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Time to retire for the night


 目が覚めたら、見知らぬ空間にいた。


 真っ暗で、何もない場所。前後左右上下、あらゆる方向に虚空が広がっている。


 体は自由に動かせた。足を動かせば、少しずつ前に進んでいるような感覚があった。何も見えないせいで本当に動いているのかはわからないが。


 そうして歩いていると、遠くから小さな光が見えた。


 駆け寄ってみると、次第にその光の正体が見えてくる。


 それは扉だった。人一人がちょうど通れるくらいの、小さな扉だ。


 その扉が僅かに開いて、中から光が溢れている。


 この謎の空間から抜け出す唯一のとっかかりだ。深く考えず扉を全開にする。奥は眩い光のみで、何があるのかは全く見えない。


 迷っていても仕方ないと、中へ一歩踏み出す。


 すると、背後から少女の声が聞こえてきた。


「もう行くんだ。なんだ、意外とまだ元気あるんだね」


 振り返ってみれば……そこにいたのは、自分と瓜二つの少女だった。いや、寸分違わぬ《《自分》》であった。


 そんな自分が、悪戯っぽい笑みを浮かべてこちらを見ている。


「限界が来たらまたおいで。変わってあげるからさ」


 その言葉の意味は不明瞭だった。ただ、その声音には優しさがあった。


 問いただそうと口を開く寸前、辺り一面が光に包まれる。


 ああ、現実に戻る時間だ。と、なぜだかそんな思考が頭を過った。


 段々と意識が薄れていく。


 最後に見えたのは、こちらへ手を振る自分の姿だった。







 ────────────








 霧の森へと避難して2週間が経った。


 今頃街は大騒ぎだろう。一晩で多くの人が死に、数名は失踪した。それが明るみに出て、調査の真っ只中だろうか。


 全部、僕のせいなのだが。


 これだけの事を起こしておいて、いまだに罪を贖えていない。出頭すらできない。被害を拡大させるだけだから。


 本当に死ねないのか、首を切り落としてみようともしてみた。だが、結局はラーミナさんに無理やり止められてしまった。以降、アーテルさんに魔術を封じられるという徹底ぶりだった。


 アーテルさんは、僕が通常の手段で死ぬことはないと言っていた。ならどうすれば死ねるのか……その答えはきっと勇者や聖女にあるのだろう。


 勇者……僕には到底縁遠い存在だと思っていた。だが、世界にとってどうやら僕は《《魔王》》と呼ばれる存在らしい。全くもって実感がない。一体何をもって魔王になったのか。名乗った覚えもなった覚えもない。


 魔王というのは、元来勇者が倒すものだ。


 人前に出られない以上、勇者とやらを探すこともできないのだが。


 本当は、この人たちにこれ以上迷惑を掛けたくないのに……僕を放っておくよう言っても聞いてくれない。


 初日は野宿をしていたのだが、気がつけばログハウスが立っていた。魔術師が揃っているからか、あまりにも仕事が早い。


 結局僕は何も手伝えず、何かを返すこともできず、そこに住ませてもらっている。


 人がほぼ入ってこない、霧の濃い森の奥にあるログハウスだ。この周囲だけ限定的に霧払いをしている。


 家具なども、アーテルさんが街の方の拠点から持ってきたようだ。


 そんな場所で僕たちは生活している。


「……ボクのことはもういいから、そろそろ街に戻って欲しい」


「だめだ。今の貴女を一人にはできない」


 これも、この1週間で飽きるほど繰り返したやり取りだ。


 今日も寝たきりの僕の横で、ヒルデガルドさんがずっと僕を見守っている。また変なことをしないかの監視だろう。


 どれだけ孤児院へ帰るように言っても「仕えるべき主がここにいるから」と言って動いてくれない。僕への接し方はなんとか頼み込んで元に戻してもらったが、いまだに僕のことを神として崇めてくる。


 これほどの力を持っている魔眼にゾッとさせられた。ここまで人を狂わせてしまうのか。やはり、これ以上僕は人と関わってはいけない。


 無理やりにでもみんなを帰らせるべきなのに、体が全く動かない。正直に言えば、頭もほとんど働かない。ここ数日ずっとぼーっと過ごしてしまっている。


 何かをしようと起き上がってみても、凄まじい虚脱感に襲われた。


 ずっと、世界をモニター越しに見ている感覚があった。何もかも現実味がなくて、行動を起こす気力もなかった。


 僕は徹底徹尾加害者だというのに、なぜこうも被害者面して病むことができるのか。本当に醜くて仕方ない。


 気持ち悪い。人ととしてどうなんだろう。


 いや……僕は人ではなかったか。


 この一週間何も食べず飲まずに過ごしている。更に言えば睡眠も全く取れていない。だというのに、この体にこれといった不調は現れていなかった。魔素も溢れるほどに満ちている。


