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されど悪役令嬢は斬り結ぶ(試作版)  作者: あかさなた
第三章 力を求めて
14/22

Ep.14

レオンが険しい目を向ける。


「確認したのか」


「ええ、昨日数えたときより明らかに減ってる」


その場に沈黙が落ちた。


誰もが互いを見やり、やがて視線は自然とカイルへと集まる。


私は小さく首を傾げて、あくまで“疑問”を口にする。


「……もしかして、誰かが……?」


レオンの表情がさらに険しくなる。


「全員の荷物を確認する」



そして――案の定。


カイルの背負い袋から、共同資金の小袋が出てきた。


じゃらりと音を立てて銀貨がこぼれ落ちた瞬間、空気が凍った。


「……え?」


カイルの顔色が真っ青に変わる。


「ち、違う! 俺じゃない! そんなの入れた覚えはない!」


彼は必死に訴えるが、言葉はどれも拙かった。


口下手な彼の声は説得力を持たない。


「でも実際に出てきたのは事実でしょ?」


ミレイユが冷たく言い放つ。


「……違うんだ、本当に……!」


カイルの拳は震えていた。


悔しさで顔が歪み、必死に言葉を探す。


だが「俺じゃない」と繰り返すだけで、証明はできなかった。


レオンはしばし沈黙した後、低い声で告げた。


「カイル。お前をパーティから追放する」


「っ……レオン!」


「金は……手切れ金代わりに持っていけ」


最後の慈悲だと言わんばかりに、レオンは背を向けた。


赤髪の少女――ミレイユが横から軽蔑の眼差しを向けて告げる。


「最低、これ以上は一緒にやっていけないわ」


彼女の声音には、わずかな哀れみすら含まれていなかった。


残されたカイルは、石畳に崩れ落ちそうになりながら呟いた。


「……違うのに……俺じゃないのに……」


その悔しさに滲む声は、誰にも届かなかった。


フードの陰で、私は静かに微笑んでいた。


(よし。これで“裏切り者”の烙印は押された。レオンたちにとって、もう彼は不要)


舞台は整った。


あとは手を差し伸べてやるだけ。


利用価値のある駒を、私のものにするために。


◇ ◇ ◇


広場に人々のざわめきが残っていた。


「盗みだってよ」

「やっぱりな、あいつ役立たずだったし」

「イモータル・ランも見限ったか」


冒険者たちの声は、容赦なくカイルを打ち据えていた。


当の本人は、石畳の上に立ち尽くしていた。


唇を噛みしめ、肩を震わせながら。


「違うのに……俺じゃないのに……」


何度も呟くその声は弱々しく、誰の耳にも届かない。


――可哀想な男。


……だが、利用価値のある男だ。


私は人混みを抜け、彼の前に歩み出た。


カイルが顔を上げた。驚愕と困惑が混ざった瞳が、私を映していた。


「……リリアナ?」


私はそっと微笑んだ。


慈悲深い聖女を演じるように、やわらかな声で言葉を紡ぐ。


「私は……あなたが必要なの」


「……な、に……?」


呆然とするカイルの手を、私は取った。


彼のごつごつした掌は震えていた。


だが私はその震えを包み込むように、柔らかく握る。


「誰も信じてくれなくてもいい。私だけは信じるわ。あなたが盗みなんてする人じゃないって」


「……っ」


カイルの目が大きく揺れた。


悔しさと救われたい思いとが混ざり合い、涙ににじむ。


誰からも信じられず切り捨てられた彼にとって、その言葉は甘美な毒だった。


「……本当に……信じてくれるの?」


「ええ。だから――私と共に来てちょうだい」


私は彼の瞳をまっすぐに見つめ、強い意志を込めて告げた。


カイルは堪えきれず、私の手を強く握り返した。


「……行く。俺は……リリアナと一緒に行くよ」


その瞬間、彼は完全に私のものになった。


フードの陰で、私は笑っていた。


(――無限スタミナタンク、ゲットだぜ!!!ですわ)


表向きは慈悲深く微笑みながら。


だが心の奥底では、冷徹に計算していた。


――“疲れ知らず”の加護。


この力を手に入れた以上、黒鋼の迷宮はもはや恐るるに足りない。


「ありがとう、カイル。あなたがいてくれるなら、きっと上手くいくわ」


私は甘く囁いた。


そして心の中で、残酷な笑みを浮かべた。


(さあ……駒は揃った。次こそ迷宮を踏破してみせる)


◇ ◇ ◇


「ちょっと、ちょっとちょっと! 何やってんの!? いくらなんでもひどすぎるよ! なんの罪もないカイルを陥れて追放させるなんて! しかも弱ってるところにつけこむなんて、君、人の心ないの!?」


モブロックの慌てふためく声に、私は思わず「ほほほ」と笑い声を洩らした。


「な、何がおかしいのさ!」


私は視線を伏せ、わざとゆっくりと笑みを深める。


「当然でしょう? あなた、私を誰だと思っているの?」


「うっ……!」


モブロックの声が詰まるのが分かった。


私は顔を上げ、真っ直ぐに笑って見せた。


「彼方の聖女の悪役令嬢――リリアナ・フォン・エーデルハルト。正真正銘の“悪役”ですわ」


にっこりと微笑むその瞬間、内心ではぞくりとするほどの愉悦が走っていた。


(な、なんてやつなんだ、この子……やっぱりおかしい!!)


モブロックの狼狽が心地よくて、私はさらに口元を吊り上げた。


◇ ◇ ◇


私達は黒鋼の迷宮に再び足を踏み入れた。


重苦しい金属の壁が光を呑み込み、どこからともなく低い唸りが響く。


普通の冒険者なら、この時点で震え上がり、緊張で呼吸を荒げるだろう。


だが私は、すでに何度もこの迷宮を踏破してきたのだ――死を以て、そしてやり直しを以て。


(すべて把握済み。出現位置、巡回経路、罠の発動条件……)


私は迷うことなく進んだ。


角を曲がるタイミングも、床板を避ける足運びも、一分の狂いもない。


「リリアナ……どうして……」


背後からカイルの声が漏れた。


驚愕と畏怖の混ざった声音。


「どうして敵が出てこない? 前に来たとき、このあたりにはモンスターの群れが……」


「ええ、以前はそうだったわね」


私は振り返り、聖女めいた柔らかな笑みを浮かべる。


「でも、私にはわかるの。正しい道が」


カイルは息を呑んだ。


その純朴な目には、私が“導かれた存在”として映っているのだろう。


(違うわ。単に私は知っているだけ。何度も死に、何度も繰り返したから。あなたが知らないだけで、私はこの迷宮の地図を、罠を、魔物の動きを、全て正確に把握している)


私は歩みを止めない。


通路の壁をなぞるように進み、決して中央には足を踏み入れない。


そこには必ず落とし穴があることを知っていた。


角を二度曲がるごとに、魔像が巡回してくる。だが私はそのタイミングを完全に外して歩いた。


姿を見せぬまま、彼らの背後を抜けていく。


「……すごい……」


カイルが呟く。


「リリアナ、まるで……聖女様みたいだ」


私は口元を覆って笑った。


◇ ◇ ◇


そして、私たちは無傷で最深部へ続く扉の前まで辿り着いた。


そこには黒鋼に覆われた巨人――アイアン・コロッサスが、沈黙のまま立ち塞がっている。


その赤い目が、私たちの到来に合わせるように光を帯びた。

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