Ep.14
レオンが険しい目を向ける。
「確認したのか」
「ええ、昨日数えたときより明らかに減ってる」
その場に沈黙が落ちた。
誰もが互いを見やり、やがて視線は自然とカイルへと集まる。
私は小さく首を傾げて、あくまで“疑問”を口にする。
「……もしかして、誰かが……?」
レオンの表情がさらに険しくなる。
「全員の荷物を確認する」
◇
そして――案の定。
カイルの背負い袋から、共同資金の小袋が出てきた。
じゃらりと音を立てて銀貨がこぼれ落ちた瞬間、空気が凍った。
「……え?」
カイルの顔色が真っ青に変わる。
「ち、違う! 俺じゃない! そんなの入れた覚えはない!」
彼は必死に訴えるが、言葉はどれも拙かった。
口下手な彼の声は説得力を持たない。
「でも実際に出てきたのは事実でしょ?」
ミレイユが冷たく言い放つ。
「……違うんだ、本当に……!」
カイルの拳は震えていた。
悔しさで顔が歪み、必死に言葉を探す。
だが「俺じゃない」と繰り返すだけで、証明はできなかった。
レオンはしばし沈黙した後、低い声で告げた。
「カイル。お前をパーティから追放する」
「っ……レオン!」
「金は……手切れ金代わりに持っていけ」
最後の慈悲だと言わんばかりに、レオンは背を向けた。
赤髪の少女――ミレイユが横から軽蔑の眼差しを向けて告げる。
「最低、これ以上は一緒にやっていけないわ」
彼女の声音には、わずかな哀れみすら含まれていなかった。
残されたカイルは、石畳に崩れ落ちそうになりながら呟いた。
「……違うのに……俺じゃないのに……」
その悔しさに滲む声は、誰にも届かなかった。
フードの陰で、私は静かに微笑んでいた。
(よし。これで“裏切り者”の烙印は押された。レオンたちにとって、もう彼は不要)
舞台は整った。
あとは手を差し伸べてやるだけ。
利用価値のある駒を、私のものにするために。
◇ ◇ ◇
広場に人々のざわめきが残っていた。
「盗みだってよ」
「やっぱりな、あいつ役立たずだったし」
「イモータル・ランも見限ったか」
冒険者たちの声は、容赦なくカイルを打ち据えていた。
当の本人は、石畳の上に立ち尽くしていた。
唇を噛みしめ、肩を震わせながら。
「違うのに……俺じゃないのに……」
何度も呟くその声は弱々しく、誰の耳にも届かない。
――可哀想な男。
……だが、利用価値のある男だ。
私は人混みを抜け、彼の前に歩み出た。
カイルが顔を上げた。驚愕と困惑が混ざった瞳が、私を映していた。
「……リリアナ?」
私はそっと微笑んだ。
慈悲深い聖女を演じるように、やわらかな声で言葉を紡ぐ。
「私は……あなたが必要なの」
「……な、に……?」
呆然とするカイルの手を、私は取った。
彼のごつごつした掌は震えていた。
だが私はその震えを包み込むように、柔らかく握る。
「誰も信じてくれなくてもいい。私だけは信じるわ。あなたが盗みなんてする人じゃないって」
「……っ」
カイルの目が大きく揺れた。
悔しさと救われたい思いとが混ざり合い、涙ににじむ。
誰からも信じられず切り捨てられた彼にとって、その言葉は甘美な毒だった。
「……本当に……信じてくれるの?」
「ええ。だから――私と共に来てちょうだい」
私は彼の瞳をまっすぐに見つめ、強い意志を込めて告げた。
カイルは堪えきれず、私の手を強く握り返した。
「……行く。俺は……リリアナと一緒に行くよ」
その瞬間、彼は完全に私のものになった。
フードの陰で、私は笑っていた。
(――無限スタミナタンク、ゲットだぜ!!!ですわ)
表向きは慈悲深く微笑みながら。
だが心の奥底では、冷徹に計算していた。
――“疲れ知らず”の加護。
この力を手に入れた以上、黒鋼の迷宮はもはや恐るるに足りない。
「ありがとう、カイル。あなたがいてくれるなら、きっと上手くいくわ」
私は甘く囁いた。
そして心の中で、残酷な笑みを浮かべた。
(さあ……駒は揃った。次こそ迷宮を踏破してみせる)
◇ ◇ ◇
「ちょっと、ちょっとちょっと! 何やってんの!? いくらなんでもひどすぎるよ! なんの罪もないカイルを陥れて追放させるなんて! しかも弱ってるところにつけこむなんて、君、人の心ないの!?」
モブロックの慌てふためく声に、私は思わず「ほほほ」と笑い声を洩らした。
「な、何がおかしいのさ!」
私は視線を伏せ、わざとゆっくりと笑みを深める。
「当然でしょう? あなた、私を誰だと思っているの?」
「うっ……!」
モブロックの声が詰まるのが分かった。
私は顔を上げ、真っ直ぐに笑って見せた。
「彼方の聖女の悪役令嬢――リリアナ・フォン・エーデルハルト。正真正銘の“悪役”ですわ」
にっこりと微笑むその瞬間、内心ではぞくりとするほどの愉悦が走っていた。
(な、なんてやつなんだ、この子……やっぱりおかしい!!)
モブロックの狼狽が心地よくて、私はさらに口元を吊り上げた。
◇ ◇ ◇
私達は黒鋼の迷宮に再び足を踏み入れた。
重苦しい金属の壁が光を呑み込み、どこからともなく低い唸りが響く。
普通の冒険者なら、この時点で震え上がり、緊張で呼吸を荒げるだろう。
だが私は、すでに何度もこの迷宮を踏破してきたのだ――死を以て、そしてやり直しを以て。
(すべて把握済み。出現位置、巡回経路、罠の発動条件……)
私は迷うことなく進んだ。
角を曲がるタイミングも、床板を避ける足運びも、一分の狂いもない。
「リリアナ……どうして……」
背後からカイルの声が漏れた。
驚愕と畏怖の混ざった声音。
「どうして敵が出てこない? 前に来たとき、このあたりにはモンスターの群れが……」
「ええ、以前はそうだったわね」
私は振り返り、聖女めいた柔らかな笑みを浮かべる。
「でも、私にはわかるの。正しい道が」
カイルは息を呑んだ。
その純朴な目には、私が“導かれた存在”として映っているのだろう。
(違うわ。単に私は知っているだけ。何度も死に、何度も繰り返したから。あなたが知らないだけで、私はこの迷宮の地図を、罠を、魔物の動きを、全て正確に把握している)
私は歩みを止めない。
通路の壁をなぞるように進み、決して中央には足を踏み入れない。
そこには必ず落とし穴があることを知っていた。
角を二度曲がるごとに、魔像が巡回してくる。だが私はそのタイミングを完全に外して歩いた。
姿を見せぬまま、彼らの背後を抜けていく。
「……すごい……」
カイルが呟く。
「リリアナ、まるで……聖女様みたいだ」
私は口元を覆って笑った。
◇ ◇ ◇
そして、私たちは無傷で最深部へ続く扉の前まで辿り着いた。
そこには黒鋼に覆われた巨人――アイアン・コロッサスが、沈黙のまま立ち塞がっている。
その赤い目が、私たちの到来に合わせるように光を帯びた。