表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
されど悪役令嬢は斬り結ぶ(試作版)  作者: あかさなた
最終章 彼方の聖女
18/22

Ep.18

「試してみます?」


「……う、うん?」


モブロックは恐る恐る柄に手をかける。

その瞬間――


「ぐっ……!? な、何これ……!? 重っ……!!」


両手で持とうとした途端、その重みで腕が引きずられそうになる。

驚いて手を離すと、ズシンッ! と低い音を立てて床に沈んだ。


「っ!? ……え、これ、どういうこと?」


モブロックは青ざめた顔でリリアナを見上げた。

だが、リリアナは何でもないようにカルヴァロスを拾い上げ、簡単に肩に担ぐ。


「……どうして持てるの?」


リリアナは優雅に微笑んだ。


「私だから、ですわ」


モブロックは絶句した。


「つまり、この剣の機能って……」


「ええ。ただひたすらに重い剣、それだけ。 けれど、私が持つと羽のように軽くなる。つまり――“魔法の棍棒”ですわ」


モブロックは頭を抱えた。「いやいやいや、それって……そんなのアリなの!?」


「もちろんアリですわ」


リリアナは微笑みながら剣を構え、軽く振るった。

その一撃だけで、バルコニーの空気が唸る。


モブロックは背筋が凍った。


「……つまり、むちゃくちゃ重い鉄塊を、普通の剣のスピードで振り回せるってこと?」


「ええ」


「……勝てるわけないじゃん」


モブロックは呆然としながらつぶやいた。


リリアナはカルヴァロスを肩に乗せたまま、満足げに頷く。


「この剣の力は、それだけですの。 けれど、それだけで十分ですわ」


「……いやもう、えげつないよそれ……」


モブロックは力なくため息をつきながら、改めて剣を見つめた。

まさか、こんなバケモノじみた武器がこの世界にあったとは――。


リリアナは静かにカルヴァロスを握り直し、バルコニーの向こうを見据える。


モブロックはカルヴァロスを見つめながら、未だに納得しきれない表情を浮かべていた。





「この剣を入手したことでアレクの攻略難易度は一気に下がりました」





「でも……アレクって、めちゃくちゃ強いんだよね?」


「ええ」リリアナは肩を竦めた。「私がどれほど鍛えようとも、アレクの剣は王国最強。勝ち筋は見えていても、一度でも鍔迫り合いに持ち込まれたら即死でしたわ」


モブロックの背筋が冷たくなる。鍔迫り合い――つまり、純粋な力の勝負になれば、リリアナは力負けして一瞬で斬り伏せられるということだ。


「ですが、カルヴァロスを手に入れたことで、その難易度が一気に下がりましたの」


「どういうこと?」モブロックは身を乗り出した。


リリアナは、軽々とカルヴァロスを振り上げる。


「細剣のときは、相手の剣を受け流すことで何とか戦っていましたわ。ですが、カルヴァロスなら――相手の剣撃の重さを無視できるのです」


「無視……って?」


「カルヴァロスは異常なほど重い剣。それを私だけが軽々と振るえるのですから、相手の剣の重みをそのまま吹き飛ばせるということですわ」


モブロックは目を見開いた。


「つまり、今までは細剣でギリギリの勝負をしてたけど、カルヴァロスなら鍔迫り合いに持ち込まれても力負けしない……?」


「その通り」


リリアナは微笑む。


「鍔迫り合いになった瞬間、相手の剣ごと吹き飛ばせるのですわ」


モブロックの口がパクパクと動く。


「……それ、もう剣じゃなくて……」


「棍棒ですわね」リリアナはあっさりと認めた。


「……」


モブロックは遠い目をした。


「さらに、カルヴァロスが無刃であることも、私にとっては都合が良かったのです」


モブロックは驚いたように顔を上げる。


「え? 刃がないのが、どうして?」


「アレクは本来、遥かに格上の剣士…細剣を使っていた頃は、相手を無力化するには殺すしか手段がありませんでしたの」


「……あ」


モブロックは思わず息を呑む。


「ですが、カルヴァロスなら――」リリアナは剣を軽く振る。「相手を殺さずとも、ぶっ飛ばすことで無力化できるのですわ」


「ま、多少の怪我はさせてしまいますけれど」


「多少の怪我……」


モブロックは、リリアナが何気なく振るったカルヴァロスが風を裂く音を聞きながら、ゴクリと唾を飲んだ。


(……それ、普通に骨が砕けるレベルじゃないか……?)


