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第2話 転生と最初の死

リリアナは、ふっと小さく息をつくと、優雅に椅子に腰掛けた。

金髪の縦ロールがゆるく揺れ、冷静な視線がこちらに向けられる。


「さて……どこから話すべきかしら」


落ち着いた口調。しかし、その声にはどこか張り詰めたものがある。

僕は言葉を挟むこともできず、ただ彼女の話を待った。


やがて、リリアナは静かに語り始める。


「私がこの世界に来たのは、突然のことでしたわ。気づけば、この『リリアナ・フォン・エーベルハルト』として目を覚ましていましたの」


一拍置かれた沈黙が、部屋の空気をひやりと冷たくする。


「目を覚ました場所は、公爵家の自室。どうやら、夏の帰省期間中だったようですわね」


リリアナは椅子の背にもたれ、少しだけ天井を仰ぐ。


「最初は訳も分からず、ただ現状を受け入れるしかありませんでした。公爵家の令嬢としての日常を送りながら、周囲の状況を観察していくうちに気づいたのです。この世界が――」


そこで、リリアナの視線が僕に向けられる。

その瞳は静かに、しかし鋭く光を帯びていた。


「私が知っていた乙女ゲームの舞台である、ということに」


心臓が跳ねる。


やはり彼女も、同じように気づいていたのか。

いや、それ以上に――僕よりも遥かに深く、この世界の本質に迫っていた。


リリアナはわずかに口角を上げる。


「最初に気づいた時は、運命の悪戯だと思いましたわ。まさか、ゲームの世界に転生するなんて」


淡々とした口調。しかし、その笑みは冷たく、どこか寂しさを含んでいるように見えた。


「それでも、最初の周回では何も分からなかった。具体的な展開も、登場人物たちの細かな設定も……」


ゆっくりと目を閉じ、リリアナは小さく息をつく。


「気づいた時には、卒業式の場に立たされていましたの」


「卒業式……」


僕は思わず反応する。この世界における、運命を決定づける重要なイベント。

そこが『断罪イベント』の舞台であり、リリアナの破滅の幕が上がる場所だ。


「そう。特別な卒業式。王子アレクシスと私が同じ年に卒業するという理由で、王宮での開催が決まりましたの」


リリアナの声が少し低くなる。


「そして、私は断罪されましたわ」


その言葉が、部屋の空気をさらに冷たくする。


「罪名は、婚約者であるクリスティーナ様に対する嫉妬や嫌がらせ……そんなありふれたものですわ。周囲の嘲笑と非難の嵐。その中で、王子アレクシスが断罪の言葉を述べました」