 自分が人間ではないことを改めて突きつけられた気分だった。首を切っても死なず、目を抉っても再生する……そんな存在が人間であるはずもなかった。


 みんながせっかく食事を用意してくれているのに、そもそも起き上がれないか、起き上がって口にしても吐いてしまう。本当に、僕は酷いやつだ。


 こんな僕なのに、いまだに食事を用意し続けてくれる彼女たちに罪悪感を覚える。そこまでしなくて良いのにと思うも、それをさせているのは僕なのだ。それを思えば、吐き気が更に酷くなった。


 排泄がなくなったことだけが唯一の幸いだろうか。流石に、そういう面でも迷惑をかけることはなかった。



 ────どうにか、彼女たちを巻き添えにしないようにできないものだろうか。この堕ちていくだけの生に、これ以上彼女らを付き合わせるわけにはいかない。



 この魔眼を制御できれば、今からでも彼女らを呪いから解放してあげられないだろうか。


 このまま何もかもから目を背けて、ただ現実から逃げ続けていてよいのだろうか。


 ……それはとても、罪深いことのように思えた。







 ──────────────────ー










 本当に、面倒なことになったと思った。こんな事態になったのは、この《《数千年》》でも初めてかもしれない。


 こんなにも理性を保った魔王には初めて出会った。


 本来なら、ここまで力を付けた時点で精神汚染が致命的に進んでいるはずだ。だというのに、この子はいまだに正気を保っている。


 ──正気だったからこそ、こんなにも壊れてしまったのだろうことは、なんとも皮肉だが。


『アーテル、今までありがとう。アモールちゃんのこと……お願いね』


 リシテアの最期の言葉がいまだに耳にこびりついている。


 最期まで、優しく儚い……哀れな少女だった。


 あの通信を聞いて、私がもっと早くアモールの元に駆けつけられていれば、彼女の心を傷つけずに済んだのだろうか。


 ラーミナの件で色々と手こずってしまった。私の力不足を嘆くばかりだ。


「はぁ……ほんと、ままならないわね…………」


 そうしてため息を吐きながら霧払いの術式を調整していると、珍しく寝台から出ているアモールがこちらへ歩いてきた。その側にはヒルデガルドも付いている。


「アーテル、さん」


「……どうしたの?」


 死んだような目で、アモールが私へと声をかける。感情の抜け落ちたように無表情で、まるで人形と話しているかのように錯覚する。


 この子と直接関わった時間は極めて短いが、出会った時から使い魔の視界を通じて観察を続けていた。こうなる前は、もっと表情豊かな子だった。


 …………やはり魔眼の効果は凄まじい。私がこんな感傷に浸るなんて、らしくもない。


「相談があって……」


 そうして彼女が話し始めたのは、魔眼に関することだった。


 どうやら、魔眼を封じる手段を模索したいとのことらしい。


 正直な意見を言うなら、とても厳しいと言わざるを得ない。真っ当な手段は、すでにリシテアが試していたはずだ。


 考えつくのは魔力制御、あるいは魔眼の周囲の魔力を敢えて乱すという方向性。


 しかし残念ながら、魔王の持つ『権能』とでも呼ぶべき力は、魔力を乱す程度で発動を阻害することはできない。


 対抗できるとしたら勇者、あるいは聖女くらいのものだが……


 この子の力を超える存在は現状いないため、どうしようもない。


 頭の中ではすでに『不可能』だという結論が出ていた。だが、それを正直に言うのは酷なものだろう。気がつけば、不誠実な言葉が口を()いて出ていた。


「……ゆっくり、色々と……試していきましょう……」


 私は、本質的な洗脳は受けない。判断・決定を下す人格を隔離しているゆえに、主人格が魅了されても、最後の一線はきっと間違えない。


 ……だから、万が一のことがあれば、きっと彼女に引導を渡してあげられる。


 次の聖女、あるいは勇者が現れるまで、ここでのんびり検証を重ねていくのもアリだろう。


 今のところ、アモールも精神汚染が進んでいないようだし。焦る必要はない。


 一応、リシテアの研究資料をアモールに渡しておこう。その方が、彼女もきっと喜ぶはずだ。


 ……リシテアの遺品を無表情で受け取るアモールは見ていて痛々しかった。












 ────それから、約半年の月日が流れた。




 ……魔眼の制御は、尽く失敗した。


 目の前で自らの首を切り落とす彼女の姿を、私は何度見ればいいのだろう。


 胃の中を吐き出しては謝る声をなんど聞けばいいのだろう。


 やはり、現状は不可能だと伝えるべきだったのか。私がくだらない温情を、甘えを見せたのが失敗だったのか。


 もはやどうしようもなかった。


 通常の手段で《《魔王の証》》を消すことはやはり不可能なのだ。


 リシテアは、聖女の魔力で魔王の魔力を相殺する方向性を最後に試みたようだった。


 だが、そんな手段はとうの昔に《《検証済み》》だ。


 聖女の力なんかで魔王の力を全て打ち消せるのなら、魔王の討伐に人類が苦労するはずもないのだ。


 私は《《数多の魔王を見てきた》》。……彼らを見届けることが、私の使命だから。


『……彼らも被害者なんだ。どうか、救ってやってくれないか』


 そんな、誰のものかも思い出せない言葉が頭の中にこだまする。私を永遠に縛り付ける呪いの言葉。……だけど、とても大切なもの。