リリアナは満足げに頷いた。


「これで、王子攻略は以前よりもはるかに楽になりましたわ」


「……」


モブロックは、遠い目をしながら呟いた。


「……なんかもう、めちゃくちゃだな」


モブロックは、カルヴァロスをじっと見つめながら、ゆっくりと頷いた。


「なるほど……それで、強力な剣を手に入れて、今に至るってわけなんだね」


しかし、リリアナは静かに首を振る。


「いいえ」


「え?」


モブロックは思わず聞き返した。


「確かに、カルヴァロスを手に入れたことで、私は以前よりもはるかに強くなりましたわ。これまでの戦いと比べても、王子を倒す難易度は格段に下がった。王城の制圧も順調に進んだ。ですが――」


リリアナは剣を静かに構え、バルコニーの向こうの影の群れを見据える。


「それでも、結局この状態でも最後には影のバケモノに殺されてしまうのです」


モブロックは息を呑んだ。


「え……? でも、カルヴァロスなら――」


「無意味でしたわ」


リリアナの声には、静かな絶望が滲んでいた。


「いくら王子を倒し、王城を制圧し、軍を動かせたとしても……この剣では、奴らを滅ぼすことはできませんでしたの」


モブロックの背中に冷たい汗が流れる。


「じゃあ……じゃあ、どうしたの?」


リリアナはゆっくりとカルヴァロスを鞘に納め、目を閉じた。





リリアナは静かに微笑みながら、モブロックを見つめる。


「これでわかったでしょう?」


モブロックはまだ事態を完全に飲み込めていない様子だったが、それでも頷く。


「アレクシスを倒し、北辺と西辺の軍を動かして国盗りを成立させても……結局、影のバケモノが現れる」


リリアナは視線をバルコニーの外へ向けた。城の外では、黒い影の群れがじわじわと蠢いている。結界があるため、今のところは侵入を防げているが、それも長くは持たない。


「いずれ、結界は破られます。そして私は戦うことになるのですが……最後は物量に押し潰されて死ぬのです」


モブロックはごくりと息を飲んだ。


「何周も戦い続けてきました。バケモノの群れを討ち払っても、湧いてくるばかり。そして、ただの雑魚ではなく、親玉のような存在がいるのではないかと考えました」


「親玉……ボスってこと?」


「ええ。ですが、コレまでのループでは、その親玉らしき存在を見つけることはできませんでしたの」


モブロックは息を詰まらせる。


「……見つけられなかった?」


「ええ。ですが、地割れの奥深くにいるのではないか、と推測しています」


「じゃあ、それを倒せば……!」


「地割れの奥深くにいるのかもしれませんが、現在の王都の戦力ではそこまでたどり着くことはできませんの」


モブロックは絶句する。


「……そんな」


「何度も条件を変えながらループを繰り返しました。戦略を変え、兵力を増やし、結界を強化する方法を探しました。そのためにアレクやセシルも死なせずに戦力として使った。しかし、いまだに解決策は見つかりません」


