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ひとり語りに


 タクシーの窓を流れる雨粒。なんだろう。凄く寂しくなる。


 謙二……そう、先月までは戸籍上は夫だった彼と別れ話をしたのも、こんな雨の夜だった。


 学生の時から同棲。お互いが就職して一年が過ぎたところで籍を入れた。

 でも正直、籍を入れたのは惰性だった。


 真面目で一途に思ってくれていた謙二には申し訳ないけど、正直あたしは醒めていた。


 というより元々、謙二に対して恋愛感情はなかったのかもしれない。田舎から大学進学のために上京して、正直いえば寂しさもあったと思う。


 謙二の一途で猛烈なアピールに、心がときめいた。彼はそこそこイケメンだし、真面目で浮気どころか他の女の子に脇目もふらない。

 とにかく、あたしだけを愛してくれた。


 あの当時は、それが堪らなく幸せだった。このまま謙二と家庭を築いていくのが当然だと思っていた。

 でも正直いうと、心のどこかにあったんだと思う。違和感が。


 もちろん謙二が初めての男だったわけじゃない。でも過去に付き合った男の中ではダントツに「当たり」だった。結婚するなら文句なく百点満点。


 だけど、自分の中の違和感は徐々に大きくなっていた。

 でもそれを全力で否定して、謙二と一緒になった。


 籍を入れて二年が過ぎたころ。ふたりでお金を出し合って2LDKのマンションを買った。

 世間から見れば順調で幸せな夫婦に見えたんだと思う。


 でもこの頃からあたし達はすれ違うようになっていた。


 理由はいくつかあった。

 ありきたりな事情だけどお互いの仕事が忙しくなったこと。


 特にあたしは少し前に大きな案件に関わらせてもらい、それが順調に成果を出して評価された。

 そうなると仕事が面白くなり、どんどん仕事に没頭していった。

 同じころ、謙二も仕事が順調で出張が多くなっていたな。


 それがすれ違いの始まり。


 でも一番の理由はあたし。

 それは仕事の取引先にあのひとがいたから。


 要塚達彦。

 先方のプロジェクトの責任者。パワハラとセクハラの境界線上を攻める巧みな話術。


 論理的でパワハラ一歩手前で部下を仕切る手腕は惚れ惚れする。いわゆる仕事の出来るイケおじ。


 仕事がまとまった後の打ち上げで口説かれた。

 謙二とは違うオトナの駆け引き。


 そりゃそう。あたしより十歳も歳上で既婚者。

 自分でも分かってた。

 恋愛は追われるより追いたい。

 謙二みたいに一途に気持ちを向けられると、引いちゃう。


「妻とは離婚協議中なんだ」


 知ってる。全部嘘だって。

 でもバカなあたしは謙二と別れた。


 あの雨の夜「全部知ってた。それでも僕のところに戻って来てくれると信じてた」そう言って離婚届にサインをした謙二の顔は死んでも忘れられない。


 分かってる。

 こんな女が幸せになれるわけない。

 離婚したことを告げた時の達彦の顔。


「ありがとう。でも俺の方はもう少し時間が掛かりそうなんだ」


 眼がね、笑ってなかった。

 抱きしめてくれけど、いつもより身体を離す時間が早かった。女って、そんなところ鋭いのよね。


 分かってる。

 週末に奥さんと娘さんと楽しそうに買い物してる姿見ちゃったもん。



 ひやりと、手の甲が氷に触れたかと思った。


「なに」


 あたしは瞬間手を引いた。

 白いワンピースの女が、あたしの手に掌を重ねていた。


「な。なによ」

「……」


 女は微かに頷いた……ような気がした。

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