リリアナは微笑んでいる。しかし、その瞳は氷のように冷たい。


「『リリアナ・フォン・エーベルハルト、貴様をこの場で追放する――』と」


しばしの沈黙。


彼女はゆっくりと目を閉じた。






「私はそのまま城門へと連れて行かれましたわ」


リリアナは淡々と続ける。


「馬車に乗せられるわけでもなく、護衛がつくわけでもなく、ただ『城門から出ていけ』と。それが、私に与えられた追放という名の処分でしたの」


その声には、わずかに皮肉が滲んでいた。


「私は歩きましたわ。黙って、門の外へ」


城門へと向かうまでの道のり。

誰一人として手を差し伸べる者はいなかった。

むしろ貴族たちは彼女の背を見送りながら、ささやかな笑みすら浮かべていたという。


「でも――」


そこで、リリアナはふっと笑う。


「城門を越えた、まさにその瞬間」


リリアナは手で首元をなぞるように動かしながら、静かに告げる。


「背後から、何かが風を切る音がしましたの」


鋭く、重く、容赦のない音。


「次に感じたのは、首筋に走る鋭い痛み、そして、視界が暗転する感覚」


リリアナは微かに首を傾げると、冷え切った瞳で僕を見据えた。


「結局、追放なんていうのは建前だったのですわ。最初から、殺すつもりだったのです」


その言葉に、僕は息を呑んだ。


「……そんなの、ありかよ……」


言葉が、喉の奥に詰まる。


リリアナは微笑む。


「ええ、理不尽でしょう? でも、それが『悪役令嬢』に与えられた結末でしたの」


彼女の声には、怒りも悲しみもない。ただ、冷たい事実を並べるだけの響きだった。


「こうして私は、王宮の門をくぐったその場で命を落としました。そして、目を覚ますと――」


リリアナは、ゆっくりと椅子の背に体を預ける。


「……エーデルハルト家の自室で、すべてが元に戻っていましたの」






彼女は背もたれに身を預けると、ゆっくりと瞳を閉じる。


「すべてが最初に戻っていた。日付も、状況も……ただ一つ違うのは、私自身がすべてを覚えていたということだけ」


彼女の視線が僕に向けられる。


「そうして私は、同じ一ヶ月を繰り返す『ループ』に囚われていることを知りましたの」


「……一ヶ月」


呟くように繰り返す。


「ええ、貴族学校の帰省期間、夏の一ヶ月。その終わりに、王宮での卒業式が待っている。それが断罪の場であり、私が破滅する運命の舞台ですの」


彼女は再び静かに語り続けた。


「最初のループでは、何も変えることができませんでしたわ。断罪され、処刑され、また最初に戻るだけ」


その言葉の奥には、計り知れない孤独と絶望が滲んでいるように感じた。


「何度も、何度も繰り返しましたわ。そしてようやく気づいたのです。『この運命を変えるには、自らの手で運命に抗うしかない』と」


リリアナは淡々と言葉を紡ぐ。


その声には、何度も死に、何度も生き返り、それでも抗い続ける者の覚悟が滲んでいた。


「……だから、あの場で剣を取ったのか」


僕はリリアナが断罪の場で王子アレクシスを斬り伏せた光景を思い出しながら呟いた。


彼女は静かに微笑む。


「そうですわ。運命を変えるためには、行動しなければ何も変わりませんの」


「何度も、何度も繰り返しましたわ」


リリアナは静かに目を閉じ、言葉を続けた。






「最初は、ただ弁明すれば何とかなると思いましたの」

リリアナは静かに語り始めた。


「断罪の場で、私は涙を流しながら訴えました。『私は無実です』『クリスティーナ様を傷つけるようなことなどしていません』と」


彼女の淡々とした口調とは裏腹に、僕はその光景を想像して胸が痛くなった。


「でも、誰も聞いてはくれませんでしたわ。むしろ、『悪あがきをするな』と怒りを買い、処刑が早まるだけでしたの」


リリアナは皮肉げに微笑む。


「命乞いも試しましたわよ。『どうかお慈悲を』と何度も頭を下げました。でも、それも無駄でしたわね」


冷えた声で語る彼女の姿は、まるで自分の経験を客観視しているかのようだった。


「ならば、と帰省期間中に逃げ出そうともしましたわ。公爵家の領地を抜け出して、遠くへ隠れようと。でも……」


リリアナは一瞬目を細め、どこか懐かしむような表情を見せる。


「父様――公爵に見つかりましたの」


「……それで?」


「彼は私を連れ戻し、部屋に閉じ込めてしまいました」


「閉じ込められた……?」


「ええ、軟禁状態ですわね」

リリアナは肩をすくめる。


「『私の娘が逃げるなど許さん』と。父様にとって、私は公爵家の面子そのもの。逃げるなんて許されるはずもありませんでしたの」


彼女の声には、どこか諦めが混じっていた。


「そうして迎えた卒業式。逃げることもできず、断罪の場へ連れて行かれ、また同じ運命を辿る……」


「……それが、何度も続いたのか」


「そうですわ」

リリアナは静かに頷く。


「何をしても結果は同じ。断罪され、殺される。それが、このループにおける『定め』でしたの」


一瞬、沈黙が落ちる。


リリアナはゆっくりと椅子から立ち上がり、窓辺へと歩み寄った。


「そして、私はたどり着いたのです」


「……何に?」


彼女は窓越しに外を見つめながら、静かに告げた。


「アレクシスを――殺すしかない、と」


「はああああ!?」


思わず声が裏返った。


「何をそんなに驚いていらっしゃるの?」

リリアナは肩をすくめる。


「考えてみれば簡単なことですわ。この『断罪イベント』を仕切っているのは王子アレクシス。ならば、彼を排除すれば、すべての問題は解決しますもの」