リリアナはふっと息をつくと、静かにモブロックを見つめた。


「だからこそ、今回のループであなたと出会ったとき、運命を感じました」


「えっ……?」


「100回以上繰り返した死のループの中で、あなたのような存在に出会ったのは、これが初めてですわ」


モブロックはごくりと喉を鳴らした。

彼は転生者としてこの世界に来たが、ずっと自分だけが異物なのだと思っていた。

だが、リリアナもまた同じだったのだ。


「……僕が、あなたの希望になったってこと?」


「ええ」


リリアナは微かに微笑む。


「あの断罪の場で、ただ一人、私を助けようと声を上げようとした者。それがあなたでした」


モブロックは顔をしかめた。

「あの時は……単純に、見てられなかっただけだよ。知ってたんだ、このままいけばリリアナが破滅するって。だから、何かしなきゃって……」



モブロックはリリアナの瞳を見つめた。

そこには、かつてなかったであろう光が宿っている。


「あなたは、アニメ版だけでなくゲーム版もプレイしている。きっと、その知識の中に、このループを打開するヒントがあるはずですわ」


モブロックは目を見開いた。


「……! じゃあ、僕の知識が……?」


「ええ。だからこそ、私はあなたに全てを語っているのです」


リリアナはカルヴァロスを軽く持ち上げ、その冷たい輝きを眺める。


「私の剣では届かないものがある。私の知識では解決できないこともある」


彼女はモブロックをまっすぐに見据えた。


「ですが、あなたとなら――この運命を切り開けるかもしれませんわ」


モブロックは拳を握る。

「つまり……僕が、この状況を変える鍵?」

(こんな展開、ゲームにもアニメにもなかった……! でも、だからこそ――)


リリアナは静かに微笑む。


「私が知るのは表向きのストーリーのみ。ですが、あなたはその裏まで知っている」


「だからこそ、私はあなたに賭けてみようと思いましたの」


モブロックは唾を飲み込んだ。


「……僕に、何かできることがあるかもしれない?」


リリアナはゆっくりと頷く。


「ええ。だからこそ、あなたをこの部屋に連れてきましたの」


「私が知るのは表向きのストーリーのみ。ですが、あなたはその裏まで知っている」


リリアナは静かに言葉を続けた。


「だからこそ、私はあなたに賭けてみようと思いましたの」


モブロックはゆっくりと深呼吸し、言葉を選ぶように口を開いた。


「……じゃあ、トゥルーエンドのことを話すよ」


リリアナは軽く頷いた。


「ええ。詳しく聞かせていただけます?」


モブロックは視線を宙に彷徨わせながら、語り始める。


モブロックは語り始めた。


「メインストーリーは、聖女候補クリスティーナが貴族学校で経験を積みつつ、各攻略キャラ(イケメンたち)と仲良くなっていく、よくある乙女ゲー的な展開なんだ」


リリアナは静かに聞き入る。


「貴族学校では、王子や騎士、魔法使い、軍人の息子みたいなキャラと仲を深めて、それぞれの個別ルートに入る感じでさ。エンディングも各キャラごとにあって、ハッピーエンドっぽく終わるのが普通なんだけど……」


「……トゥルーエンドでは、影のバケモノの封印が崩壊してしまうんだ」


リリアナはモブロックの顔をじっと見つめた。


「……続けてください」


モブロックは少し唇を噛みながら話を続ける。


「トゥルーエンドでは、王国が崩壊する。影のバケモノが溢れ出して、国はもう手がつけられない状態になる」


「……」


「だけど、攻略キャラのイケメンたちが、最後にクリスティーナを救い出すんだ。自分たちの命を犠牲にして、ね」


「つまり……バッドエンドのように見えるトゥルーエンド、ということですのね?」


「そう。それが当時、プレイヤーの間で話題になったんだよ。『この結末、実質バッドエンドじゃん!』って」


リリアナは静かに目を閉じ、少し考え込む。


(……そういうことでしたのね)


彼女はゆっくりと目を開き、どこか納得したように口を開く。


「なるほど。いきなり影のバケモノが出てきて、死にゲーみたいな展開になったのは、そういうことでしたのね」


モブロックが驚いたようにリリアナを見つめる。


「……そういうこと?」


「私が知っていたのは、アニメ版のストーリーのみでした。原作ゲームでは影のバケモノの話がトゥルーエンドルートでのみ明かされるということ……今まで知る機会がなかったのも納得がいきますわ」


リリアナはバケモノたちがうごめく城外を見つめながら続ける。


「私はただ破滅を回避することだけを考えていましたが……今の状況は、もはやそれどころではありませんわね」


モブロックは淡々と語り続ける。


「そして、最後に残ったアレクシスが、『次元渡りの石』を使ってクリスティーナをどこか別の世界へ転送する」


リリアナは目を細める。


「……別の世界、ですの?」


「そう。転送された先は、見たこともない場所だった。空高くまでそびえる建物が並び、夜の街には無数の光が瞬いていた。石造りの建物ではなく、どこか人工的な、異質な世界」


リリアナの脳裏に、漠然とした疑問が浮かぶ。


(その世界とは、一体……?)