 ……また失敗してしまった。


 今回は、初めて理性を持ったままのケースだったから……少しだけ期待していたのだ。何かできることがあるかもしれないと。



 血溜まりの中に座り込むアモールの側へ歩み寄る。


 これ以上この子を見てられなかった。


「きっと……今は無理でも、いつか……それに打ち勝てる日が来るわ……だから」


 酷な提案だとはわかっていた。本当は、彼女に死を与えてあげることもできたのだ。


 これは、私の私欲によるものだ。酷いことだとわかっていながら、私は口を開いた。



「それまで……貴女を、封印してもいいかしら?」










 ────────────────










 それは、天啓だと思った。そうだ、死ねないなら永久に僕を世界から隔離してしまえばいいんだ。なぜこれまでそんな簡単なことに気づかなかったんだろう。


 どうせ、僕の魔素は枯れてくれない。なら、その魔素で自己封印をしてしまえばいい。


 そのアーテルさんの提案は、とても甘美な響きに思えた。


 ……彼女たちを魔眼から解放することは叶わない。その事実から目を背けながら。


 その日から、リシテアさんの遺した魔術研究資料も使いつつ、アーテルさんと共同で術式を編んでいった。


 ──完成まで、そう多くの時間は掛からなかった。


 反対してくると思っていたヒルデガルドさんも協力的で、ラーミナさんに至っては積極的に賛同していた。


 それがなぜなのかはわからなかったが、今はとてもありがたかった。


 僕の魔素を吸って、強度を増し続ける自己封印術式。僕自身からパスを繋げることでのみ可能となる実用性のない無茶苦茶な魔術だ。


 だが、今の僕にはぴったりなものだった。


 …………もう、疲れ果てていた。誰にも邪魔されず、ただ一人で無為に休んでいたかった。


 これ以上はもう、頑張れない。結局のところ、僕はこの世の癌であり続けるのだ。


 切除できないところが、癌よりもタチの悪いところだが。



 術式が完成したあと、僕はアーテルさんに内緒で、こっそりと式を弄った。


 ──外からも、内からも決して術式を解除できないように。解除コードを削除したのだ。


 きっとこれで良いのだ。僕を決して世に出してはいけないのだから。


 ようやく全てを捨てて楽になれるのだと、久しぶりに胸のすく思いだ。……それが、自分の罪から目を背けたものだとしても。


 これでもう誰の手も煩わせなくて済む。誰も巻き込むことなく終われる。


 ちょうど僕の見張りがラーミナさんのみになったタイミングを見計らって、ログハウスの中にある台座に魔法陣を刻む。


 ラーミナさんには事前準備を少しでも進めておきたいからと説明した。それで納得してくれたのか、特に口を挟んでくることはなかった。


 そうして、ついに術の準備が整った。


 心臓が高鳴るかと思ったが、ただただ虚無感だけがあった。緊張する元気ももう残っていないらしい。


 隣を見れば、こちらを見ていたラーミナさんと目が合う。大きな恩がある人。そして……それを全て仇で返してしまった人。


 きっと、夫婦で幸せに生きていくはずだったのに、その全てを僕が壊してしまった。


 僕の顔を見て優しく微笑む彼女を見れば、罪悪の念に押し潰されてしまいそうになる。


 震える喉をなんとか動かして、気取られないように声を出す。最後なのに、一番言いたいことは飲み込んで。


「ラーミナさん」


「どうしたの?」


 あぁ……きっとこの優しい声は、アベラルドさんに向けられるべきものだったのに。


「……ボクのことを、初めて会った時からずっと気にかけてくれて……本当に、ありがとうございます」


「急にどうしたんだい? あたしがアモールちゃんを守るのは当然のことさ」


 突然そんなことを言い出す僕に、ラーミナさんはきょとんとした目を向ける。


 そして僕は──


「ごめんなさい」


 ──彼女の首から下の全てを、氷漬けにした。


 詠唱は事前に済ませていた。発動だけさせずに保持をしていた。


 そして、外からの妨害がないように、ログハウスの周囲もまとめて凍てつかせる。


「……ッ!! 待って! 一体何を!」


 万が一にも術式の変更をアーテルに悟られてしまわないように、誰にも邪魔されずに一人で術を発動させる必要があった。


 外で何かの魔術が発動する気配がある。きっとこんな氷、すぐに突破されてしまう。悩んでいる時間はない。


「みんな……今までありがとう、ごめんなさい」



 さようなら



 ──そうして僕は、永久封印の術式を発動させるのだった。





これで第一章は終わりです。敢えて多くの情報を隠していたせいで、なかなかに読みにくい章だったと思います。ここまでお付き合いいただきありがとうございました。


よければ第二章でもよろしくお願いします。


まだ迷っていますが、間にアーテルの番外編か設定資料を挟むかもしれません。

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― 新着の感想 ―
目が死んでる描写あったような気がしたし、女神さんは良かれと思って転生させた結果、ことごとく魔王ルートにいって病んだのかな?
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