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3.お世話係は心配性

 朝日は天然の目覚まし時計だと思う。だから私はこの季節は薄手のカーテンのみで眠るようにしている。そうすると、アラームが鳴るより数分早く、朝日で自然と目を覚ますことができるのだ。

 そのはずだったのだが。

 今朝は例外だった。けたたましく鳴るアラームの音を久しぶりに聞いた気がする。

 心地よいぬくもりの中で目を開けるのが怠くて、音の発信源を手だけで探る。その途中で、何やらさらさらしたものに触れた。少しひんやりしていて、つるつるしている。わしゃっと掴むと、指先にほんのりとぬくもりを感じた。

 ああ、これはひょっとして。

 ぬくもりの正体に思い当たった私は目を開けた。一刻も早くアラームを止めるためだ。穏やかに眠る彼女の安眠を妨げるのは嫌だった。寝顔なんて他人に見られたいものではないと思うので、私は極力彼女のほうを見ないようにして、ゆっくりと半身を起こした。

 スマホはベッドのヘッドボードにあった。画面を操作してアラームを解除する。ふう、と息をついて、そっと彼女を見遣る。起こしてはいないようだ。一安心。

 昨晩は狭いベッドで身を寄せ合うようにして眠った。なにせ、彼女の背中の羽が若干嵩張るのだから仕方がない。それでも数センチの隙間はあったはずだが、今はぴったりとくっついている。というか、恐らく私は彼女を抱くような形で眠っていたのだと思う。

(まあ、寝過ごした理由はこれだろうなあ。傍らに生き物のぬくもりがあると安心するっていうから……)

 眠りにつく前には、まりなを寝かしつけてからベッドを抜け出すつもりでいたのに、熟睡してしまったようだ。幸いにして、今日は土曜日。学校は休みだ。バイトのシフトは午後から。寝直しちゃおうかなあ……なんて思って、はた、と違和感に気が付き、彼女を二度見する。正確には、彼女の背中を。

 違和感も何も、それが自然な形ではあるはずなのだが、今の彼女にとってはそうではないはずなのだ。それなのに。昨晩、こんもりと膨らんでいたTシャツの背中部分が、今はぺたりと肌に貼り付いている。つまり。

「羽が、消えてる……?」


 あの羽は一夜限りの夢だったのだろうか。謎が残るどころか謎だらけではあるが、当事者でもない私が1人で考えていてもしかたがないので、もう一度ベッドに横になった。

 視界を占めるのは見慣れた天井。ふ、と横を見ると、見慣れない存在がそこにいる。それなのに、この状況に違和感がないのはなぜだろう。ああ、と思い当たる。

(昔は妹と一緒に寝てたからだ。こういう状況が初めてってわけでもないんだな。いやでも家族とクラスメイトは違うんじゃないか? 緊張するもんじゃないのかな、普通は)

 そんなことをぼんやりと考えていたら、まりながもそもそと擦り寄ってきた。肌寒くなったのかもしれない。肌掛け布団を肩の上まで引っ張ってやろうと思い身体を彼女のほうに向け、右手で布団をまさぐった。

 腰のあたりでもたついていた毛布を、肩まで引き上げる。そこまでは良かったのだが。なぜか私は自然な流れで、毛布ごと彼女を抱きしめていた。

(まあ、いいか。くっついてたほうがあったかいだろうし)

 毛布越しに背中をそっと撫でてみる。羽はない気がする。もう少し強く撫でてみる。さわさわさわ。やはり、ない。あれはいったい何だったんだろうなあ。撫でながら、答えの出ない問題をぼんやりと考え続けた。すると、私の胸のあたりから小さな声がした。