「クリスティーナは、助けられたことに涙を流していた。でも、同時に後悔もしていたんだ」


モブロックは言葉を続ける。


「『みんなが私を助けてくれた。だから強く生きていかなければ、みんなの分も』」


「『だけど、私にもっと力があれば、もっと早く聖女の運命に気づいていれば』」


「『もっと違う選択肢があったのかもしれない』」


リリアナは目を閉じ、静かに息を吐いた。


「……なるほど、本来はそういうお話だったのですね」


「アニメじゃ、この話は語られなかったからね。あくまで普通の乙女ゲームとしてのルートしかなぞらなかったし」


「ええ、いきなり影のバケモノが出てきて、死にゲーのような展開になったのはそういうことだったのですわね」


リリアナは淡々とした口調で言ったが、その目は鋭い思索の光を宿していた。


(王族や教会が影のバケモノの存在を隠し、聖女を生贄にしてきた。そして、それを打ち破るための道がトゥルーエンド……)


リリアナはゆっくりと目を開き、モブロックを見据える。


「ここまで聞いた限り、影のバケモノが現れるのは、トゥルーエンドルートのみ、ということですのね?」


「……そうだよ」


モブロックは苦々しい顔で頷く。


「つまり、貴族や王族の人間は、聖女が生贄になることを知っていたということですの?」


「知っていたのは、貴族じゃなくて王族の一部と教会の上層部だけ。歴代の王と、代々選ばれてきた聖女を監督する立場の人間だけが、その秘密を知ってたんだ」


「……なるほど」


リリアナは静かに思案するように頷く。



リリアナは静かに息を吐き、改めてモブロックを見た。


「影のバケモノのこと、トゥルーエンドのこと……確かに、それでこの世界の構造はだいぶ見えてきましたわ」


モブロックは黙って頷く。


「ですが、そうなりますと、さらに疑問が浮かびますの」





「……なに?」


「結局、私たちはどうしてこの世界に転生してしまったのかしら?」


リリアナの問いに、モブロックは一瞬言葉を失う。


影のバケモノの封印、聖女の生贄、王族と教会が隠してきた真実……そうしたこの世界の仕組みは理解できた。


しかし——それが、自分たちの転生やループとどう関係するのかは、まったくわからないままだ。


「……確かに」


モブロックは呟くように言った。





モブロックは、ふと疑問を抱いた。


「そういえばさ……」


「何ですの?」


リリアナが問い返すと、モブロックは首を傾げながら言った。


「君、アニメは見てたのに、どうして原作ゲームはやらなかったの? 乙女ゲームが好きなら、普通はプレイするんじゃない?」


リリアナは軽く肩をすくめ、さらりと言い放った。


「だって、あれ大人向けのゲームでしょう? 私、あちらでは中学生でしたのよ。それに…」


「…………え?」


モブロックの思考が一瞬、停止した。


「え、君、中学生だったの!? ま、待って、未成年!? マジで!?」


「……何をそんなに驚いていますの?」


「いやいやいや、だってさ……! 君、今めちゃくちゃ落ち着いてるし、頭も切れるし、どう考えても大人の思考してるじゃん!」


モブロックは思わず身を乗り出したが、リリアナは静かに紅茶を口に運んだ。


「そりゃあ、何十回も死んでループしていれば、嫌でも落ち着きますわよ」


「……そう言われると、何も言えない……」


モブロックは肩を落とした。


(マジかよ……リリアナ、中学生だったのか……)


