白いワンピースの
あら…雨だ。
シトシトと降り出した雨がタクシーの窓を濡らしていく。
良かった。いつまでもあんな場所歩いていたらびしょびしょに濡れるところだった。
いくら夏とはいえ風邪ひきは免れない。
「大丈夫ですよ。どうせ貴女は風邪ひきませんから」
「ちょっと、それどういう意味よ! さっきからお客に対して失礼な物言いばっかりして」
いやだ。
声にもれていたのだろうか。運転手に聞かれていたとは恥ずかしい。
「自分で『お客さま』って」
運転手が笑った。
こっちもしっかり聞こえてるわよ。
あたしはもう一度シートを蹴っ飛ばした。
本当に失礼な運転手だ。
その時だった。
「きた来た!お客さんだあ」
突然、運転手が急ブレーキを踏んだ。
あたしはシートに突っ込みそうになるのを必死に耐えた。
「ちょっとお!危ないでしょ」
顔を上げると竹林の端で白いワンピースの女が手を挙げているのが眼にはいった。
「運転手さん、あなたねぇ!客ならあたしがいるじゃない。二重乗車なんて犯罪よ」
「だからアンタは客じゃないんだって」
「なによそれ。失礼極まりないわね」
冗談じゃない。
そんなふざけた仕打ち絶対に許さない。
「ちょっと止めなさいよ」
あたしはドアを内側から掴んだ。開けさせてなるものか。
でも……あれ?
いつの間にか運転席の後ろのシートに白いワンピースの女が座っている。
えぇえ?
どういうこと?
そ、そうか!
「あんた反対のドア開けたでしょ」
ひとが必死に抑えてる間に、運転席側のドアを開けたのね!
そうに違いない。
大体ね、平気な顔で乗り込むこの女も女よ。
「なに考えてるのよ」
「お客さんどちらまで?」
そんなあたしのことは完全無視。
ちょっとムカつく。
「……びょういんへ」
蚊の鳴くような声で女はそう言った。
え?病院?
具合でも悪いのかな。でも普通は体調が悪いなら救急車呼ぶはずよね。
こんな時間にタクシーで病院に乗りつけるなんて他に理由あるかしら?
確かに。俯いているので髪が邪魔でよくわからないけど具合が悪そうにも見える。
きっと、救急車を呼ぶほどではないがそれなりに具合が悪いのだろう。
「えぇ? すみません、よく聞き取れませんでした。もう一度はっきりと仰ってください。なになに? どこの病院ですか?」
「……きょう……あいーー」
「はいはい共愛病院ですねぇ。畏まりましたぁ」
愛想の良い返事。私の時とは大違いでなんだかかなりムカつく。
そうか。病院ってことは看護師なのかな。
よくみれば女の着ているワンピース若干、白衣っぽい気もする。
夜勤で急いでいるってこともあるのかもしれない。
でもそれはそれ。急いでいるからといって世の中には礼儀ってものがあるのよ。
「ちょっとね、先客のあたしが乗ってるのよ。『すみません』とか』一緒によろしいでしょうか?』とか、なんか言いようがあるでしょ。いいオトナなんだから」
嘘でも申し訳なさそうにしなさいよ。
でも、後から乗り込んだ女は頑としてなにも答えない。
腰までありそうな長い黒髪がベールのように顔を隠し、黙りを決め込んでいる。
「ちょっとねぇ、なんとか言いなさいーー」
うわっ、わ!
突然タクシーが走り出した。
運転手が勢いよくアクセルを踏み込んだのか車は急発進。タイヤが空回りで悲鳴を上げてたわよ。
あたしは仰け反るようにシートに押し付けられた。
「ちょっとぉ!危ないじゃない。若い女性二人乗せてるんだから気をつけてよね」
「畏まりぃ」
鼻歌でも歌いそうなノリで運転手はご機嫌でハンドルを握っている。
本当に大丈夫なのかしら。
ホント、超ムカつく。
「もういいわよ」
共愛病院なら通り道だ。
それなら相乗りだと思えば我慢もできる。
仕方ないから誠意のある気持ちとして隣の女には運賃の半分は負担をお願いしよう。
絶対に!