」
「ここにある人探しをお願いしたい。俺の妻を探し出して成仏させてほしい。なまえは”みお”。」
写真を渡されるとそこには綺麗な女性が写っていた。
人探し。リリスでは飲み物の提供だけではなく、人探しやお祓いも請け負っている。むろんお金は入らない。
「…俺は死んでから何年も冥界を彷徨っていた。あの人がどこかにいるんじゃないのかと思ったら成仏できなくなった。だからこの注文を頼みたい。」
「…承知しました!店長!人探しです!」
「あいよー!準備しな!」
またも間髪入れず返事が来る。
「ありがとう。可愛いメイドさん。」
人を探すのにはまず、情報収集をしないといけない。
いつ見たのか、最後にあった場所はどこなのかも。
「とうま様、奥様の手掛かりはどこかにありますか?」
「実は全くないんだ、何年探しても見つかってない。」
「そうか、でもなつかがいればすぐ見つけられるだろう。特に心配することはないぞ。」
「まぁ、そうですけど。」
「それはありがたい。それに俺はもう行かなきゃいけない。」
「え…?」
「時間がほとんどなかったみたいだ、あとのことは任せたよ。」
急にとうまの体が光り始めた。本当に力は残ってなかったみたいだ。
「…また会えるといいですね!行ってらっしゃいませ、とうま様!それとあとは任せてください!僕は男ですから!」
最後に男だと伝えると青年は目を見開き、笑っていた。
光が店の中を優しく包み込み、やがて消えていく。
「面白い人達だ。また、会いたいな。」
とうま最後の言葉だけが店に響いた。
なつかはカップを片付ける。
まだかすかに温もりが残っていた。
「ねえ、店長。」
「なんだ?」
「僕は、救うことができたんでしょうか?」
「ああ、上出来だぞ。」
「えへへ。」
なつかの頭を撫でながら無言になる。
暫くの沈黙の後、ほたる店長が言葉を紡ぐ。
「…さあ、なつか。準備はいいな、依頼開始だ!」
「はい!」
今日も、冥界の小さなカフェには、ひとりの魂の旅路が終わり、そしてまた新たな日常が始まる。
「どうだ?美味しいだろ?」
「うーん、なんか不思議な味がします。なんか店長の心の闇って感じです。」
「失敬だな!私の心は綺麗だろ!輝いて見えるだろ!」
「輝いていたら給料出せますよね?」
「いや、給料は出ないぞ?」
「なんで!?」




