Ep.13
私は荒い息を整え、血に濡れた刃を見下ろした。
◇ ◇ ◇
現在――
「つまり」
私は淡々と結論を口にした。
「カイルがパーティメンバーと認めた者は、全員“疲れ知らず”の加護を受ける。本人すら自覚していない、常時発動型の固有魔法だったのです」
モブロックは蒼白な顔で頭を抱えた。
「……いやいやいや! 確かめ方!! なんで毎回殺してるの!? もっと話し合って実験とかさ! 調べ方あるだろ!」
「ループすれば元に戻りますもの。手っ取り早く、合理的で、確実な方法ですわ」
にっこりと微笑むリリアナ。
その笑顔は、血に濡れた刃よりも冷たく恐ろしいものに見えた。
◇ ◇ ◇
黒鋼の迷宮――
幾重もの石門を越え、私たちは最奥へと進んでいた。
壁も床も黒い金属で覆われ、光を呑み込むように鈍く輝いている。
常に低い唸りのような音が響いていて、まるで生きているかのような圧迫感があった。
道中に現れる魔物は、いずれも常識外れの強さを誇っていた。
鋼の殻に覆われた甲虫、三つ首の獣、炎を吐く魔像。
だが《不滅の疾駆》と共に戦えば、突破できない相手ではなかった。
「左から来るぞ!」
レオンの声に即応し、私は剣を突き出す。
硬質な殻を割る感触、飛び散る体液。
息は乱れない――カイルの加護が生きている証拠だった。
そして、ついにたどり着いた。
迷宮最深部へ至る扉。
そこに立ち塞がっていたのは、黒い巨人だった。
全身を黒鋼に覆われた、十メートルを超える人型の怪物。
目にあたる部分は赤く輝き、重々しい振動が床を揺らす。
「……鉄の巨像!」
伝承や冒険譚に語られる、迷宮の守護者。
実際に目にするその威容は、想像のすべてを凌駕していた。
レオンが剣を構え、駆け出した。
渾身の一撃を叩き込む――だが、火花が散るだけでかすり傷もない。
「っ……硬い! この剣では刃が通らん!」
すかさずミレイユが火球を放つ。
轟音と共に炎が巨人を包み込んだ。
しかし、赤黒い装甲は煤けただけで傷ひとつ負っていなかった。
「嘘でしょ……!? 焼け石に水だわ!」
私も装甲の弱そうな関節部を狙いレイピアを突き込んだ。
鋭い切っ先が弾かれ、腕に衝撃が走る。
指が痺れ、柄を落としそうになる。
「くっ……!」
巨人が腕を振り下ろす。
床が陥没し、衝撃波が押し寄せた。
間一髪で飛び退いたが、全身が震える。
この一撃をまともに食らえば、即死は免れない。
「撤退だ!」
レオンの声が響く。
「このままでは誰かが死ぬ!」
悔しいが、その判断は正しい。
私たちは必死に退路を探し、迷宮を後にした。
背後で巨人の咆哮が轟き、黒鋼の壁が低くうなっていた。
◇ ◇ ◇
期間後のギルド内。
テーブル越しに、レオンが真剣な眼差しを私に向けていた。
「君には悪いが、この依頼はキャンセルさせてくれ」
「……なんですって?」
「金も返す。違約金も払おう。だが、命を捨ててまで挑む戦いではない」
その声に迷いはなかった。
どれほど報酬を積んでも、彼は首を縦には振らないだろう。
私は唇を噛んだ。
怒りではない。悔しさでもない。
自分な算段を崩されたことへの苛立ちだった。
(……諦めるつもりはない)
あんな強力なゴーレムが守護しているのだ。
迷宮の奥には必ず何かがある。
私の直感がそう告げていた。
ならば――戦力を再編しなければならない。
そのためには、どうしてもあの男の力が必要だった。
視線を横に向ける。
片隅で荷物を抱えている、黒髪の青年。
無口で、誰からも評価されていない存在。
カイル。
――彼の固有魔法こそが、迷宮突破の鍵だ。
◇ ◇ ◇
黒鋼の迷宮から撤退したあと、パーティの空気は沈んでいた。
レオンは表情を固くし、ミレイユは苛立ちを隠そうともしない。
カイルは荷物を抱えて、ただ黙っていた。
(このままでは迷宮再挑戦は叶わない。けれど――カイルさえ仲間にできれば私なら突破する方法を知っている)
短い期間ではあったが、パーティを共にしてわかったことがある。
カイルは、他の二人から疎まれている。
戦闘力は低く、魔法も使えない。――もっとも、本人すら気づいていない“疲れ知らず”の固有魔法を除いてだが。
かつてレオンに命を救われたらしく、「荷物持ちでもいいから、あなたの役に立ちたいんです」と必死に願い出て、ようやく仲間に加えてもらったのだという。
その立場ゆえに、戦闘の最前線に立つことはなく、主に荷物運びや雑用を引き受け、時には斥候の真似事までしていた。
実力があるかと問われれば――正直、ゴールド等級のパーティにふさわしい人材ではなかった。
だが彼らはカイルを手放さないだろう。
レオンもミレイユも、基本的には面倒見の良い性格をしていた。
カイルの不器用さを叱りはするが、その真面目さとやる気だけは認めているらしい。
私は何気ない会話の流れで、ほんの少しだけ言葉を差し込んでみた。
「……このパーティには、カイルは似つかわしくないのではなくて?」
返ってきたのは、否定とも肯定ともつかない反応だった。
「そう思わなくはないけど……彼は真面目だし、やる気もあるからな」
「まあ……役には立ってないけど、悪い子じゃないし」
表向きの言葉はそうだった。けれど、私はその奥にある揺らぎを感じ取った。
心の半分では、戦力外として外したい。だがもう半分では、もしかすると将来性があるのではと期待している。
そんな矛盾した感情を二人が抱えているのが、手に取るようにわかった。
(……なるほど。あとは少しのきっかけさえあれば、簡単に崩れそうですわね)
私は過去のループで、宿の部屋割りやそれぞれの荷物の置き場を調べていた。
ミレイユが食堂に出ている時間、レオンが鍛錬場にいる時間……。
そしてカイルが一人で荷物を置きっぱなしにする時間。
狙うべき隙は、すでに把握していた。
◇ ◇ ◇
ある夜。
私は宿の廊下を歩き、音を立てぬようにカイルの部屋に忍び込んだ。
背負い袋は床に置かれている。
口を少し緩めれば、中身を探るのは容易かった。
私は用意していた小袋を取り出した。
中にはパーティの共同資金――私がこっそりと“拝借”してきたものだ。
これを忍ばせれば、全ての矛先はカイルに向かう。
(さあ……後はあなたがいつも通りの口下手であってくれれば十分)
私は小袋を奥に押し込み、袋の口を整えて部屋を出た。
◇ ◇ ◇
翌日。
宿の広間に集まったとき、ミレイユが声を荒げた。
「ちょっと! どういうことなの!? パーティの資金がなくなってるじゃない!」