Ep.15
「ここは……」
カイルの声が震えた。
「ええ。前回、私たちが退いた場所」
だが今回は違う。
背後には、カイルに運ばせた大量のレイピアが山のように積まれていた。
折れればすぐに新しい刃を取り、休むことなく攻撃を続ける。
そして――カイルの加護があれば、私は疲れ知らずに戦い続けられる。
「準備は整ったわ」
私は赤い瞳を光らせる巨人を見据え、レイピアを握りしめた。
(さあ、殺し合いましょう。何度でも挑んで、必ず突破してみせる)
最奥の戦いが始まる。
◇ ◇ ◇
「ちょ、ちょっと待って! 作戦って……まさか、大量のレイピアと無限の体力で休まず戦って、コロッサスを倒すってこと!?」
私は小さく肩をすくめた。
「ええ、そうですわ」
「いやいやいや、脳筋すぎるでしょ!何か作戦がある風の言い回しだったから期待してたのに……もっとこう……魔法で攻撃するとかさ!」
「私、魔法は得意じゃありませんの。ご存知でしょ?」
「じゃ、じゃあ罠を使うとかさ! 上手いこと誘導してさ!」
私は小さくため息をつき、首を横に振った。
「あのコロッサスという敵、決してあの場所を離れないんですよね。困ったわ」
「うーん……うーん……」
モブロックは必死に唸っていたが、結局なにも思いつかないらしい。
私は口の端をゆっくり吊り上げ、不敵に笑った。
「これまでの話からわかるでしょ? 私の持ち味は――根気と暴力ですわ」
弱点だった体力問題が解決した今、あとは単純明快。
「ひたすら削って、削って、削り抜くだけですわ。簡単な作業です」
私が平然と言い放つと、モブロックが両手を振りながら悲鳴に近い声を上げた。
「やっぱりキミ、おかしいよ……!」
◇ ◇ ◇
巨人が動いた。
赤い光が閃き、黒鋼の腕が振り下ろされる。
床が砕け、轟音が広間に反響した。
衝撃波に吹き飛ばされそうになりながら、私は地を蹴って避ける。
「ッ……!」
その隙を狙い、レイピアを突き出した。
刃は甲冑に弾かれ、甲高い音を立てただけだった。
(……やはり正面からでは無理か)
私は呼吸を整え、狙いを変える。
巨体の関節部――膝や足首、装甲が幾分薄いそこなら、ほんのわずかに刃が通る。
ひたすら突き、斬り込み、隙あらば刃を叩き込んだ。
硬い金属に刃が食い込み、甲高い火花が散る。
少しずつだが、確かに関節部には傷が刻まれていく。
しかし――。
ガキィンッ!
乾いた音とともに、私の手から衝撃が走った。レイピアの刃が真ん中から折れ、無様に床に転がったのだ。
「……ッ!」
打撃強化の付与術を施した特別製のレイピア。
だが元は対人用の細剣、耐久力などたかが知れている。
本来なら、こんな鉄の塊を斬るための武器ではない。
それでも――。
(私には、これしかないのだ)
背後にはまだ積まれたレイピアの山がある。
ならば、いけるところまでいくしかない。
次の瞬間、折れた剣を放り捨て、すぐさま新しい一本をカイルから受け取る
「……いいでしょう。何本でも折ってご覧なさい」
私は新しいレイピアを握り直し、赤い瞳を光らせる巨人へと踏み込んだ。
(削るまで、砕くまで、何度でも挑む。それが私の戦い方ですわ)
「寄越しなさい、カイル!」
「ああ!」
カイルが震える声で返し、次の剣を投げ渡す。
私は途切れぬ連撃を続けた。
斬れなくともいい。削るのだ。少しずつ、少しずつ。
だが――
「……ッ」
視界を覆う黒い影。
巨人の拳が振り抜かれ、逃げ場を塞いだ。
次の瞬間、私は潰され、意識が途切れた。
◇ ◇ ◇
目を開けると、再び自室のベッドの上。
私は唇を舐め、歪んだ笑みを浮かべる。
「上等ですわ…!」
◇ ◇ ◇
二度目。
私は巨人の攻撃を紙一重で避け、脇腹へと剣を突き立てた。
火花が散り、鋼がきしむ。
だが成果は微々たるもの。
焦りが生まれた瞬間――
ドゴォォォッ!
巨人の蹴りが直撃し、私は骨を砕かれて絶命した。
◇
三度目。
今度は足を狙う。
連撃、連撃、連撃。
剣が次々と折れ、山のように積んだ武器が消費されていく。
それでもまだ倒れない。
(ならば、倒れるまで続ければいい。私は死ねば戻れる)
◇ ◇ ◇
何度目の挑戦だったか。
巨人の胸部装甲に、大きな亀裂が走った。
中から淡く光る核が覗く。
「……見えた」
私は最後の一本を握りしめ、渾身の突きを放った。
レイピアの切っ先が核を貫き、鋭い悲鳴のような金属音が響いた。
巨人が震え、赤い光が瞬く。
そして――轟音と共に、その巨体が崩れ落ちた。
「……はぁ、はぁ……」
荒い息を吐きながら、私はその場に立ち尽くした。
しかし、胸の奥には確かな勝利の熱があった。
(ようやく……削り切りましたわ)
◇ ◇ ◇
巨像が崩れ落ちた後、広間の奥の重々しい扉を見据えた。
息を整えながら近づくと、その扉は鈍い音を立てて開いていく。
中は――不自然なほど広い空間だった。
黒鋼の壁はどこもかしこも焼け爛れ、斬り裂かれたような跡が走っている。
まるでここで、かつて激しい戦いでもあったかのように。
そして、奥に横たわっていたものを見て、私は思わず足を止めた。
巨大な骨。
ドラゴンのそれだと、すぐにわかった。
今はただの白骨と化しているのに、なお空気を圧迫するような威容を放っていた。
壁にもたれかかるように晒されたその骸は、どこか悲壮ですらあった。
だが……。
「……これだけ?」
がっかりした。
迷宮の最奥まで来て、待っていたのはドラゴンの死骸だけ。
宝の一つも見当たらない。
だが――私は見逃さなかった。
ドラゴンの胸を貫くように、赤黒い杭が突き立っていた。
まるでその巨体を壁に縫い付け、永遠に逃さないように。
私は吸い寄せられるように歩み寄った。
近づいてみれば、それはただの杭ではなかった。
柄のような形があり、全体の輪郭は――
「……剣?」
自然と手が伸びていた。
指が柄を掴んだ瞬間――
――バンッ!!
重い衝撃が走り、空間全体が震えた。
長い年月が経っていたからだろう――ドラゴンの骨は粉々に砕け散り、白い粒子となって宙を舞う。
気づけば、私は“それ”を引き抜いていた。
右手に握られたのは、赤黒く鈍く光る無刃の剣。
その剣から響く唸りのような音。
――カルヴァロス――確かにそう聞こえた。
そして気付いた。
驚いたことに、確かにここにあるはずなのに、この剣“重さを感じない”。
「……なんて……」
なんて軽いのだ。羽のように。