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されど悪役令嬢は斬り結ぶ(試作版)  作者: あかさなた
第三章 力を求めて
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Ep.17 カイル外伝

俺は小さな村で生まれ育った。


王国北部の、地図にもろくに載らないような寒村だ。


幼いころの楽しみといえば、村に時折やってくる冒険者の話を聞くことくらいだった。


彼らは旅先での戦いや魔物との死闘を、子供たちに語ってくれた。


俺は夢中で耳を傾けた。


――冒険者になりたい。


そう思うようになるのは、ごく自然なことだった。


十五のとき、俺は冒険者になるため街に出た。


自分には何か特別な才能があるはずだ。


若さゆえの理由のない自信に背中を押されて。


けれどその幻想は、一瞬で打ち砕かれた。


小さなパーティに雑用係として加わることはできた。


だが、剣は人並み以下。魔法もまるで使えない。


体力もなく、山道ではすぐ息が上がり、洞窟では仲間に置いて行かれる。


「そんな調子じゃ、冒険者なんてやってられねえぞ!」


何度も怒鳴られた。


俺はただ謝るしかなかった。


仲間たちは不思議なくらい疲れを知らず、どんな険しい道でも平気な顔で進んでいく。


それくらいでなければ冒険者は務まらないのだろう。


俺だけが遅れ、俺だけが倒れ込み、そして俺だけが叱られた。


(どうしてだ……みんなはどうしてあんなに強いんだ? 俺だって必死に走り込んでるのに……)


毎朝欠かさず鍛錬を続けた。


少しでも役に立たなければと、足腰を鍛えた。


だが結果は変わらなかった。


やがて、追放。


一番の理由は「体力不足」。


仲間の足並みを乱すお荷物だと。


その後もいくつかのパーティを渡り歩いたが、どこでも同じだった。


剣も魔法もダメ、体力もない。


ノロマの烙印を押され、すぐに追放された。


気づけば、この辺りで俺と組んでくれる冒険者はいなくなっていた。


だから一人で、薬草採取なんて仕事をしていた。


こんなことをするために冒険者になったわけじゃない。


俺は悔しくて仕方がなかった。


そんなときだった。


森の奥で、信じられない脅威に遭遇した。


突如現れた大型の魔物――この辺りでは見たこともない凶暴な変異種。


俺は剣を構える間もなく、魔物からの一撃を受け、死を覚悟した。


だが、次の瞬間。


怪物は地に伏していた。


目の前に立つ、青髪の青年。


赤いマントを翻し、背中をこちらに向けている。


「大丈夫か?」


振り返った青年は、涼やかな声でそう言った。


レオン、と名乗った。


傍らには赤髪の少女、ミレイユ。彼女は回復魔法をかけてくれた。


あの魔物は、近隣で報告されていた変異種だったらしい。


レオンとミレイユは別口の依頼でそいつを追っていたのだ。


そして偶然、俺と出会った。


俺は運命を感じた。


――この人と一緒に戦いたい。


必死で願い出た。


断られたら冒険者を諦めよう、最後の賭けのつもりだった。


レオンは困ったように眉を寄せたが、やがて「根負けした」と言わんばかりに承諾してくれた。


こうして俺は《不滅の疾駆》の一員になった。


だが、それも長くは続かなかった。


リリアナという少女と出会ったことで、俺の運命はまた大きく変わる。


彼女は異常だった。


絶対に倒せないと誰もが思っていた鉄の巨像を、ただのレイピアで――徹底した反復と、信じられない執念で――ついに打ち倒してしまった。


一撃でも喰らえば即死という戦いを、彼女は真正面から制したのだ。


その姿を見たとき、俺は震えた。


恐怖ではなく、圧倒的な畏敬で。


やがて彼女は宝物庫で赤黒い剣を手に入れた。


そして領都に戻ったあと、俺に告げた。


「――あの追放劇は、私が仕組んだことだったのです」


俺は驚かなかった。


……気づいていたからだ。


あの一件には不自然さがあった。


まるで誰かにそう仕組まれていたかのように。


「……ひどい人だ」


そう言うと、リリアナはわずかに目を伏せ、そして真っ直ぐに俺を見つめた。


「どうしても、あなたの力が必要だったの」


俺は唖然とした。


力? 俺に?


だが彼女は続けた。


俺には固有魔法――“疲れ知らず”の加護があるのだという。


俺がパーティメンバーと認めた者には、全員にその加護が働くらしい。


本人である俺自身は気づいていなかったが、とても素晴らしい力なのだと、そう彼女は教えてくれた。


「……俺に、そんな力が?」


呆然とする俺の手を、彼女はそっと握った。


その瞳には嘘も迷いもなかった。


「これからも私の力になってほしい」


心臓が高鳴った。


冒険者としての夢は挫折し続けた。


才能がない、体力がない、役立たず――そう呼ばれ続けた。


けれど、俺が本当に求めていたのは「冒険者になること」ではなかったのだ。


誰かに必要とされること。


感謝されること。


そういう存在になることだった。


ようやく気づいた。


「……ああ」


俺は頷いた。


「俺は……リリアナについていく、これからも」


その瞬間、胸の奥に重くのしかかっていた何かが剥がれ落ちた気がした。


もう迷わない。


俺は、自分の全てをこの人のために使う。


それが、俺の生きる意味になったのだ。


◇ ◇ ◇


現在――


「……カイルに本当のこと言うなんて、よく怒られなかったね」


モブロックが肩をすくめながら言った。


「もし僕がカイルの立場だったら、ちょっと許せないことだよ」


私は唇の端を吊り上げ、にやりと笑ってみせた。


いやらしいと評されても仕方のない笑み。


「私が、なんの勝算もなくそんな危険な賭けをすると思いますか?」


「……もしかして」


モブロックの額に汗が滲むのがわかった。


彼は鋭いところもある。いや、鋭すぎて余計に不安を抱いてしまうのかもしれない。


私は椅子に背を預け、わざとゆっくりと告げた。


「もちろん、私は最初からわかっていたのです。カイルは私を許す。そしてその後も、私に尽くしてくれるということを」


モブロックの顔色が変わる。嫌な予感を察したのだろう。


「……まさか」


「ええ、私は両方を試したのです。黙っているパターンと、正直に話すパターンを」


私は涼しい声で続けた。


「黙っていた場合、カイルは――いつの間にか私の元を去りました。きっと失望したのでしょう。ですが正直に告げた場合、彼はむしろ力強く私の傍に残ると誓ってくれました。……ここは正直に話しておくことが正解の選択肢だったのですわ」


モブロックの目が大きく開かれる。


まるで信じたくないものを見せられた子供のように。


私は紅茶を一口含み、あっけらかんと言い放った。


「あなたもやるでしょう? 選択肢の前でセーブデータを保存しておいて、ハズレを引いたらロードして選び直す。……ただそれだけのことですわ」


笑みを浮かべる私を見つめるモブロックの喉が、ごくりと鳴った。


「君って……君って……」


彼の顔から血の気が引いていく。


私の笑顔に、彼は薄ら寒いものを感じたのだろう。


私はそれを楽しむように、もう一度、にこりと微笑んでみせた。

第三章完結です。次から最終章が始まります

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