確かに、考えてみれば、ゲームが発売された当時に未成年なら、プレイできるわけがない。


「なるほど、それでアニメしか知らなかったわけだ」


「ええ。ですから、アニメでは描かれなかった細かい設定や、トゥルーエンドの展開は知らなかったのですわ」


リリアナは優雅にカップを置き、モブロックを見つめる。


「ですが、あなたは違いますわね? 原作ゲームを最後までプレイし、全ルートを攻略していた」


モブロックは、少し居心地悪そうに頬をかいた。


「そういうあなたは、おいくつ? もちろん、あちら側での話ですわ」


モブロックは少し考えて、正直に答えた。


「……25歳だけど」


「まあ」


リリアナは少し目を見開き、ゆっくりと微笑んだ。


「あらあら、結構お歳を召していらっしゃるのね」


「……失礼だな」


モブロックは思わず頬を引きつらせた。


「いやいや、25ってそんなに歳とってないでしょ!? むしろまだ若い部類だと思うんだけど!?」


「まあ、個人の感覚によりますわね」


リリアナは紅茶を一口飲み、優雅に微笑む。


「何十回も死んでループを繰り返した身としては、私のほうがずっと長く生きている気がしますけれど、あちらでの年齢なんて無意味じゃなくて」


「それは……まぁ、確かに……」


モブロックは苦笑しながら肩をすくめた。


リリアナの言う通り、彼女のループの回数を考えれば、実際の時間経過としては下手すればモブロックより長く生きているかもしれない。


(いやでも、中身は元中学生だよな……)


モブロックはなんとなく敗北感を覚えながら、ふと考えた。




「この原作ゲーム……どんなメーカーが作ったのかしら?」


モブロックは少し考えてから、記憶を辿る。


「えーっと……確か、最初は同人から始めた新興メーカーだったはず」


「同人から?」


リリアナは軽く眉を上げた。


「うん。商業デビューする前から、乙女ゲームのシナリオを手がけていたらしいよ」


「なるほど、それで急に話題になったのですわね」


「そうそう。で、そのシナリオを書いてるのが……確か、桶川っていう女性ライターだった」


「桶川?」


「うん、開発者インタビューの記事を見たことがある」


モブロックはそう言いながら、脳内の記憶を探るように目を細めた。


「桶川ってライター、ファンの間では結構有名だったんだ。妙に骨太なシナリオを書く人でね」


「ほう?」


リリアナは紅茶を口に運びながら、興味深そうに耳を傾ける。


「彼女が書いたシナリオは、ただの恋愛ストーリーじゃなくて、どこかダークで深みのあるものが多かった。乙女ゲームなのに、妙に考察しがいのあるストーリーだったっていうか……」


「なるほど、それでトゥルーエンドがあのような展開になったのも頷けますわね」


リリアナは軽く頷いた後、少し考え込むように視線を落とす。


「……しかし、こうなってくると、ますます気になりますわね」


「何が?」


「この世界が、どこまで彼女の手によるものなのか……」


モブロックはドキリとした。


リリアナはすでに、この世界がただのゲームの世界ではなく、何かしらの意図があって構築されたものなのではないかと疑い始めている。


(確かに、影のバケモノ、封印、聖女の生贄……そして僕たちの転生とループ……)


普通の乙女ゲームには到底そぐわない要素があまりにも多すぎる。


「桶川が何を考えてこのゲームを作ったのか……」


モブロックは思わず、呟いた。


そしてリリアナは、静かに、しかし鋭い目でモブロックを見つめた。


「ええ。私たちがここにいる理由を知るためには、その答えも探らねばなりませんわね」


「え……まさか、桶川さんが転生とループの犯人だって言いたいの?」


モブロックはリリアナの推測に驚き、思わず身を乗り出した。


しかし、リリアナは紅茶を一口飲んでから、冷静に答える。


「犯人かどうかは分かりませんわ。ですが、その桶川というライターが何かしらの鍵を握っている可能性は高いですわね」


「……どういうこと?」


「推理を進めてみましょう」


リリアナは指を組み、ゆっくりと話し始めた。


「まず、前提として考えるべきことは——この世界は、元々本当に『ゲームの世界』だったのか?」


モブロックは言葉を失った。


「……え?」


「言い換えれば、**『この世界は元々ゲームとして作られたフィクションではなく、最初からどこかに実在していたのではないか?』**ということですわ」


「そ、それって……どういう……?」


モブロックの戸惑いをよそに、リリアナは続ける。


「考えてみなさい。私たちが元々住んでいた世界——つまり、地球や日本がある世界と、この世界が元々別に存在していたと仮定します。

では、どうやってこの世界の情報が、あちらの世界に伝わったのか?」


「……っ!」


モブロックは息を呑んだ。


「もし、この世界が実在していたのなら——こちらの世界の住人か、関係者が何らかの理由と方法で、私たちの住む日本にやってきたと考えられますわね。こちら側には魔法も存在するわけですし」