「いやいやいや! そんな簡単に言うけど……!」

僕は頭を抱えた。彼女の論理には無理があるどころか、完全に暴論だ。


「ええ、もちろん初めて戦いを挑んだ時は惨めなものでしたわ」

リリアナは苦笑を浮かべた。


「持っていたのは実家――公爵家から持ち出した剣。それなりに立派なものですが、扱い方も分からない素人が握ったところで意味などありませんでしたの」


「それで戦ったの……?」


「ええ。卒業式の日、断罪の場で剣を抜き、アレクシスに戦いを挑みましたわ」


リリアナの声には淡々とした響きがあったが、その内容は驚愕そのものだった。


「結果は……聞くまでもありませんわね」


リリアナは小さく笑う。


「彼は、この国が誇る剣の天才ですもの。私の攻撃はすべて軽くいなされ、その場で斬り伏せられましたの」


僕はその光景を想像して、言葉を失った。


「ですが、そこで諦めるわけにはいきませんでしたわ」

リリアナの瞳が鋭く光る。


「繰り返す中で私は考えました。戦い方を変えれば、もしかしたら――と」


「戦い方を……変える?」


「ええ」

リリアナは微かに笑いながら頷いた。


「槍を使ってみたり、斧を振り回してみたり、吹き矢で奇襲を狙ったり……いろいろ試しましたわ」


「えっ……本気で?」


「もちろんですわ」

リリアナは当然のように頷く。


「でも、どれも上手くいきませんでしたの。力技も、奇策も、すべて見透かされてしまいましたの」


「……それで、諦めたの?」


「いいえ」


リリアナの表情に、微かな決意が宿る。


「何度も挑戦するうちに気づきましたの。私に最も合う武器は――剣だと」


彼女の言葉には、揺るぎない確信があった。








ループ11周目、初日――

庭の小道をゆっくりと歩く。


公爵家の広大な庭園は、いつもと変わらぬ穏やかさをたたえていた。心を落ち着けるには最適な場所――けれど、今のリリアナには、その静寂が重くのしかかる。


(どうすれば……この運命を変えられるのかしら)


何度試行錯誤を繰り返しても、結果は変わらない。

卒業式の断罪の場で、王子アレクシスに破滅させられる――それが避けられない未来だと思うと、自然と足取りが鈍る。


ふと顔を上げると、庭の奥に人影が見えた。


一本の木の下、長身の男が静かに佇んでいる。


長い銀髪が陽の光を受けて淡く輝き、落ち着いた雰囲気をまとったその姿。男は枝の先に咲いた小さな白い花をじっと見つめていた。


(……こんなところに人が?)


リリアナは思わず足を止めた。


男は軽く手を伸ばしたが、花には触れず、ただ静かに見つめている。


「……もし」


思い切って声をかける。


男の肩がわずかに動いた。


ゆっくりと振り返る。


銀の瞳が、まっすぐにリリアナを捉えた。


「……」


一瞬、驚いたような表情を見せる。


だが次の瞬間には、穏やかな微笑を浮かべていた。


「どうも、いい天気ですね」


低く落ち着いた声が、庭の静寂を破る。


リリアナは、その声音に思わず息を呑んだ。


「え、ええ」


自然と返したものの、その声にはわずかに緊張が混じっていた。


男は再び木の枝に視線を戻しながら、口を開く。


「この庭に、このような花が咲いているとは思いませんでした。珍しいですね」


何気ない言葉。


だが、その佇まいにはどこか只者ではない気配があった。


(この人……誰?)


漠然とした既視感が胸をよぎる。


そして――記憶の奥底から、鮮明な映像が蘇った。


(……セドリック・モルデン!?)


リリアナは心の中で驚きの声を上げる。


彼は原作ゲームやアニメに登場する軍師キャラだった。


優れた戦略家でありながら、剣の腕も超一流。物静かで知的な雰囲気を漂わせながら、いざ戦場では誰よりも冷徹な判断を下す男。






「……モルデン様、でいらっしゃいますわね」


リリアナが問いかけると、男は薄く笑う。


「私のことをご存知でしたか?」


その言葉に、リリアナは小さく息を飲む。


「ええ、少しだけ」


彼女は冷静を装いながらも、内心は大きく動揺していた。


(やはり……彼が、あのセドリック・モルデン)


王国軍の軍師にして、剣の達人。冷静沈着で知的な戦略家として描かれたキャラクターだ。

だが―― この場面、この出会いは、アニメには存在しなかった。


アニメでは1話しか登場しないゲストキャラのような扱いだったはず。

きっとゲームだと彼が掘り下げられるシーンもあったのだろう。


(これはきっとチャンスなのかもしれない)


リリアナは軽く息を整え、一歩前へ出る。


「モルデン様」


彼女の瞳に揺るぎはない。


「お願いがありますの」


モルデンがわずかに首を傾げ、興味深そうに彼女を見つめる。


「私に、剣を教えていただけませんか?」


その言葉に、モルデンの表情がわずかに変わった。


「……リリアナ様が、剣を?」


彼の銀の瞳が鋭く細められる。


「ええ」


リリアナは迷いなく頷く。


「どうしても、剣の技を身につける必要があるのです」


モルデンは数秒、沈黙を保った。


「剣を学ぶ理由を聞いても?」


「……どうしても倒したい相手がいますの」


その言葉に、モルデンの瞳が僅かに揺れる。


彼は静かに彼女を見つめ、やがて、ほんのわずかに口元を緩めた。


「……面白い」


低く響く声が、庭の静寂を破る。


こうして、リリアナの新たな戦いが始まった――。

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