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恐怖のはじまりは

なによ。なに何事?


『ーー突然、車の前に飛び出した女が、フロントガラスに飛び乗ってきたのです。私は必死にブレーキを踏みました』


「……あんたそれ、なによ」


 断言する。

 あたしの声の震えは恐怖じゃなくて怒りのせい。


『ーーその女はこの世のモノではないのでしょう。フロントガラスをすり抜け女の腕が運転する私の首に伸びてきたのです』


「だからやめなさいよ!」


 運転手のシートを思いっきり蹴っ飛ばしてやった。


「うわぁ。なにをするんですか。やめてくださいよ。危ないなぁ。僕が逆にフロントガラス突き抜けるかと思った」


『ーーいつのまにか女の髪までもフロントガラスをすり抜け、ハンドルを握っる私の手に絡みつきはじめーー』


「消して!消してよそのラジオ!」

「ダメですか?自分、好きなんですよね、このコーナー《実体験・深夜の怪奇ステーション!キミは時の涙を見る》」

「ダメに決まってるでしょ! あんたね、お客乗せてるのよ。ましてこんな状況で怪談流すなんてどんな神経してんのよ」

「このコーナー、リスナーに体験談募集してるくせに、本当は作家に話作らせてんですよ。そりゃそうですよね。素人の体験談なんて目くそ鼻くそビチグソ。どれも似たような話ばかりで怖くもなけりゃ面白くもないんだから。どうせ作り話なんだから、やっぱりプロの作品の方が断然面白いでしょ」


 なんかこいつ、サラリと凄いこと言ってる。身も蓋もない。


「いいから早く消して」

「そうですか。ダメですかぁ。この後、私の話が放送されるんですけど」

「はぁ?あんた放送作家なの?それともなにホラー作家だとでも?片手間でタクシードライバーですか?なに言ってるのかわからないけど、ダメ!嫌なの!聞くならお客のいない時にしてよ。後でネットで探しなさいよ」

「はぁい」


 しょんぼりと肩を落とし、運転手はラジオのチャンネルを変えた。


「これなら文句ないですよね」


 今度は小気味のいいJAZZが流れてきた。ピアノの音色がとてもムーディだ。最初からそうしなさいよ。


「この運転手ホント神経疑うわよね」


 隣に同意を求めたけど、ウンでもなければスンでもない。


 ホント、どいつもこいつも人の気も知らないで。もう少し他人の気持ちを慮りなさいよ。

うんざりとした気持ちにおもわずため息。


 そしたら突然、身体が震えた。寒い。


「ねぇちょっとエアコン強すぎない」


 いくら蒸すとはいっても、いや湿度だけ高いとエアコン冷えるのよ。腕が氷のように冷たくなってる。


「えぇ寒いですか?感じるんだ」

「なんですって」

「変だな。さっきエアコン切ったんですけどね」失礼な運転は誤魔化すように小首をかしげる。


 エアコンかかってないなんて、そんなはずない。

 ゾクゾクと鳥肌ががたつくらい寒いもの。


「ねぇアナタも寒いでしょ。なんとか言いなさいよ」


 後から無理やり乗り込んできて、押し黙ったままのこの女。少しくらい話を合わせなさいよ。頷くくらいできるでしょ。


 でもワンピースの女はウンでもなければスンでもない。

 ホント可愛げのない失礼な女。


「ねぇ。なんとか言ったらどうなのよ」


肘でワンピースの女を突っついた瞬間、痺れるような冷たさが走った。


「ひゃ」


 なにこれ。

 まるで溶けかけの氷のように冷たい。そりゃ雨に濡れてたんだから仕方ないけど。


 気のせいかな。白いワンピースからなんかドライアイスみたいな靄が立ち込めてる気がする。


「ねぇ、あなた大丈夫。こんなに冷えて。いくらなんだって具合悪くなるわよ」


 この冷たさいくらなんだって異常だ。そうか、この女は本当に体調が悪いんだ。

 だからこんなに身体が冷たくなってるのよ。


「ねぇ。運転手さん、エアコン。早くヒーターにしてよ。このヒト凄く冷たいのよ」

「えぇ。いくらなんでもヒーターはないでしょ。いま何月だと思ってるんですか、バカも休み休み言ってくださいよ」



 ど正論。

 でもなんだか凄く腹が立つ。

 あたしは再びシートの背中を蹴っ飛ばした。


「あたっ、乱暴だな。なにするんですか危ないでしょ」

「あのね、お客様が寒いって言ってるのよ。夏だろうが春だろうがヒーターつけなさいよ。このヒト、病院に行ってくれって言ったでしょ、体調悪いのよ凄く」


 そうだ、だから言葉も発せないのよ。可哀想に。声が出せる状態じゃないのよ。


「自分でお客様って、笑える」


 なにコイツ。ホントに笑ってる。


「大丈夫ですよ。ほっておいても死にやしませんよ」


 本当に腹の立つ男だわ。冷酷非道な言動。


「あんたね、会社に言うわよ!客の体調もかえりみずお客さまの言うこと聞かないって。いいのそれでも」


 私の態度。これじゃまるでカスハラじゃない。でもそんなこといってられない。人の命が掛かっているのよ。


「別に構いませんよ。会社には好きに報告してください。おかげさまで私の役目も今夜で終わりなんでまったく無問題ですから」


 なんなのコイツ。完全に開き直ってる。

 開き直った変態ほどタチの悪いものはないわね。


「分かったわよ。アンタがその気なら憶えておきなさい。会社辞めたって関係ないわよ。SNSで拡散してやる。裁判所に訴えてやるから」


 そうよ。こんな男、世の中と司法に訴えてしっかりと社会的責任を取らせてやるから。


「もういいから飛ばして」

「はぁ?」

「はぁ?じゃないわよ。アクセル踏んでスピード上げてよ。一刻も早くこのヒトを病院に連れて行って上げて」


 そう。この男なんてどうでもいいのよ。一刻もや早くこのヒトを病院に連れて行かなきゃ!


「アンタね。道路交通法って知ってます? 運転免許は自前なんですから、警察に捕まった分までは会社は保証してくれないんですよぉ……あれ? でも必要経費で落とせるかな?でもなぁ点数までは……」


 ガツンと再びシートを蹴った。あたしの怒りは最高潮。こんなグジグジした男、大っ嫌いなのよね。


「いいか車を飛ばせって言ってるのよ!」


 あたしは再び運転席のシートを蹴り上げた。

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