「……そいつが、この世界を題材にしてゲームを作った?」


「ええ。それが原作の乙女ゲーム、**『彼方の聖女』**だったのではありませんの?」


モブロックは震える指でカップを持ち直した。


「……で、でも、それが本当だとしても……なんで僕たちがこっちに送り込まれたんだよ?」


「そこですわ」


リリアナは薄く微笑む。


「ゲームの制作者——桶川が、この世界の何者かと関係があったとして、次の疑問が浮かびます」


「なんで、僕たちを送り込んだのか……? それに……」


モブロックはふと、何かに気づいたように呟いた。


「どうして……僕たちが選ばれたんだ?」


「ええ、そこが最も重要な点ですわ」


リリアナはモブロックを見つめ、静かに言う。


「私たち二人には、共通点がありますわね」


「共通点……?」


「ふたりとも、彼方の聖女のアニメ版を視聴している」


モブロックはハッとした。


「……!」


確かに、自分とリリアナの共通点を考えたとき、一番わかりやすいのはそこだった。


(そうだ……僕はゲームもプレイしたけど、それ以前にアニメを最初から最後まで見ていた……)


「そして、あなたは原作ゲームをプレイしていたけれど、私はプレイしていなかった。

私の知識はアニメの範囲内に限られ、あなたはゲームの全貌を知っている」


「……確かに」


「これが偶然とは思えませんの」


モブロックの心臓がドクンと鳴った。


「……もしかして、僕たちは誰かに仕組まれて、この世界に放り込まれたってこと?」


モブロックの言葉に、リリアナは静かに微笑んだ。


「さて、そこを解明するのが、私たちの次の課題ですわね」




リリアナはふっと息を吐き、静かに紅茶のカップを置いた。


「……おそらく、真実に近づきましたわ」


その声音は確信に満ちている。


モブロックは思わずゴクリと喉を鳴らした。


「真実って……?」


「あなたにしかできないことが、一つありますわね」


「……僕にしかできないこと?」


リリアナは、ゆっくりとモブロックを見つめた。


「私を、あの場所へ案内していただけませんか?」


モブロックは戸惑いながらも問い返した。


「どこへ……?」


「トゥルーエンドで、クリスティーナが最後に向かった場所」


「!」


モブロックは息を呑む。


「クリスティーナが次元渡りの石を使った、城内遺跡の最深部……」


リリアナは頷いた。


「私はこれまでのループで、そこを見つけることができませんでしたの」


「……え、でも王城の地下に遺跡があるのは知ってるんだよね?」


「ええ。ですが、その最深部へは辿り着けませんでした」


リリアナは淡々と説明を続ける。


「王城の最深部には、隠し扉がある。ですが、その扉は通常の探索では開かない仕組みになっているようですわ」


「……そうか」


モブロックは原作ゲームの記憶を辿る。


確かに、トゥルーエンドの最後でクリスティーナたちは王城の最深部へ向かった。そこに次元渡りの石があり、最後の瞬間、アレクシスがクリスティーナを転送した——。


「……待って。それってもしかして……」


モブロックの表情が一変する。


「隠し扉を開ける方法を、リリアナは知らなかった?」


「ええ。その方法が分からなかったため、どうしても辿り着けませんでしたの」


「でも、原作ではアレクシスが扉を開けた……!」


「そうですわ」


リリアナは目を細め、静かに続ける。


「この王城の遺跡の最深部に、何かがある。おそらく、それこそが転生とループの鍵」


「……!」


モブロックの心臓が早鐘のように打ち始める。


「そして、私たちがそこに辿り着くためには——」


「僕の知識が必要、ってことか」


リリアナはゆっくりと微笑んだ。


「その通りですわ、モブくん」


こうして、二人は王城の最深部を目指すことを決意した。


彼らが今まで知らなかった『本当の物語』が、そこにあるかもしれない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