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悪夢のはじまりはサンバとともに


 同情された。


 あたしは振り払うように手を引いた。

 やめてよ。他人に同情なんかされたくない。


 えっでもいや、まって。あたしは声に出してない。聞こえるわけない。

 なら、なんで,手のひらを重ねたの?


 もしかして……やめてよ。あたしそっちの趣味はない。

 白いワンピースから離れるように車のドアに身体を押し付けた。

 ただでさえ変な車内の雰囲気がさらに微妙な感じになった。


 もう、ホントなんなのよ。イラつく気持ちを抑えようとカバンの中のスマホに手を伸ばした。

 その時だった。


「お客さん。着きましたよぉ」


 運転手の軽薄な声が車内に響いた。

 そこは病院の跡地でもなんでもない。営業の終了したドラッグストアの駐車場だった。


「ちょっと、ここ何処よ? 病院なんてどこにもないじゃない」


 この運転手、本当になんてヤツなの。受け答えもいい加減で適当だし。大体ね社会人としての態度が悪すぎるわ。絶対会社に報告してやる。

 許せない。


「ちょっと、全部聞こえてますよ。さっきから心の声だだ漏れなんですがら」

「えぇえ!」


 ウソ、あたしーーいつから声に出してたの。ちょ、ちょっと待って。もしかして、さっきのひとり語りも……えぇええあぇぇ!

 嫌ぁぁ嫌よ。


 今この場で鏡を見たら自分の顔が真っ赤になっているだろう。いや、それを通り越して真っ青から真っ白になっていることだろう。


 引きつる頬を押さえ込み、横目で隣のワンピース女の顔を盗み見る。

 全部聞かれてたのかぁ。


表情ひとつ……というか、全然顔が見えない。髪の毛が邪魔でどんな表情をしているのかまるでわからない。

 手のひら重ねたのも,全部聞こえていたからなの。だから思いっきり同情されたの?


 それなのに、あたしは……


 あぁもう死にたい。穴があったら入りたい。今すぐタクシーから飛び出して逃げ出したい。


「大丈夫ですよ。人間二度も三度も死ねないし、穴の中から出ることもできないんですから」


 運転手が軽薄そうに笑う。

 なんか物凄く腹立たしい。


「そんなことより、本命のお客さんの件を先に片付けたいので少し静かにしてていただけませんかね」

「わ、分かったわよ」


 なんだか分からないけど、自己嫌悪の上に気恥ずかしさと気まずをタップリとコーティングされたメンタルには運転手に抗うほどのパワーは残っていなかった。


 エンジンをかけたまま車外に降りる運転手を黙って見送るしかできなかった。

 運転手は車のトランクを開けると、大きな帽子を持ってきた。


 なにあれ?なんて言うの?

 ほら、あのサボテンの前でかぶっていそうなアレ。 頭頂部が高くてツバが広いアレ。なんて言ったっけなぁーー


「ソンブレロ・デ・チャロですよ」

 

 帽子のツバを整えて、運転手が白い歯を見せて笑う。


 また聞こえてたのかぁーー

 あたしの自己嫌悪などお構いなし。運転手は自分のスマホを取り出すとタクシーのオーディオと繋いだ。


「それじゃ行きますよ。レッツ・ダンシング!」


 運転手はスマホの画面を大仰にタッチ。

 すると突然、タクシーの車内に軽快なリズムが鳴り響いた。


タン・タン・タタン

タン・タ・タンタン

トンテン・タラン・トンテンタンタン


「うーーサンバぁ!」


 どこから取り出したのか。運転手の両手には大きなマラカスが握られていた。


「はぁ!」


 まるで運転手の合いの手で始まったかのように、タクシーのスピーカーから軽快な音楽が流れ始めた。



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