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されど悪役令嬢は斬り結ぶ(試作版)  作者: あかさなた
第三章 力を求めて
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Ep.16

試しに一度、思い切り空を振り抜く。


空気が裂けるように風が巻き起こり、髪が大きく揺れた。


刀身を伝うように、淡い赤の光がドクン、ドクンと脈打っている。


その異様な輝きに、思わず息を呑む。


(これは……やべえ武器を見つけてしまったのかもしれませんね……!)


だが感慨に浸る間もなかった。


背後で――ドガァァン!!


扉が吹き飛び、壁が砕け散る轟音。


振り返った瞬間、そこにいたのは――再び立ち上がった鉄の巨像だった。


「リリアナ、逃げて!」


カイルの叫びが響く。


ズシンズシンと距離を詰めた巨人の拳が振りかざされ、真上から叩き潰そうとしてくる。


私は一歩踏み出した。


恐怖ではなく、妙な確信があったのだ。


「……試してみる価値はありますわね」


カルヴァロスを構え、迫る拳に合わせて叩きつける。


――轟音。


次の瞬間、コロッサスの巨体が宙を舞い、壁へと吹き飛んでいた。


衝撃で石壁が砕け、鉄骨のような体は不自然に折れ曲がっている。


動かない。二度と立ち上がれぬほどに。


私はカルヴァロスを握り直し、目を細めた。


「……確信しましたわ」


当たった箇所は原型を留めていない。


ひしゃげ、歪み、まるで金属の塊を握り潰したように変形していた。


(この剣は――規格外の武器)


胸の奥が熱を帯びる。


これさえあれば、どんな強敵であろうと道は切り開ける。


私はカルヴァロスを見下ろし、冷たい笑みを浮かべた。


(私の切り札が……揃った)


◇ ◇ ◇


「ちょ、ちょっと待ってリリアナ!」


目を輝かせた僕――モブロックが、思わず身を乗り出した。


「それ、今君が手にしてるその剣が、今話に出てきたカルヴァロスだっていうの!?」


リリアナは涼しい顔で静かに頷いた。


「ええ。ドラゴンの胸に突き刺さっていた杭……それが、この剣でしたの」


「信じらんない……! だって“黒鋼の迷宮”って、ゲームじゃ“がっかりダンジョン”って呼ばれてたんだよ!? 知ってる? せっかく最深部まで行っても宝なんかひとつも出ないんだよ!」


僕は机を叩きながら早口でまくしたてる。


「攻略情報でもさ、クリア後にスタッフからのメッセージが表示されるだけ!


『まさかこのダンジョンを攻略してしまうとは。ここに至るまで鍛え上げたあなたと仲間たちの絆はプライスレスです!』――って、白々しいテキストが出るんだ!


しかも画面背景は、壁にもたれかかったドラゴンの白骨と、胸に突き刺さった赤黒い杭のイラストだけ!」


僕は必死に身振りで説明した。


「プレイヤーの間じゃ“嫌がらせダンジョン”って散々言われてたんだよ! 誰もあそこでアイテムを手に入れるなんて思ってなかったのに……! まさか、そんなすごい武器があったなんて……!」


リリアナはそこで口元をゆるめ、薄く笑った。


「確かに、この剣に値段なんて付けられませんわね」


カルヴァロスの刀身が、ドクンと脈打つように赤く光った。


その輝きが、彼女の冷たい微笑みを一層際立たせていた。


「……それでカルヴァロスを手に入れたことで、黒い影……虚人ウロウドを倒せたんだよね!?」


興奮した声で身を乗り出してきたのはモブロックだった。


目をきらきらさせ、まるでアニメの続きを期待する視聴者のような顔をしている。


だけど私はゆっくりと首を横に振った。


「残念ながら……この剣を持ってしても、あの黒い影は倒せなかったのです」


「え……?」


モブロックの表情が固まった。


私は手元にある赤黒い剣を軽く持ち上げる。


「理由は単純。カルヴァロスはすでに壊れかけていたのです。

 内部の機構が摩耗しているのか、エネルギーが残ってないのか、

 あと数回――全力で起動すれば、完全に力を失ってしまう……

 ただの鉄の棒になってしまいますの」


「そ、そんな……!」


モブロックの肩が落ち、意気消沈した様子を隠しもしない。


けれど、私はすぐに続きを告げた。


「ですが、悪い話ばかりではなかったわ」


モブロックがぱちりと瞬きをする。


私は口元に薄い笑みを浮かべた。


「カルヴァロスを得たおかげで、私は“卒業式の断罪イベント”でアレクを叩き伏せて、

 生かしたままここまで進むことができるようになったのです」


私はアレクとの決闘を思い起こしながら続ける。


「アレクはとても強かった……レイピアでは命を奪わないと無力化できませんでしたから、

 でもカルヴァロスはこの通り、刃が付いていないことが幸いしたわけですわ」


(あれで生きてるんだ、アレク……そっちのほうが驚きだよ)


あの時の光景が甦る。


カルヴァロスの一撃によって、彼の剣はへし折られ、壁までぶっ飛ばされた衝撃。


観衆の息を呑む音。


力押しで制した、揺るぎない勝利。


「そしてセシルとの決闘も。

 油をかぶって電撃を防ぐ……そんな小手先の戦術ではなく、

 真正面から、カルヴァロスで叩き潰すことができた」


私は冷ややかに笑った。


「――この世界の攻略がだいぶイージーになったのは事実ね」


モブロックはしばらく言葉を失い、ただ口をぱくぱくさせていた。


「アレクを生かしたまま倒し、セシルを真正面から叩き潰して……私は彼らにも協力を仰いだわ。セシルはもちろん、アレクも緊急事態であることを察して協力してくれた」


私は静かに言葉を続けた。


「二人を加えて、今王都にいる総力を結集して黒い影に挑んだ。だけど――駄目でしたの」


あの絶望的な光景が蘇る。


影の大軍を蹴散らしながらも、辿り着けなかった。


本体は、大裂け目のさらに奥に潜んでいたのだ。


「そこに辿り着く前に、カルヴァロスは完全に壊れてしまった。

 何度も試したのだけれどもダメ、圧倒的な戦力差を感じましたわ」


私は掌を握りしめた。


あの虚しさを忘れられない。


「仲間も、装備も、この一ヶ月間で揃えられる最適解を何度も試した。けれど、結局は黒い影には勝てなかった。この状況を作ってからの周回もすでに百近く……」


モブロックが絶句した。


その顔には、信じられないと書いてあった。


「そんな……百回も……」


彼の声は掠れていた。


小さな希望を見つけては潰される、その繰り返しの果てに残る絶望。


それを想像するだけで、彼の頬は青ざめていった。


私はそんな彼に、ゆっくりと視線を重ねた。


「でも……」


私は一拍置いて、口元に小さな笑みを浮かべた。


「そんなとき、出会ったのです。この周回で――あなたと」


「ぼ、僕……?」


私はそっと両手を伸ばし、彼の手をぎゅっと握った。


「え……リリアナ……?」


「あなたという、もう一人の転生者と出会えた。

 これまで数え切れないほどループを重ねてきて、こんなことは一度もなかった」


私は彼の瞳を覗き込む。


真剣な声で、確信を込めて。


「――あなたこそ、このループを突破する鍵なのです」

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