「あ、あの、ユウちゃん……?」

「ん?」

 まりなが目を覚ましたのだ。

「おはよう、まりな」

 目も合わさずに言う。姿勢はそのままで、さわさわと撫で続けている。特に何か考えがあるわけではなくて、その逆。何も考えていないからこうなっている。

「お、おはよう、あの、あたし、なんで撫でられてるのかな……?」

「ああ、羽がないから」

「えっと、羽がないから撫でやすいってことかな……?」

「いや、そうじゃなくて。おや、羽がないな~っていうチェックみたいな」

「あ、そ、そう……って、羽が、ない?!」

 まりなが飛び起きた。そしてベッドの上に正座して、背中に腕を回してわたわたしている。

「ほんとだ、ない!」

「うん、良かったね」

「うん、よかったあ……」

 まあ正直なところ何も解決していないと思うが、ホッとしているまりなに水を差すのは気の毒なので、取り合えず今はそう言っておくことにした。


 まりなは朝に弱いらしい。それでも毎朝、実家の神社の境内を掃き清めるために頑張って早起きをしているそうだ。偉い。

 朝食中に、まりながきまり悪そうな顔をしてそう教えてくれた。現在時刻、朝の9時。小さなテーブルで2人向き合い、シリアルを食べている。

「起きるの遅くてごめん……。その、昨晩はなかなか寝付けなくて」

「枕が変わったら寝られない人っているもんね」

「う、うん」

 歯切れが悪い。落ち込んでいるのか。気にしなくていいのに。私はシリアルボウルに牛乳を継ぎ足しながら、それよりも気になっていることを訊いてみた。

「いまさらだけど、おうちの人には連絡してるんだよね?」

「うん。昨日、ユウちゃんが歯磨きしてる間に。友達の所に泊まるって連絡した」

 あっさりと言う。まりなはご家族に信用されているのだなと思う。まあ、あんな時間に1人で外を出歩いていたのだから、さもありなん。するとまりなが補足した。

「時々、お互いの家に泊まりあう幼馴染がいて、その子に口裏を合わせてもらったから大丈夫だよ」

 そういうことなら納得だ。でも、その幼馴染とやらにはいったいどんな説明をしたんだろう。まあ、詮索するのはよそう。

「それでまりな、今日はどうする? 私は午後からバイトだけど、まりなは?」

 なぜかまりなが、びくりと震えた。理由は分からない。大事な用事を失念していたとか? しばらくして、小さな声が聞こえた。

「帰るよ……」

 あまりにも小さな声だったから、私はシリアルをかき込んでいるスプーンの手を止めた。そうしないと雑音にかき消されてしまう気がしたから。

「そっか、じゃあ家まで送るよ」

「え?! なんで?!」

「なんでって……」

 まさかコイツは昨晩自分の身に起きたことをもう忘れたのか? 

「心配だからだけど」

「し、心配……?」

「まあ、今日はまだ土曜日だから念のためもう1日ここにいてくれたほうが私としては安心できるんだけどね。とは言え、私にできることなんてないんだけどさ」

 できることは何もない。それは確かだ。けれども乗りかかった船。頼ってくれた彼女をこのまま放り出すのには抵抗があった。まあ、こんなのは私の我儘だ。言っても彼女を困らせるだけだろうに、どうして口に出してしまったのか。弁解しようと思い、視線を上げると。

「いる……」

「ん?」

「もう1日、ここにいる!」

 まりなは高らかに宣言した。先ほど蚊の鳴くような声を出していた人と同一人物だとは思えないほどの声量で、思わず私は驚いてしまった。それが彼女に伝わったのか、はっと我に返り、小さく縮こまった。

「ご、ごめん、うるさくて」

「いや……」

 言葉を濁しつつ、教室で見る彼女の姿を思い出す。

「それくらい元気があるほうがまりならしいよ。学校でのまりなはそんな感じ。先生にも臆さず大きな声でハキハキと話してて」

「あたしの声、大きい……? ユウちゃんの耳にも届いてた?」

「それはもう」

「あの、どう思った?」

「どうとは?」

「う、うるさいな~とか、さ」

「いや別に」

「じゃあ、えっと、元気だな~とか、明るいな~みたいな?」

「そうだね」

「あの、それって」

「うん?」

「い、いいな~って思ったり……とか?」

「う~ん」

 思いがけない質問に、思わず唸る。するとまりなは「ヒョッ」と変な声を上げた。なにいまの。悲鳴?

「ごめん、羨ましいかどうかなんて考えたことなかったよ」

「あ、いや、そういう意味じゃ……ナイデス……」

「?」

 今朝のまりなは忙しない。慌ててみたり、落ち込んでみたり。ぴいぴい鳴いてるかと思えば、途端に静かになったり。もう背中に羽はないというのに、まるで小鳥のヒナのようだ。そう考えると、彼女が食べているシリアルがバードシードに見えてきた。これはいかん。お昼は人間らしいものを食べさせよう。そうでなければ今度は羽の幻覚が見えてしまいそうな気がした。

「まりな、お昼はうどんでいいかな?」

「えっ? まだ朝ご飯も食べ終わってないのに、もうお昼の話してるの?」

 もっともな反応だ。だけれども。

 きょとんとした、そのあどけない表情を見ていると、あれこれ考えをめぐらせてしまうのだ。

 お世話係というのは、そういうものなのです。

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