暗い夜道と
冗談じゃないってのよ!
パンプスの爪先が盛大に空を切る。
なんなのよ、石まであたしをバカにしてさ。
なんであたしがこんな場所にいなきゃいけないのよ。
三ヶ月連続でキッチリと数字を出したのは課の中であたしだけよ。
そんな仕事出来オンナのあたしが、どうしてこんな田舎道をひとりで歩いてんのよ。
みんなで楽しく呑んだのよ。それがどうしてあたしだけ田舎道歩いてんのよ。
蒸し暑いし。ブラウス汗で張り付くし。パンプスの足痛いし。
なによこの虫の声。
雨降りそうだし。
あ〜嫌だ。
帰りたい。
帰りたい……でも、どこに帰ればいいんだろ。
そうよ、みんなアイツが悪いんだ。
あのクソ男!
嫌い。大っ嫌い。サイテー!
違う。
嫌いなのはあたし。あたしは自分が嫌い。
最低なのはあたし……
「バカぁ!」
あたしは叫んだ。
思いっきり叫んだ。
その時だった。
あたしの横をもの凄いスピードで車が追い抜いていく。
黄色い車体に紫のラインの入ったそのボディに見覚えがある。
タクシーだ!
駅前でよく見かける『KYタクシー』に間違いない。
待ってよ!
「タクシー!乗ります!停まって!」
あたしは走った。
タクシーを追いかけて。
このチャンスを逃してなるものか。
あれに乗ってあたしは家に帰る。絶対に帰るの!
高校時代、インターハイ一歩手前までいった元陸上を舐めるな!
あたしは走った。
そんなあたしに気がついたのか、タクシーが停まった。
「の、乗ります。その車乗ります!」
藁をもすがる思いで手を伸ばす。
でも、タクシーが停まっていたのはほんの一瞬。
すぐに走り出した。
カッチン!
乗車拒否ぃ!
あたしは怒り心頭。パンプスを脱いで投げつけた。
それが『KYタクシー』と書かれた屋根の上の行灯にあたった。
その衝撃なのか。KYの文字が二、三度瞬いた。
ようやく……というより渋々とタクシーが停まった。
「はぁ、はぁ。最初から素直をそうすれば良いのよ」
息も絶え絶え。
嫌々開いたドアを蹴り、あたしはシートに倒れ込むように乗り込んだ。
「あんたね、乗車拒否するなんて、客をなんだと思ってるのよ」
まだ気がおさまらないあたしはシートを蹴り上げる。
あぁ腹立たしい。
「お客さんじゃないんですよ」
「なにい?」
「はぁぁぁ。あなたは私のお客じゃないんですよ」
バックミラー越しにすらあたしを見ようとしない。ここまで露骨にため息をつく運転手なんて見たことない。
「ふざけないでよ! 明霧町まで行って。こんな時間にながしてるよりいい稼ぎになるでしょ」
栄一いち枚くらいくれてやるわよ。
「仕方ないですね。あと一時間も流してお客さん来なかったら考えますよ」
「なにバカなこと言ってんのよ!乗車拒否する気なのね。会社にクレーム入れるわよ」
「でもね…」
「あんたね、客商売してんでしょ。どういう社員教育受けてるのよ」
「わたし社員教育なんて受けてませんので」
「はぁぁ?」
どんな会社よ。ふざけ過ぎでしょ。決めた。明日、絶対にクレーム入れてやる。
「まぁいいや。とりあえず車出しますよ」
渋々。本当に渋々と運転手は車を走らせ始めた。